8 一緒に寝たい②
「ユリウス様、よろしいですか」
「ああ、どうぞ」
ジュードと話してしばらくした後、約束通りユリウスの部屋にエルヴィはやってきた。
「失礼します」
入ってきたエルヴィの姿を見て、ユリウスは驚いた。ガウンを羽織っているものの、中の夜着の生地があからさまに薄かったからだ。
「……その服は」
「あ、すみません。あの、恥ずかしいと言ったのですが……侍女のみなさんが絶対にこれが良いと着せてくださって」
どうやら侍女たちが変な気を回したらしい。かなり『気合い』を入れてエルヴィの準備をしたことが、一目でわかってしまった。
「ユリウス様と寝ると伝えたら、なんだかよくわからないクリームを塗っていただいたり、髪をといていただいたり……ものすごく色々していただいて申し訳なかったです」
「……そうですか」
「このクリーム、すっごくいい匂いなんですよ。ほら」
男が危険なことをなんて何もわかっていないエルヴィは、自分の腕をぐいっとユリウスの顔に近付けた。
すぐに甘い果実のようななんとも言えない香りが漂ってきた。
「……エルヴィ嬢」
「はい」
「男に無闇に肌を近付けてはいけません」
「え?」
「あなたは女性なのですから、もっと気を付けるべきです」
自分を律するためにも、ユリウスは厳しい口調でエルヴィを叱った。
「す、すみません。そういうものなのですね」
エルヴィは素直にしゅっと手を引っ込めた。
そのしょぼんとした顔を見ると、どうしても庇護欲が掻き立てられてしまう。
「恋人の練習をしましょうか」
「練習……?」
「ええ、エルヴィ嬢は恋人らしいことがしたかったのでしょう」
「いいのですか! 嬉しいです」
へにゃりと笑ったエルヴィがどうにも可愛らしくて、ユリウスはベッドの上でそっと抱き締めた。
「ド、ドキドキします」
「そうですか。恋人はハグをするのですよ」
「ポカポカして、幸せな気分になりますね」
ユリウスは自分のドキドキしている音も聞こえているのではないかと不安になった。しかし、エルヴィの前では余裕のある大人なフリをしていたかった。
「ユリウス様も、いい匂いがします」
くんくんと嬉しそうに首付近の匂いを確認しているエルヴィを見て、ユリウスは変な気分になりそうでグッと唇を噛んだ。
「……こら。レディがそんなことをしてはいけません」
「これもだめですか」
「恥ずかしいですからやめてください」
「はぁい」
拗ねた子どものような返事に、ユリウスはふぅと小さなため息をついた。
エルヴィの身体は想像していたよりもとても柔らかくてすべすべで、嫌でも大人の女性なのだと意識してしまう。
「あの……キスをしてもいいですか? 小説では、恋人は寝る前はキスするものだと書いてありました」
「拘束魔法は勘弁してください」
「ふふ、わかっていますよ!」
くすくすと笑っているエルヴィの身体をそっと離し、ユリウスはゆっくりと顔を近付けた。
ちゅっ
そっと触れるだけキスをすると、エルヴィはポッと頬を赤く染めた。
「私に任せてください」
「は、はい。なんだか……初めての時より……その……気持ちがいいです」
視線を彷徨わせてあわあわと焦っているエルヴィを見て、ユリウスはくすりと笑った。
あのファーストキスは特殊すぎた。したこともないのに、拘束魔法をかけて、無理矢理エルヴィが唇を押し付けた感じだったからだ。
「本物のキスはこうするんですよ」
軽く唇に何度も触れると、エルヴィの顔がとろんとしてくるのがわかった。
「……少し口を開けてください」
ユリウスに促されて、エルヴィは素直にパカリと口を開けた。その瞬間を逃さないように、ユリウスは舌を絡ませた。
ちゅっ……ちゅっ……くちゅっ
「んんっ」
ユリウスはエルヴィが甘い声を出し体に力が入らなかった瞬間に、ドサリとベッドに押し倒した。見下ろしながらゆっくりと唇を離すと、下にいるエルヴィは扇状的な顔で息を弾ませていた。
こんな色っぽい顔もできるのだな、とユリウスは胸が締め付けられた。この顔を知っているのはこの世に自分だけなのだという優越感が込み上げてくる。
「ユリウス様……はぁ……はぁ……」
「どうしましたか?」
もしエルヴィが『これで限界だ』というのであれば、ここでやめなければとユリウスは思っていた。年上の大人の男として、その冷静さは残しておかなければならない。
「キスってこんなに気持ちいいんですね」
「……っ!」
「この前と全然違いま……」
エルヴィの言葉を最後まで待つことができないほど、ユリウスは気持ちが抑えられなかった。もう一度キスをしたくなったのだ。
初めてした時には『唾液の交換』だなんて、元も子もないことを言っていたエルヴィが……真っ赤になって『気持ちいい』と言ってくれたのが嬉しかった。
器用なユリウスは、彼女の唇を塞ぎながらエルヴィのガウンに手をかけた。
「じ、自分でします」
恥ずかしそうなエルヴィの表情を見て、ユリウスは手を止め電気を消した。このまま自分が脱がしてもいいが、無理矢理はしたくなかった。
「わかりました。暗くて見えませんからどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
初めてだろうから、なるべくエルヴィが恥ずかしくないようにしてあげようというユリウスなりの心遣いだった。
「脱げました」
暗闇でしゅるしゅるとガウンを脱ぐ音が聞こえいる。どうやらエルヴィは、律儀に畳んでベッドサイドのテーブルにガウンを置いたようだった。
「では……寝ましょうか」
耳元で囁くと、彼女がこくんと小さく頷いたのがわかった。自分の声じゃないほど、甘い声が出たことにユリウスは内心驚いていた。
困ったことにこの気持ちを隠せそうにない。ユリウスはいつの間にかエルヴィを好きになっていた。とんでもないことをしでかすこともあるが、もうそんなところも可愛らしく思ってしまっている。
エルヴィに好きだと素直に伝えられると嬉しいし、ご飯をもりもり食べている姿は微笑ましかった。あんな細やかなプレゼントで喜んでくれるのならば、もっともっとあげたい。そして彼女の笑顔をたくさん見たい。
もう祝われるような年齢でもないが、誕生日だからと精一杯お祝いしてくれたエルヴィを見ると……なんとも堪らない気持ちになった。
ユリウスはこんなに心が動かされるのは、生まれて初めてだった。それだけにエルヴィの命が……もうすぐ終わることを信じたくなかった。
「エルヴィ嬢は可愛いですね」
信じたくないからこそ、ユリウスは今のエルヴィの全てを感じたかった。
驚かせないように、エルヴィの頭をそっと撫でた。気持ちよさそうに目を細めているのが、暗闇の中でぼんやり見える。
「ユリウス様こそとても格好いいですよ。大好きです」
ニコリと笑ったエルヴィの唇に、ユリウスはもう一度優しいキスを落とした。
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