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7 一緒に寝たい①

「戻しますね」


 ちょうど一時間後、エルヴィの花畑の魔法は花壇分を除いて綺麗さっぱりなくなった。まるで、そこにあったのが嘘のように元の風景に戻ったことが不思議だった。


「こんな魔法を使えるのならば、リビングの飾り付けも手作業ではなく簡単にできたのでは?」


 先程ジュードから『エルヴィ様は寝る時間を削って今日の準備を一生懸命されていました』と耳打ちされたばかりだ。


 エルヴィがそんなに自分のために時間をかけてくれたのかと思うと、ユリウスは嬉しい反面少し申し訳ない気持ちでもあった。


「……そうなんですけど、自分の手でできることは、なるべく魔法を使いたくないんですよね。特別な時と必要な時は使いますけど」

「そういうものなのですか?」

「ええ。わたしの師匠がそういう考えの人だったので、その教えが染み付いているんです。まあ、なんでも魔法で済ます魔法使いも多いんですけどね」


 どうやらエルヴィには魔法を使う時のポリシーがあるらしい。エルヴィの師匠はもう病死しているが、とても強いがなかなか偏屈な老魔法使いだった。


「わたしはその考えは好きではありません。魔法使いが偉いとも思いませんし、魔法がなくても生活できるのが一番です。この世界には魔法を使える人間の方が圧倒的に少ないのですから」


 真っ直ぐそう言い切ったエルヴィが、なんだか大人びて見えた。


「そろそろ中に戻りましょうか」

「そうですね」

「あの……いえ、やっぱりいいです」


 屋敷の中に戻ってくると、エルヴィは真っ赤に頬を染めながらユリウスに何かを言いかけてやめた。


「なんですか?」

「な、なんでもないです」


 明らかになにか言いたそうな表情だったので、ユリウスはものすごく気になってしまった。


「私に遠慮は無用ですよ」

「あー……はい」


 そう伝えても、エルヴィはもじもじして俯いていた。ユリウスは仕方なく自室に連れて行き、二人きりで話すことに決めた。


「エルヴィ嬢、何か希望があれば仰ってください。私に出来ることならば、なるべく叶えてあげたいと思っていますから」


 できるだけ優しく諭すように話しかけると、俯いていたエルヴィは勢いよく顔を上げた。


「今夜、わたしと一緒に寝てくださいっ!」

「え?」

「あの……ユリウス様と一緒に寝てみたいんです。わたしの……た、誕生日の……特別な我儘ということで……だめでしょうか?」


 辿々しく緊張して話しているエルヴィを、ユリウスは呆然と見つめていた。


「ね、寝る?」

「はい」


 その意味がどこまでを意味しているのか、ユリウスはエルヴィの考えを読み取れず動揺していた。


「好きな人に抱かれてみたいなって思いまして」

「だ、抱かれ……!?」

「はい」


 まさかエルヴィがこんなに積極的だとは思っていなかった。具体的な知識はないのだと、勝手に思っていたのに。


「だめですか? 思い出に……たった一度だけでいいんです」


 潤んだ目でそう訴えられ、ユリウスは困ってしまった。エルヴィの希望は出来る限り叶えてあげたいが、さすがにそこまでするのはどうなのだろうか。


 かなり年齢差のあるエルヴィと関係を持つことにはそれなりに抵抗がある。しかも向こうに好意があるとはいえ、本物の恋人ですらないのに。これは倫理的にどうなのか?


 それに妻と死別してから、ユリウスは誰とも深い仲にはなっていなかった。つまり、かなりご無沙汰だ。今日四十三歳になった自分が、そういうことができるのかという単純な問題もある。


 一緒に暮らして初めて気が付いたが、エルヴィの見た目はとても可愛らしい。目はクリクリと大きくて、二十代半ばには見えないほど童顔だ。


 いつもは大きめの黒いローブを全身に纏っていたし、強い魔法使いというイメージでしか見てなかったのでユリウスはそのことを知らなかったのだ。


 だがユリウスはエルヴィをただの魔法使いではなく、見目の良い魅力的な女性だと認識してしまった。


 そしてたった二週間一緒に暮らしただけだが、真っ直ぐに自分を好きだと伝えてくれるエルヴィを、少なからず愛おしく思う気持ちも芽生えていることをユリウスは自覚していた。


 色々と御託を並べたが……つまり二人きりでベッドに入ってしまえばエルヴィをそのまま抱いてしまう可能性がある。いくらご無沙汰とはいえ、ユリウスもまだ枯れてない男なのだから。


 だがそんなこと考えた自分に、ユリウスは嫌気がさした。


「お願いします」


 大きな目が涙でうるうると揺れているのを見て、ユリウスはグッと唇を噛み締め覚悟を決めた。


「……わかりました。では、夜になったら私の部屋に来てください」

「ありがとうございます! ちゃんとお風呂で身体をピカピカ磨いてきますから。ユリウス様にご不快な思いは一切させませんので」


 とんでもない発言をし出したエルヴィに驚き、ユリウスはゴホゴホと咳き込んだ。


「大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫です」

「はい! では、よろしくお願いします」


 エルヴィはご機嫌に鼻歌を歌いながら、部屋を出て行った。


「……これは彼女の死ぬ前の希望なのだから」


 ユリウスは自分の中で、何度もそう言い聞かせた。その言葉はまるで免罪符のようだ。


 夜のことを考えて緊張しているユリウスとは違い、エルヴィはしっかりとディナーを食べていつも通りの調子で部屋に戻って行った。


「……はぁ」


 ユリウスがため息をつくと、ジュードが心配そうな顔で近付いてきた。


「旦那様、お加減が悪いのですか?」

「い、いや。大丈夫だ」

「食欲がないようですが」

「問題ない。今夜は早めに休む」

「かしこまりました」


 このように伝えておけば、優秀な執事のジュードは睡眠の邪魔をしないためにユリウスの部屋に近付いてこないことを知っていた。


 ユリウスは自室に戻り、風呂に入ることにした。エルヴィが『身体を磨く』なんて言っていたので、なんとなく自分もいつもより丁寧に洗ってしまった。


 騎士をしているので、日頃から身体は鍛えて引き締まっている。見せるのが恥ずかしい身体ではないが……若いエルヴィがどう思うかはわからない。


「今夜本当にするのだろうか?」


 つい口に出してしまうほど、ユリウスはまだ戸惑っていた。


「とりあえず、落ち着かないとな」


 大人の余裕をもって、エルヴィに優しく紳士的に接する必要がある。もしかすると、エルヴィは途中で怖いと言い出すかもしれないからだ。自分が暴走するわけにはいかない。


 恋愛小説で読んでいるキラキラした行為と、実際ではまるで違うだろうから。


 長めの風呂からあがり、水を飲んでいると部屋がノックされた。


 もう来たのかと驚きながら返事をすると、そこに立っていたの執事のジュードだった。


「どうした?」

「……旦那様、少しお話がございます」

「ああ、入れ」


 自室に迎え入れると、ジュードは気まずそうな顔をしながら口を開いた。


「旦那様の個人的なことに口をお出しするつもりはございませんが……本当なら色々と用意が必要かと思いまして」

「なんだ? 前置きはいいから本題を話せ」

「……はい」


 普段は簡潔に必要なことのみを報告するジュードがこれだけ回りくどい表現をしているということは、何かよっぽどユリウスに伝えにくいことがあるらしい。


「では、失礼を承知で申し上げます。エルヴィ様と一夜を共にされるというのは本当でしょうか?」


 ユリウスは目を大きく見開いた。なぜ、ジュードがそのことを知っているのか疑問だったからだ。


「侍女がエルヴィ様の寝室のご用意に伺ったところ『今夜はユリウス様と寝るので、この部屋の準備は必要ないですよ』と仰ったそうです」

「……っ!」

「では、事実なのですね」


 長く仕えているジュードは、ユリウスの反応を見てこれが本当の話だとすぐに見抜いた。


 ユリウスは『なぜ彼女は上手く誤魔化さないのか』と眩暈がしてきた。いや……あのエルヴィにそんな芸当ができるわけがないのだが。


「侍女たちがエルヴィ様の準備をしないと、と嬉しそうに騒いでいましたよ」


 その話を聞いて、ユリウスは頭を抱えた。


「大丈夫ですか?」

「それはどういう心配だ」


 もし執事に『できるかどうか』という心配をされているのだとしたら、ユリウスは男として複雑な気持ちだった。


「……エルヴィ様の寿命はあと僅かです。距離が近くなり過ぎると、()()旦那様が傷付かれるのではありませんか?」


 自分が思っていたような心配ではなかったことに、ユリウスは困ったように眉を下げた。


 ジュードはユリウスが妻を亡くしてから、誰も愛していないことを知っていた。


 そして、気が付いているのだ。たった二週間しか一緒に暮らしていないにも関わらず、素直で天真爛漫なエルヴィにユリウスが徐々に惹かれてはじめていることも。


 大切な人を二度も亡くすなんて、耐えられないのではないかと言いたいのだろう。


「……すまない、心配かけたな。私なら大丈夫だ」

「それならばいいのですが」

「ありがとう」


 ユリウスは使用人たちに昔から苦労をかけている自覚はあった。本当なら公爵家の主人としてさっさと再婚をして、世継ぎを残さねばならなかったのに。


 しかし、ユリウスはそれがどうしてもできなかった。再婚することは、亡くなった妻に申し訳が立たないと思っていたからだ。


「差し出がましいことを申しました。では、これを」


 ジュードはコトリと机に小瓶を置いた。


「……なんだこれは?」


 執事らしい事務的な微笑み浮かべたジュードは何も答えず「部屋には誰も近づけませんので」と去っていった。


 ユリウスは怪訝な顔で、怪しい小瓶を確認すると『マムシ』と書かれてあった。


「ジュードのやつ!」


 すぐに捨てようと思ったが、念のため……ベッドサイドの引き出しの奥にしまった。とりあえず、念のためだ。


 何も言わなくても察することのできる優秀な執事も考えものだなとユリウスは思った。



 












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