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5 誕生日を祝いたい①

「ユリウス様、明日お誕生日なんですよね?」


 目を輝かせたエルヴィにそう言われて、ユリウスは初めて自分の誕生日が明日だと思い出した。


「……そういえばそうですね」


 年齢を重ねれば重ねるほど、誕生日を祝う習慣など自然となくなってくる。両親も妻も亡くなっているし、そんなことをしようという人間はこの世にいない。


 妻が生きていた時ですら、プレゼントをもらうくらいで毎年通常通り働いていたなとユリウスは思った。もちろん、妻の誕生日は休みをとって祝っていたけれど。


 それくらいユリウスにとって自分の誕生日は『普通と変わらない日』だった。


 使用人たちにも気を遣わせたくないので、もちろん祝いは不要だと事前に伝えてあった。


「よくご存知でしたね」

「陛下がこれをくださったのです! ユリウス様と短時間で仲を深めるために必要だろうと」


 エルヴィが持っていた紙には、ユリウスの個人情報がズラーっと書いてあった。名前に身長体重、誕生日や家族構成……生まれた場所や過去の経歴……そして好きな食べ物まで詳しく調べられていた。


「なんですか、これは」

「ユリウス様情報です! わたしの宝物です」

「……宝物って」


 大事そうにエルヴィが紙を胸に抱き締めるので、ユリウスは取り上げることができなかった。


「これを見て気が付きました。明日はユリウス様のお誕生日だと!」

「……そうでしたか」

「わたし誕生日をお祝いしてみたいんです。したことがないので!」


 嬉しそうにそう言ったエルヴィを見て、ユリウスは首を傾げた。


「したことがない?」

「はい。誕生日は祝われたことも、祝ったこともありませんので。楽しそうなので、経験しておきたいんですよね」


 ニコニコと笑っているエルヴィを見て、ユリウスは眉を顰めた。


「え……祝われたことがない? 子どもの頃もですか」


 自分のような年齢の男ならまだしも、エルヴィはまだ若い女性だ。誕生日を祝わないなんてことがあるのだろうか? それに少なくとも子どもの頃には、祝ってもらっていたはずだと思ったのだ。


「わたしは孤児でしたから。一応書類上の誕生日は決まっているのですが、捨てられていたので本当の誕生日もわからないんですよね。もしかしたら、年齢も違う可能性があります」


 ははは、とエルヴィは何も気にしていないかのように笑っていた。


「……っ!」


 ユリウスはその話を聞いて、ズキリと胸が痛んだ。


「幼い頃に陛下がお祝いをしてくれると仰っていたことがあったんですが、断りました。戦果の褒美以外で、王家から何かいただくのは、色々問題がありますので」


 確かにそれは事実だ。血縁関係のない者が国王陛下と親しくしていれば、エルヴィだけ優遇されていると反感を持つ人間が出てくるからだ。


「だから、生きているうちに誕生日パーティーというものを経験してみたかったのです。明日してもいいですか?」

「ああ、かまわないですよ」

「ありがとうございます! 楽しみにしていてください。ではわたしは準備があるので、今日は別々に過ごしましょう」

「わかりました」


 エルヴィは嬉しそうに部屋に戻って行った。その後ろ姿を見て、ユリウスはなんとも言えない気持ちになった。


「……私の誕生日を祝うことの何がそんなに嬉しいんだ」


 自分の誕生日祝いなら、まだわかる。だが、エルヴィはユリウスを祝いたいと、笑っていた。どうしてそんなに欲がないのだろうか。


 ユリウスは何を思ったのか、そのまま一人で街に出掛けて行った。


♢♢♢


「これは……すごいですね」

「えへへ、みんなと協力して準備しました」


 リビングには花がたくさん飾られており、壁にはバルーンやリボンの装飾が付けられている。


 明らかに手作りなので、ユリウスは一日でよく準備できたものだと感心していた。


 するとエルヴィは、パチパチと手を叩き始めた。


「ユリウス様、お誕生日おめでとうございます」

「……ありがとうございます」

「さあ、ケーキのロウソクを吹き消してください!」


 エルヴィはシェフが持って来たホールケーキを、ユリウスに向かって自信気な顔で差し出した。


 こんなことをするのは、子どもの頃以来だ。ユリウスは気恥ずかしかったが、エルヴィの期待に満ちた目を裏切ることはできなかった。


 ふう、と一息で火は全て消えた。律儀に年齢分の本数のロウソクが立ててあるのが、少し憎らしい。ロウソクだらけのケーキを見て、ユリウスは自分の年齢を嫌でも自覚した。


「わあ、すごいです! おめでとうございます。嬉しいですね」


 ニコニコとしているエルヴィを見て、ユリウスのそんなつまらない感情はいつの間にか消え去った。


「こんなことをしてもらったのは久しぶりです」

「そうですか!」

「……恥ずかしいが、祝われるというのは案外嬉しいものですね」


 ユリウスは少し頬を染めて、ボソリとそう呟いた。


「ジュード、あれを頼む」

「はい」


 執事のジュードは、もう一つ新しいホールケーキを運んできた。プレートには『エルヴィ ハッピーバースデー』と書かれてあった。


 エルヴィは驚いて、目をパチパチとさせているとユリウスが優しく微笑んだ。


「これはエルヴィ嬢のですよ。あなたの誕生日も一緒に祝いましょう」

「え? でもわたしの誕生日はまだ先です」


 ユリウスはそんなことはわかっていた。だが、次の誕生日までエルヴィの命は持たない。


「正確な日はわからないのでしょう? ならば、私と一緒の日でもいいではありませんか。エルヴィ嬢の誕生日を、私に最初に祝わせてくれませんか?」


 エルヴィがこの世に生まれてきたことを、ユリウスは自分だけでも祝ってあげたいと思ったのだった。


「……いいのですか?」

「ああ。さあ、吹き消してください」

「はい」


 ふーふーと息を吹きかけているが、ロウソクはなかなか消えなかった。初めてだからだろうか……エルヴィはとても下手くそだったのだ。


「あれ? ふーっ、ふーっ!」


 頬を真っ赤にして何度も頑張っている姿を見て、ユリウスは声を出して笑った。


「はは、早くしないと蝋がケーキに付いてしまいますよ」

「ああっ……! どうしましょう」

「私もお手伝いしましょう」


 エルヴィの近くに顔を寄せてせーので、ふーっと息を吹きかけると全ての火が消えた。


「消えました!」


 嬉しそうに微笑んだエルヴィの顔が、キスしてしまいそうなほど近いことにユリウスは動揺した。


 慌てて距離を取り、バクバクと煩く鳴っている心臓を落ち着かせた。ユリウスはなぜ自分がこんな気持ちになるのか、理解できなかった。


「ありがとうございます、すごく嬉しかったです。さあ、食事を始めましょう! シェフに頼んでいっぱい作ってもらったんですよ」

「あ、ああ。そうですね」


 それからは使用人たちも交えて、豪華な料理を食べるパーティーが始まった。


「んんー、美味しいです!」

「エルヴィ様に気に入っていただけて、良かったです。昨日から下ごしらえをした甲斐がありました」

「いつも美味しい料理を作ってくださりありがとうございます」


 変わったところはあれど基本的に素直で穏やかな態度のエルヴィは、短期間でラハティ公爵家の使用人たちとも仲良くなっていた。


「ユリウス様の好きなものばかりリクエストしたんですよ。たくさん食べてくださいね!」

「ええ。だが、最後にケーキを食べられるようにしておかないといけませんよ」

「わたしは甘いものは別腹ですから平気です!」


 楽しそうにそう言うエルヴィは、まるで少女のようだった。


「これはプレゼントです。何がいいかわからなくて……大したものは買えませんでしたが」


 ユリウスは小さな箱をエルヴィの手に置いた。


「え? わたしにくださるのですか」

「開けてみてください」


 驚いているエルヴィは、ゆっくりと箱のリボンを解いた。すると中からは、美しい紫色の石がついたイヤリングが入っていた。


「……綺麗」

「エルヴィ嬢の瞳の色みたいだと思ったのです」


 若い女性へ何をプレゼントしたらいいかなど、ユリウスは全くわからなかった。だが、どうしても無欲な彼女に何かをあげたいと思ってしまった。


 そして悩みに悩んで、宝石店が閉店する直前に……やっと買うことができたのだった。


「もちろん、嫌なら付けなくても大丈夫です。ほら、でも……イヤリングには魔除けの意味もあるというではありませんか。だからエルヴィ嬢を守ってくれるかもしれないと思ってそれにしたのです……」


 ユリウスは我ながら苦しい言い訳だと、冷や汗をかいていた。


 大魔法使いのエルヴィに、迷信めいた『魔除け』のイヤリングなど必要あるはずがない。


 しかし、何か理由をつけないとプレゼントを渡す勇気がなかったのだ。ユリウスは自分で、何事も割とそつなくこなせる人間だと思っていたが……実はこういうことは不器用だったらしいと自覚した。


「ユリウス様、とっても嬉しいです!」


 嬉しそうに微笑んだエルヴィは、ユリウスの胸にガバリと抱き付いてきた。


「エ、エルヴィ嬢!」

「こんな素敵なプレゼントどうしましょう。毎日……いや、今からつけますね」


 興奮気味に喜ぶ姿が可愛らしくて……ユリウスはエルヴィの頭をそっと撫でた。


「そんなに喜んでくださったのなら、良かったです」

「ありがとうございます。大事にします」


 ユリウスは箱からイヤリングを取り出して、エルヴィの耳につけてあげた。


「似合っています」


 そう伝えると、エルヴィは真っ赤に頬を染め恥ずかしそうに俯いた。


 そんな二人の様子をラハティ公爵家の使用人たちは、温かく見守っていた。




 





 


 


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