19 村の先生
「必ず一周忌までには戻る。それまで頼んだぞ」
「わかりました。場所とわかっている情報はこの紙にまとめています」
「ありがとう」
ユリウスは馬に乗って、西のエルドア村に向かった。行くまでに二日かかるので、途中で宿に泊まった。
明日会う相手のことを少しでも知っておこうと、ジュードにもらった紙を開いた。
『エルドア村にある一番高い山の麓にある小屋に住んでいる』
『名前は不明、おそらく性別は女性』
『村人たちも顔をよく知らない』
『薬の性能は間違いない』
つまり……探している薬師はほとんどよくわからない人物のようだ。
「エルヴィ、見つかることを祈っていてくれ」
ユリウスはエルヴィのくれたお守りを抱き締め、そのまま眠りについた。
翌朝も早起きして馬を走らせたため、なんとか夕方にはエルドア村に着くことができた。
「すまない、聞きたいことがある。この村に腕のいい薬師がいると聞いたんだが、知っているだろうか」
食事をするついでに、ユリウスは情報集めをした。色んな人物が集まる場所の方が、話が早いからだ。
「……いえ、知りません」
「そうか」
店員の反応からして、絶対に何かを知っている顔だった。もう少し探ってみるかと思い、ユリウスは酒場を探した。できるだけ柄の悪そうな場所を選ぶのがポイントだ。
「すまない、聞きたいことがあるのだが」
ユリウスが入った途端、いかにも荒くれ者そうな男たちにギロリとこちらを睨まれた。
「なんだ? ここはお綺麗な服を着た貴族様が来る場所じゃないぞ」
「質問したいなら、それ相応の対価を寄越せ」
「ただで話を聞けるなんて思ってるのか」
そんな思った通りの反応に、ユリウスはニッと口角を上げた。
「まさか。そんなつもりはないさ。これでどうだ?」
ユリウスは適当に札束を取り出し、広げてみせた。
「こっちにはその金だけ置いて、出て行かせるって手もあるんだぜ!」
一人の男が殴りかかってきたので、ユリウスはひょいと避けて手首を捻り上げた。普通の男に、騎士団長であるユリウスが負けるはずがない。
「いてててててて……なんだこの男は」
「話を聞かせてくれるかな?」
「知ってることなら話す……話すから……離せ!」
「感謝するよ」
ニッコリと笑ってユリウスは手を離した。威勢の良かった周りの男たちも、皆ユリウスの強さと不気味な笑顔に怯えていた。
「この村の薬師について教えて欲しい」
そう伝えると、ボソボソと口を開き出した。こういう男たちは敵わないと思うと、従順になるので扱いやすいことをユリウスは経験から知っていた。
「山の麓には老人の薬師が住んでいた。ずっと住んでるというより、どこかと行き来してる感じだったが。昔からとても腕がいいが、偏屈で変わった爺さんだった」
「男なのか?」
「ああ。元々はな。だがそいつも十年くらい前にいなくなり、最近は女が住んでいる」
山の麓に住んでいることと女性という点は、ジュードの調べた人物情報と同じだなと思った。
「そいつも薬師で、たまに薬を売りに来るんだ。最初はみんな得体の知れない薬師の薬なんて飲めないって無視してたんだが……ある日何を飲んでも咳が治らなかった子どもに物は試しだとその薬を飲ませたんだと。すると、あっという間に治っちまって……それから彼女は『先生』って呼ばれてる」
「なるほど」
「他の薬も驚くほどすごく効く。彼女は誰とも会いたがらない。だから家のポストに作って欲しい薬を書いて代金を置いておくと、数日後には家の前に届けられている」
やはり腕のいい薬師のようだ。何としてでも、その知識を教えて欲しいとユリウスは思った。
「……おい、あんまり先生のこと話すな」
ベラベラと話していた男を、他の皆が窘めた。
「なぜ村のみんなは、その先生のことを隠すんだ?」
「先生はそっとしておいて欲しいって言っていた。顔も見せたがらないのは何か事情があるんだろうって。みんなは……昔罪を犯して逃げているんじゃないかって噂してる」
「犯罪を?」
「ああ。だけど、お願いだから先生のことはそっとしておいてくれよ。この村の人間は、何度も助けられているんだから」
ユリウスはなるほどと納得をした。もし、過去に何か事情があるのであれば……顔を見せたくないことも理解できる。
「安心して欲しい。私はその薬師を決して悪いようにはしない。むしろ教えを乞いに来たのだ」
男たちに教えてくれたことを礼を言って、店長にかなり多めに札束を渡しておいた。
「全て私の奢りです。先に支払っておくので好きに飲んでくれ」
「本当にいいのか?」
「ええ」
店長にも頭を下げ「余ればあなたが貰ってください」と伝えておいた。
もう夜遅い時間だが、ユリウスは山の麓まで行ってみることにした。夜間の移動も野宿も、魔物討伐で慣れている。
「さすがにこの時間は非常識だな」
もう他人の家を訪ねていい時間ではない。それに情報通り女性ならば、知らない男が一人で夜中に現れたら怖いに決まっている。
すぐに動けるようにユリウスは、目的の山近くの森の中で野宿をすることに決めた。獣が寄ってこないように火を焚き、上着を丸めて枕にして寝転がった。
「エルヴィもこんなことをしてたんだな」
魔物討伐は森の奥や洞窟内に行くことが多い。そして長期任務のため、野宿など日常茶飯事だ。
あの時はもちろん簡易のテントはあったが、それでも騎士たちに混じって外で寝るなんてエルヴィは嫌だっただろうなと考えていた。
野宿など男のユリウスですら、避けられるのであれば避けたいと思っているのに。
いや、でもたくましいエルヴィのことだ。案外平気だったかもしれない。
あの当時のエルヴィは最強の魔法使いとして周囲から一目置かれており、まさに『別格』という言葉がピッタリだった。良くも悪くも特別扱いで騎士団と共に任務にあたる時も、誰かと必要最低限以上のことを話している姿を見たことがなかった。
ユリウスは騎士団長という立場もあり、まだ話していた方だ。最初にエルヴィと仕事をしたのは、彼女が十七歳くらいだったと思う。こんなか弱い少女が恐ろしい魔物を倒せるのかと心配になった記憶が残っている。
そんな心配を他所に、エルヴィは一瞬で魔物を殲滅させその場にいた全員を驚かせた。
だがその場面を目の当たりにしても、ユリウスにはエルヴィが小さな身体のただの少女に見えてしょうがなかった。年齢差もあるため、余計に庇護欲が湧いたのだ。
実際は魔法使いのエルヴィの方が、ユリウスよりも強いのでその感情を持つのはおかしいのかもしれないけれど。
だから遠征中は定期的に話しかけて、世話を焼いた。食事を食べているか、ちゃんと眠れているか、怪我をしていないか……まるでこれでは母親のようだ。
「これでよく私を好きになってくれたな」
マーベラスに呪いをかけられたと知ったあの日。ユリウスは何年も必死に戦ってきたエルヴィが、なぜあんな酷い仕打ちを受けなければいけないのかと悔しくて哀しい気持ちでいっぱいだった。
だけど、正直ただそれだけだった。可哀想だと同情する気持ちはあったが、もちろん恋愛感情なんて全く持っていない。
『ユ、ユリウス・ラハティ様と恋人になりたいです!』
自分の名前を大声で叫ばれた時、ユリウスは目を見開いて驚いた。
「いきなり恋人って……やっぱりおかしいよな」
ユリウスはあの衝撃の場面を思い出して、笑ってしまった。
王命で仕方なく恋人……いや、恋人ごっこを始めたはずなのにまさか一カ月後に結婚しているとは思わなかった。
それほどまでにエルヴィは、他の誰とも違う魅力を持った女性だったのだ。
「逢いたいな」
ユリウスはエルヴィを思い出しながら、夜を明かした。
そして外が明るくなったタイミングで森を抜け出し、水辺で顔だけ洗って……目的の山の麓にある小屋を探した。
「これか」
この辺りに住居は一つしかない。周りも木に囲われているので、知らなければ辿り着けなさそうだ。
ユリウスは家の扉を叩いた。
「すみません。私は王都で騎士団長をしているユリウス・ラハティというものです。あなたに頼みたいことがあるのですが、出てきてはもらえないでしょうか」
大きな声でそう伝えてみるも、全く反応はない。
部屋の中から光が漏れていないので、どうやら不在のようだ。まだ早い時間なのに、出掛けているらしい。
仕方がないので時間を変えて出直すかと思ったその時、信じられないものが目に映った。
「どうして……これがここに?」
庭に目を向けると、裾に花柄の刺繍がしてあるピンクのワンピースが外に干されていたのだった。
ユリウスがその服を見間違えるわけがない。なぜなら、記憶の中のエルヴィはいつもそのワンピースを着て笑っていたのだから。




