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余命一カ月の魔法使いは我儘に生きる  作者: 大森 樹
後編

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18/38

18 プレゼント

「もうすぐ旦那様のお誕生日ですね」

「すっかり忘れていたが、そうだな」


 一年前の誕生日パーティーの様子を思い出して、ユリウスは懐かしく思った。


「と、いうことは……エルヴィも誕生日ということか」

「そうですね」

「……みんなで祝うか」

「承知しました。お任せください」


 執事のジュードが、ニッと口角を上げた。


 正確な誕生日がわからないというエルヴィのために、ユリウスは自分と同じ誕生日にしようと決めたのだった。


 あの時まで、自分の誕生日なんてどうでもいいと思い生きてきた。しかしエルヴィに出逢って、祝い祝われることの幸せを知れたのだ。


 誕生日当日は、使用人たちが張り切って去年と同じように飾り付けや食事の用意をしてくれた。


 それはとても美味しくて、楽しかった。去年と違うところは、エルヴィがいないことだけだった。


「みんなありがとう。先に休むが、皆はこのまま楽しむといい」


 そう声をかけ部屋に戻ろうとすると、ジュードに呼び止められた。


「旦那様、これを」


 ユリウスに小さな箱を差し出した。誕生日のプレゼントかと思い礼を言うと、ジュードは静かに首を振った。


「これは奥様からです」

「エルヴィ……から?」

「はい。亡くなられる前日に、誕生日に旦那様に渡して欲しいと頼まれました」

「そう……か」

「必ず一人で、部屋を暗くして開けて欲しいと伝言です」


 暗くするとはどういうことなのだろうかと思いながらも、その箱を大事に抱き締めた。


「ありがとう」

「はい。おやすみなさいませ」

「ああ、おやすみ」


 すぐに開けたいような、開けるのが勿体ないような……そんな気分で部屋に戻ってからずっとソワソワしていた。


「まるで子どもみたいだな」


 ユリウスは寝る前に見ようと決めて、とりあえずシャワーを浴びた。そして寝る準備が全て整った後で、電気を全て落とした。


「何なのだろうか」


 エルヴィはたまに突拍子もないことをする。だから予想がつかない。


 ふう、と息を整えて箱を開けると……エルヴィの懐かしい声が聞こえてきた。


『ハッピーバースデートゥーユー』


 これは魔法か! 肌身離さず持っているお守りも同時に光り始めた。どうやら中に入っているエルヴィの髪が反応しているらしい。


 久しぶりのエルヴィの声に感動……はしなかった。なぜなら、派手に音が外れていたからだ。


「くっ……はは、エルヴィは音痴だったのか」


 笑ってはいけないと思うのに、つい堪えきれなかった。そういえば歌っているところは、見たことがなかった。


 エルヴィの知らない部分を新しく知れたことが、ユリウスは嬉しかった。


『ハッピーバースデーディアーユリウス! ハッピーバースデートゥーユー!!』


 最後まで音程は整わぬまま歌が終わった。だが、必死になって歌ってくれたことが伝わるので、ユリウスは心が温かくなった。


「エルヴィ、ありがとう」


 聞こえるはずもないが、ユリウスはつい返事をしてしまった。


『おめでとうございます。これは私からのプレゼントです』


 その声と共に暗くしたはずの部屋の中に、キラキラと光の粒が舞った。


「……綺麗だ」


 それは去年見たエルヴィの魔法と同じだった。


『部屋の中に花畑は困るでしょう? 光は消えるので大丈夫です。綺麗でしょう』

「ああ。ちなみに去年君が出した花は今も綺麗に咲いているよ」

『素敵な一年にしてください』

「……ああ」

『愛しています』

「私も愛しているよ」


 そこでプツリと声は途切れ、舞っていた光は床に落ちると消え部屋は真っ暗になった。


 箱を閉めてもう一度開けてみたが、何の反応もない。どうやら効果は一回限りらしい。


「エルヴィ、おやすみなさい」


 ユリウスは箱を机に置き、左手の薬指にキスを落としてそのまま寝ることした。そうすれば夢の中でもエルヴィに逢える気がしたからだ。


 その夜、ユリウスは本当にエルヴィの夢をみることができた。


 しかし夢の中でもエルヴィが不思議な音程で歌うので、ユリウスはまた笑ってしまった。


『なんで笑うのですか。酷いです』

『すみません。あまりにもエルヴィが可愛いくて』

『せっかく初めて人前で歌ったのに』


 拗ねて唇を尖らせているエルヴィの頬にキスをすると、恥ずかしそうに下を向いた。


『……ユリウスも歌ってください。私も誕生日ですから』

『私も?』

『はい』


 そう言われては歌うしかなく、ユリウスは低く響く声でハッピーバースデーを口ずさんだ。


『……ずるい』

『なにがですか?』

『歌まで上手いなんて。声も素敵です! 格好良すぎます』


 久しぶりに聞くエルヴィのストレートな褒め言葉に、ユリウスは頬を染めた。


『いい誕生日でした。ありがとうございました』

『エルヴィ……待ってくれ。まだ』


 ユリウスがエルヴィに手を伸ばした瞬間、目が覚めた。外はもう明るくなっていたので、よく眠っていたらしい。


「……夢か」


 いい夢だった。だけど、やはりエルヴィが傍にいないのは寂しかった。


「しっかりしろ。彼女に顔向けできないだろ」


 ユリウスは顔を手で叩き、気合を入れて起き上がった。



♢♢♢


「旦那様、ちょっとよろしいですか」


 エルヴィの一周忌が近付いて来た頃、ジュードが神妙な顔でユリウスの部屋を訪れた。


「ああ、どうした?」

「医療体制強化のために、優秀な人材をラハティ公爵領に引き抜きたいと仰っていましたよね」

「そうだな。この前医者は数人見つかったと報告があったな。医学生の指導にもあたってくれるそうで安心している」


 ユリウスは二度とナターシャのような悲劇を繰り返さないために、エルヴィから贈られた財産を元に医療に力を入れていた。


 医療学校を作り、優秀な医者や薬師を指導者として採用した。


 エルヴィが屋敷に植えてくれた薬草も、庭師のエドガーによって手入れをされ常に取れるように管理されている。この屋敷の人間は全員、解熱剤や消毒薬は作れるようになった。


 今は領地内にもこの薬草を植えており、領民たちに薬の作り方を教えていくつもりである。後々はラハティ公爵領だけでなく、国全体の事業にしたいとユリウスは考えていた。


「はい、医者はもう十分です。問題は薬師の方なのですが……」

「いないのか」

「いえ、いるのはいるのです。隣国との境、西のエルドア村という場所に優秀な薬師がいるという噂がありすぐに向かわせたのですが」

「断られたのか」


 優秀な薬師はあまり都会を好まず、田舎で自らの手で薬草を育てながら細々と暮らしている人間が多い。王都に近いラハティ公爵領に来たくないと思ったのであろうか、とユリウスは考えていた。


「いえ、会えなかったと」

「会えなかった?」

「はい。家は突き止めたらしいのです。しかし、ラハティ公爵家として雇いたいと言っても家の中から『帰ってくれ』と言って顔を出さなかったそうです」

「報酬は伝えたのか?」

「はい。扉の外からこちらの条件は全て伝えましたが断られたと」


 提示した条件は悪くないはずだ。それでダメならば、きっと金や条件では動かない人物なのだろう。


「今度の休みに私が説得してこよう」

「旦那様が直々に行かれるのですか? 行くのに丸二日はかかりますよ」

「エルヴィの一周忌前に一週間休みをもらっているんだ。行って帰ってこれる」

「しかし……」

「きっと金や権力では動かぬ人物なのだ。それならば、誠意と情熱をみせるしかあるまい。我が領地になぜ優秀な薬師が必要なのか話してみよう」


 ユリウスは、エルヴィの一周忌を迎える前にその優秀な薬師をラハティ公爵家に来てもらえるように説得しようと決意した。







小説をお読みいただきありがとうございます。

本日、二話目の投稿です。

読み飛ばしにご注意ください。

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― 新着の感想 ―
[一言] 2話更新ありがとうございます(^^) 遺言、エルヴィらしいですね。 ユリウスの結婚やお墓や遺言についての気持ち、素敵だと思いました。 一年経って、エルヴィからお誕生日お祝いをしてもらえ…
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