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余命一カ月の魔法使いは我儘に生きる  作者: 大森 樹
後編

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17 英雄の葬儀

「大魔法使いエルヴィ様の安らかな旅立ちを、皆で祈りましょう」


 国王陛下以下、全ての王族や重役、そして騎士たちがエルヴィの葬儀に参加した。


 一番大きな教会で国葬されたエルヴィが、どれだけすごい人物だったのかというのは、その葬儀の規模を見れば説明などいらないほどだった。


 最強で最悪の魔女マーベラスを倒し、平和をもたらした英雄。しかし人前に出ることが苦手だったエルヴィの実際の顔を知っている人は少なかった。


 だが、その大魔法使いの名を知らぬものはいない。エルヴィはマーベラスを倒した時の呪いによる死だと公表された。


 その訃報に国民たちはショックを受け、命を賭してマーベラスを倒してくれたエルヴィに感謝をし、皆が自主的に黒い服を着て長い間喪に服した。


「……彼女じゃないみたいだな」


 葬儀のために用意された肖像画は、頭まで隠れる黒いローブを纏いキリッとした表情でこちらを見ているエルヴィの姿だった。


 でもむしろ、ユリウスはこの姿のエルヴィの方が馴染みがあるはずだった。魔物討伐の時は、何年もこの姿のエルヴィしか知らなかったのだから。


 だが一カ月一緒に暮らしたユリウスにとっては、薄いピンクのワンピースを着て笑っている可愛らしい姿こそがエルヴィなのだから。





 結局エルヴィの身体は何も残らなかった。だから棺の中にはエルヴィがいつも着ていた黒いローブと髪の毛しか入っていない。そして、その棺の中には大量の花が献花されていた。


「エルヴィ、どうか安らかに」


 ユリウスも真っ白な花を手に取り、エルヴィの棺を彩った。


 結婚をしたとはいえど、証人はラハティ公爵家の使用人たちだけ。なぜなら、あれはユリウスとエルヴィ二人だけの秘密の結婚式だったのだから。


 だから、もちろん夫ではなくただの騎士団長としての献花の順番だ。早くも遅くもない。仕方がないことだが、ユリウスは自分が世間的にはただの同僚としての立場でしかないことが切なかった。


 ユリウスは本当は正式な書類も出したかった。だが必要書類を集めるには時間がかかるし、貴族の結婚には国王陛下の承認がいる。周囲に知られて大事になることを、エルヴィは望んでいなかっただろう。


 そしてエルヴィには身寄りがない。だから結婚してしまえば、彼女が魔法使いとして得た莫大な財産をユリウスが貰い受けることになってしまう。


 そんなことは避けたかった。エルヴィのことは、純粋な気持ちだけで結ばれたかった。


『遺言を残しています』


 生きている時にそう言っていたエルヴィのことだから、きっと財産についてもしっかり考えているはずだ。彼女の好きに使って欲しかった。


 たとえ遺言があっても、夫がいれば一部はそちらに引き継がれてしまう。だから、正式な夫婦にはならなかった。


 なのに……なのに、エルヴィの残した遺言には信じられないことが書かれていた。


♢♢♢


「エルヴィ!」


 急に意識がはっきりし、飛び起きた時……時計は深夜一時をさしていた。


 ベッドの中には誰もおらず、服や指輪も……何も残っていなかった。


「エルヴィ……エルヴィっ!」


 屋敷中を探したが、もちろんエルヴィの姿はなかった。そして、ベッドサイドのテーブルに手紙が残されていた。



 愛するユリウスへ


 この手紙を読んでいるということは、わたしは寿命を迎えたのでしょう。


 魔法で眠らせてごめんなさい。どうしても、最後の姿をあなたに見られたくなかったのです。だって泣いてしまいそうだったので。


 怒っているかもしれないけれど、どうかわたしの我儘を許してください。


 ユリウス、大好きです。わたしを一人の人間として、普通に接してくれて嬉しかった。


 あなたの前では魔法使いじゃないわたしでいられました。ありがとうございました。


 ずっとずっと愛しています。幸せな時間をありがとうございました。


 どうかお元気で。


 エルヴィ





 その手紙を握りしめて、ユリウスは思い切り泣いた。一生分の涙が、この夜に流れ落ちた。


「エルヴィ……エルヴィっ!」


 遺体も何も残らなかったので、またエルヴィがひょっこりと出てくるような気がしてしょうがなかった。


 しかし、エルヴィが姿を見せることはなかった。


 翌朝、ユリウスは事務手続きに追われた。エルヴィの死を国王陛下に報告し、葬儀の準備に取り掛かった。


 使用人たちもしばらく沈み込んでいたが、ユリウスが気丈に振る舞う姿を見て自分たちもしっかりしなくてはと気を引き締めた。


 実はユリウスへの手紙と共に、正式な手続きを踏んだ遺言書が入っていた。それには魔法がかけられており、中は開けられなくなっていた。


『この遺言書は国王陛下にしか開けられません。開封の儀には、司法省の人間と共にユリウスも同席をお願いします』


 そう書かれていたため、国王陛下に時間を取ってもらいエルヴィの遺言書を開封することになった。


「これは……確かに開きませんね。筆跡からもエルヴィ様の直筆に間違いありません」


 司法省のトップの男が、遺言書を確認した後国王陛下に手渡した。


「そうか。では開けるぞ」


 国王陛下が遺言書に触れると、一瞬強い光が瞬き封が自然と開いた。


「エルヴィの財産の半分は国へ寄付をする。わたしと同じような孤児への支援や魔法使いへの教育強化として使って欲しい。我が国の益々発展と、民の幸せを願っています」


 エルヴィらしい決定だとユリウスは目を細めた。


「そしてもう半分の財産は、ユリウス・ラハティへ」


 その言葉を聞いて、ユリウスは驚いて顔を上げた。


「……え?」


 国王はユリウスを見つめながら、遺言書の続きを読んだ。


「わたしの最後の我儘を聞いてくれたユリウス・ラハティにはせめてもの礼として、財産を寄与する。ユリウスに与えたさらに半分の財産は私が世話になった使用人たちへ均等に与え、残りの半分はラハティ公爵領の発展のために使って欲しい。幸せで穏やかな時間を与えてくれたことを感謝します」


 まさか、エルヴィがこんなことを考えていたなんて。


「だ、そうだ。エルヴィが思い残すことなく逝けたのはユリウス、お前のおかげだ。脅すような真似をして、無理を言ってすまなかったな。お役目ご苦労だった」

「いえ……私の方が……エルヴィ……嬢から教えていただくことばかりでした」

「……そうか。遺言の件は、司法省で滞りなく処理をしておく」

「承知いたしました」


 ユリウスは深くお辞儀をして、足早にその場を去った。


「……エルヴィ」


 その場にいると、また涙が溢れそうだったからだ。だが、ユリウスはもう泣かないと決めていた。


 ユリウスはエルヴィの望み通り、使用人たちに財産をきちんと分け与え……自分が受け取った分はラハティ公爵領内の医療強化のために使うことにした。


 そしてユリウスは一カ月ぶりに騎士団長として、仕事に復帰した。


 気を抜くとエルヴィのいない哀しみが押し寄せてくるが、仕事をしていたほうが気が紛れた。


 それにエルヴィが好きだと言ってくれた格好いい騎士でいたかった。そうすれば、彼女がどこかで見ていてくれる気がした。


「二人とも、行ってくるよ」


 ユリウスは仕事に行く前に、必ず墓参りをするのが日課になっていた。


 実はユリウスはナターシャの墓の隣に、エルヴィの墓を建てていた。


 正式なエルヴィの墓は、国が管理する場所に仰々しくとても立派なものができている。


 王族と同レベルの扱いである大魔法使いエルヴィの墓は、騎士団長という立場のユリウスですらたくさんの申請を国に通さねば参ることはできない。


 それに、結局そこにもエルヴィの肉体は眠っていない。なので、ユリウスはお守りに入りきらなかった髪の毛を入れて屋敷の庭にお墓を作った。


 国に知られたら許されないだろうが、それはラハティ公爵家だけの秘密だ。主人であるユリウスの妻であるエルヴィのことを、使用人たちが外に漏らすことは一切なかった。


 ナターシャとエルヴィの墓はいつも綺麗に掃除がされ、たくさんの花で溢れていた。





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