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余命一カ月の魔法使いは我儘に生きる  作者: 大森 樹
前編

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10/38

10 試合を見たい

「どうでしたか?」


 ユリウスの問いかけに、エルヴィは首を小さく振った。


「そう……ですか」

「ええ。残りはあと十三日です」


 先程エルヴィは国王陛下に謁見し、他国から連れてきた優秀な解呪師にみてもらった。しかし、やはり誰もマーベラスの呪いを解くことはできなかったのだった。


 わかってはいたことだが、一縷の望みに賭けていたユリウスは落胆の色を隠せなかった。


「ユリウス様はどうでしたか?」

「仕事は滞りなかったです。エルヴィ嬢がマーベラスを倒してくれたおかげで、どうやら他の魔物も一緒に消えてしまったようなので、騎士団は王宮と王都の警備が中心になっています」

「そうですか」

「もう打ち合わせは終わりましたので、一緒に帰りましょう」


 ユリウスはそう提案したが、エルヴィはそわそわと何かを言いたそうにしていた。


「王宮にまだ何か用がありますか?」

「あ、あの」

「はい」

「ユリウス様が剣を振っていらっしゃる姿が見たいです! できればその……試合なんか見られたら嬉しいんですが」


 エルヴィは興奮したように、前のめりになった。


「むさ苦しい剣の試合など見て楽しいのですか?」

「ユリウス様の剣を振ってる姿が見たいのです!」

「……そんなもの魔物討伐の時に何度も見てるのでは?」


 ユリウスはなぜそんなものを見たいのか、不思議に思った。


「全然違いますっ!」

「何が違うんですか」

「剣と剣がぶつかるのがいいのです。それに魔物討伐の時は、わたしも戦っていたのでちゃんと見れませんから!」

「……はぁ。見ても楽しくないかもしれませんが、かまいませんよ」

「ありがとうございます」


 ユリウスは副団長のパヴェルに話しかけ、自分が団員たちの訓練を兼ねて試合をすると伝えた。


「ここでご覧ください。何かあればすぐに呼んでくださいね」

「わかりました」


 エルヴィは騎士の隊服を着たユリウスが、一番好きだった。凛々しくて格好いいからだ。


「私も久しぶりで身体が鈍ってる。勝ち残りで試合をするから順番に並びなさい」


 ユリウスのその発言に、騎士たちはぞろぞろと並び始めた。


「いくら団長とはいえ、この人数……しかも俺たちだって毎日必死に訓練して鍛えてるんですよ!」

「そうですよ! 我々が勝っても恨まないでくださいね」

「こっちは若さとパワーがありますから」


 自分が育てた若く屈強な騎士たちを見て、ユリウスは誇らしい気持ちになった。


「はは、それは頼もしい。だが、騎士団のトップとしてまだ君たちに負けるわけにはいかないな。さあ、来なさい」


 その声と共に騎士たちがユリウスに向かって剣を振り上げた。それを華麗に受け止め、次々と向かってくる騎士をどんどん倒して行った。


「うゔっ」

「痛えっ」

「強すぎる」


 その倒れた騎士の山を見て、エルヴィは目を輝かせた。人が倒れているのを喜ぶのはおかしいとは思うが、エルヴィの瞳にはユリウスしか映っていなかったからだ。


「……格好いい」


 ユリウスより身体の大きな騎士もいるのに、そんなことはなんの問題でもないようだ。それだけユリウスの剣は早く美しかった。


 五十人抜きをしてひと息ついたユリウスは、額の汗を袖で乱暴に拭った。そのユリウスはワイルドなのに色っぽくって、エルヴィは必死に目に焼き付けていた。


「エルヴィ様は本当に団長がお好きなのですね」


 声をかけられて顔を上げると、見たことのある騎士が立っていた。たしか、副団長のパヴェルという名前だったかなとエルヴィは思い出していた。


 まだ二十代後半の若い男で、身体は大きいもののとても爽やかな雰囲気を醸し出している。


「はい……好きです」

「はは、素直なのですね。エルヴィ様がそういうことを仰るタイプだと思っていなかったので、なんだか意外でした」

「意外ですか?」

「はい。私は任務以外でお目にかかったことがなく、魔法使いとしての凛々しいお姿しか拝見しておりませんでしたから。そのワンピースとてもお似合いですね」

「ありがとうございます」


 パヴェルに褒められて、エルヴィは嬉しそうに微笑んだ。これはユリウスが選んでくれたものだったからだ。


「……エルヴィ様は本当は可愛らしい方だったんですね」

「え?」

「いえ、なんでもありません」


 気を遣って話しかけてくれているのかもしれないが、エルヴィは本当はユリウスの勇姿に集中したかった。


 それからもエルヴィはユリウスに熱い視線を向けていた。最終的にユリウスに勝てる騎士はおらず、全員倒してしまった。


「あーあ、やっぱり団長には敵わないですね。最小限の力で、倒しちゃいますから」

「素敵ですよね!」

「ええ、私も憧れています」


 嬉しそうにそう言ったパヴェルを見て、エルヴィはぎゅっと彼の手を握った。ユリウスのことを好きな同志だと思ったからだ。


「わかります。わたしも憧れてます! 強くて頼もしいのに優しい大人の男性です」


 あまりに距離の近いエルヴィに、パヴェルは驚いて頬を染めた。


「あ……あの……」

「今までユリウス様の魅力についてお話しできる方がいなかったので、嬉しいです」

「は、はい」


 試合の終わったユリウスは……副団長のパヴェルの手を握って、嬉しそうに微笑んでいるエルヴィの姿を見てしまった。


「……っ!」


 いつも自分のことを慕ってくれているエルヴィが、他の男性にあんなに楽しそうに笑いかけているのを初めて見た。しかもあの握っている手は何なのだと、胸がモヤモヤしてきた。


「ユリウス様ーっ! 素敵でした」


 視線に気がついたエルヴィは、ブンブンと手を振りながらユリウスに近寄ってきた。


「皆さんを倒してしまってすごかったです!」

「そうですか? ありがとうございます」


 ユリウスは、汗を拭きながら冷静に返事をした。そして隣に立っているパヴェルをギロリと睨みつけた。


「……久しぶりにパヴェルも一戦どうだ?」


 思ったより低い声が出てしまい、ユリウスは自分が大人気ないなという自覚はあった。


「い、いえ。私はこれから会議がありますので」

「そうか、ではまたな。私が不在の間、頼んだぞ」

「はい」


 どうやらパヴェルは、このピリピリした空気をすぐに読み取ったらしい。パヴェルは剣の腕がたつので、入団当初からユリウスが目をかけて直接指導して育てた愛弟子だ。


 剣の腕が確かな上に顔もいいし、人柄もいい。そして……まだ若い。だからエルヴィと並んでいる姿が、とてもお似合いだなと思ってしまった。


「ユリウス様、我儘をきいていただきありがとうございました」

「いえ、これくらいのことならいつでも」

「格好いいユリウス様を目に焼き付けました。さあ、一緒に帰りましょう!」


 エルヴィに手を引かれたが、ユリウスはパッと強引に手を離した。


 その瞬間ものすごく哀しそうな顔をしたエルヴィを見て、ユリウスは慌てた。


「す、すみません。違うんです。その……汗をかいているので、シャワーを浴びてからでないと汚いですから」


 そう伝えると、エルヴィは安心したようにへにゃりと笑った。


「全然汚くないですよ」

「いえ、だめです。近付かないでください」

「嫌です」


 言うことを聞かないエルヴィは、そのまま無邪気にユリウスに抱きついた。


「な、なにをしてるのですか!」

「いい匂いですよ。普段のユリウス様の香りが濃い感じで」

「は、離れてください。お願いですから!」

「もう少しだけ」


 ユリウスは真っ赤になって固まっていた。エルヴィは本当に予測がつかない行動をする。


 それを見た騎士たちはくすくすと笑っていた。


「団長、お熱いですね。彼女さんかなり若くないですか?」

「普段冷静な団長が焦るのを初めて見ました」

「団長が女性を連れてくるなんて珍しいですよね」


 騎士団の中でも上層部の一部人間はエルヴィの呪いのことや、あの日ユリウスが『公開告白』をされたことを知っている。ちなみに副団長のパヴェルは、あの場所にいたので事情を知っていた。


 だがその他の騎士たちはそのことを知らないため、ユリウスは特別任務のため一時的に騎士団を離れていると思っている。


 真っ黒なローブを脱いだエルヴィは、童顔で可愛らしい小さなレディだった。騎士団員たちの大半は、ワンピースを着たエルヴィがあの大魔法使いだとは気が付いていないようでユリウスの恋人か何かだと思っているようだった。


「……帰りましょう。これ以上注目を浴びたくありませんから」

「はい。すみません」

「怒っていませんよ。さあ、馬車に向かいましょう」


 素直に馬車に乗ったエルヴィはご機嫌だった。


「パヴェルとは何の話を?」

「え? あー……ああ……大した話はしてませんよ」


 さすがにユリウスの好きなところを話していたとは言えなくて、エルヴィは曖昧に誤魔化した。


「私には言えないんですか?」

「……え?」

「随分と楽しそうに見えましたが」


 ユリウスにグッと顔を覗き込まれたエルヴィは、そのあまりの近さにポッと頬を染めた。


「……何を?」

「あの……その……ユリウス様の素晴らしさについてお話をしていました」


 思ってもいなかった答えに、今度はユリウスが顔を赤らめる番だった。


「な、なんでそんな話をしてるんですか!」

「パヴェル様もユリウス様に憧れていらっしゃるそうです。だから同志だと思って盛り上がってしまいました」

「……そ……ですか。それはどうも」


 睨みつけたのは誤解からくる幼稚な嫉妬だったと、ユリウスは心の中でパヴェルに何度も謝った。



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