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1 恋人になりたい

「あははははは! お前は死の恐怖に怯えながら、この一カ月無様に生きるといい」

「わたしに一体なにをした!」

「悔しいがこちらの負けだ。だが、このマーベラス様がただで死ぬわけがなかろう? お前も道連れだ!」


 それが、この国で一番人間を食った最強で最悪な魔女マーベラスの最期の言葉だった。


 この日、魔法を使っての激しい戦いの末に大魔法使いエルヴィは見事に勝利をおさめた。国中がマーベラスの恐怖から解放された喜びでお祝いムードの中、王宮の玉座の間は重い雰囲気に包まれていた。


「エルヴィ様、残念ながらこの呪いは解けません」

「……でしょうね。あのマーベラスが命と引き換えにした魔法ですから」

「力不足で申し訳ありません」


 国王陛下の命で秘密裏に呼ばれた解呪師は、悔しそうな顔をしてエルヴィに深く頭を下げた。


「いや、あなたは間違いなく優秀です。この呪いを解くことができるのはマーベラスだけでしょう。まあ、もうかけた本人が死んでいるのでどうしようもないですがね」

「かろうじてわかったことはこれは『何かを失う』呪いで、エルヴィ様の前には『三十』という文字が視えています」

「マーベラスは『死の恐怖』に怯えながら『一カ月』生きろと言っていました。なので、十中八九これは三十日後にわたしが死ぬ呪いでしょう」


 まるで他人事のように淡々とエルヴィがそう告げると、集まっていた国の重役たちはまるで葬式かのように暗い顔で俯いた。


「エルヴィ、我が国のために今までよく頑張ってくれた。礼を言う」


 国王はぐっと唇を噛みしめ、落ち着いた声でそうエルヴィに告げた。

 

「ありがとうございます。わたしにはもったいないお言葉です」

「この三十日間、好きに過ごしてくれ。どんな我儘でも私が許そう。希望はあるか?」


 そう言われて、エルヴィは口元を手で押さえて考えた。この二十五年、エルヴィは魔法漬けの人生だった。


 死ぬ前にしてみたいこと……それを望むのはとても恥ずかしかったが、もうすぐ死ぬのに恥ずかしいも何もないだろうと開き直った。


「では、ひとつだけお願いがございます」

「なんだ。言うてみよ」

「……と……になりたいです」


 エルヴィはもじもじしながら、ごにょごにょと小さな声で希望を口にした。


「なんと言ったのだ?」


 国王にもう一度聞き返されて、エルヴィは恥ずかしくて真っ赤になった。だがもうこんなチャンスは二度とないのだから、どうせなら冥土の土産にしようと気合を入れ直した。


「ユ、ユリウス・ラハティ様と恋人になりたいです!」


 全く想像もしていなかった方向のお願いに、誰も反応することができず……シンと静まり返った。


「こ、恋人っ!?」


 その静寂を破ったのは、名前を出されたユリウス本人だった。大きな声を出したことに気が付き、慌てて手を口に当てている。いつも冷静沈着な騎士団長であるユリウスが、ここまで戸惑っている様子は珍しかった。


「も……申し訳ありません。少々驚いてしまいまして」


 ユリウスはゴホンと咳ばらいをした後に、国王に向かって頭を下げた。

 

「エルヴィ……君の言うユリウスとは、このユリウスで間違いないか?」


 国王は眉を顰めながら、騎士団長のユリウスに視線を向けた。全員の視線がユリウスに向いており、彼はなんとも居た堪れない表情をしている。

 

「はい」

「……ユリウスと恋人になりたいのか?」

「は、はい」


 エルヴィはユリウスに迷惑をかけているなと申し訳なく思って、身体を小さくして人差し指をいじいじと触っていた。その様子を見て、国王は切ない気持ちで目を細めた。


 元々エルヴィは平民の孤児であったが類まれなる魔法の才能があったので王家で預かり、老齢で変わり者だがとても優秀な魔法使いの元で修行をさせていた。


 そのため国王は幼い頃からエルヴィのことを知っている。だが生活のほとんどを魔物討伐か魔法の鍛錬をしていた彼女が、恋だ愛だと浮かれている姿は一度も見たことがなかった。


 本当にエルヴィが呪いで死ぬのであれば、こんな哀しいことはない。しかし、避けられない事実ならば、せめて今までできなかった『普通の生活』をさせてやりたいと思っていた。


「わかった。ユリウス、お前とエルヴィは、今日から恋人だ」

「へ、陛下っ! ちょっとお待ちください。さすがにそれは」

「これは()()だ。背くならば、お前の首が飛ぶだけだ」


 国王はそんな物騒なことを言いながらにっこりと微笑んだ。騎士団長を処刑するなど、さすがに冗談だろうと誰もが思ったが……その笑顔は案外本気のように見えて、ユリウスに承諾する以外の選択肢はなかった。


「この国を救った英雄の最期の願いだ。聞いてくれるな?」

「……お役目全うさせていただきます」


 こんな形で、かなり無理矢理ではあるがエルヴィとユリウスは恋人になった。


 しかももう寿命が短いという理由で、なるべく長く一緒にいるためにエルヴィがラハティ公爵家に住むということもその時に決まった。


 そして『寿命が尽きるまでエルヴィを守る』という名目を作られ、強制的にユリウスも騎士団の仕事を一カ月休むことになった。


 普通なら騎士団長と大魔法使いが一カ月も仕事を不在にするなんてあり得ない。だがこれはエルヴィのおかげでこの国から魔女がいなくなり、平和になったからこそ可能なことだった。



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