第三十話「未達の戦士たち」
数時間ほど経過しただろうか
部屋で待っているとイザナミが一人で戻ってきた。
どこか不安そうな顔をしている。
「さっきは不思議な光景を見させちゃったよね…」「えぇ…」
そうだ、確かにあのとき呪文を唱えていなかった。
これがイザナギの言っていたキーパーソンなのか?
「今から説明するけど…この話は二人だけの内緒ね?」
ぼそっと耳打ちするイザナミに少しドキッとする。
「っんとね…神様には特殊な能力があるの」
こほんと咳払いをするイザナミ。
「たった一つ…お願いをすると神様に選ばれた人は
なんでも願いを叶えられるんだ」
「例えば…お腹が今後空かないようにしてください
って願ったら一生食事が不要になるんだ」
「もちろん…ちゃんと食べることもできるよ」
「私の能力は…全ての魔法を唱えなくても発動出来ることだと思う」
「…これ以上誰も傷つかない様にしてくださいって願ったらしいね」
らしい…?イザナギが直接願った訳ではないのか?
「らしい…とはどういう意味でしょうか?」
きっと、深い意味があるのだろう
「実は…もう記憶に無いんだよね…
何故か自分が神様で…こう願った…っていうのは分かるんだけど
それ以外は何にも思い出せないんだ」
「何か条件があるはずなんだけどね…」
確かに、俺も過去についてあまり思い出せない。
いつも記憶を失う瞬間は
良くない出来事に出会ってしまったときだと思う。
仮にストレス負荷が記憶喪失の条件だった場合
過度に負荷がかかるとどうなるのだろうか。
…考えたくもないな。
「なるほど…色々とありがとうございました
この話は秘密にしときます」
「うん…助かるよ」
一言交わすと、ばいばいと手を振りイザナミはどこかへ消えてしまった。
様子がいつもと違った。
やはり、こういう話はあまり公に出すべき話題ではないのだろうか。
…ひとまずイザナギの容態を見てこよう。
イザナギの部屋の前まで到着した。
そういえば、イザナギの部屋の中って見たことがないな。
「お邪魔しまーす…」ぼそりと一言発する。
部屋の中は質素だった。
古いタンスに、埃の被っている鏡台。
端にある、唯一清潔にされている布団の中にはうんと唸っているイザナギがいる。
「律…いたのか…」
起きてたか。「えぇ…体調は大丈夫そうですか…?」
「あぁ…腕が切られてしまったが…利き手じゃないだけマシだ」
イザナギは本当に強いな。
喚くことも心を閉ざすこともせず、ただありのままを受け入れているのだ。
「今日は助かった…」助かった?俺は何もしていないぞ。
「ははっ」唐突な笑いに少しドキッとする。
「本当に助かったよ…律…」沸々と怒りを露わにしている。
「ただの人間の僕一人だったら…
きっと勝敗が決まっていた戦争になっていただろう」
「神のお前がいてくれたからなんだよ…律…」イザナギは優しい目をしている。
唐突に褒められてしまい、少し照れくさい。
「ようやくだ…ようやく舞台が整った!」
だが、イザナギの目の奥は復讐に満ちていた。
「神ですら天使を殺せぬのなら…僕たち人間が殺してやろうではないか」
「不完全で醜い人間が必ずお前らを殺してやる」
「未達の戦士のお迎えだ」
数日後
人間と天使の戦いが始まる。




