第55話 食花栽培連盟
「もう花のシーズンになったか」
環の声は低く、抑揚に乏しい。
それでも視線だけははっきりと上を追っていた。
アキもつられて顔を上げる。
ベルトコンベヤの黒い帯の上を何かが流れてくる。
先ほど流れてきたばかりの段ボールとは違う、直線的で無骨な輪郭。
環の視線の先にあるのは縦長の箱だった。
大人が両腕で抱えられるほどの長方形の木箱。
焦げ茶というより、焼け跡のように黒ずんだ木肌が目を引く。
側面には焼き印が押されており、その縁からわずかに甘い匂いが滲み出していた。
鼻の奥に残る、妙にねっとりとした甘さだった。
――アキは箱へ一歩近づき、環は小さく息を吐く。
「食花連盟のものだな」
「連盟……花というと前に流れてきた“食人花”関連の組織ですかね?」
アキは環の言葉に、箱を二度見する。
いつか聞いた花の名前――食人花といったか。
正直、見た目はよく覚えていなかった。
鋭く長い葉、一見すると百合のような色鮮やかな花。
――食人花を育てる造園師、庭師の存在を環から聞かされたことがある。
花単体で考える者を造園師、花を含めた庭単位で考えるのが庭師。
一種の職業として成立しているあたり、組織があってもおかしくはない。
環の話では花の出来栄えを競う大会があるという。それを主催する団体なのかもしれない。
「そうだ」
「前に言ってた花の大会を仕切ってるところですよね、多分」
「ああ。造園師、庭師の団体だ。正式名称は食花栽培連盟。長いからそう呼ばれている」
箱はゆっくりと頭上を通過していく。
アキはつま先立ちになり、焼き印を覗き込んだ。
円形の紋章。中央には簡略化された花の図案。
その周囲を取り巻く文字は見慣れない書体で刻まれている。
「中身、花ですか?前回はそのまま花っぽいのが来ましたけど」
「いや」
環は短く首を振った。
「これは肥料だ」
「肥料?」
言葉が一瞬、喉に引っかかる。
――そういえば先輩、前職の時に訪問販売に来た業者に推し負けていくつか買ったとか言っていたような。
アキは視線を箱から外せないまま、続きを待った。
「造園師と庭師を“栽培師”と呼ぶ。花を育てる職人の総称だと思えばいい」
「そこまでは大丈夫です。それで……」
「連盟は栽培師の集まりだが、それだけで成立しているわけじゃない。肥料を作る業者、種子を扱う業者、採取者……そういう連中が出入りしている」
箱はまだ甘い芳香を放っている。
――花そのものだと思えば“肥料”だったとは。
しかし、花が肉を食べると言われている以上想像するのはその中身である。
家畜の糞……など穏やかな方向にはいかないだろう。
「その……」
「何だ」
「肥料“も”材料はやっぱり肉なんですかね」
問いかけは半ば独り言に近かった。
環はわずかに間を置き、答える。
「恐らくな」
アキにとっては意外な返答であった。
イエスの場合、環の返答は大抵断定系だ。こちらへの配慮が無い。
そこを言いきらない、となると答えが複数あるのだろう。
「家畜の死体も使われるが、ああいう箱に入るのは大抵加工済みだ」
「加工ですか?死体のままってわけじゃないんですね」
「乾燥、発酵、粉砕。用途に応じて形を変える。横に番号があるだろう」
環は箱の側面を顎で示し、アキは目を細める。
焼き印の下、小さく刻まれた数字の列が見えた。
「三段階熟成。赤系肥料……?」
アキは文字を読み上げた自分の声が、妙に遠く感じた。
隣で環が頷く。
「知人の造園師の受け売りだが、これは花の色を濃くする用途だ。橙や赤の花に使う。花弁の発色が安定する。普通の植物にも使えると言われたな」
説明は淡々としている。
まるで食材の選び方を語るような口調だった。
アキは腕を組み、わずかに眉を寄せる。
「肥料は連盟が作ってるってわけではないんですよね?」
「正式には連盟に所属する業者が作っている。連盟は品質を保証するだけだな」
コンベヤの奥から、同じ形の箱がまた現れる。
規格品のように揃った大きさと色の木箱。
「結構ありますね」
「新鮮な匂いがする。品評会が近いんだろうな」
「その品評会って具体的に何するんですか?」
環は視線を上に向けたまま続ける。
「栽培家達が自分の花を出す。色、形、香り……それと捕食能力」
「捕食能力まで?」
「ああ」
即答だった。
実際に品評会に行ったことがあるんだろうか。
「餌をどれだけ効率よく取り込めるか。それも評価対象になる」
「それって……」
「勿論、人間も含む。大会では“実演”の項目があると聞く」
アキは一瞬、言葉を失う。
さらりと告げられた事実。
やはり例の花は何らかの方法で人を食べるらしい。
以前目にした花はそこらの観葉植物と何ら変わらない植物であったが、何らかの状態で非活性されていたのか。それとも何らかの“条件下”で活動するのだろうか。
数拍の沈黙の末、やがてアキは、小さく息を吐いた。
「……なるほど」
「何だ」
「いや、なんかこの国らしいなって」
頭をかきながら、乾いた笑いを浮かべる。
環は何も返さない。ただコンベヤの流れを目で追っている。
アキは続ける。
「連盟って大きい組織なんですか?国の機関とか?」
「民間団体だが、そこそこだな。ただし影響力はある」
「どういう意味で?」
「花の価値を決めるという意味で」
それだけで十分だった。
アキはゆっくりと頷く。
「高く売れる花も肥料も連盟が決める。栽培師の等級を決める場所でもあるな。価値を作る場所と言っていいだろう」
「なんだか市場みたいなところですね」
答えは返ってこない。
否定しないということは、そういうことなのだろう。
三つ目の箱が流れてくる。
先ほどより一回り大きく、焼き印も異なっていた。
花の紋章の下に、見慣れない小さな刻印がある。
環の視線がわずかに鋭くなる。
「これは特級肥料だ。俺も流石に買ったことがない。当時のあいつには作れないものだったからな。……売りに来たところで買わないだろうが」
「普通の肥料と何か違うんですか?」
「変死体、又は変異体由来の肉を使っている」
「ああ、素材の割に高く売れそうですね」
環は短く言った。アキも今度は特に驚かなかった。
普段、自分達が仕事を通して触れているものだ。
声色は変わらない。
アキはゆっくりと箱を見る。
さっきまでと同じ木箱のはずなのに、急に質量が増したように感じられた。
「でも、それ花に使って大丈夫なんですかね」
「使う。試す。変死体、特に変異体は成分が特殊だ。花の性質が変わることがある。異星兵器の影響を受ければ受けれるほど変化に期待が出来る……と考えられている」
「そこまでくるともう半分博打じゃないですか」
「成長速度が上がる。毒性が強まる。捕食範囲が広がる」
――賭ける価値は十分だ。
淡々と並べられる効果。最早殺人兵器だ。
少なくとも普通の植物を育てるにあたって期待する項目ではないだろう。
アキは苦笑する。
「もうそれほとんど兵器じゃないですか」
「実際、そういう用途もあるからな。大抵、兵器利用をするのは庭師だが」
「庭師というと屋敷の防衛用ですか」
「それもある。あとは処理。死体処理」
アキは目を閉じた。
鼻の奥に残る甘い匂いが、急に重たくなる。
「一つ聞いていいですか?連盟って表の組織なんですかね」
「表だな。少なくとも形式上は」
「本当に?」
「形式上。花も肥料も合法だ」
環は肩をすくめた。
――材料の出所は別問題だが。
それ以上は語らない。
コンベヤは変わらず流れ続けている。
次の荷物が、暗がりの奥からゆっくりと姿を現し始めていた。




