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退廃都市の記録係  作者: theo
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第42話 生体エネルギー炉

「よう、環ぃ。悪いな……俺も遂に出荷される羽目になるなんて……冗談だよ。うっ……頭がガンガンする。そっちの子が普段話してくれる『後輩』かぁ? 俺がくたばっちまって幽体離脱して会いに来ちゃったとかないよなぁ?……ううえっ」


 この日、重厚な駆動音とともにベルトコンベヤが運んできたのはなんと一台の「ベッド」であった。

 金属製の粗末なパイプフレームでできたベッドの上には無地の薄い病衣を着た人物がちょこんと腰掛けており、なんともシュールな光景を醸し出していた。

 まるでベッドごとどこかの病院の病室から丸ごと盗み出してきてしまったかのような現実離れした光景だ。それもご丁寧に患者と思われる生身の人間を上に載せたままの状態で。


 その「患者」の布団越しに投げ出された膝の上には光り輝く無数の結晶がジャラジャラと散らばっていた。

 アキは一瞬、それらの不気味な鉱石を綺麗で高価な宝石のようだと思った。

 石は完全な透明、あるいは半透明でその内部には幾筋もの微細な稲妻が走り抜けるような怪しい輝きを秘めている。色は冷ややかな青白いものから妖艶な紫や深みのある緑色まで存在し、まるでアキが子供の頃に駄菓子屋や玩具店で集めていた宝石を模した安価なプラスチックのおもちゃのようでもあると思った。

 それらの結晶は仄かに発光し、よく注意して観察するとまるで生き物のように僅かに一定の周期で振動していた。


「エネルギー酔いか」

「えーっと……先輩。この人、先輩のお知り合いなんですか?」

「まあな。普段は上階の医療フロアにいるやつなんだが……どういうわけかここに荷物として混ざってきたらしい。お前でも本気で殴れば勝てるレベルだ。害はない」


 (……この人見るからに弱そうだし、そもそも普段から人に暴力なんて振るわないけど……)


 声の低さからして、彼が男性であることは確かだった。

 しかしながらだぼついた病衣に包まれた極度に痩せ細った身体、降ってきたばかりの新雪すらも霞むほど真っ白な髪、そして病的なまでに青白く透明感のある肌といったパーツの数々はどう見ても「強さ」や「脅威」といった印象からは程遠いものであった。

 同時に彼の軽薄な態度は一般的な「病人」や「儚い存在」というイメージとは真逆のベクトルを向いている。


 青年は膝の上の結晶を一つ手に取り、それを愛おしそうに自身の胸元や額へ近付けるとうっとりとした表情でトランス状態に陥っていた。

 ……これほど中毒性や依存性の高そうな危険物質が、国内や施設内に存在していたのだろうか。もし外部に存在が知れ渡れば都市の監察局が真っ先に違法薬物として規制しそうな代物だ。下手をすればこんなものを保有しているこの組織ごと特殊部隊に破壊されかねない。

 恍惚とした表情で結晶をギュッと握り締める青年を前に環は深く大きな溜息を吐いた。


「安心しろ。こいつは純粋な人間じゃないし、手にあるそれも違法物質の類じゃない」

「えっ……じゃあ、異星人ですか?」

「何とも言えないな。こいつはこの国において特殊な『特異体質』あるいは一種の『特殊人種』として処理されている。……以前、配給食糧がここに流れてきた時に地下都市の話をしたのを覚えているか?」

「はい。あの、箱にやたらと長い製品番号が印刷されてたやつですよね?」

「こいつはあの地下セクターの住人なんだ。基本的にあそこの住人は人間のような食料を必要としないんだが……こいつのような混血の個体は人間の食料も併せて必要になる」


 青年は「あぁ~……」と上擦った情けない声を上げながら上半身を布団の上にバタリと倒し、唸り声を上げている。

 環が一切焦っている様子を見せないことから察するに彼の健康上に重酷な問題があるわけではないのだろうが……感覚としては酒に呑まれて介抱を嫌がる酔っ払いを放置している時の感覚に近いのだろう。

 時折、こちらに向かってだらしなく絡んでくる青年を完全に無視し、環は彼の生い立ちについての説明を淡々と続ける。

 青年から時折飛んでくる「俺はペットじゃないんだぞぉ……」という情けない抗議も環はあっさりと聞き流していた。


 アキは環の言葉を聞きながら記憶の底から以前目にした配給食糧のパッケージを引っ張り出した。

 コンビニやスーパーなどでよく売られているショートブレッドや棒状の栄養補助食品によく似た素っ気ない食料が、以前この検定室のベルトコンベヤに流れてきたことがあったのだ。それはフェノム・システムズのセクターからも遥か遠く離れた地域、地下の巨大都市で生産されたものだと環は語っていた。


 環の説明によれば彼ら本来の種族は「電磁エネルギー」そのものに近い存在らしい――とはいえ、いま目の前でゴロゴロ転がっている青年は体が透き通っているわけでもなければ全身が発光しているわけでもない。電撃のショックでこちらを攻撃してくるような素振りもなかった。


 (人間至上主義で排外的なこの国にそんな異種族が独自の都市を持って暮らしているなんて……)


 環に言わせれば国の行政上は「特異体質者」として強引に処理されているようだが、そんな曖昧な分類を許すなら国外にいる亜人たちとの線引きはどうなっているのだろうか。人間にとって何か都合の良い利点がある種族なのか、あるいは人間が束になっても太刀打ちできない恐ろしい能力を秘めているのか。


 アキは半信半疑のまま、ベッドの上で丸まっている青年に視線を落とした。

 すると頭上の天井照明を反射した彼の白い髪が、角度を変えるたびに美しい七色の煌めきを生じさせていることに気が付いた。さながら高級なオパールの輝きのようだ。髪の毛自体が微弱なエネルギーを帯びているのか、風のない室内であるにもかかわらず、時折ふわりと束になって宙に浮き上がっている。確かに一般的な人間とは明らかに異なる異質さがあった。


「……混血なんですか。私、本物の純血の人を知らないから違いがまるで分からないんですけど」

「純血の個体は……そうだな。小規模な工場の電力を一人で余裕で賄えるような奴らだ。上手い例えが思いつかんが」

「環ぃ、それはさすがに言い過ぎだろぉ……。車を一台走らせるとか、その程度だよ。まあ、俺みたいな混血が増えてきて都市のエネルギー循環が上手く行かなくなってきたとか、そういうのがちょっとした社会問題になってたんだけどさぁ……ちぃっ、もう今の俺には関係ない話だな」


 青年は何だかんだで横になりながらもこちらの会話をしっかりと聞いていたようである。

 布団からぐぐっと上体を起こした彼はだらしなくベッドの背もたれに身体を預け、はぁーっと深く息を吐き出した。よく見ると彼の皮膚の周囲で時折きらきらと光の粒が舞っているようにも見えたのだが、本人の不健康な酔っ払いにしか見えない風貌が、その神秘的なオーラを悉く台無しに相殺していた。


 環の淡々とした説明に対し、青年は時折くだらない補足を挟みながら話を続けた。

 元々、彼らの住む地下都市にはほとんど純血の個体しか存在しなかったそうだ。

 それが長い年月と世代交代を経て混血化が進み、この青年のように人間の血が混ざった存在が都市内に溢れるようになった――幸いにもその都市の「基盤」となった前時代の遺産構造の中には元から人間用の維持システムも備わっていたという。

 以前この検定室で目にしたあの味気ない配給食糧の生産工場もそうした遺産の一つなのだという。


 青年の種族は自然界に存在する電磁エネルギーを体内に直接吸収し、それを変換・放出することで生命を維持しているのだという。このエネルギーの循環こそが、彼らが個体として存在し続けるために不可欠な生命プロセスなのだ。絶えずエネルギーが体内を巡ることで彼らの生命力が支えられている。


 彼らの住む地下都市は元々、濃密な電磁エネルギーで満たされた環境であったため、彼らにとってはまさに最適な住処であった。

 「元々そういうエネルギーの豊かな土地を選んで移住してきた」というのが彼らの間での定説らしいのだが……純粋な人間であるアキにはいまいちピンと来ない感覚的な表現が続いていた。恐らく隣に立つ環も同じ心地だろう。


 彼らは都市全体とエネルギーを相互に共有し、彼ら自身もまたエネルギー循環の一部として都市の機能に貢献している――都市というシステム全体が彼らの存在と密接に共生する形で稼働しているため、常にエネルギーの安定した循環が維持されているのだという。

 ……どこかの難しい大学の退屈な講義を聞かされているかのようだった。

 結局のところアキが理解できたことと言えばこの青年が「その恵まれた楽園を自ら捨てて出てきた」ということくらいであった。


 (働かなくてもエネルギーと食料に困らず暮らせる土地だったはずなのに……。私だったら絶対そんな快適な地元から引っ越したりしないのに)


「……そんな快適なところだって聞いてますけどなんでわざわざ引っ越してきたんですか? ここに治療か何かで来てるんですか?」

「そんなんじゃないさ。おたくの会社からの『スカウト』だよ。口減らし……ってほどじゃあないんだがな。提示された契約金がすごい金額だったし、俺も一度外の世界ってやつを見てみたかったから二つ返事でついて来ちゃったんだよ。お陰様でご覧の通りこんなボロボロの体になっちまったけどさ……」

「……それってここで危険な人体実験でもされてるんですか?」

「いや、単に深刻な『エネルギー不足』ってだけさ。人間と同じ普通の食料を食べても死にはしないけど、やっぱりベストコンディションってわけにはいかないんだよなぁ。まったく難儀な体質だよ。おたくの代表様はたまにご褒美としてコレをくれるけどさ、これは生命維持のエネルギーっていうより、人間で言う酒とか煙草みたいな嗜好品寄りの性質の石なんだよなぁ。ま、こんなクソみたいな世の中じゃ、たまにこういうのでキメて脳を麻痺させないとまともに人生なんてやってらんないけどな」


 環は黙ったままアキと青年の取り留めのない会話を聞いていた。

 この青年もまたスカウトを受けてフェノム・システムズへとやってきた口らしい。だが、このようにほぼ寝たきりの衰弱状態で雇用されているのだとすれば彼には他者には代えがたい「特別な役割」が存在するのだろう。

 彼に支払われている給料の額までは分からないが、もし十分な貯金ができれば彼も故郷の地下都市へ帰ることができるはずだ。となれば彼なりに「帰りたくても帰れない理由」か「帰らない理由」があるのだと考えるのが自然だろう――とアキは自分なりに結論付けた。


 けらけらと軽い調子で自虐的に笑う青年。

 一応、故郷の地下都市から遠く離れたこの施設であっても彼らの専用食料やエネルギー結晶を取り寄せること自体は可能らしい――とはいえ、その輸送費や商品自体の値段は不明であった。おそらくは目玉が飛び出るほどの高額なのだろう。

 企業側がわざわざ莫大な手間とコストをかけてまでこの青年をここに繋ぎ止めていることを考えるとやはり裏でロクでもない研究や企みが動いているのかもしれなかった。


「……じゃあ、俺はそろそろおいとまするよ。もうすぐ定期検査の時間なんだ。……あーあ、俺が自分の意思でベッドごと抱えて脱走したわけじゃないし、酷く怒られないとは信じたいんだけどさ。まぁ……向こうで怒られて困ったらお前の名前出すわ。環ぃ、また後でなぁ……」

「ああ、また後でな」


 青年もまた先日の公共安全局の捜査員の青年と同じように自身の意思に反して空間の歪みか何かでこの検定室へ移送されてきたらしかった。

 あまりにも気の抜けた居酒屋のようなやり取りだったために作業中は全く気にならなかったが、冷静に思い返してみれば極めて奇妙で恐ろしい現象である。しかも今回の相手は同じフェノム・システムズ施設内の人間なのだ――彼は無事に自分の病室へと帰れるのだろうか。


 アキのそんな余計な心配を余所に環は手渡された検定済みのステッカーをアキへ預けるとそのままの足で淡々と記録用端末へと向かった。

 アキがちらりとベッドの青年に視線を遣ると彼は大きな欠伸をしながら七色に光る自身の長い白髪を指先で弄っていた。


 (……このマイペースで、何事にもまるで動じない緩い感じ……。何となく先輩とは波長が合いそうだなあ)


 アキはどこか呆れつつもコンベヤの上でゆったりと横たわる青年を見送るのだった。

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