15 ノルセリエ
辿り着いた西の果てには、ノルセリエという小さな町がありました。
町っていうか、世帯数的には村の規模ですが、面積は広大。
山の斜面のあちこちに、果樹農家が広く点在していますね。
日当たりの良い斜面を上手く活かした果樹栽培が、この町の特産品。
この町の礎を築いたのは、とある召喚者さん。
あっちの世界でみかん農家だった召喚者さんが、俺たちみたいにここに辿り着いたのはずいぶんと昔のこと。
この最果ての地で見つけたみかんの木を、より美味しくなるようにと大切に育てた召喚者さん。
ここを訪れた行商人経由で美味いみかんの噂がじわじわ拡散。
心意気に惹かれてここに住み着いた人たちにも惜し気も無くノウハウを伝授。
みかん農家の集落は、やがて村になり、そして町と呼ばれるほどになり。
召喚者さんは、美味いみかんをこの世界の人たちに食べてもらいたい一心だったそうだけど、
みかんだけじゃなくて、いろんな思いが実ったってことだよね。
ホント凄いな、こっちの世界に自身の足跡を刻みこんだ偉業。
同じ召喚者とは思えないほどの真っ当で充実した人生。
まさに生涯をみかんに捧げた偉人ですね。
是非お会いしたかったのですが、先日亡くなられたそうです。
「ありがとうございます、同郷の方が手を合わせてくれて、アイツも喜んでいることでしょう」
いえ、俺みたいな根無し草の召喚者とは違う、立派な方です。
キルミネウスさんも、守護騎士としての責務を全うされたこと、本当に尊敬します。
召喚者さんのご自宅でお墓に手を合わせて、ご冥福を祈りました。
この町の冒険者ギルドの責任者キルミネウスさんは、
召喚者さんの守護騎士として、その生涯を見守ってきた方。
町の発展にも尽力されてきた、まさにこの町を守護する守護騎士。
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戦場送りに向いていないと判定された召喚者の道はふたつ。
俺みたいにまるで使えないヤツは、お金と物資をほどほどに持たされて放逐される。
それが、"低職処分"
悪さをしないのなら自由に暮らしていいよ、って感じかな。
俺の場合は、未だ固有スキルが正体不明で怪しさ満点なので、
流石に放置はヤバいだろってことで、こっそり監視されてたわけだけど。
もうひとつの道は、"下職制度"
戦力としては微妙だけど、ちょっと見込みがありそうっていう人向け。
国の発展に役立ちそうな人はしっかりサポートします、って感じかな。
この場合は、護衛と監視を任務とする騎士が生涯付き添ってくれる。
居場所とか状況の定期的な報告の義務はあるけど、
基本的には召喚者自身が望む生活を送ることが出来る。
"下職"してから、みかん農家にその生涯を捧げた召喚者さんと、彼を見守り続けた守護騎士。
凄いよね、俺なんかには絶対に真似出来ない真っ当な人生。
こういう人たちこそ国から評価されるべきなのに、
脚光を浴びるのは戦場で派手に活躍してる連中ばかりなんだよな。
まあ、おふたりは目立ちたくて頑張ってたわけじゃないんだろうけどさ。
「ノアルさんも、定住しての安定した暮らし、憧れます?」
あー、どうだろ。
マーリエラさんもご存知の通り、俺って手に職ナッシングなことこの上ないおっさんなわけで。
農業系も商業系も、適性の方はお察しなんですよ。
もちろん武力も知力も魔力も、ね。
要するに、採取専門冒険者は伊達じゃないってことです。
おっと、俺みたいなおっさんの受け皿にもなってくれるってことで、決して冒険者稼業を貶めているわけじゃないですよ。
とりあえず、腰を落ち着けるのはまだまだ先だろなってことしか、今は言えません。
「…………」
なんだか、いつものジト目と違いますね……
「おふたりは、これでも食して頭を冷やすのが良いでしょう」
おっと、キルミネウスさんの手元にあるのは……




