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『万物両断』のTS魔法少女は、絶望すらもぶった切る  作者: 海月 くらげ@書籍色々発売中


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第38話 平和な日常へ


「起きてください、紬。遅刻しますよ」

「ん…………うぅ……」


 声と一緒に肩を叩かれた俺は呻きながらもゆっくりと瞼を上げていく。

 眩い朝陽が射し込む部屋は見慣れてしまった場所……紗季の家の寝室。


 こちらを覗き込むようにして見ている紗季の顔が、ぱっと視界に飛び込んでくる。


「もう朝食は作ってしまっているので早く起きてくださいね」

「ふぁ~い……」


 欠伸を噛み殺し、もぞもぞと暖かい布団から這い出る。

 顔を洗って目を覚まし、寝癖のついた髪をとりあえず見られる程度には直してからリビングに戻ると、紗季が朝食のトーストなどを並べていた。


 俺も手伝って並べ終え、食事を済ませたら登校の支度に手を付ける。

 すっかり違和感を感じなくなってしまった女子制服に袖を通す。

 夏が近づいてきたことで衣替えとなり、上が半そでのブラウスになったため、袖口から白く細い腕が伸びていた。


「紬。髪を整えるので来てください」

「寝癖を直して梳かしたらそれでよくない……?」

「折角の長い髪なんですからアレンジしましょう」

「だったら紗季も伸ばせばいいのに」

「……気が向いたらそれもいいかもしれませんね」


 大和撫子って感じで長髪も紗季には似合うと思う。


 そういう誉め言葉で髪を弄られるのを回避しようとしたのだが、その魂胆は筒抜けだったようで、洗面所の鏡の前まで連れていかれてしまった。


「……それにしても、傷が残らなくて本当に良かったですね」

「紗季もだよね。あのときはボロボロだったからなあ……」


 思い返すのはおよそ一週間ほど前の、竜と戦った日のこと。


 辛くも竜に勝利したまではよかったのだが、俺たちは揃って病院に搬送された。

 受けた傷が深すぎたのだ。

 ファテスの『腐食』の『魔法』によって内臓まで傷ついていたらしく、数日間は酷い痛みと常に戦う羽目になった。

 だが、幸いなことに俺も紗季も紅奈さんも命に別状はなく、この通り快復したことで退院している。


 それはそれとして、紅奈さんやクー、それから『魔法少女管理局』の人からはこっぴどく叱られたけど。

 まあ、当然と言えば当然だろう。


 ファテスの『異獣(エネミー)』としての推定ランクはS。

 間違っても俺や紗季が戦っていい相手ではない。

 今回生きて帰れたのは運が良かったからだと何度も何度も言われてしまった。


 ただ、状況的に幾分か情状酌量の余地があると判断されたのだろう。

 ファテスの狙いは俺が適合した『切断』の魔法因子であったために、もしも逃げていれば二次被害は免れなかったはず。

 その上、紅奈さんの力があったからだとわかっているけど、大した被害もなく『絶望級(ディスペア)』の『異獣(エネミー)』を撃退している。


 結果だけ見れば大金星と言えるだろう。


「それに、紬は正式にAランクへの昇格が決まりましたからね。おめでとうございます」

「ありがと。でも、それを言うなら紗季もBランクに昇格でしょ?」

「私には不相応な気がしますけどね」

「それを言うなら俺もだよ。一人の力じゃどうしようもなかったし」 

「本当にそうでしょうか。紬のあの『魔法』は一撃で竜を倒しました。そこだけを抜き取れば十分にSランクの資格もあると紅奈さんは言っていましたし」

「……まあ、当分はいいよ。ランクに拘る気はないし。危険な『異獣(エネミー)』ともできれば戦いたくないからさ」

「同感です」


異獣(エネミー)』と戦って平和を守るのが『魔法少女』とはいえ、戦わずに済むならその方がいい。


「というか、学校行くのちょっと憂鬱かも」

「評判が気になりますか?」

「まあ、ね。入院中に掲示板見てたけど、なんかすごい賑わってたし。あの場にはクラスメイトもいたから、根掘り葉堀り聞かれるのかなあと思うと……」

「いいじゃないですか、人気者で」

「他人事だと思ってない? 紗季もだからね」

「私は……ほら、あまりクラスメイトとかかわりがありませんし」

「だとしても、助けられた側からしたらお礼の一つや二つは言いたいと思うけどね。今度はちゃんと受け取るんだよ?」

「……そうですね」


 ふふ、と笑む紗季の顔が鏡に映り、


「――さ、これでどうですか?」


 話している間に俺の髪は紗季の手によってツインテールになっていた。


 首を振ると左右で結んだ髪がぶんぶんと振られて、顔に当たってこそばゆい。


「ツインテールってちょっと子供っぽくない?」

「そんなことありませんよ。とても似合ってます」

「遠回しに子供っぽいって言われてる気がするね」

「じゃあ別の髪型にしますか?」

「……いいよ、このままで。折角紗季が整えてくれたんだから」


 人の好意を無碍にするのは気が引ける。

 その相手が大切に想っている相手なら特に。


 ……なんて、こんなことを直接伝えるのは恥ずかしいから言えないけど。


 忘れ物がないか服装や持ち物を確認していると、登校時間が迫っていた。

 入院していたから今日は久しぶりの登校だ。


 ミュールを履いてドアを開ければ夏の到来を予感させる陽射しが飛び込んできて、眩しさに思わず目元に手で影を作って薄く目を開ける。

 まだ半そでだと肌寒さを感じるけど、すぐに暑くなってしまうのだろう。


 俺が『魔法少女』になってから、もう一か月。

 振り返るとあっという間だったのに濃密な時間だった。


 朝起きたら『魔法少女』になっていて、紗季と同居生活をすることになり、たった一か月でSランク『異獣(エネミー)』と戦うことになるなんて誰が予想できる?


 でもまあ、この生活を気に入っているのも事実で。


「紬?」

「ああ、ごめん。今行く!」


 立ち止まっていた俺を気にして声をかけた紗季に返事をして、平和な日常へ踏み出した。

完結です。面白かったら星とか入れてもらえると嬉しいです。

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