第22話 間違いさえ起らなかったらいいんじゃないかなあ……?
『異獣』の討伐を完了して学校に戻った俺と紗季は授業を受けていた。
身体を動かした後だからか妙に眠気が強かったものの、どうにか堪えて乗り切り、待ちわびた昼休み。
早速紗季が作ってくれたお弁当を食べようかというところで、俺は三葉先生に呼ばれ――生徒指導室にて話をしていた。
ゆるふわな雰囲気の三葉先生だが、やはり対面で話すのは緊張してしまう。
というかどうして生徒指導室なんだろうか。
もうちょっと場所があったと思うんだけど……二人で話すならここがちょうどいいのかもしれない。
「どう? 学校には慣れてきた?」
「……一応、それなりには慣れて来たんじゃないかな、と思います」
自信はなかったが、ただでさえ面倒な事情を抱えているだけに余計な心配をさせるわけにはいかないと思って答えると、意外にも疑うような視線を向けてくる。
「…………本当? 困ったこととか、大変なことはない?」
「ないとは言いませんよ。でも、みんな良くしてくれてますから。個人的には騙しているような感じがして、やっぱり気が引けるんですけど」
事実として俺の身体は女性のものかもしれないが、未だ精神的には男であるという認識が残っているし、きっと完全に消えることはないのだろう。
もう慣れるしかないとわかっていても、簡単に割り切れたら苦労しない。
「せめて体育の着替えは別にできません……? 色々と申し訳なくて……」
「スペースの関係でも難しいわね。一人だけ別な場所で着替えていたら変に思われるかもしれないし、他の子は何も気にしていないと思うけど?」
「……………………まあ、そうでしょうね」
俺は苦い記憶を思い出して視線を逸らす。
体操着に着替える際、俺はクラスの女の子から「肌綺麗~」とか言い寄られて腕やお腹を触られたり、「よいではないかよいではないか」とどこぞの悪代官みたいなセリフを吐きながら胸を揉まれたりもした。
彼女たちの押しの強さに俺は成す術なく触られ放題。
最終的には強引過ぎたと彼女たちに謝罪を貰ったので何もなかったことにしたが、今度はちゃんと許可を取ってから触りに来るようになった。
俺は許可を出しているのかって?
……出してるんだよなあ、これが。
だって、ちょっと目が怖いんだもん。
それなら適度にガス抜きをしてもらった方が精神衛生上いい気がした。
程度はわきまえてね? と言っているけど……結構がっつり触ってくるんだよね。
俺の慎ましい胸を触ってどうするんだよって感じではあるんだけど、触ってくる女の子曰く「貧乳には貧乳の価値がある」と熱弁していた。
もうどうにでもなったらいいと思うよ。
「……あの子たちも悪気はないの。本当よ?」
「わかってます。おかげで毎日暇をしません」
「ともあれ、梼原さんが馴染めそうでよかったわ。……『魔法少女』ってクラスから浮きやすいの」
少し間をおいて、三葉先生はそう続ける。
「ううん、クラスだけじゃない。人の輪っていうのかな。そういうのから、少しずつ外れちゃう。生きている場所が違うから」
「……それは、そうかもしれませんね。頭には常に『異獣』との戦いがあります。次も勝てるか、なんてわかりませんし」
「私も『魔法少女』の生徒を亡くした経験があるの。だからってわけではないけれど、もしも辛いならやめてもいい――って思ってる。梼原さん、新米の貴女にいうことではないかもしれないけど、叶さんのことを少しだけでいいから気にしていて欲しいの」
「紗季を?」
怪訝に聞き返すと、三葉先生は静かに頷く。
どうしてそこで紗季の名前が出てくるのだろう。
「あの子、危ない気がするから。死にたいと思ってるわけでも、浮ついてるわけでもない。でも、なにかきっかけがあったら自ら崖を飛び降りてしまいそうな、そういう危うさがあるように感じるの」
「それは流石にないですよ。だって、丁度今日、紗季から似たようなことを言われましたし」
「……私の杞憂ならいいの。だけど、叶さんって学校では誰かと関わるような子じゃなくて。私が知る限り、彼女が友達と呼べる相手と話しているのを見たことは一度もないわ。梼原さんを除いて」
……俺以外、誰もいなかった?
そこで短い学校生活を思い返してみて――確かに、紗季が誰かと仲良さげに話していることはなかったと理解する。
事務的な話はするけど、基本的には一人で静かに本を読んで過ごしていた。
俺が話しかけるとちゃんと反応してくれるのに。
「叶さんの中で梼原さんは何かが違うのよ、きっと」
「……本人には聞かない方がいいですよね」
「もしかしたら話してくれるかもしれないけど、あまり期待しない方がいいかも。叶さんは理由なく行動する子じゃない……と思ってるから」
紗季のことだ。
誰かを傷つけないようにとか、そういう優しい考えがあっての行動なんだろう。
もしも自分が死んでしまったら、仲良くしていた人が悲しんでしまう――とか。
「大丈夫です。新米とはいえ、私も『魔法少女』ですから。紗季がバカなことをしそうになったら意地でも連れ戻します」
そもそも紗季の方が離れてくれなさそうな気がするけど、それはそれ。
「お願いね。困ったことがあったら相談してくれたら嬉しいな。どれくらい力になれるかはわからないけど、話すことで楽になることもあるだろうし」
「そうですね。だったら、早速一つお悩み相談をしてもいいですか?」
「いいけど……どうしたの?」
「これはあくまで知り合いの話なんですけど……高校生なのに同い年の異性の女の子がお風呂に入ってくるのってどう思います?」
「それは……一緒に入ってるってこと?」
「です」
すぐに頷いて見せると、三葉先生は深く考え込む素振りの後に、
「…………同意の上ならいいと思う、けど」
「けど?」
「間違いさえ起らなかったらいいんじゃないかなあ……?」
酷く言いにくそうに口にする三葉先生。
そっか……まあ、どうやっても間違いは起こらないんだけどね。




