第20話 特異点の『魔法少女』
「――クーさん。梼原さんの覚醒の件、どう思いますか」
「んん? どうもなにも、強い『魔法少女』が増えるんはええことや」
「これも『窕門』から、より強い『異獣』が来る前兆なのでは……と聞いているんです」
『魔法少女管理局』管轄下の施設、その一室で、大崎は四つ又の黒猫――クーへと問いを投げる。
クーは外見にそぐわず、猫のように前足で顔を拭って、
「そもそも『魔法少女』に覚醒するんは本人に少なからずの素養があって、魔法因子に適合したからや。珍しいけども神経質になるほどのことやない」
「……ですが、覚醒した『魔法少女』が現れるとき、いずれにしても転換点が近いことが知られています」
「せやなあ。覚醒した『魔法少女』は特異点……だとしたら、紬の嬢ちゃんも何かしらの渦の中心になるわけや。例えば絶望級――Sランク相当の『異獣』が出現するとか、なあ」
なんでもないようにクーが口にしたそれに、大崎は表情を硬くする。
Sランク相当の『異獣』の中でも、特に強い個体に対しては別名として絶望級という呼称が与えられる。
天に『窕門』が現れてから十三年、絶望級が出現した事例は世界で六件。
そのどれもが数えるのも馬鹿らしくなるほどの死傷者と、地形すら変わってしまうほどの環境破壊をもたらした。
しかも、その六件のうち、『魔法少女』が討伐に成功したのはたったの二件。
他の四件は破壊の限りを尽くした後に『窕門』へと消えていった。
「もし日本で絶望級が出たら……Sランク『魔法少女』でも犠牲は覚悟せんといかん。アレはそういう次元の奴や」
「……正直、信じられないという思いの方が強いのですが」
「映像でしか見たことないやろ? ワイはあっち側でなら実際に見たことあるけどなあ……アレは存在の格がちゃうんや。ワイも本体ならちったあ強い方やけど、それでもあんなんと戦うんは御免や」
ぐーっと背中を伸ばしながらクーは自らの体験を語る。
緩み切った姿勢と僅かに漏れている鳴き声のせいで緊張感が削がれそうになるものの、大崎は頭の中でそうなったときの想像を巡らせた。
「そういうわけやから、ワイとしては紬の嬢ちゃんが『魔法少女』として活動するんにはなにも問題あらへん。むしろ戦力が増えて大歓迎や。覚醒した『魔法少女』なら壁を越えてSランクへ至る可能性もデカい」
「……そうですね。我々としても強力な『魔法少女』が増えるのは好ましいです。しかし……やはり、ままならないものですね。あのような少女たちが矢面に立って戦わなければならないというのは」
「魔力が一番活性化する時期が丁度そこなんや。あっち側ならともかく、元々魔力のなかったこっちやと魔力を放出できる期間は限られるからなあ」
この世界に魔力は創作物の中にしか存在しなかった。
だが、『窕門』が開き、向こう側の世界から魔力が流れ込んだことによって後天的に魔力を保有する人が現れた。
そのせいか、この世界で魔力を『魔法』として発現させられる人は限られ、その少ない『魔法少女』たちですら長くて十数年程度の期間しか『魔法』を使えない。
なのに『異獣』の出現頻度は増加傾向にあり……対応に当たる『魔法少女』の数は圧倒的に足りていない。
各国は総力を挙げて魔力を解析し、どうにか『異獣』に対抗できる武器などの製造が出来ないか躍起になっているが、成果は芳しくない。
そもそも科学で魔力を観測するところから困難を極めているのだから、先は長いだろう。
「ま、紬の嬢ちゃんが暴走しないとも限らん。油断ならない状況ではあるけども……まあ、ダイジョブやろ」
「そうだといいですが……もしも本当に暴走した場合、叶さんが梼原さんを処理できると思いますか?」
「首を切れば人は死ぬ。覚醒した『魔法少女』は確かに強いかもしれんが、それでも人の域に留まっとる。殺してでも止める覚悟があれば心配する必要はないやろ」
呑気に無慈悲な内容を告げるクー。
わかっていた反応ではあるが、大崎はしばし黙って渋面を作る。
「叶さんは優しすぎます。私には、とても梼原さんを殺せるとは思えません。それどころか、梼原さんを殺すくらいなら自分が死ぬとすら考えていてもおかしくありません」
「あのことがあるからなあ。そんときはしゃーない、ワイがやったる。諸々の被害を考えるとワイが動くんは最終手段にしときたいけどな」
「……助かります」
「ええんやで」
大崎もクーも、いたずらに『魔法少女』を減らしたいわけじゃない。
犠牲は最小限にとどめるように動くが、迫られた場合には心を痛めて切り捨てる。
「本当に、自分の無力が嫌になります。命の重さは変わらないと綺麗事を言いながら、最終的に選ぶのはいつも多い方。『魔法少女』一人の犠牲で百の市民を救う。それが私の……私たちの仕事とはわかっているつもりなのですが」
「損な役回りやなあ、ほんまに。せやけど、誰かがやらんとならん立場や。ワイは好きやで、そういうの」
「…………ありがとうございます、クーさん」
力無く微笑む大崎はクーの頭へ手を伸ばし、優しく撫でた。
短めの黒い毛はとても触り心地がよく、ふにふにとした肉感が癖になる。
「……しゃーない。ワイは別に猫ちゃうんやけどなあ。可哀想やから特別に触らせたる。特別やからな」
そうは言いつつも喉を鳴らしながら頭を擦りつけてくるクーの天邪鬼な態度に苦笑しつつ、大崎は気がすむまで撫でまわしていた。




