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第16話 可愛い女の子がコスプレをしていたら、多少なりテンションが上がってしまうよね?


「いいっ! いいわよ梼原さんっ! とっっっっっっっても似合ってるわ!」


 妙に肌艶の良くなったカメラマンさんが、ひっきりなしにシャッターを切る。

 パッと焚かれるフラッシュのたびに目を閉じないよう気を付けながら、俺は内心でため息をつく。


 結局、俺はカメラマンさんの強い押しに抗えず、予め用意されていたコスプレ衣装に変身したまま着替えさせられ、心を無にしながらスタジオに戻った。

 写真は広告として使用される予定らしいけど……俺はアイドル的なことをするために『魔法少女』になったのではない。


 それでも『魔法少女』のイメージを保つためには必要な仕事だと割り切って、写真撮影に臨んだのだが――やっぱり失敗だったかも。


 初めに着替えたのは太もものあたりにスリットの入ったチャイナ服。

 え、これ露出多すぎない……? と思っていたのだが、半ば強引に押し切られ、その姿でスタジオに戻ったらカメラマンさんが詰め寄って来て「……世界、取るわよ」なんて言われた。

 びっくりしたというか、正直、ちょっとだけ怖かった。


 目に何一つ冗談の色がなかったのは冗談だと思いたい。


 そこから始まる撮影会。

 ひっきりなしに飛んでくるポージングの指示に四苦八苦しながら対応しつつ進んでいく。


 流石に「ソファーに膝を抱えて横に座ってアンニュイな雰囲気で視線をちょうだい」とか、一般人には不可能ですよ。

 なるべく応えるようにはしたけど、どうにもイメージと違うのか、何度もカメラマンさん自らポーズを手取り足取り変えられた。


 身体を触られるのは緊張したけど、それ以上に〝圧〟とでも呼ぶべきものが強すぎて、唯々諾々と従うしかない。


 というか、紗季と大崎さんは勝手に俺の写真を撮るのをやめてください。

 絶対後で消してもらうからね?


 撮影の合間に抗議の視線をずっと送っていたが、二人は写真を撮るのに夢中で気づいていない。

 意図的に無視されている可能性は無きにしも非ずだけど。


 この場に俺の味方と呼べる人はたった一人もいないらしい。


 それからナース服、どこかもわからない制服、赤ずきんのような衣装、ゴシックロリィタと呼ばれるシックな色合いの服と続いて、やっと迎えた最後の衣装はコスプレ感の強いスカート丈の短いメイド服。

 裾や袖、襟元にはレースやフリルが飾られている。

 白いニーソックスを吊り上げるガーターベルトとスカートの間に広がる肌色が眩しい。


「…………はあ」


 頭にちょこんと乗っているホワイトブリム型のカチューシャ。

 これは仕事だと理論武装で精神を固めてからスタジオに向かえば、「すっっっっっっごく似合ってるわ!!」と完全にキマった表情で叫ぶものだから、正直ちょっと……いや、かなり引いてしまった。


 勢いで抱き着いてきかねないと感じたが、そこまで理性は失っていなかったようで一安心したものの、つい重いため息が零れて頭の上でブリムが一緒に揺れる。


「紬、とても似合っていますよ」

「……そりゃどうも」

「叶さんの言う通りですよ」

「大崎さんまで……言っておきますけど、これは引き受けてしまったから仕方なく着ているだけですからね」

「その割に結構ノリノリだった気がするんですけど――いえ、何でもありません」


 途中で言葉を遮るように睨んだら真剣さを感じ取ってくれたのか、すぐに言葉を引っ込めた。


 断じてノリノリじゃなかったからな。


 これは、そう。


 傍目から見れば可愛い女の子がコスプレをしていたら、多少なりテンションが上がってしまうというだけ。

 自分自身がコスプレをすることに喜びを感じていたわけではない。


 そこのところを間違えないでいただきたい。


「これで最後なんですよね?」

「そうよ。大変、とても、とっても残念なことに、ね」

「私はやっと終わるのかと思うと清々します」

「つれないこと言わないでよ。ねえ、物は相談なんだけど、今後もこういうことする気はない? 報酬は弾むわよ」

「……いえ、しませんから」

「そう? 具体的にはこれくらいは最低でも出すつもりなんだけど」


 にこにこ顔のカメラマンさんが近寄って来て、スマホの画面を見せてくる。


 ……やらない、やらないからな。


 ちょっと想像よりも額の桁が一つ違くて揺らいだけど、それは表情に出さないよう咳払いで誤魔化して答えると、「気が変わったらいつでも連絡してね」と彼女の名刺を渡された。


 名刺をとりあえずメイド服の胸ポケットにしまい込んで、指示されたポーズを取り、また数枚の写真を撮られたところで、大崎さんの方から撮影終了の声が上がった。


 同時に胸の奥からため息が溢れて、途方もない疲労感から崩れるようにしてソファーに腰を下ろせば、紗季と大崎さんがこっちに来る。


「お疲れ様、紬」

「梼原さん、お疲れ様でした」

「……ほんとにね」

「これで写真撮影の方は終了になりますので、一度着替えてお昼でもいかがですか? 費用はこっち持ちですので、お好きなものを頼んでいただいて大丈夫です」

「そういうことなら遠慮なく。ところで、まさかあのコスプレ写真もHPに掲載されるの?」

「一部はそうですね。残りは……『魔法少女』の宣伝広告用だったり、ブロマイドなどのグッズになったりもします」


 え?


「前二つは良いとしても最後のは本当に嫌なんだけど……?」

「『魔法少女』というのは人気が重要ですから。好かれる『魔法少女』は、それだけ影響力を持ちます。群衆制御ではありませんが、その方が都合がいいんですよ。事後承諾の形にはなってしまいましたが、どうかよろしくお願いします」

「……私がそう言われたら断れないだろうって打算込みで話を進めてませんか?」

「いえ、全く? それはそれとして、梼原さんはとても優しい心の持ち主だと思っていますけれど」

「…………仕方ないですね。次からは事前に話を通してもらわないとお断りしますよ」


 決して、優しいという言葉に気を良くしたわけじゃない。


 ……本当だからな?


「紬は意外と単純ですね」


 紗季……俺はそんなにちょろくないぞ。


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