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第13話 心機一転の高校生活

 

「――梼原紬です。一応、政府所属の『魔法少女』をしています。えーっと……よろしくお願いします」


 無事に遅刻することなく転校先――聖櫻(せいおう)高校に到着した俺は、先に担任の三葉(みつば)陽織(ひおり)先生と諸々について話すこととなった。

 三葉先生にはどこか抜けている……もとい、ふわふわとした雰囲気の優しそうな人だという第一印象を受けた。


 実際、その予想は外れず、喋る調子はとても柔らかい。

 こっちの方が不安になるくらいの緩さなのに、見ていると安心してしまう。


 俺は二限目の始めでクラスに合流する手筈になっている。

 もしも何か困ったことがあったら気軽に相談して欲しい、と言われて気が楽になったものの、「ところで……本当に男の子だったの? 女の子にしか見えないけど」と心底からの疑問をぶつけられたときは苦笑しか返せなかった。


 こっちからしても未だに現実感が湧かないのに、政府の方から話自体は聞いているとはいえ、初対面である俺にその疑問を抱くのは仕方ない。


 そんな一幕がありつつも、俺は今、二年三組の教室の前に立ち、自己紹介とも呼べないお粗末なものを披露していた。

 俺の隣では三葉先生があわあわと困った表情で俺とクラスメイトを交互に見ている。


 ごめんなさい……こんなはずじゃなかったんです。

 本当はもっとちゃんと詰まらずに言えるはずだったんです。


 でも、クラスメイトからの視線に――正確には、この身体になってから寄せられる視線にまだ慣れてなくて、緊張して頭の中に作っていたカンペがなくなってしまった。


 練習してこなかったのかって?

 一応したよ……頭の中で。


 だって、紗季にこんなことを頼むのは恥ずかしかったし。


「え、えっと、皆さん! 梼原さんはおうちの事情でこんな時期に編入してくることになりましたが、仲良くしてくださいね」


 焦った三葉先生が助け舟を出してくれるけど、正直あんまり解決はしていない。

 クラスメイトは静まり返っているし、後ろの方の席に一人で座る紗季はじーっと俺のことを見ているし、なんかヒソヒソと話し声が聞こえてくるし。


 ……うう、胃が痛い。


「……先生、もういいですか?」

「あ、ちょっと待ってください! 梼原さんに質問がある人はいませんか! いたら挙手をしてください」


 三葉先生が呼びかけると、間髪入れずに一人の男子生徒から勢いよく手が上がる。

 見るからに活発でお調子者、という雰囲気の男子は、立ち上がるなり、


「はーいっ!! 出席番号4番尾口牧人です!! 紬ちゃんは彼氏とかいるんですかーっ?」


 いきなりの質問に狼狽えてしまう。


 なにそれ初対面の転校生相手に聞くこと??


 びっくりして黙り込んでしまうが、クラスメイトからの視線が集中していることに気づく。

 ……若干、男子からの目が怖い気もするけど。


 俺の言葉を一言たりとも聞き逃さないという気迫を感じる。


「……いませんけど」

「え! じゃあ、俺立候補してもいいっすかーっ!」

「ごめんなさい」

「振られたーっ!?」


 即答すると「ごはっ」と大袈裟なリアクションを取り、額を押さえるようにして椅子に座り直した。

 その様子を見てクラスメイトから笑い声が上がる。


 ……本気、だったのか?

 いやまさか。

 あり得るはずがない。


 それからも続いた質問に一つ一つ丁寧に答えると、五分ほど経ったところで「梼原さんもありがとうございました」と強引に打ち切った。

 クラスメイトからは明らかに不満な雰囲気が溢れていたが、そこは教師としての威厳を保つべきだと思ったのか、三葉先生はむーっとした眼差しを向けている。


 ……正直、小動物が威嚇しているようにしか見えない。

 クラスメイトも同じようで、生暖かい視線を三葉先生に注いでいた。


「梼原さんの席は、廊下側の後ろ。叶さんの隣ですね」


 提示された席は予定調和。

 色々な事情を加味してのことだった。


 椅子を引き、スカートを巻き込まないように注意しながら座ると、左隣の紗季がちらりとこちらへ視線を流す。

 俺も視線を返すと、ほんの僅かに微笑んでいた。


「さて、梼原さんの自己紹介も済んだことですし、残りの時間は授業をしますよ。教科書の57ページを開いてください」


 三葉先生の言葉にクラスメイトが文句を言いつつも教科書を開く。


 俺も鞄から新品の教科書を取り出し、指定されたページを開く。


 どこか懐かしい、この感覚。


 平穏で、普通の日常。


 前と違うのは学校と、性別と――紗季がいること。


 前の学校では友達を作ろうとはしなかった。

 二年前……中学三年生の時に起こった『異獣(エネミー)』絡みの事故で両親を亡くした俺に、そんな気力はなかった。


 保険金絡みで親戚とのごたごたもあって、人間関係に疲れていたのもある。

 結果的には唯一味方をしてくれた母方の叔母のお陰で、高校生活を送れていた。


 そういえば、まだ『魔法少女』になったことを伝えてないなあ。


 ……もうちょっと、覚悟ができてからにさせて欲しい。

 いつまで隠し通せるのかわかんないけど。


 ともかく、今は授業に集中しないと。

 気合を入れるように小さく「よし」と呟いて、久しぶりの授業に耳を傾けるのだった。


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