その5 父とレシピ本と私
世の中は予定調和を求めつつも波乱に満ちているもので、波風を立てぬように、ひっそりとしていたことが裏目に出ることもある。
何をしてもダメなときはダメなもので、こうなったら開き直るしかないかとも思うが、やはりひっそりとしていたいのである。
ままならぬと嘆いたところで事態は好転しないのも事実。致し方なく対処に当たると、大概が大事になるのであった。
まあ、そんなこんなで、しがらみ多き、異世界らしき世界で、私、転生三女やってます。
「しくじったーっっ」
人間対処できないことが起こると、思わず天を仰ぐって本当だったんだななんて、思いながら、頭を抱えて天を仰いだ。
いや、決して上手い方だとは思っては居なかったんだけれども。まさかこんなにあっさりとばれるとは。
でも、最本命はばれていないので良いんだけどね。
いやでも、まさかのレシピ本を作っていることがばれるとは。
まだ出版社にも声かけてないし、出版する予定もないから、セーフっちゃセーフ。問題は、ばれたのが父だってことなんだよね。
そして、二、三回料理は出したものだから、私が歴史書からレシピ引っ張ってきてるのは、最初から分かってたことだし。
ただ、それを編集してるのは、ばれないと思ってたら、なんか、編集じゃないけど、レシピはちゃんと、形にして残してあるのが、料理長経由でばれた。
結果、父が、レシピ本出版しようっていう気配をかもし始めている。
いや、これも、末っ子大好き演出の一部だってのは分かってんだけど。刷った本は、もれなくお土産にするやつ。
でも、私、歴史書関連は、専属契約してるから、レシピ本がそれに抵触するかが微妙なんだよね。
ちょっとお買い物に出たときに、出版社に寄って、別の所か、ここか分かんないけど、レシピ本出版されるかもって言うのを言っとかないとな。
さすがに、父の動向は阻止できない。いや、頑張れば出来るかも知れないけど、レシピ本出版阻止のためにそこまで労力を割く気になれない。
と言うか、そこから、芋づる式にばれるのが怖い。
どうして阻止しようとしているのかの理由付けがないんだよ。普通に考えると。だから、下手に頑張ると、勘ぐられて、芋づる式にばれる可能性が高くなるって言うわけ。
そのため、レシピ本は、出るってことをむしろ出版社に教えて、下手なことにならないように先手を打つしかない。
どうして自分ところで出さなかったんですか的な追求とかで、家に手紙とか来ては困るのだ。ばれる率高くなるので。
まあ、歴史書の端書きレシピなんて、レシピとも言えない物が多いし。
「○月×日 今日は誰それが肉の差し入れをくれた。 渡したら、シチューにしてくれた、ごろっと野菜が入ってて美味しかった」みたいなことを書いた後に、これとアレとソレが入ってた。って感じの、本当になんで日付入れて唐突日記風かなって思う。
いや、まあ、おそらく、とっても美味しかったのと、その後、感謝の言葉を伝えるのに、日付入れたんだろうなっては思うんだけど。
なんにしろ、大概唐突。
あと、たまに、どこそこのレストランの何々って料理が最高に美味しかったって、賛美を紙半分くらい書き連ねてて、おそらく、それが歴史書作ってるやつの裏だったって気が付かなかったんだろうな的な物もある。
だいたい、手書きでしか見付けられない人たちは、出版できるコネがなかったりするので、書き損じも綴じちゃってることが多いんだよ。
要は、口さがなく言えば、貧乏なので、書き損じを清書するのが勿体なかったりするので、そのまま使用する。
更に言うなら、本って言うより手記みたいなのになると、余白まで使ってなにやら書いてたりするので、時系列探すの大変だったりする。
あと、面白い人は、過去の歴史書に訂正入れてたりするので、それ見付けると面白いんだよね。
いや、今はそうじゃない。
とりあえず、隙みて出版社は決定だな。
レシピ本は、ああそうか。大丈夫だ。私、材料とかは書き出してるけど、手順は書き起こしてないから、料理長任せだった。
あ、これは大丈夫そう。
出版社も、見付けて書き出したのが私でも、レシピとして清書してるのが別人なら、多少ブチブチ言われるかも知れないけど、契約違反とは言われないや。
だって、作り方まで完璧に書いてる歴史書は少ないからね。
色物もあるにはあるんだけど。私、まだあれを世に出す気はないんだよね。
いや、ちょっと、ね。なんと言ったら良いのか、現在、手法が途絶えてて、毒抜き方法が分からなくなっている薬草類を使った、薬膳料理集が、紛れてたんだよね。
アレは、下手すると、色々と煩いので、まだ眠らせておくつもり。
私じゃあ、途絶えた毒抜き方法を復活させて、無事で居られる自信がないからね。毒草類の処理は、色々と闇が深いので。
毒抜きの仕方で、毒の種類が分かって、対処法が練られるのも確かだし、幾つか、毒じゃないってなってるのが微毒って記載があったりしたので。現在毒性がなくなっているのか、その毒が毒じゃなくなる調理法になって居るのかが私には分からないし。
分からないものはアンタッチャブルで生きていきたい。
これ以上下手なところに突っ込みたくない。
なんか、まだ、二桁なりたてだって言うのに、私、もの凄く苦労性じゃない? どうしてこんなに疲れることに。
いや、だめだ。これ以上を突っ込んじゃ、闇が深くなる。
それより、レシピ本作るなら、可愛い装丁にしたい。材料を囲む枠でその枠を可愛い飾り枠にしたり、出来上がりのイラスト入れたり、手順のイラスト入れたり。
あれ、絵師見付けてこなくちゃならないやつかな。
いや、私じゃなくて、父がやるよな。私は、レシピ本作るなら、こういう風に作りたいって言えば良いだけだ。
意外とやれそうな気がしてきた。仕様を考えて、後は父に丸投げだ。
と、思っていた時期も有りました。
いや、呼び出されたときは、父に歴史書がばれたのかと、すっごいドキドキしたけどね。レシピ本の仕様の話でよかったとは思った。思ったけれども、私の手からまだ離れていなかったとは想像もしてなかった。
「カティルの言うものを作るのは、カティルが監督するしかない」
そう、話しても、理解して貰えなかった。いやまさか、こんな落とし穴があるとは思わなかった。
いやね。装丁って言うか、枠飾りまでは、理解できたらしいんだけど、手順を認めたイラストを挟み込む、と言う紙面の作り方が全く分かんなかったらしい。
細かいイラストも存在はするんだけど、
薬草とか、図鑑を考えれば、そのもののイラストを描いて、横なり下なり次のページをとって見開きでなり、そんな感じで説明とイラストを存在させるけど、料理手順のイラストは、出来上がりのイラストと細々としたイラストを見開き、もしくは数ページに収めるわけで。
その紙面の作り方を全くもって理解というか、思いつける人が居なかったらしい。
「そんなに難しいことでしたか?」
手順のイラストを入れるって難しいのかと、問えば、父は、何とも形容しがたい顔をした。
「初めて作るもののため、正解が想像できないらしい」
「あー」
理解した。作れはした。作っては見た。だけど、それが私の望んでいるものであると自信を持って言えなかったと。
「理解しました。確認してまいります」
前世と違って、今は、活版とか、ガリ版印刷で、作り直しが難しいというか、作り直しって、結局最初からやり直しになるので、いわゆるゲラ刷りして、赤入れなんてしないのである。
そんなわけで、単身、作業場に乗り込むことになった。
「初めまして」
可愛らしくへらっと笑ってみせれば、胡散臭いと言わんばかりの目が向けられた。
まあ、まさかこんなお子様出てくるとは思ってなかったよね。話通しとけ、父。
「レシピ本の紙面作りがよく分からないとのことでしたが、下書きなどあれば見せて頂きたいのですが」
ハキハキと喋れば、胡散臭いけど貴族の子供だし逆らわないでおこうという空気になったようだ。
なんであれ、事態が進めば良い。私的には。
渡された紙は、見開きで、ラフなイラストと、テキストが入る指定など、ざっくりとしたものだった。
「見づらい」
ごちゃっとしてるごちゃっと。何というか、詰め込んでみたって感じで、必死に見開きで収めようとしているのが分かる。
「あの、紙とペンを貸して頂けますか? あと、あれば定規を」
一案としては、扉に出来上がりのイラストを入れて、見開き紙面で材料と手順。見開きは、四等分して、一つを材料、ついでに必要な調理器具など入れられたら、かな。残り三つを手順にする。足りなければ、次に。
もう一つは、出来上がりイラストの下に、必要材料を入れ、見開き部分は全て手順。
もう一つは、料理の名前と材料手順を書き、最後に出来上がりイラスト。
という感じで、ざっくりと線を引いて作る。
次は、手順のイラストの入れ方だ。
これはだいたい共通すると思うので、抜粋って感じで、大きく書く。
卵焼きってタイトルで、卵を一つ割り割り入れるイラスト、その下、もしくは隣に状況を文字で説明。注意事項があれば、ポイントのように書き入れる。それを焼き上がって盛り付けるまでをざっくりと書き上げれば、頻りに頷いているのが見えた。
この雰囲気だと、理解はして貰ったみたい。
「こういう感じで出来ますか?」
「確かに、分かりやすいですね」
うんうん。こう言うのってテンプレートが出来るまでが大変なんだよね。出来ちゃえば、後はもう、アレンジし放題だ。
「あくまで素人が作ったものなので、逐次変更して頂いて結構です。レシピの手順に関しては、料理を作らない方でも作れるかを見てみるのも良いかと」
「それは?」
「作っている方は、たぶん、イラストがなく、先ほどの字を詰めたものでも、経験則で理解できると思うのですが、その、経験が乏しい方などでも理解できるのが、理想だと思うのです」
分かんない人は、どんなレシピ本みても分かんないしね。意外と作ってるの見た方が理解できるとか、理解の仕方は人それぞれだけど、十人居たら、六人完全に理解でき、二人はなんとなく理解できるのが理想。
「卵焼きのレシピは、確かに私らでも理解できましたからな」
「ええ。理解の仕方は人それぞれなので、文字とイラストでも分からない方は居ると思うのですが、この形であれば、料理をしたことがなくとも、なんとなく理解できると思うのです。作れるかは、また別ですが」
「それはどうしてですか?」
「調理器具によるばらつきもあります。先ほどの卵焼きであれば、私のレシピは、半熟で、黄身を割るととろっと中身がこぼれ出すのを理想の形状として書きました。
弱火、中火、強火と火加減を三段階に分けたとします。とろっとした黄身の焼き加減を仮に中火で五分としたとします。
弱火で焼けば、指定の分数では仕上がらないでしょうし、強火であれば、焦げ付くでしょう。
中火といっても、少し強ければ、やはり指定通りに焼けば焼きすぎて、黄身が固まってしまったり、逆に弱ければ足りず白身が白くなっていないこともあるかも知れません。 ですので、確実に指定通りにやれば、書かれたものができるとは保証できないのです」
その辺りは結局、経験則が物を言う。レシピ本で言う火加減などの基準は、今のところ無いわけだから、家の調理場が全ての基準として使われるが、家の調理場が、一般的な調理場なのかは、私には分からない
「そういうこともあるのですね」
「はい。あくまで、これは、基準として考えて、後は、自分の調理場などの環境で、手を加えるのが望ましい。でも、一般家庭でも、理解して作れるのも目指したくはあります。今回は、食材が、一般市民では無理なので、あくまで最終的な理想ですが」
まあ、現状、レシピって高いし、本に出来ても、使用料高くて無理なんだけどね。このレシピ本が本として販売できるのは、歴史書から引用で、更に言えば、美味しくないから、特許的なものが発生しないため、売れるんだけどね。
一応、料理長には確認したんだよ。特許要るって。そしたら、まあ、渋い顔して、「これに俺の名前が残るんですか?」って、言ったんだよ。
本当に、心の底から嫌そうだった。あの声は。こんなの自分の名前出されたら、恥ずかしくて死んでやるって勢いだった。
でも、レシピは私起こせないし、監修って事で名前は出して良いって、確認して、その程度だったらってお許しは出てる。
これも嫌そうではあったんだけど、ここは私が、この謎レシピを食べられる程度まで昇華したのは、料理長だし、私は、引っ張ってきただけで、詳しい材料とか分からない上に、レシピ作れないから、せめてそこはお願いって、泣き付きました。
父がこの話を進めたときに。
苦労したの見てるもの。お金払わせて欲しい。その苦労に。いや、何かしら出てたのかも知れないけど、私の分かるところで。
いやまた脱線しすぎた。それよりも、今ここで言っとかなければ成らないことがあるんだよ。
「あ。あの、個人用に、中のイラストに色を入れたものが欲しいんですけど、出来ますでしょうか?」
てへって感じで、周りを見たら、一気に静かになった。
なんかまずいことでも言ったのかと、身構えてたら。
「貴族向けの豪華装丁版はそれにしましょう」
椅子から半ば立ち上がり、ずいっと身を乗り出すようにして、私の方を血走った目で見ながら、鼻息荒く中の一人が言い出した。
ああ、貴族向け考えてなかったね。限定何冊とか、貴族大好きだもんね。
「それなら、表紙は布張りにして、刺繍するとかすると、もっと手間と時間がかかるので金額上げられるのでは。そして、一番豪華なのを王家に献上すれば良いのでは」
更に豪華になる装丁を言えば、それはそれは良い笑顔で、「そうしましょう」と言った。
その後は、布地の話、刺繍の話、装丁に付けるもの、イラストを描く人と彩色する人、もの凄い勢いで、話が進み出した。
お金がっぽり稼いでねって思いながら、私はそそくさと退散した。
いや、時間的にもうお子様居られる時間じゃなかったので、帰らなきゃいけなかったんですよ。
まあ、装丁どうするって話にこれ以上巻き込まれたくなかったのは、確かだけど。
いやだって、もう、貴族からどんだけむしり取ってやろうって、鼻息荒いわ、目は血走ってるわで、正直どん引きした。
貴族の端くれとして。こんな風に我々は毟られているのかと。
まあ、一応断りは入れたけど、熱中しすぎていたので、分かっていたのかは、私のあずかり知らぬところである。
どっちにしたって、帰るしね。
そんなわけで、大分具体的になったようだが、表紙の装丁で、その後も何度か呼び出される羽目になった。
宝石でも使ったら良いじゃないで、宝石ビーズを取り入れ、金とか銀とか、派手な金属使って文字とか作ればと言えば、彫金が入り。
気が付けば、出版社をいっそ家で買い取るって話になったようで、家で扱っている商品を作っている人たちほぼ総動員したらしい。
なんて恐ろしい豪華装丁本。
ちなみに出版社は、このノウハウを生かして、貴族向けの豪華装丁を引き受けるために、買い取ったらしい。印刷所込みで。
勝機を見逃さない父が、本当に恐ろしい。
そんなわけで、私の元には、中のイラストに全て色を入れただけの通常版よりちょっといい感じの紙を使った物が来た。
いや、正直、豪華装丁版の中身は、凄いことになってて、観賞用だったんだよ。
あんなの持ち上げらんないよ。
私はただ、ちょっと色が付いて、綺麗な本が欲しかっただけなんだよ。気軽にページをめくれるものが欲しかったんだよ。
と、貴族向け豪華装丁版が来たときに、父に泣き付いて、力説した。
父はよく分からないという顔をしたものの、言うとおりの物をくれた。
出来上がりのイラストの美麗な事よ。それが気軽にめくれることの素晴らしさよ。なにより、出来上がりが色でよく分かって、美味しそうに見えるのが良い。
このイラストだけだったら、凄い美味しそう。夢が膨らむ。
まあ、出来上がりは、どれも微妙だけど。
けど、このイラスト通りに美味しいものを作りたいって、思う人だって出てくるかも知れないじゃないか。
私は、ただ、それを夢見て楽しんでいるだけなんだ。
空想楽しいよね。無責任で良いし。
まさか、一人、によによと本を眺めている私を見た父が、イラストを鑑賞することを思いつき、図録じみたものを作るとは思わなかったけどね。
装飾品の図録とか、まあ、売れたらしいよ。
おのれ、どうして、創作物は出て来ないんだ。このニアピンしてる感じが実に悔しい。
あんまりにも悔しいので、曰く付き装飾品の説明文付きで、出そうよって、懇意にしてる出版社に話持ち込んだよね。
今、それ出そうかって、動いてるらしいので、出来上がることをそっと祈ってる。計画倒れになるか、父の出版社と合同になってしまうのかは、知らないけども。
物語を、創作物を、娯楽を私にっ。ジャンル問わないよ。ホラーもどんとこいよ。
いや、ちょっと、血走りすぎるのは、少し苦手かな。でも、本として読めるなら読むわ。
父。
なんだかんだと父には勝てない。
と言う話。
実は、ここで終わらせるか母再度かを悩んでいたり。
ちょっと悩んで、母のネタが出なかったら、完結にします。