その3 上の兄と青春と私
世の中大概ままならないらしく、興味が無くとも巻き込まれるらしい。
知略戦略があるのであれば、戦略的撤退をしたいところであるが、敵も然る者で退路を断ちに来る。
出来うるならば、傍観で居たいものであるが、時にそれは許されず、渦中に放り出されるのである。
まあ、そんなこんなで、全く興味の無い闘技場のある、異世界らしき世界で、私、転生三女やってます。
さて、本日は、上の兄に拉致られた。
いや、なんというか、むくつけき男達の練習場に花がなさ過ぎて、屍が出来つつあるとのことで、ないよりゃマシと、動員されました。
まあ、分かんなくはないよ。そろそろ皆、結婚相手を探したいよね。
「イグナスお兄様。趣旨は理解いたしましたが、何故私なのでしょうか?」
年齢的に上の姉とか下の姉の方が良いのでは? と言う疑問を口には出さず聞けば。
「アリシア姉様とウィメルは既に連れて行ったことがあるんだ」
ああ。なんか全部理解できちゃった気がする。
「大変でしたね」
我が家の第二子にして長兄は、剣術と馬術が大好きな人だが、性質は、体育会系ではない。
理知的な脳筋である。
いや、なんというか、書類仕事とかもできるんだよ。出来るんだけどね。時折言動が脳筋寄りなんだよね。
ケンカ両成敗で良いんじゃないとか。
良くないからお話し合いしてるんですよって、侍従や部下が、たまに溜息を吐いているのを見かける。
そういうときは、そっと秘蔵のクッキーを手渡して、背中を叩いて上げることもある。だいたい微妙な顔されるけど。
まあ、今でもやっと二桁になったばかりだからね。ちょっと前の一桁だった私に慰められるとか、受け止めきれなかったよね。ゴメン。
今思うと、それはそれでプライドが傷つくね。
私としては、甘い物でも食べてがんばれってだけだったんだけど。
まあ、そんな上の兄ではあるが、やっぱり母、姉妹という女性にはすこぶる弱い。なにより父が母至上なので、女性がどうしても強いのだ。
「それはそれで、なんというか」
色々と上の兄としては、葛藤があるらしい。まあ、だいたい予想着いちゃうんだよね。
だって、姉は二人とも、まだ婚活中なのだ。そりゃあ、値踏みするよね。で、お眼鏡にかなわない人は相手しないよね。
でも、キープしとこ的な知恵も働くし、何か利用できないかという打算もある。
結果、おそらく下の姉は後援している劇団のチケットを売りつけ、上の姉は、パーティーのエスコートとかを頼んだか何かしたのだろう。
上の姉も下の姉も、母の子であるので、見目は良い。男だって下心で近付いてくるが、まあ、だいたい姉たちのふるいは粗いから、ほとんど引っかかんなかったんだろうな。
そろそろ、上の姉は適齢期が近付いているが、下位貴族であれば、あまり気にされないところだったりする。
適齢期って結局の所上位貴族同士の結婚において、下の子達の市場を荒らさないための暗黙の了解なのだ。
だから、歳が上なら文句言われないし、後妻もどんとこいなら、更に増える。
上で余ってる人は、何かしら問題があったりすることも多いけど、たまに、領地関係で婚活期間を逃して、独り身って人も居るので。まあ、領地関係で何かあった人は、もれなく貧乏なことが多いので、姉たちはおそらく狙ってないが、上位貴族ともなれば、持参金積めたりするので、全くなしって相手ではなかったりするんだよね。
まあ、それはさておき。
「どれだけ巻き上げられたのですか?」
思わず興味津々できいてしまった。
いやだって、こんだけ上の兄が打ちひしがれるってことは、結構な額注ぎ込んじゃった人が居るってことだよね。
「いや、うん。それもあるんだけどね。劇場に通って、舞台女優に嵌まって、半分くらいが稽古に身が入らなくなった」
あー。それは。なんというか。
「もう少し、女性に免疫を着けるべきでは?」
恋愛以前の問題な気がするんですけど。そんな初の巣窟に私で良いんですかと、一瞬考え、自分の年齢を思い出し、私程度から慣らしていくのが正解なのかも知れないと思い至る。
「なんというか、心中お察しいたします?」
数秒でそこまで思い至ったので、苦笑を浮かべて言えば、上の兄は、力なく笑った。
「カティルのそういうとこ、とっても助かるけど、居たたまれないよ」
そこまでアフターケアはしないので、上の兄は頑張ってほしいところ。
「まあ、私にお友達がいれば、もう少しお声かけも出来ましたけど」
子供同士のお茶会とかもあるらしいけど、うちの母は、夜会とかそう言う方に力入れてるから、もっぱら連れて行くのは、上の姉なんだよね。
たまに子供の多いお茶会に借り出されるけど、一度くらいじゃお友達作れるほど、私、コミュ力高くないからな。一度の出会いで成功させる子は凄いよね。
「いや、妹にそこまで気遣われると、兄の威厳とか尊厳とかが危うくなるから大丈夫だよ」
何だかすっかり疲れた顔の上の兄に、そんなもんかなと、曖昧に笑っておく。
まあ、プライドは大切だよね。自分自身を律する意味でも。プライドってアイデンティティを形成してる物の一つだろうしね。
「カティルはちょっと、頭の中で考えるのも黙ろうか」
どうやら、誤魔化して笑ったものの表情でモロバレだったらしい。
てへっと笑って誤魔化せないものを無理矢理誤魔化しつつ、これ以上の会話はやぶ蛇だなと、口を噤む。
ただ、馬車の中で無言って、地味に車輪のガタゴトする音が響いて虚しいんだよね。街中なので、良くある尻が痛くなる的なものは亡いんだけど。
まあ、うちは、母が夜会に行ったりして馬車使うから、結構な高級仕様らしいけど、生まれてこの方この馬車なので、なにがどう高級なのかが分からない。
いや、想像は付くんだよ。いわゆる前世で話に出てたような、ガタガタ揺れるしお尻痛くなるとか腰にくるとかが、酷くなるのが高級仕様じゃないのだって言うのは。
ただ、前世含め、馬車なんて乗ったこと無かったから、初めて乗ったこの馬車が、自分的標準なんだよ。
馬は、なんか、鞍ついてるのに乗っけて貰って牽かれているのの上で鎮座していた記憶はある。前世のだけど。
手綱も握っていた記憶が無いので、本当に荷物として上に乗っかっていただけだよね。
揺れるってのと、高かったってくらいしか記憶にない。
そう言えば、チャリオット狂いの戦闘狂居たなーとか、馬車繋がりで思い出したり。
お陰で現在の馬車の足回りは良いらしい。だって、戦車だもんね。荒れ地を走り回ってるの考えれば、車軸の強度とか、跳ね上がったときのクッションとか考えたら、良くなるよね。
そうそう。思い出した。上の姉の精霊石情報から、幾つか書籍を取り寄せたんだけど、この戦闘狂のチャリオットに、風の精霊石を使って、衝撃吸収を試して、吹っ飛んだとかあったんだった。
いや、衝撃を空気のクッションで吸収して、衝撃を和らげられるのではないかって言う発想だったらしいんだけど、吸収じゃなく、反発して、衝撃が跳ね返って、吹っ飛んだってことらしい。
その後、精霊に上手くお願いすれば、衝撃吸収は出来るってことは立証できたらしいけど、風では思い通りに行かず、水は出来たけど溺れ、土はそもそも衝撃吸収できず、火は論外、光も物理に影響を与えることが出来ないので、ダメ元で闇関係を探ったところ、吸収ではなく、無効に出来ると分かった。
しかし、精霊石を戦争に使えるほどの量揃えることがまず無理なので、研究はしたけど、実際の戦闘では使われなかったらしい。
ちなみに戦闘狂は、飛ぶのは構わないし、むしろそれを狙っていたりするので、無効化されちゃうと意味ないってことで使わなかったらしい。
まあ、そう言う無駄な研究が出来たりするのは、素晴らしいよね。
そういうことで、戦争に利用はされなかったけど、効果は絶大と分かったので、高級な馬車はだいたいこれが使われている。そう、この馬車も使われてるんだよ。そりゃ揺れないよね。
そんなことをつらつら考えている間に、どうやら馬車は、訓練場に着いたらしい。
「カティル。降りるよ」
御者が踏み台を出してくる。馬車って高いから、どうしたってステップが必要なんだよね。そしてドレスって足下見えないから非常に怖い。いっそ担ぎ上げて欲しい。俵担ぎで良いから。
まあ、そんなみっともないこと出来ないんだけどね。
上の兄の手を取りながら、慎重に段を踏み、やっと地面を踏みしめる。大地最高。とか、船から下りたような大袈裟なことを思いながらも、既に人の目があるので、すまし顔を作っておく。
「カティル。あちらに観覧席があるから、座って見物しておいで」
ちゃんと見物用席があるとはっと思いつつ、指定された場所に行けば、闘技場をそのまま訓練場として使っているんだと理解する。
歴史は好きだが地理は壊滅なので、闘技場がどの時代のものかはぱっと見分からない。なにより、この土地の名前が分からないことには、どの場所の闘技場か分からないからだ。
いや、この国ね。戦闘狂が何代かに一人出るんだよ。本当に戦争好きなのと、戦うのが好きに大まかに分かれて、戦うのが好きだと、個人の闘技場作るぞって作るもんだから、都市にだいたい二つはあるんだよね。
その後、芸術狂いが現れて、闘技場を色んな用途で使えるように改修すると言う流れが出来ている。
ちなみに芸術狂いも、蒐集家と自分で作る派に大まかに分かれている。
こう、そこはかとない神の介入を感じるよね。
精霊いるんだし、神の五人や六人居そうだし。あながち間違っては居ないのかもしれない。
私みたいなのも、おそらく埋もれてるんだろうな。
もしかしたら、風で衝撃吸収出来るんじゃって思った技術者とか、私みたいな人だったのかも。風を空気と置き換えると、ありそうなんだよね。まあ、目論見外れて、ゴム鞠みたいに弾かれたらしいけど。
そんなわけで、パラパラと観客席に座る人を眺めつつ、私も適当なところに座る。
訓練を見ているのも、早々に飽きて、誰が見物に来ているのかと、興味津々で辺りを見回した。
あれは、確か上の姉のお友達。何度か屋敷で見かけた記憶が。でも、爵位が分かんないな。下手に上位だと声かけただけで不快そうな顔されるしな。
いや、姉と懇意にしているくらいだから、令嬢は、にこやかに対応してくれるよ。おなかの中ではどうか分からないけど、それを悟らせない程度には、取り繕って対応してくれる。
けど、従僕とかはね。口は出さないけど態度で物言うんだよね。
にこやかに笑ってるんだけど、空気がピリッとするから分かるんだよ。
そう言う人たちとの相手は、色々とゴリゴリ削られる。なにより、そう言う気配を醸す従僕や侍女を使っている令嬢は、だいたいが空気読めない。
空気読んでれば、そんなお付きは着いてないってことだ。そして、空気読める人は、挨拶程度で解放してくれる。
いや、絶対じゃないけどね。小さい子好きな人居るし。
弟妹が居ると、昔は可愛かったのよって言う昔話も挟まる。
その代替品を私に求められても困るんだけど、穏やかに笑っておくに限るのだ。下手なこと言うと長引くから。おおよそ愚痴で。
そんなわけで、下手に声を掛けることは、自分の首を絞めるので、動かずじっとしているのが正解だ。
しかし、既に飽きているので、どうしたものかと、考えていると、唐突に悲鳴とも怒号ともつかない声が上がった。
「あー」
声の発生源あたりを見ると、土煙が上がって、誰かが倒れているのが見えた。どうやら、打ち合いを避け損ねて跳ね飛んだっぽい。
事前説明で、上の兄から、多少派手なことになっても、命に別状はないので安心しろと言われた意味がよく分かった。
事前に説明されてなければ、かなり焦っただろう。事前の説明程度では、あそこまでとは思ってなかったけど。
いやだって、最後の方のとこしか見てないけど、人間ってバウンドするんだって思ったからね。
「これは、お姉様方のご友人には、向かない」
大丈夫と分かってても、気を失いそうだし、なんなら、二度とここに来ないだろう。だいたい、暴力沙汰になれている令嬢はなかなかいない。
見るのは平気だと思う人も居るかも知れないけれど、令嬢としての日常を過ごしていて、荒事に巻き込まれることはないので、慣れているはずがないのだ。
「まず、ここに連れてきてるのが問題だな」
でも、筋肉好きな人は居るだろうから、そっち方面で魅力を発信するしかないのでは。
行軍みたいなのはどうなんだろうか。上半身裸で、筋肉美とかは、おそらく早すぎるな。
今は、戦争時じゃないから、強いって言うのがステータスにならないし、騎士の給料って、雰囲気あんま良さそうじゃないんだよな。
だから、騎士職目指している人間って、あんまり人気が無いらしい。事前姉様方調べより。
いや、まあ、私には欠片も関係ないけど、上の兄に結婚相手が居ないってのも、体裁的によろしくないのかなと。
上の姉と下の姉の結婚的な意味で。
なんだかんだと言いながら、この世界、長兄主義なので、長男に嫁が居ないって、家族という括りとして、色々と信用が下がるんだよね。
爵位はないから、それほどではない気もするんだけど。おそらく、爵位が高くなればなるほど、そういう所を気にするんじゃないかと予想する。
なので、貴族に嫁ぎたい姉たちにとっては、マイナス要素な気がすんだよね。なので、上の兄の嫁問題は、看過できないというか。ほっといてはいけないような気分になる。
まあとはいえ、それに気が付いたところで私になにが出来るのかという話ではあるんだけど。
それより、吹っ飛んだ人の様子を見に上の兄が行っていたんだけど、あれ、デフォなのかな。
いや、ちょっと、現実を咀嚼できなくて、現実逃避したかったんだけど、さすがに放置しちゃダメだよね。
うんなんて言うか、これ見に来てんのかって思ったよね。そりゃ、女っ気も無くなるってもんだよ。
上の兄。何故、横抱きで連れてった。
いや、おそらく、上の姉と下の姉がやらせたんだろうけれども。ソレは女の子限定にして欲しかった。身に付いてしまったから、ついつい当たり前のように持ち上げちゃったんだろうけど。
いや、あれ、吹っ飛ばされた人間に対する罰ゲームも兼ねてんな。クスクス笑ってんのが何人か混ざってるわ。
お前等、それで、己の婚期逃してるって気付よ。いや気付いちゃダメなのか。でも、ちょっとこの周りの雰囲気読め。気付いてんのも居そうだけど、そいつにはきっと婚約者居るぞ。
じゃなきゃ、婚活にヒビ入ってるのを看過できるはずがない。
さて、これどうしたもんかなー。上の兄の婚活に暗雲立ちこめ過ぎてんですけど。
いや、だって、この観客には、望めないよ。結婚は。
いや、あの妄想を隣でされるのを堪えられるなら出来なくもないけど。おすすめはしないな。
生ものは、個人的にちょっと苦手だったんだよね。いや、キャラクター絡めば、半生って感じで、許容できる物もあったりしたけど。基本的に、そのもので、妄想はしなかった。と言うか、出来なかった。
そういうわけで、文化として、男同士のアレソレをきゃっきゃっと眺めるのは、まあ、あるんだろうなとは思うが、身内が加担しているのは、どう受け止めれば良いのか。
いや、ここで考えても仕方ない。教育的指導を行うべきだな。上の兄の今後のためにも。
そんなわけでやってきました救護室。
先ほど吹っ飛ばされた御仁は、脳震盪起こしたのかな。まだ目を回しているようで、横になっている。
「初めまして。あの、中に入ってもよろしいでしょうか?」
そろっと扉を開けて覗き込めば、何故か一瞬どよっとした。
「イグナスお兄様の妹です」
一応身分をはっきりさせてみると、ああというような顔をされる。
その反応に、いつものかと、ちょっとテンションが下がった。
私たち姉妹は、雰囲気が違っても、持ってる色とかパーツが似てるので、姉妹ってすぐ分かるらしいんだよね。
皆さん、上の姉と下の姉に会ってるから、妹と言えば実に簡単に納得されるんだよ。
これがなんというか、本人同士は似てない姉妹だと思ってるんだよね。私的には、母に似てないしってのが一番なんだけど。上の姉と下の姉は、母に似ているから、確実美少女なんだよ。年も年だから、出るとこでて引っ込むとこ引っ込んでるしさ。そこ行くと私は、なんとなく父方よりなんだよね。そして、まだ成長途上。
だから、上の兄とは、似てるかなとは思うけど、性別の違いで、やっぱり似ているようには感じない。
けど、これってあくまで主観だから、客観は変わってくんだろう。なので、異議を申し立てたところで納得はされないと言う、もどかしさ。
「妹って言われると、イグナスに似てんな」
何だか妙な納得をされつつも、妹とは分かって貰えたらしい。
「あの、イグナスお兄様は、今、どこにいらっしゃるんですか?」
ぐるっと見回したところ、出遅れた分遅かったらしく、上の兄の姿が見えない。
「ああ、イグナスは今、氷取りに行ってる」
下っ端なのか? 上の兄、ぱしりなのか? あんなに楽しそうに話していたのに、実はぱしらされているなんて。
「あーえーその。なんか盛大な誤解をしてるようだけど、氷取ってくるのは、当番制でたまたま今回イグナスだっただけだから」
「まあ、そうだったのですね。安心しました。兄が無知なのを良いことに、見せしめに使われているようでしたので、心配していたのです」
あ。思わず特大の針刺しちゃった。あんなこと兄にさせてるくらいだから、ぱしらせるくらいするかと思ったよ。立場的にも貴族としては弱いしね。金でぶん殴るなら、王族にだって負けないと思うけど。
さすがわが父。母のためなら、国ごと買うよって豪語しただけはある。
「……いや、アレも、当番制、なんだよ」
「まあ、では皆さん横抱きで連れて行かれるんですね」
そりゃあ、婚期逃すよ。みろよ観客席を。完全に毒されてんぞ。
「…………いや、それは、イグナスだけ、かな」
「まあ、どうして兄だけ荷物を担がされているのでしょう」
やっぱりいじめなのかな。父にと進言すべきか。だいたい、騎士団って言うか、私設の隊くらいなら、父の金でどうにでもなるだろうし、先ずは人数集めて、団を結成させるところからかな。
傭兵って立場にしても良いしな。そう考えると、兄に傭兵団を率いさせるって言うのはありなんじゃ。
いや、それより既にある傭兵団を買い取った方が良いのか。買い取れるなら、兄が統率者になるのも納得させられるかもしれないし。
一から作るのは、上の兄に人望さえあれば意外と簡単なんだけど、実力が未知だし、そう言う点では、既存の傭兵団、もしくは傭兵を買い上げるのが一番楽な気がする。
「あれ、カティルどうしたんだい。こんなところまで来て」
片手に氷嚢を持った上の兄がやってくる。手慣れた姿に、本当に当番制なのかと、ちらっと疑いのまなざしを向けると、小さく頷いているので、一応信用することにしよう。
「イグナスお兄様。傭兵団を作りましょう」
ぐるりと体を上の兄に向け、力強く言う。
「なんでそういうことになったのかはよく分からないけど、カティルは何か怒ってるんだね。でも、ここで言ってはダメだよ」
上の兄は上の兄で、何か私が怒っているのを理解して、こっそり家で告げ口しなさいと釘を刺してくる。
「はーい」
上の兄には上の兄の付き合いがあるだろう。それを私が邪魔するのは、また違うよね。
しかし、これだけは言わねばならない。
「イグナスお兄様。男性を横抱きに抱き上げて救護室に運ぶのは危ないので、板か何かに載せて、二人がかりで運ぶべきです」
「そうかい?」
「はい。今回は大丈夫ですが、頭を強く打っているときなどは、揺らさない方が良いときもあると何かで読みました」
歴史書を好んで読んでるけど、他の分野の本もそれなりに網羅してるから、これが現代知識なのか、それとも本で読んだのかの区別が付きにくいのが難点。
デザインとか、発想でない限り、何かで読んだ気がするでごまかしている。歴史書個人で書いてるから、端書きでどうでも良いこと挟んでたりするからな。本当油断ならない。
酷いのは、自分の好きなシチューのレシピ挟み込んでたからな。
それはそれで面白そうだったので、書き出して、作って貰ったけど。過去の食材と味が違うのか、とっても微妙だった。著者がバカ舌だった疑惑も残っている。
「カティルは物知りだね。確かに、抱き上げるのは安定も悪いし、教官にあげておくよ」
「是非」
詳しい話は、お家でみっちりいたしましょうと、笑っておけば、上の兄の笑顔が微妙に歪んだ。
察しが良いのも困りもの、だろうか。まあ私は困んないからいいや。
でも、上の姉と下の姉から指摘がないってことは、これ、まだばれてなかったってことだよね。
と言うか、もしかして、家族会議なのかな。その方がいい気がしてきた。
だってねぇ。この状況鑑みるに、おそらく、この集団に対する苦情から始まり再指導だよねぇ。
いや、なんというか、確実この所為で婚期逃してるのが居るはずなんだよ。となると、集まりに問題有りってことになるし、そう言う集団だと誤認されているって、おそらく、マイナスイメージ。
いや、そう言う人ホイホイになりたいなら、止めないしご自由にだけど、うちの長男は、ちょっと退避させるよって思うよね。
そんなわけで、帰ってきて、上の姉に話をし、下の姉も捕まえて、話をし、母にも話したところで、家族会議が決定しました。
上の兄は一人で座り、残りの家族が上の兄の前にずらっと並んでいる様は、正しく圧迫面接。
「カティルがなにやら懸念していたようでしたが、ここまで大事でしたか?」
ちょっと怯え気味の上の兄。いや、大まかに言えば、上の兄は悪くないよ。悪いのは、気が付いてない教官とか、上官で、更に言うなら、同僚も悪い。
「そうねぇ。カティルちゃんのお話では、イグナスは悪いわけではないと思うのよ。でも、お話を吟味したところ、イグナス一人の問題ではないと言う結論になってしまったのよねぇ」
「そうです。イグナスだけの問題ではありません」
「そうそう。私の将来掛かりすぎてるの」
女性三人が前のめり過ぎて、下の兄は沈黙を貫くことにしたらしい。ちなみに父もほぼ空気だ。いや、この話、男性からはし辛いのも確かなんだよね。
「お姉様方。そう興奮しては、イグナスお兄様には伝わりません。なにより、お姉様方は、見学に行かれたのですから。どうして周りの方から情報収集されなかったんですか。同罪です」
バッサリと切り捨てると、ぐっと二人とも黙った。なによりあそこ、上の姉の知り合い何人か居たしね。話しくらい聞いておいた方が良かったよね。
そんなわけで、黙った上の姉と下の姉を確認し、お母様に話を続けるように促した。
「あのねぇ。イグナス。怪我をした仲間を運ぶことは、悪いことではないのよ。それは勘違いしないで欲しいのだけれどね。ただ、横抱きで運ぶのは、ちょっと特殊な趣味の方の琴線に触れてしまったらしいのね」
「特殊?」
上の兄の初さに、下の兄が頭を抱える。こういう所が上の兄の脳筋って言われるところだよね。
「別に、イグナスがそう言う趣味なら、止めないのだけれど、イグナスは、恋愛対象は、男性だったりするかしら?」
母、ものっそストレートに言った。
「へ? え? いや、女性です」
やっぱりそうだよね。まあ、押されて流されそうなタイプではあるけど。普通にしてれば、恋をしたりするのは、女性だと思っていたよ。じゃなかったら、もっと、騎士としてのお仕事にのめり込んでると思うしね。
「そう。でも、どうして横抱きで運んだのかしら?」
「確か、見学に来ていた子供を抱き上げたのが最初だったかと」
あー。子供。うん、子供ならそう言う抱き方しても、可笑しくはないけど、おそらくナチュラルにやり過ぎて、なんでそんななんだって聞かれて、上の姉と下の姉のお姫様ごっこの話をしたんだろうな。上の兄、アレがお姫様ごっこだと理解してなかったけど。
私が物心ついたときには、交互に横抱きで運ばされてたもんな。足腰の鍛錬になるし気にしてないって言ってたくらいだし。
子供を抱き上げて運ぶがナチュラルに横抱きになってたんだろうな。
「そうだったの」
状況を聞いて、母は、ちょっと考え込む。おそらく上の姉と下の姉のせいだと気が付いたんだろう。上の兄脳筋だからね。
「横抱きにして抱き上げると、アリシアと、ウィメルが喜んでいたでしょう」
「はい。しつこくせがまれたので、二人を抱き上げて何往復もしました」
上の姉は理詰め、下の姉は泣き叫んで、上の兄に横抱きにだっこさせていたからな。
「そうだったわねぇ」
お母様も思い出したようで、ちょっと目が遠くなっている。やり過ぎれば止めていたけど、子供同士のことだから、ある程度は放置していたんだよね。
まあ、反射的にやっちゃうくらいには、反復学習させてたよね。
あれ。上の姉と下の姉は自業自得では?
「女性は、足を見せないようにと考えれば、そう言う抱き上げ方が適しているのは確かなのよ」
母がどう持って行くか、苦心している。あそこまで言ったんだから、男性を好いているように誤解されるって言うか、男性同士の恋愛を妄想したいお年頃のお嬢様方に格好の餌食にされてるって、はっきり言ったほうが良いのではないだろうか。
「でも、男性を同じように抱き上げるのは、女性のように扱っていると思われるから、相手の心を傷付けてしまうこともあるわ」
「そう、だったんですか?」
自分が友人の尊厳を傷付けていのたかも知れないと聞き、真っ青になるほど落ち込む上の兄。
いや、これこのままで良いのと、母を見れば、母も動揺している。下の兄は、無理っと、顔の前で手を横に振られ、父は、ショックを受けている母に夢中だ。
まあ、そう言う罰ゲームだって分かってるから、おそらくご友人も同僚も、さほど気にしてないですよ。と、ストレートに言うと、友情にヒビが入りそうだし。
でも、見物している女性の正体をばらすのも、どうなのかなー。
いやでも、あそこに居たのは、そこそこ高位だったはずなので、上の兄の嫁予定では無いな。爵位的に。
ならまあ、泥はそっちにかぶせるかー。
「いや、男性同士の恋愛妄想して楽しまれてるのが問題なんですよ」
上の姉、下の姉に加え、母までもがぐわっとこちらを見た。
だって、そう言う話じゃん。もう男性が恋愛対象かまで聞いたんだから良いじゃん。もう、ぶっちゃけようよ。
「え?」
上の兄の動きが完全に止まった。
まあ、そう言う話は、たまにちらっと聞くか聞かないかだろうしな。
「本当かどうかじゃないんですよ。男性同士が距離感なく付き合っているのを見て、妄想して楽しむ方々がいるんですよ。世の中には。
妄想なんて人畜無害なんだからいいじゃないですか。男性同士なんて、男だけになれば、どうせあの子の胸でかかったとか、誰それの尻が良いとかそんな話してるんでしょう」
下の兄と父が、お前ぶっちゃけすぎって顔をしている。そして、まだ潔癖のきらいのある上の姉と下の姉が、ちょっと嫌悪を滲ませた。
母は、そういうとこ、百戦錬磨だよねぇ。泰然と微笑んでいる。
はい。後でお説教ですね。了解しました。
「そういうわけですから、今後イグナスお兄様は、抱き上げる必要がないように、担架を普及させるのです」
「え?」
なんか、全員の心が一つになったような気がするよ。そんな変なこと言ったか。
「だって、イグナスお兄様がやらなくったって、他の方がやれば意味ないでしょう。お兄様が運ばないだけで、運ばれる可能性がありますし。だったら、抱き上げて連れて行くことをやらなくすれば良いんです」
高らかに宣言し、後に担架ってなにって言われ、その説明に凄く苦心惨憺したけど、まあ、だいたいは、歴史書で説明できて良いよね。
これ、挿絵残ってんだよ。戦場で人運ぶのに、板に乗っけて運ぶの。いや、野戦病院でベッドの準備とか出来ないし、持ち運びに便利だから、板に乗っけてそのまま運んで色々と動かしたらしいんだけど。
でもまあ、常備するなら板より布かってことで、父にこうこう、こういう感じにすれば、場所も取らないし、軍に売り込んだり、病院に売り込んだり、その他なんか運んだりとかに使ったり出来るんじゃないと、そそのかし、一ヶ月ほどで、簡易的な担架が、上の兄の練習場にも配備された。
使い方は、頭を低くしないようにくらいしか知らないから、試行錯誤して欲しいと、丸投げしたけど、何だか上手いこと使っているらしい。
ちょっと父にお小遣いも貰えたので、結果的に今回は良かったのかな。
その後、上の兄の恋路がどうなったかは、詳しくは聞いていない。上の姉と下の姉に早く婚約者が出来ることを祈る。
あと、たまに上の姉が頭を抱えているのを見るようになったけど、気にしない。首を突っ込んで良いことない雰囲気がひしひしとするので。
だって、あそこに居たの、上の姉の知り合いだったからね。二、三人だけど。
とりあえず、担架の話が終わった後、父に、なんかネタないのかと言われたので、また戦争系の歴史書を引っ張り出す羽目になったよね。
いや基本的に一般人なので、精霊石とか、魔法グッズが関わってる話って、また別系統になるから、それ専門の歴史書で、今まで読んでなかったんだよ。興味なかったから。
戦争やってると、一番変な実験とかしてるからね。軍事費って、時折湯水の如く使うマッドな人居るから。
まあ、使えるかどうかは、分かんないけど。
嫌がらせで、レシピも混ぜておこう。あらかた微妙だったから、次に見付けたとしても、微妙なはずだからね。
兄の落ちをどう付けようかと思ったら、ポンコツになったと言う。
いや、決して悪いお兄ちゃんではないんですけどね。
情緒面がそこそこポンコツなだけで。