その1 上の姉と精霊石と私
転生三女はじめましたの続編です。
はじめましたを最初に入れ込むか考えたんですが、読まなくても行けるのではと思ったので、端折ってみました。
分からなかった場合は、上手くいっていればシリーズ。駄目だった場合は作者名から「転生三女はじめました」を探してみてください。
最初は、上の姉から。
別段、家族仲は悪くないんですよ。わかり合えないだけでって言う感じで。
世の中とんとままならぬもので、こうと思ってもその道筋が無かったりする。背丈を超える見知らぬ草むらに、最初に跡を付けるのは勇気が要るものだ。だって、その先があるのかも分からない。
とはいえ、欲しいものは欲しい。
足掻いた結果がどうなるか、それはやっぱり、進んでみないと分からないのである。
まあ、そんなこんなで、個人的娯楽の少ない、異世界らしき世界で、私、転生三女やってます。
過去の世界ではないなと言い切れたのは、確実に精霊のせい。
いやだってね。この世界、宝飾品の最高峰が、精霊の贈り物なんですよ。精霊が気まぐれに人に与えてくれる石。
その精霊の属性によって色が変わるので、この世界、精霊の種類による忌避感みたいなのは皆無だったりする。
だって、黒い石は黒系の精霊が持ってるからね。黒を忌避したら、黒系の宝石は手に入らない。
まあ、ネガティブなのが多いのは確からしいし、昼間に会えない制約があったりするとか、なかなかに黒系の精霊は気難しいと言われるが、突き詰めれば、どの精霊も気難しいって、私は思うんだよね。
精霊って、その属性にそぐった場所に多く生息するらしいから。
砂漠で水の精霊に会えないわけじゃないけど、わざわざ砂漠で探すくらいなら、川か海で探せって話だよね。
で、なんでこんな話をしているのかと言えば。
「カティル。聞いてちょうだい。やっと、精霊石を手に入れたのよ」
上の姉が、精霊石を持って、歌い舞い踊っているからである。
それはアクアマリンという感じの透き通る水色の石だ。触るとひんやりとする。いや、精霊石って属性付与されてるから、氷の精霊石なら、実は熱が移らず、ずっと微妙にひんやりするらしい。
これは水なんだけど、流水の属性が着いてるらしいので、ちょっと温もってもすぐに冷えるらしい。
らしいらしいばっかだけど、私、石は興味なくて、上の姉の話は、右から左だったので、欠片も記憶に残ってないんだよね。
でも、初めて触ってみたら、興味が湧いたよね。なにより、この性質は面白いので、後で本取り寄せよう。
本当に、百聞は一見にしかず、だよね。触ったからこそ、興味が湧くこともあるんだね。属性とか全くピンときてなかったんだけど、こうして現物を触って実感すると、むくりと興味が湧く。
いや、石じゃなくて、属性と色の関係とか、最大だとどうなるのかとか、そっちね。だから、百科事典よりは、学術書に近いかな。読みたい本は。
だって、反発属性の組み合わせがどうなったかとか、気になる。自分で実験したいとは全く思わないけど、結果知りたい。絶対誰かやらかしてるよね。
いやでも、そういや、歴史書にも何度か精霊石の奇跡の話が載ってた気がするな。今度石関係で再編してみようかな。
そうなると、どっか宝飾店と連携したほうがいいのか。
でも、私表に出てないから、繋ぎを作るのが難しいな。後、上の姉と、母にばれると大変そう。
いやでも、執事に相談したら、ワンチャンあるか。
まあ、それは、舞い踊っている上の姉の相手を終わらせてからだな。
「アリシアお姉様。お喜びであるのは分かりますが、そうぐるぐると回っていますと、目を回して、拍子に落としませんか?」
そう、歌い踊り、くるくると回っているのは良いんだが、そろそろ三半規管やられないかと、不安になるよ。
いや、上の姉が持ってる石って、小指の先ほどもない、本当五ミリ程度の長さのちっちゃい石なんだよ。落としたら確実にこの部屋の絨毯の毛足に紛れて消える。
私の言葉に、さすがに上の姉も、ありそうと思ったらしく、持っている石をきつくぎゅっと握り締めると、私の向かいのソファに腰を落ち着けた。
ちなみに、上の姉が自慢したいと、私を呼びつけて、居間に呼んだのだが。着いたときには舞い踊っていたので、侍女にお茶と菓子を用意して貰って、優雅に眺めていた。
いや、眺めるようなものじゃないとは思うんだけど、落ち着くまで放っておかないと、長引くんだよね。
今回は、さすがに紛失騒ぎは御免被りたいので止めたけど。だって、それを探すために、家の下働きまで含めた総勢で家捜しする羽目になりそうだったしね。
そんなことになると、色々なことが滞るので、避けたいところだ。
「さすがに、精霊石なら、カティルも気になるでしょう」
そっと慎重な手付きで箱に収めると、些か落ち着いたらしい上の姉が、自慢げに胸を反らしながら言う。
「そうですね。精霊の付与と言われる物は気になりました」
あと、上の姉には言えないけど、どんだけ壊したのかも気になる。絶対金に飽かせて実験して破壊した人いるよね。王家とか、王家とか、王家とか。
ああでも、王家だと、もしかして資料、王家にしかないのかな。しまった。王家じゃない人もやってて欲しい。借金してでも。
「違う。カティル。そういうことではないのよ」
そう言われましても。宝石は綺麗だけど、綺麗だってだけで終わって、所有欲は湧かないんだよね。
これが、お気に入り小説の続刊出たって言うなら、色々と握り締めて買いに行くけど。それこそ、その時手元に金がなければ借金してでも。
とくにこの世界、娯楽の類いの小説ないから、そんな中で出たお気に入りって言ったら、十冊ぐらい買いたい。そして布教したい。
まあ、まだ布教出来るような娯楽小説なんて誰も書いてないんですけどね。誰か書いて欲しい。切実に。
「綺麗だとは思いますけど。アリシアお姉様のように、欲しいとは思えないのです」
「綺麗なものは身につけたいと思うものではないかしら」
「それを言うと、私は、歴史書面白いですという話をお姉様に半日ほど語れますが、お聞きになります?」
「結構よ」
「そうなりますでしょう」
私にとっての歴史書は、上の姉にとっての宝飾品や服飾品と同じなのだ。面白い、美しいから所有したいと考える。
「本のどこが楽しいのかしら」
「そう言われると、私、ドレスのどこが良いのかと言い返すしか」
この話をすると、お互いに刃を突き立てるしかなくなるので、早々に止めて貰いたいんですけど、まだやります? と、上の姉を見れば、苦虫を噛み潰したような顔をしてますね。
そう言えば、ここでも、こうなんだか気に入らないとか、すっきりしないような、苦々しい表情を『苦虫を噛み潰したような顔』って言うんですよね。
どうでも良いけど、最初に苦虫を噛んだのは誰なのか、気になる。
「まあ、お互い好きなものが違うんだから仕方ないわね」
上の姉は、やっとこの不毛な言い合いに終止符を打つ覚悟が出来たらしい。良いことだ。
「ええ。それに、私、別にドレスや宝石が嫌いなわけではないですよ。興味が湧かないだけで」
「そうね。私の着ている物や宝石を褒めてくれるし、嫌いではないのは分かるわ。でも、私は、姉妹で同じ話題で盛り上がってみたいの」
それを言われると、妹としては、ちょっと心苦しい。でも、ヒダの数とか、刺繍の細かさとかには、あまり興味が湧かなくて。辛うじてレースはまだ。
ちなみに、下の姉は絵画とか、演劇とかの芸術大好きな人なので、やっぱり上の姉の望む盛り上がる話は出来ない。
「あー。ウィメルお姉様は、芸術ですしね。お兄様方も、衣服に関しては、興味、なさそうですし」
「そうなのよ。末っ子が生まれて、これで同じ話題で盛り上がれると思ったら、これよ。これ」
「ご希望に応えられず、申し訳ありません? でも、ウィメルお姉様なら、舞台衣装でなんとか行けるのでは」
「舞台衣装はまた違うの。あれは、舞台によって、時代検証したりして、上辺を整えつつ、動きやすいように調整しているから」
うむ。ドレスであれば、こうして打って響くような回答が得られるって、ある意味すごいですよね。
「そうですね。今の舞台は、確か二代くらい前の王様の頃の話だったはずですから、今よりもっと、キュッとして、バサッとしてますね」
ちなみに、キュッとしているのはコルセットで腰を締めていて、バサッとしているのは、スカートで、布を幾重にもしていた頃なので、まあ、確実今より重い。
今の流行は、スレンダーなので、あわやコルセットの再来かと焦ったけど、先達が、コルセットの締めすぎによる体の影響をエグい絵付きの読本で広く訴えたので、さすがにそれはなかった模様。
いやだってね。内臓の負担とか、肋骨の変形とか、絵付きですよ。絵付き。気の弱い女性は数日立ち直れなかったらしいけど。
お洒落のためにたまに締めるのは良いけど、恒常的に締め付けるのは、体に悪いし、妊娠にも影響出るだろうね。出ないわけないよね。と、著者は詰め寄って、男共も震え上がらせたらしい。
そして、反発する男共には、もれなく締めてやったらしい。コルセットを。
この辺も歴史書残ってんだけど、この豪胆な人が、数代前の王弟で、女装趣味だったらしい。
業が深いと思った。
いやいや、ちょっと脱線しすぎた。上の姉の話に集中しなくちゃ。
「ドレスの形をそう言う擬音で表すのは止めなさい。私は分かるけれど」
「いえ、コルセット撲滅に感謝の意を捧げているので、言葉から排そうかと。ちなみにスカート部分は、なんと言ったか思い出せなかったので」
ドレスはね。型によって色々と名前が変わったりするから。興味ない私からすると、ヒダの数なんかどうでも良いじゃないと思うんだけど、その数が違うだけで名前が変わる。
更に言うなら、宝石のブリリアントカットも、八角形だか八面体だかよく分かってないしな。あれって光りの入射角がどうとかって話なんだっけ?
まあ、よく分かんないから、上の姉に話したことはないんだけど。
下手に話すと、母以上に恐ろしいことになりそう。その場で宝飾店に一直線に拉致られそうな感じで。
歴史を紐解けば、歴代の王族の中には、姉のように宝飾品をこよなく愛している方々もいた。まあ、大概が、王家の宝物庫にあるんだけど。たまに、下賜されたりしてるけど。
そう言えば、呪いのなんとかって話は聞かないな。この世界ホープダイヤみたいなのってないのかな。
あ。そう考えると、歴史書で、怨念がどうしたみたいな話って出てきてないな。
意外とありそうでないのか。それとも、呪いを纏いそうな宝石が、精霊石だから、呪いを跳ね返しちゃっているのか。そもそも魂や念の概念がないから、呪いみたいな負の情念がこもらないのか。
「そうだ。アリシアお姉様。ここは譲歩して、ウィメルお姉様と一緒に舞台衣装を作ってみるなどどうでしょう。最近出版された歴史書、恋愛ものだったので、受けていると言っていたではないですか。それの舞台化の手助けをしてみたら、ウィメルお姉様と盛り上がれるのでは?」
上の姉の衣装対する造詣の深さは、下の姉の手助けになると思うんだよね。やっぱり、時代考証までバッチリな上の姉が衣装監修したら。
衣装代で飛ぶか。
いや、妥協しなくて、飛ぶ未来がちらついたな。
提案しておいてなんだけど、ダメな提案だったかも。
「前に頼まれてやったけれど、舞台衣装は妥協するから無理だったわ」
既にやってた。だからこそのあの言葉だったのか。
「それは。大変だったのですね」
なんと言って良いのか。ご愁傷様みたいな、言葉ないんだよね。たまにこの世界と、前世の言葉遣いの差異で苦しい。
そして、上の姉に、残念でしたねとか、どこの上から目線なんだかって言葉は使えない。
「私が折れれば良かったんだろうけど、無理だったわ」
情熱傾けているものを妥協出来なかったのか。上の姉も、大概業が深いな。それを予算とかで一蹴したのは誰だったのか。本当に大変だったろう。姉二人に迫られて、退けるのは。
まあでも、後援してても、下の姉の支援なんて、そう多いものではないだろうし。衣装に関して、上の姉の伝を頼って、多少安く上げたとしても、時代考証に力を入れた上の姉の推す衣装は、おそらく上位貴族の仕立てに近い金額たたき出すだろうしな。一着で。
「衣装の仕立てまで口を出さなければよいのでは? 時代ごとの流行とか、色とか、意匠とか。そう言う部分を指摘すれば良いかと。小物まで拘ることは少ないはずなので」
時代によって、持ってるハンカチとか、扇子とか、髪飾りとか、ガラッと変わるからね。
「そんなことで良いのかしら?」
些か納得がいかないという顔をしている上の姉に、時代考証って面倒臭いんだよって思いつつ、おそらくこうだったろうという予測を口にする。
「時代の決まっている舞台で、扇子を広げたときに違和感を感じたりしたのではないですか? そう言う部分を指摘すれば良いと思いますよ」
「確かに。言われてみると、小物とか、そぐってなくて、冷めてしまうこともあったわ」
冷めちゃうまでいっちゃうのか。
まあ、私も歴史書あさって記憶が鮮やかだと、妥協した使い回しかなって思うけど。まあフォルム一緒なら良いかっても思う。なので、一瞬正気に返るけど、私は流せる。
「そう言う部分です。そういう所を手助けすれば、ウィメルお姉様も劇団の方も助かると思うんです。意外に時代時代の衣装って、この王朝のこの時期だけ流行っていたとかあるじゃないですか。アリシアお姉様は、その辺りお詳しいでしょう」
この王様が王妃様を娶るまでの短い期間だけ流行ったものとか、あるんだよね。本当。あっという間に廃れるのが。
まあ、物が良ければ、後の時代でまた流行ったりするんだけど。ドレスの一部に毛皮張るとか、そういうのは、二度と流行んなかったっぽいけど。これは、狩り好きの王様が戦利品で王妃を飾ったから、追従してってことだったらしいけど。なめし技術がここで飛躍的に伸びたらしいので、悪いことばかりではなかった、んだろうか。
裏を返せば、獣臭くて王妃様がぶち切れたんじゃなかろうかとも思うんだけど。
ちなみに毛皮は、小物とか襟巻きとかにシフトしたっぽい。
ここは冬も寒さがきつくないから、毛皮のコートは流行んないんだよね。
「そうね。手伝ってと言われたから、張り切ってしまったのもいけなかったのね」
「そうですよ。アリシアお姉様。ただ、どうしても劇団は資金が潤沢にあるわけではないですから、それっぽく見えれば良いと言う妥協も受け入れて上げてください」
渋い。実に渋い顔してる。
いや、そこ譲って上げようよ。一劇団。しかも下の姉の後援している劇団なんて、良くて中堅よ。潤沢な資金なんてあるはずないじゃん。私たちの着ているようなドレスなんて、三着作ったら、劇団員の給料危ういよ。
なので、上の姉に具体例を挙げてみる。
「私たちの着ているパーティー用のドレスを考えてください。一括で三十着も作れないのは、理解出来るかと」
あの劇団に何人居るのか分かんないけど、モブも含めて、おそらくいても二十人くらいかなとは思ったけども。ちょっと盛っとく。
「そんなには居ないけれど、カティルの言うとおりね。私だって、お父様に一回でそんなに作るなんて言ったら、許して貰えないのは分かるわ」
物の正しい値段が良く分かってなくても、一回で数着ならまだしも、数十着がダメだというのは、理解して貰えた。
「それでも、細かいところは、お姉様の贔屓に為さっているところを使っていただいて、後援していると名前を出すとか。もしくは、主役の一着だけ作るとかなら、安い布を使えばどうにか出来るかも知れません。その辺りは、アリシアお姉様の腕の見せ所かと」
具体例を出せば、出来ることと出来ないことが分かるはず。べつに、下の姉に上の姉の相手を押しつけたいわけじゃなく、出来る範囲が変われば、姉二人は、上手く作用するんじゃないかなって思っただけなんだけどね。
なにげに私が再編した歴史書を元にした脚本で、姉二人が後援するとか、三姉妹の共同作みたいだなとか、ちらっと思ったりした。
まあ、私が再編してるのは、秘密なので、姉二人は知るよしもないけど。
「そうね。あとでウィメルと話をしてみるわ」
上の姉は、なんだかんだと世話焼きなのだ。私をこうやってお茶に誘ってドレスや宝石の話をするのも、貴族ならば、教養として必要だから。分かってはいるけど、残念なことに私、貴族に興味が無いからな。まだ母にしか言ってないけど。
邪魔はしないので、上の姉には、観劇に来るような、ちょっと小粋な紳士との良い出会いがあれば、と思ったんだよね。道楽に金出せるのは金持ちだからね。
下の姉は、そんな人とと一緒になったら、身を持ち崩すと思うので、上の兄の知り合いとの出会いを頑張って欲しい。
騎士は危険なことも多いけど、趣味がある下の姉は不在の暇を潰せるだろうし、良いと思うんだけど、騎士団とかって、縦と横が女性も凄いのかな。
そうなると、下の兄の伝かなとは思うけど。下の兄の人脈は、下の姉の年齢と合わないんだよね。上か下に振り切れてるから。
趣味を満喫出来るって言うので、後妻でもいいなら、下の兄の知り合いはありなんだけど。
まあ、その辺りは、いずれ本人が妥協するんだろう。
「アリシアお姉様と、ウィメルお姉様の携わった劇なんて、とても楽しそうです。公演が決まったら、絶対観に行きますね」
二人の趣味が詰まっているのだから、楽しいことは違いない。成功するかは、私、その辺り分からないので何とも言えないけど。
しかし、劇があんのに小説ないって、本当解せないよね。
上と下の姉しか書き上がっていないので、続きはお待たせしそうですが、自分の尻叩きのためにも、とりあえず、上げることにしました。
兄姉の性格決めてなかったので、書き直しが多くて、意外に進まなかった。