番外編06 奏編 人形に惹かれた人形
リョウには奏という選択肢が存在していた。
オールシリアスですが、どうぞ。
「あ、リョウ」
「奏…」
俺は珍しく外で奏と会った。
「珍しいな。タカや穂と一緒じゃないのか?」
「ええ。リョウも妹と一緒じゃないのね」
「まあな」
奏が一人で外にいるのを久しぶり見た。
大抵は誰かと一緒に来ているからだ。
「そうね。この際だから久しぶり二人で出かける?」
「お前、本心を語っていないだろ」
「そうね。リョウにはそう見えるわね」
妙に含みのある奏の発言だ。
まあいつものことなので、気にはしないけど。
「お前、ウソ偽りのない気持ちを俺に言ったことあったか?」
「あるわね。少なくとも1回は」
「へえ…パン買ってきて〜とかか?」
「そんなところね」
「…」
奏は俺というか俺達をからかうのが妙に好きな女子だ。
俺達と出会ってからあまり時間は経っていないのに。
そう、奏も俺より1年前に引っ越してきたのだ。
だから仁たちと会ったのは去年の4月ということだ。
その割に俺と奏は結構馴染んでいたりする。
「それにしても懐かしいわね」
「何がだ?」
「私達が二人で会話するの」
奏が無表情で言う。こいつのポーカーフェイスは中々崩れない。
だから心というものが読み取れない。
「そうだな。お前がタカと付き合ってからは一度も無いんじゃないか?」
「ええ。そうね」
奏が俺を見上げる。相変わらず低い身長だ。
「ふふ。本当に懐かしいわ…」
「?」
奏は突然笑ったかと思うと、空を見上げた。
俺も見るが、特に何もない。
北条奏という女子生徒は人形みたいだ。
小さくて無表情で…そう評していたのは誰だったかな…?
昔の記憶なんてすぐに風化してしまうので良く分からない。
ただあのとき私の他にもそういう生徒がいた。
鎌倉涼平。彼も学校に来てはつまらなそうに外を見ていたりしていた。
私と同じ。表情がない人形みたいな人。
そう思ったのは私だけじゃなかった。だから彼の周りにも、私の周りにも、人は集まらなかった。
本当にこのまま3年過ぎるものだと、そう思っていた。
「私、穂。壇之浦穂」
彼女は私に話しかけた最初の人だった。
彼女は私と違い、常に明るく、さらに友達も多かった。
そんな彼女が私にどうして話しかけてきたのか。いえ、彼女だから話しかけてきたんだろう。
「…」
私は呆気に取られてこの元気少女を見つめる。
「あなたは?」
彼女がさらに続けた。
「北条奏…」
私は仕方なく小さくそう呟いた。
「ふうん。じゃあこれから奏って呼ぶね?」
「え…」
彼女はとても人懐っこい笑顔をした。
どうりで好かれる訳だ。
「だから私のことはみのりんって呼んでいいから!」
「…努力する」
結局私は「みのりん」なんて呼んだことは1度も無かった。
恥ずかしかったのもあるし、やっぱり私は人と接することを恐れている。
別れるのが悲しいから。大切なものを失くすのが怖いから。
ならば初めからそんなもの無くたっていい。そう、思っていた。
「へえ…そっちも終わったみたいだな」
そんなとき、私の元に一人の男子生徒がやってきた。
確かいつも授業中うるさく、騒がしい生徒だ。確か名前は…
「俺は平仁。好きに呼んでくれよ!」
彼は私にウィンクみたいなのをしたが、全然ときめかなかった。
「連れて来たぜ」
そんなところにもう一人男子生徒が現れた。
顔は結構整っているし、世間一般で言うイケメンというやつなのだろう。
「俺は武蔵孝紀。長いからみんなタカって呼んでる」
これは女子生徒は放っておかないだろうな、と他人事のように考えた。
しかし、次の瞬間、私は驚愕するのだった。
「ほら、お前も」
「お、おう…」
「?!」
そう、このグループの中にあの男子生徒、鎌倉涼平がいたのだ。
彼はいつもつまらなそうにしていて、表情も乏しかった。
そんな彼がここにいたのはかなりの驚きだった。
「俺は鎌倉涼平。こいつらとはさっき知り合ったんだ…」
彼は随分と緊張したような声で言う。まるで人と接しなれていない感じ。
まるで私。そう、私は彼に自分を投影していたのだ。彼=自分と言う風に。
だから私はこのグループに入った。
今考えれば恥ずかしい話。リョウを理解しているつもりだったころの私だから。
「…こちらこそよろしく」
私は彼に手を差し出し、握手をした。
私は何を考えているのだろう…
「今考えればおかしな話じゃない?」
奏が急に語り始める。
「私、握手したのはあなただけなのよ」
「そうだったっけ?」
俺は全然記憶にない。いや、握手したのは覚えているんだが、他の人としていないことは分からない。
彼女は俺を見てクスリと微笑んだ。
「あの頃からだったのかもしれないわね…」
「何がだ?」
俺は奏に訊き返す。
「私がまだ純粋だったってこと」
それから、私達は一緒に行動するようになる。
いつも5人。面倒くさがりのリョウ、明るく人気者の穂、バカでお調子者の仁、意外と真面目なイケメンのタカ、そして私。
「奏もそうやって笑うんだな」
「どうして?」
ある日、リョウは私にそんなことを言った。
「だってお前、いつも無表情だったじゃん」
どうやらこの人も私を同類だと思っていたのかもしれない。
私が彼を見ていたように、彼も私を見ていたのだろう。
「見てたの?私のこと」
「い、いや…変な意味じゃなくて…」
私は恥ずかしさを隠すように意地悪を言った。
彼が私を見ていたことに心臓が跳ねた。
でも、彼が本当に見ていたのは私じゃなかったんだけど…
「ええ。いいわ。私を好きなのはリョウがロリコンってことでしょう?」
「いや!好きとかじゃっ!しかもロリコンって自分で言ってて虚しくないか?」
お世辞にも私は身長が高いといえない。
だから時々中学生、小学生に間違われることもある。
「そうね…でも私はリョウのこと好きよ」
「…友達程度に、か?」
「…そういうことにしておくわ」
彼をいつもからかっているせいか、私の言葉を中々本気で受け取らないリョウ。
これも狼少年がなんたら…まあいいけど。
「はぁ…お前、それを言ってるといつか誤解されるぞ?」
「すでにされてるから平気よ」
私は出来るだけ冷たく言った。
「へ、へぇ…」
彼の顔が引き攣った。まずいことを言ったと思ったのだろう。
彼のことだ。次には気遣いの言葉が…
「ま、奏はいい奴だから大丈夫だと思うぜ?」
やっぱり。でも正直意味が分からない。
まあ私なんかを気遣うためには相当な言葉と気持ちが必要だけれどね。
「ねえ。リョウってどうしてこっちに引っ越してきたの?」
「…それを聞くか?」
彼は困ったような顔をした。
「ええ。でも言いたくないならいいわ。私も言いたくないから」
「そうか…」
やっぱり私達は似たもの同士だった。
現実から目を背け、何かを逃れるようにこの町にやって来た。
「そうね…今度、私の家に来る?一人暮らしだけど」
「年頃の女子がそういうことを言うな」
彼は意外に純粋な男の子だった。まあそうでなきゃ一緒にいられないだろう。
俺は奏に連れられて公園に来ていた。
「ここが彼女と初めて出会った場所?」
「彼女って彩華のことか?」
「ええ」
どうしてそんなことを訊くのかが良く分からない。
元々俺についてそんな深く入り込んでこなかったのに。
「そうだな…彼女がコンタクトを落としたって言うからさ…」
「そうなのね…もしここで彼女と出会わなかったら?」
「何を訊きたいんだ?」
残念だが、奏が何を考えているのか、俺には理解できなかった。
どうにも俺には女心を読む才能がないらしいからな。
「ふふ、あなたの傷を抉る話よ」
「おい」
彼女はフフフと笑った。寒気がするぐらいに。
「今考えればいい経験だもの」
「は?」
その凍りつくような笑いの中に別の感情が見え隠れするような気がする。
「似ているもの同士だから、一番理解し合えるなんてことはない」
奏の声には多少の哀愁が混じっている気がする。
彼女は俺に何か言いたいのだろうか?
「今考えればバカな話。でも、あの気持ちは本当だった」
「木曽彩華」
仁が私にそんなことを口にする。
「彼女、やっぱり綺麗だしな〜。いいよなぁ…」
仁がため息を吐きながら言う。
「なら告白すればいいじゃない」
「いや!それはダメだ!俺は約束したんだ!」
この意気地なし、と言おうとしたが、彼には彼なりの理由があるらしい。
いつもより真剣な目をしている。珍しく。
「何を?」
「リョウとな。俺は彼女に告白しないってな!」
「…それってどういうことかしら?」
私は心の動揺を押さえつけるように仁に説明を求める。
「あれ?奏にしては察しが悪いな」
「…」
やはり、そういうことであったのか。
薄々分かってはいたけど、目を背けていた。傷つきたくなかったから。
「ま!早くリョウがふられてくれればいいんだけどな!」
「そうね…」
「ええ?!」
自分で言った言葉にもかかわらず、仁は大げさに驚く。
「どうしたの?」
「いや…」
仁が訳分からんみたいに首を振り、考え込む。
ちなみにそのときの彼の百面相はものすごく面白かった。
そして、私は放課後、リョウと会った。
「よう奏。お前は今日日直か?」
「そうよ。リョウは?」
リョウは私にプリントの山を見せてきた。
多分先生のパシリにされたのだろう。
「そう」
放課後の教室に二人だけ。こんな状況になったのは初めてだ。
しかし私達にはそんな甘い展開などない。それこそ甘い。
「ねえリョウ」
「ん〜?」
リョウは面倒くさそうに返事をした。
失礼な男ね…
「あなた、3組の木曽彩華って女子が好きなの?」
「な、ななななな何言ってんだ!!」
この慌て振りから事実なのかもしれない。
私は努めて平静を装った。ポーカーフェイスは得意分野だ。
「そうなのね。告白はしないの?」
「べ、別にどうだっていいだろ!」
彼は顔を背ける。夕陽に照らされているからなのか知らないが、彼の頬は赤かった。
「しないの?」
「そ、そんなのお前には関係ないだろ。それにお前、妙に踏み込んでくるな」
「…そうね。気に障ったなら謝るわ」
私は心にも無い言葉を告げる。謝る気なんてさらさらない。
私の心はどす黒く、汚れていた。
「お前もそういう話をするんだな」
「ええ。だってあなたのことが好きだから」
ドサクサに紛れて何を言っているのだ私は。
これで通ったらラッキーとでも思っているのだろうか。
「お前、それを誰かが聞いてたら完璧に誤解するぞ」
「誤解してればいいじゃない!」
「え?」
私は珍しく大きな声で叫んでいた。
彼の呆気にとられた顔がとても印象的だった。
でも涙は出さない。悔しいから。
「あ、突然怒鳴ったりしてごめんなさい…謝るわ」
「い、いや…」
彼の心配そうな顔が目に映る。
でも私はそんな顔は見たくなかった。
「彼女と…上手くいけたらいいわね」
そう言って私は教室を出て行った。
最後まで心にも無い言葉を言って。
「なあ…いつまでここにいるんだ?」
「暇?」
俺は公園のベンチにずっと座っている奏に言った。
明らかに暇です。
「ああ。つうか俺もう帰って良いか?!」
「ダメって言ったらいるんでしょ?」
「…」
こいつ、俺の心理を完璧に理解してやがる。
まだこいつと会って1年ちょいしか経ってないのに。
「何か用事でもあるの?」
「いや…」
タカにこれを見られたら何て言われるかな…とか。
「仕方ないわね。今からタカを呼ぶわ」
「呼ぶな!!」
俺は携帯を取り出した奏えお制止した。
こいつ、俺をからかいすぎだっつーの。
「まあどうせ今はバイトの時間だから大丈夫よ」
「そ、そうか…」
だからこいつも俺と二人でいても平気なのか。と言うか罪悪感とか無いのか?
「本当はね、リョウを待ってた」
「へ?」
奏が言葉をつむぎだした。しかも意外な言葉。
「ケジメをつけようと思って」
「は?ケジメ?」
俺は頭が混乱する。
奏が何を考えているのか俺にはさっぱり分からない。
「はい」
奏は俺に手を差し出してきた。
「え?」
「握手よ。早くして」
俺は奏が言うままに手を伸ばし、奏の手を握る。
「リョウ相手にキスやハグは似合わないと思ってね」
「何の話だ?」
俺は結局最後まで奏の思考が読めないらしい。
「じゃあ。これからもよろしく」
そう言って彼女は俺の前から去って行った。
しかし、彼女は妙に嬉しそうだったので、俺は黙って見送ったのだった。
次回はタカ編です。
本当はタカ編は重要な話でしたので、本編に入れてもよかったと思ってます。
タカ編と奏編はちょっと繋がっているので、よろしくお願いします。