番外編01 美鈴編 美鈴の看病大作戦!
さあ始まりました番外編。
最初は美鈴です。彼女の出番は後半の少しで、朱里との仲とか書きませんでしたから。
その日はいつも通りの朝を迎えたはずであった。
はず?そうさ、つまり迎えられなかったわけなのさ。
夏なのにこんなに寒気が、声を出せば喉は痛む。おまけに気分がすこぶる悪い。
…夏風邪かよ!
俺は咳込みながら部屋をふらふらと出た。
「お兄ちゃんおはよ〜」
「おー美鈴かー」
元気に挨拶してくるのは我が妹の美鈴。
現在高校受験にむけてそれなりに勉強中。
「お兄ちゃんそれモアイ像だよ」
「なぬ?!」
何と自分の妹をモアイ像と間違えてしまうとは…
何たる失態でございますか!これはあれですよ!シスコン失格ですよ!
「お兄ちゃんまさか体調不良?」
「そ、そういうことか!」
つうか何か大事なことをツッコミ忘れているような気がする…
「どうしてモアイ像が家にあるんだ?!ですよ、兄さん。おはようございます」
「おはよう朱里…」
突然やって来たもう一人の妹の朱里。
彼女の手には皿が乗せられていた。朝ごはんの支度をしていることはわかった。
「そ、そうか…どうしてモアイ像がうちにあるんだよ?!」
俺は涸れた声で叫んだ。
「それは美鈴ちゃんが…」
「通販で間違えてしまったのだ、テヘ」
「…可愛く言ったから許そう」
俺は焦点の合わない目で告げた。
まあ目が死んでるっていうやつ。
「兄さんは本当に美鈴ちゃんに甘いんだから…!」
朱里は何やら不服そうだ。
「そうか?俺は二人に等しく愛を注いでいると思うぞ」
「兄さん、その二人はともにモアイ像です」
「何?!モアイ像二つもあるのかよ!」
「正確に言えば三つです」
「ありすぎだろ!」
何これ?モアイ像ブーム?
そんなブームは初めて知りましたよ。
「それより、兄さん。後でお粥を持って行きますから、お部屋で休んでてください」
「俺はまだ何も…」
「誰が見ても明らかに挙動不審です。それに兄さんのことなら…」
最後の方が尻すぼみになって聞こえなかったが、まあたいしたことじゃないだろう。
俺はフラフラと自室に戻ることにした。
「兄さん、本当に大丈夫なんですか?」
学校に行く前、朱里が俺の体調を気遣う。
俺は三十八度の熱で学校を休むことになっている。
「大丈夫大丈夫。美鈴もいるし」
「そーそー!大船にしがみついたような気持ちでいてよ!」
「それ、すごく心配です」
俺と美鈴を交互に見た朱里は、やはり不安そうな顔をしている。
「心配するなよ。さすがに美鈴も119に電話は掛けられる」
「そういう考えが思いつくこと自体がさらに不安を…」
「ま、いいから安心しろって!」
俺は朱里を外に追いやった。
このままじゃ朱里が遅刻をしかねない。
「美鈴ちゃん!頼んだからね?!」
朱里は最後に美鈴にそう念を押した。
「まっかせて!」
美鈴は自分のペタンコの胸をドンと叩いた。
実は俺も不安です。
「じゃ、朱里。お前も気をつけろよ」
「…わかりました。兄さんはもう寝ててください!」
「おーけ」
正直立つのも結構辛かったりする。
「では行ってきますね」
「行ってらっしゃい」
「いってらっしゃ〜い」
俺と美鈴は同時に手を振りながら挨拶した。
そういえば美鈴と二人になるのも珍しいことだ。
いつも学校から帰ってくると朱里がいるので、大抵は三人だ。
そして美鈴って一人のとき、何をしているんだろうか…
「ほら、お兄ちゃん!部屋に行って寝るんだよ?」
「ああ」
美鈴に促され、俺は部屋に戻った。
何だか俺の方が子供みたいな錯覚を覚えた。
何か変な匂いがする。
俺が家の異変に気がついたのは、あれから数字間後のことだった。
お昼頃に目が覚めるとリビングの方から焦げ臭い匂いがしたのだ。
「…臭い」
俺はよろよろと立ち上がり、リビングに向かった。
そこにいたのは、真っ黒な煙をモクモクとあげている、料理らしきものを作っている美鈴だった。
「美鈴…それ、何だ?」
「あ、お兄ちゃん!」
美鈴は顔を多少黒くしながら微笑んだ。
あ、お兄ちゃんじゃないだろ、とでもいいたい。
何せこの悪臭は近所迷惑だ。
「お前、何やってんだ?」
俺は美鈴に近づいて質問をぶつけてみる。まあ料理をしているつもりなのだろうか?
「見ててわかんない?お粥を作ってるんだよ」
は?お粥で焦げ臭い匂い?
俺の聞き間違えでなければ、美鈴はとんでもないことをしでかしているのかもしれない。
「あのさ、朝から置いてあった朱里が作ったお粥は?」
俺はゆっくりと質問した。俺の記憶が正しければ、朱里はお昼ご飯用にもお粥を作っていたはず。
「ギクッ」
「…」
今、美鈴の身体が震えたぞ。
見るからにおかしいと思うのだが。
「なあ美鈴…」
「お、お兄ちゃんは熱で頭がおかしくなったんじゃない?」
「例えそうだとしても、朱里はそんなヘマはしないぞ」
どうやら美鈴は何かを隠している。
「え、えっとね…」
美鈴が観念し始めたのか、語りはじめる。
少し泣きそうなのは可哀相ではあるが。
「怒らない?」
「場合によるが、努力する」
美鈴相手には寛大な気持ちじゃないと。
朱里とは違うからな。
「あのね、朱里ちゃんの作ったお粥ね、お兄ちゃんのところに持って行こうとしたんだけどね、あまりにも熱くて落としちゃったの…わざとじゃないんだよ!本当に熱くて…」
俺は美鈴の必死に弁明する姿に笑みがこぼれそうになる。
しかし、それを何とか我慢し、美鈴の言い分を聞く。
「…」
「あの…怒らないよ…ね?」
「ああ」
朱里に悪いが、むしろ可愛らしい。
まあこれが初めてだからかもしれないけど。さすがに何回もやられるとイライラするだろう。
「朱里ちゃんに言わない?」
「ああ。秘密にする」
そう言うと、美鈴は顔を綻ばせた。
俺もつくづく甘い男だな。妹に。
「ただ、ガスコンロの火は消して、煙は止めような」
「あ!」
煙は前より真っ黒だ。
一体何をどうすればこうなるのか…
「でもお昼はどうするんだ?美鈴は朱里が作り置いてくれるから良いとして…」
「ごめんなさい…」
美鈴は自分の責任だと感じたのか、謝ってきた。
「うーん…」
俺は熱でぼうっとした頭で考えてみたが、何も答えが思い浮かばない。
「そうだ!コンビニでアタシが買ってくればいいんだ!」
俺は不安そうに美鈴を見る。
「大丈夫!さすがにお遣いくらいはできるよ!!」
…この妙な自信が逆に俺の不安を煽るのだがな。気づいているのだろうか?
まあないだろう。
「じゃ、行ってき」
ピンポーン♪
「あ」
しかし美鈴の挨拶は呼び鈴の音に遮られた。
朱里が帰ってきたのだろうか?
「今出ま〜す!!」
美鈴がトテトテと玄関に向かう。
「はいはい〜どちら様で…」
「失礼します」
そこにいたのは委員長だった。
ピンポ〜ン♪
「あ、リョウ君、お邪魔します」
次に来たのは彩華だった。
共に俺の見舞いに来てくれたらしい。
わざわざご苦労なことで…
「お兄ちゃん…また女の人…」
美鈴が少しムスッとしていたが、まあ気にすることはないだろう。
ピンポ〜ン♪
今度は誰だ?
「は〜い」
美鈴が返事をして外に行く。
「やっ!リョウ、欲求不満じゃないかね〜?」
「ずりーぞリョウ!一人で女侍らして!!」
来たのは穂と仁だった。
こいつらは騒ぎにでも来たのだろうか。
「私たちもいるわうふふ」
「よう。見舞いに来たぜ」
どうやら奏とタカも来たようだ。
結局全員集合かよ。
「皆さんこんにちわ」
美鈴が礼儀正しく挨拶する。
ちなみにもう美鈴にリョウグループ(男女比3:2)を紹介している。
「お前ら…」
「ていうかお兄ちゃん!何でここにいるの?!休んでなきゃダメだよ!」
「そういえばそうだ…」
俺はスゴスゴと自室に戻っていく。
でも玄関が騒がしいのもいけないんだぞ。
俺は自分の責任を少し擦り減らすことにしたのだった。
「それでね、アイツってば…」
「へー。さすがは穂。その男もかわいそうに」
「なあタカ!ベッドの下を見てみようぜ!」
「おい、あんまり暴走するなよ」
「委員長、今日生徒会の用事があったんじゃないですか?」
「たいしたことないからいいんです」
「…」
俺はベッドの中で部屋内の騒音を黙って聞いた。
こいつら…お見舞いに来たんだよな?
なのに何でここはトークルームになっているんだ?俺は病人なんだぞ?静かにしてくれよ。
「お、お兄ちゃん?」
「美鈴…」
ああ、俺の心配をしてくれるのは美鈴だけか…ああ、妹最高。
「今やるならドットクラックとベルソナのどっちがいいかな?」
「…」
もう女神は転生してしまったらしい。
俺の楽園も無くなってしまった…
その後、朱里が帰ってきて俺の部屋の奴らみんなを怒鳴るまで、この状態なのであった。
「はい、兄さん。お粥です」
「悪いな」
朱里は俺の目の前にお粥を置いた。
三食お粥で飽きないか?という質問はノーである。なぜなら朱里は毎食違うお粥を作ってくれるからだ。
本当に自慢できる妹だ。
「ごめんなさい、お兄ちゃん…」
対照的にうなだれているのはもう一人の妹、美鈴。朱里に怒られたのが効いたのだろう。
それにしても滅多に怒らん朱里がここまで怒るとは…
「いいよいいよ。お前も頑張ったもんな、お粥作り」
「お兄ちゃん!!」
「あ」
うわぁ!俺のバカバカ〜〜!!秘密にするって言ったじゃんかよ〜〜!!
朱里が首をかわいらしく傾げる。
「お粥?どうかしたんですか?まさか…お口に合いませんでしたか?!」
朱里が俺を心配そうに見つめる。
うわぁ!罪悪感が!!良心が痛む!!
「そ、そんなことはないぞ?美味かったよ。な、美鈴?」
「う、うん!そうだよ!朱里ちゃんの腕は神だよ!ちょっと黒かったけど」
それはあなたが作ったお粥らしき物体です。
「黒?ああ…イカスミですか」
え?!朱里のお粥にイカスミ入ってたのかよ?!
俺は驚いて朱里を見る。
「でもよかったです。今回のお粥はマヨネーズとイカスミを合わせた後、お酢と納豆を加えたものなんですが、美味しかったなら次も…」
「すんません。俺が悪かったので、許してください」
「初めからそう言えばいいんです」
全く…朱里には敵わない。
俺のことは最初からお見通しであったのだろう。
「美鈴ちゃんも料理勉強しますか?」
「うん!」
美鈴が元気良く返事する。
まるで本当の姉妹みたいだ。
俺は微笑みながらこんな二人を見つめた。
「兄さん、何で二つのモアイ像を見てニコニコしてるんですか?」
「え?!」
風邪、悪化?!
※昼抜いたり、休まなかったので、当たり前です。
次回は静編の予定です。
これもコメディになりますかな?