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第25話 ウルトラソウル

リョウが本領発揮?!


リョウにとっての朱里とは?



俺は会長に言われた番号をコールした。


プルルルル…


「もしもし」


「久しぶりだな、敏樹」


俺のこの声に向こうも反応する。


「リョウか。こんな時間に何の用だ?」


そう、お世辞にも今は早い時間とは言えない。

もうすぐ6時だ。しかし、夏至が近いせいか、まだ外は明るい。


「朱里のことに決まっているだろう?!」


「朱里は僕の従兄妹だ。その従兄妹に何の用事があるんだ?」


そうだ。朱里は俺の妹じゃない。

こいつの従兄妹だった。


「朱里を…返してほしい…」


「どうして?お前と朱里はもう何の関係もないだろう?」


「朱里は…!俺の…大事な人だ…!」


俺は渾身の力を振り絞り、声を絞り出した。

俺の心が久々に熱く燃え上がった。


「…お前は朱里に何をしてあげられる?」


「俺が…朱里に?」


「そうだ」


敏樹の声にも力が篭った。

向こうも真剣なのだろう。


「…朱里からお前のことを聞いた」


「朱里から?!やっぱりそっちに朱里はいるのか?!」


俺はさらに声を張り上げた。


「朱里は…お前をとても慕ってた。兄のようにな…いや、それ以上かもしれない。だからお前の近況はすでに耳にした」


「…」


「じっくり話し合おう、リョウ。明日、僕はサッカーU-17日本代表の合宿で東京に来ている。そしたら少し自由時間が取れる。そのとき、お前と話す。だから東京に来い」


「…」


敏樹は何かの覚悟をして俺に会いに行くんだ。

だから俺も覚悟を決めなくてはいけない。


「わかった。行く」


「また連絡する」


俺と敏樹はそんな事務的な会話をして電話を終わらせた。

どうやら敏樹は俺に何か言いたいことがあるようだ。


「お兄ちゃん…」


俺の強張った顔を心配してか、美鈴が俺を不安そうに見る。


「大丈夫だよ。絶対に朱里を連れ帰るから」


俺は美鈴の頭を撫でてあげた。


「うん!」


美鈴は嬉しそうに俺にしがみつく。


「…」


決戦は明日だ…














「行ってきます」


俺は誰も起きていないだろう家にそう挨拶して家を出る。

拳を握ると汗が滲む。

いつもだったらこんなことは面倒くさいはず。

でも…


「朱里だけは…失いたくない」


俺は確かな決意おもいを胸に歩き始めた。

昨日通ったばかりの道なので、すんなりと俺は東京へと足を向けられた。


「…新幹線の切符は持ってない」


そう、だから俺は有り金全てをはたいて新幹線以外の電車を使わなくてはならない。

俺がそっとポケットを突っ込むと、1万円札が5枚も出てきた。


「あ…」


叔母さんが俺のために…?

あの電話の後、叔母さんは俺をまず引き止めた。

でも俺は一歩も譲らなかった。決意をしたばかりだから。

そんな叔母さんが俺にこのお金をくれたのは…


「ありがとう、叔母さん…」


これでまた、叔父さんと叔母さんに頭が上がらなくなりそうだ。

俺は前を見据え、拳を握り締める。















敏樹から電話があったのは、東京に着いてすぐのことであった。


「リョウ。思ったより早く時間が取れた。僕の言った場所に来い。行き方は口で説明する」


俺は敏樹の指示に従い、目的の場所に辿り着いた。


「ここは…」


公園であった。

しかし妙に何もない空間が多い公園。


「顔を合わせるのは久しぶりだなリョウ」


「敏樹…」


敏樹が俺の目の前に現れた。


「僕はお前を良く知ってた。地元でもお前の名前は有名だったからな」


「昔の話だ」


まさかこんな昔話をするためにここに来たのではないだろう?


「そうだな。今のお前にとっては昔の話だな。失望したよ」


「な…!!」


敏樹が俺のことを強い目で睨む。


「お前はサッカーを止めないと思ってた。だから今もどこかでひっそりとでもやってるのかと思ってた」


「勝手に俺に期待するな」


「でも朱里が…朱里から話を聞いてビックリした。サッカーを止めていたとはな」


「俺がサッカーをやるもやらないも勝手だろ。お前は自分の道を進めばいい」


俺も負けじと言い返す。こいつに俺の気持ちが分かってたまるか。


「そうか。今のお前に朱里は渡せない」


「何?!」


俺は呆れるような声の敏樹を睨む。


「お前のような面倒くさがりで、夢も見失った奴に朱里は渡せないと言ってるんだ」


「お前…何言ってるんだ?!」


何でだよ!俺が悪いのか?朱里がいなくなった原因は俺なのか?

…俺…だよな。俺は朱里に何も与えることが出来ない。


「そうだ…俺は朱里に何も与えられなかった。でも…サッカーについては関係ないだろう?!」


俺の人間性を批判して朱里を渡せないのは分かる。

でもサッカーを辞めたことについて何でここまで言われなくちゃいけないんだ?!


「お前の事情は聞いた。お前、左足をやったんだろ?」


俺は事故後、左足だけはどうも上手く動かなくなっていた。

元々右利きの俺にとっては軸足なので、左足は軸として作用しなければいけない。

しかし左足は昔よりも細くなり、自分のサッカーが出来ないくらいに弱っていた。


「ああ。あれ以降…頑張ったけど…無理だったんだよ!」


「その後、お前の才能を妬んだ同級生や先輩によって孤立させられ…」


「…ああ」


苦い思い出だ。あんなに俺のことが気に食わない奴が多いとは思わなかった。

あのときちょっと有頂天になったときもあるから仕方ないかもしれないが…ショックだった。


「そしてそのままお前は部活を辞め、サッカーまでも…」


こいつ、分かっているじゃないか。俺のことを。

なのになんでここまで突っかかってくる?


「ああ。何で分かっているのにお前は…」


「脆いな…」


「は?」


「その程度で挫けるなんて脆いと言っている」


「お前…俺の何が分かるって言うんだ?!」


こいつは俺のあのときの苦しさを理解できない。

俺の左足がダメになり、サッカー選手として不安定なプレーしか出来なくなった。

そうするとこれ見よがしにそいつらは俺のことを無視した。

今まで使えるムカツク奴だったのが、使えないうざい奴に変わったのだ。

だから俺は努力をしなくなった。

どうにもならないことがあるから、諦めるのも早くなった。

だから俺は面倒くさがりになったんだ。


「お前は自分の今の状態をサッカーのせいにしようとしている。僕にはそれが許せない」


「何…?!」


俺がサッカーのせいにしようとしている…?


「自分が努力しても無駄だ…そうさせたのはサッカーと左足のせいにしようとしている」


「くっ…なんでお前にそこまで…」


「お前は自分の心の弱さをそれらのせいにしているんだ!!」


敏樹が初めて声を荒げる。

こいつは滅多なことで怒らない。俺には初めてだ。


「お前は…お前は…もしお前が俺だった場合でも同じこと言えるか?」


「…それは分からないな」


こいつ、簡単にそんなことを言いやがった。


「ただ、これだけは言える。僕はそれでもサッカーが嫌いにならない!!」


「?!」


「好きだから…耐えてみせるさ!!僕には夢がある。だから耐えてみせるさ!!」


「ううっ…」


こいつの意志の強さは本物だ。

俺はどんな意志を持っていたんだ…?


「僕は昔のお前と同じ気持ちだ。その程度のことで簡単に夢を諦められるか!」


こいつの言葉は今までの何よりも重みがあった。

元々「天才」みたいに称された俺の幼馴染の敏樹。

いつも俺達は一緒にサッカーをしていた。だからいつも俺達は比べられていた。

それでもこいつは嫌な顔一つもせずに努力をしてきた。

何が何でも俺と同じ舞台に立とうとしていた。日本代表という。

そんな俺との壁を乗り越えたこいつの言葉には何よりも俺の心に響いた。


「…お前の気持ちは良く分かった」


俺はこいつの言うことをしっかりと聞いた。

苦しみながらもこいつの気持ちは分かった。


「それでお前は…どうする?」


「まず…朱里を返してもらう」


「…」


敏樹が俺を見開いた目で見つめた。

俺の気持ちの変化を読み取れただろうか。


「お前の強い気持ち、俺に伝わった。お前よりも弱いかもしれないけど…俺にも今、強い意志がある!」


こいつの言葉に心を打たれるとは…

俺も随分と弱っちくなったものだ。


「朱里を返して欲しい。条件は何だ?初めからそれが目的だろう?」


「ふっ…リョウには敵わないね。昔から君は洞察能力が高かった。マッチアップだ」


「?!」


マッチアップとは1VS1でのサッカーの勝負。


「僕がディフェンスをする。1回でも僕を抜けたら君の勝ち。日が暮れるまで抜けなかったら僕の勝ちだ」


「分かった」


ボールを蹴るのも俺にとっては久しぶりだ。


「ちなみに僕はU-17のスタメンのディフェンダーだから」


「?!」


しかしどうやらそう簡単に勝たせてはくれないようだ。

いつの間にかこいつは俺の手が届かないところまで成長した。


「望むところ…」


俺は時刻がちょうど13時になったとき、ボールを蹴り始めた。


「!!」


どうやら足元の技術は致命的までに下がっていないようだった。


「甘い!」


「あ!!」


しかし、フェイントをかける前に俺はボールを取られてしまう。


「そんなドリブル、僕に通用するとでも思っているのか?」


「くっ!まだまだ!!」


今度は体を左右に振って…


「そこだ!」


「何?!」


しかしあっさりとスライディングでボールを奪われてしまった。


「くっ…」


敏樹は強くなった。俺の全盛期でもこいつを抜くのは至難の業だろう。


「君の中学の頃の動きは全部頭の中に入っている」


「つまり昔の俺のままじゃお前には勝てないっていう…ことか?!」


俺はダッシュで縦に今度は抜けようとする。


「遅いな」


「?!」


しかし簡単にまたボールを取られる。

足も遅くなった?!


「まだまだ!!…あ?!」


俺は体がふらつく。

足が持たない…

俺はドサッとその場にしりもちをつく。


「急な運動に鈍ったお前の体がついていかないんだろう」


「ぐうっ…」


左足が痛み出す。


「だが…」


「少し休んだ方がいい。まだ時間はある」


「…仕方ない」


俺は今までの自分を後悔した。

何でサッカーから逃げていたんだろう?

どうして夢を忘れてしまったんだろう?

俺は10分ほど休み、再び敏樹と向かい合う。


「少しずつ勘を取り戻せばいい。でもモタモタしてると朱里はお前の元に二度と戻らない」


「ああ。分かってる」


これは俺にとって絶対に負けられない勝負。

俺の人生に1度あるかどうかすら分からない、大勝負。


「行くぞ!」


俺は先ほどより軽やかな足取りでステップを刻む。

こいつに小技なんか仕掛けても効かないのは分かってる。

だから俺は思いっきり切り返すことにした。


「くっ…!!」


「何?!」


しかし、渾身の回転マルセイユルーレットも足を出されてカットされてしまった。


「ふ…ふふふ…少し僕も油断していた。テクニックだけは落ちてないようだな」


右足は何だかんだ言いつつ、ボールが吸い付いてくれる。

しかし片足で抜けるほどこいつは甘くなかった。


「今度は両足で行く…!!」


「来い!」


俺と敏樹の勝負はその後、何回、何十回、何百回も続いた。


「はぁはぁ…」


「リョウ。一応休憩しよう」


「くっそぅ!あと少し…あと少しなのに…!」


俺は自分の太ももを叩く。

あと少しなんだ。あと少しでこいつを抜けられるのに…

俺は外を見る。

もう西の空は赤みが消えそうだ。


「…残念だがもう少しで日が暮れる…」


「でも!!」


諦められるわけがない。


「お前は何を思ってサッカーしてるんだ?」


「俺が…サッカーしてるとき…」


俺は自分の中にあるぼやけた記憶の中からサッカーのことを思い出した。

俺は何を考えていた?!

何であんなに楽しそうにサッカーをしてた?

どうして楽しかったんだ?!














「ねえ、お父さん、お母さん、僕今日ハットトリック決めたんだよ〜!」


「へぇすごいじゃない」


「お前ももう立派な…サッカー選手だな」


「えへへへ…」











「お兄ちゃんすごい!代表に選ばれるなんて!!」


「いやマグレだよ。マグレ」


「それでもすごいよ!私、絶対に応援に行くからね!!」













「涼平さんはサッカー選手になるのが夢なんですか?」


「いや、違う。プロのサッカー選手になるんだ!」


「すごいです…私、涼平さんの夢、応援してます!」


「任せろ。お前のためにちゃんとなってやる!そしたらファン第1号になってくれよ?」


「はい!」














そうだ。

俺がサッカーをしていたのはみんなが笑顔になったからだ。

俺がサッカーをするとみんな俺を褒めてくれた。

みんな笑ってくれた。だから俺はみんなを笑顔にしたくてサッカーをしてたんだ…

俺は…

ふと美鈴の顔が頭に浮かんだ。次に穂、仁、タカと奏、木曽さん、委員長、認めたくないが、生徒会長、副会長の西岡さんなど…

そして最後に朱里の顔が思い浮かんだ。

みんな、俺の大事な人たちだ。


「俺がサッカーをすればみんな笑ってくれた…」


「…それがお前が強い理由か?」


「強いかどうかは分からないが、今の俺はそう簡単には負けない気がする」


俺は自信満々にそれを言ってのけた。

何だか体に力が湧いてきた。


「そうか…これは大変だな…」


敏樹も重い腰を上げた。

しかし…


「あ…」


西の空から赤みが消えた。

タイムオーバーだ。


「どうした?リョウ。ボールを蹴りださないのか?」


「いや…日がもう…」


「悪いがお前は僕の心に火をつけた。僕の日はまだ暮れてないんだ。さあ続きをしよう!」


「敏樹…!!」


俺達は向かい合い、また思い思いの勝負をし始めた。

かなり重要な勝負にも関わらず、俺達は笑っていた。

まるで小学生の頃に戻ったみたいだ。

俺達はヘトヘトになるまでやり続けた。


「はぁはぁ…」


「はぁ…これで10勝10敗だな」


「その前に100回以上負けてるじゃないか」


「あれはノーカンだノーカン」


俺達は公園で寝そべっていた。


「リョウ…朱里はまだ東京にいる。でも明日、北海道に帰る。つまり今日が最後のチャンスだ」


「?!」


敏樹が話し始めた。


「朱里は今、ここの近くのホテルで1泊してる」


「そうなのか?」


「ああ。あそこに高いビルが見えるだろ?」


敏樹が指差した方向には高い建物が見えた。


「あそこの913にいる」


「…俺のことを認めたんだな?」


「…そう思ってくれればいいよ」


「お前って奴は…」


「おい!平泉!」


そんなとき、外から怒鳴り声が聞こえた。


「ヤバッ!監督だ!」


「お前、自由時間は…?」


「初めからそんなのも存在してなかったよ」


「おい」


こいつの扱いには監督も困ってしまうかもしれないな。

しかしわざわざ俺のために…ありがとな。

俺はホテル目指して走って行った。


「平泉!」


「はいはい!すいません!」


「お前…練習サボるなんて初めてじゃないか?」


「すいません」


敏樹は平謝りをする。

真面目な敏樹らしい。


「ていうか誰かと一緒にいなかったか?まさか女か?」


「いえ…いずれ…青いユニフォームを着てスタジアムを駆け回る人ですよ」


「はぁ?」


「監督も近々、目をつけるかもしれないですね」


敏樹は幼馴染の走っていく背中を見つめた。

その瞳に写るものは優しさ以外の何物でもなかった。


なんと次は最終話!!


リョウと朱里。朱里とリョウ。

不透明な二人に出来る一筋の道。


リョウは再び朱里に夢を見せられるのか?!


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