第18話 ギリギリlife
何だかクライマックスが近いようです。
この調子だと毎日更新は達成できそうです。
俺は夕焼けを背に、男と向かい合っていた。
こいつのKYさにはらわたが煮えくり返りそうになるが、我慢する。
週刊誌の記者なんてこんなものだと俺は強引に納得させる。
「今、サッカー界には話題が必要だ」
男が語り始めた。
「日本のサッカーはお世辞にも強いと言えない。だから興味を惹くためにはスターが必要なのだ」
「スターって…」
「君はその条件を満たしている」
男が俺に向かって強い目を向ける。
「どういうことだ?」
「君はU−15日本代表のエースだった。テクニックだけならすでにプロレベルといわれていたね」
わざわざそんな昔の話を…
俺はそんなことなど聞きたくなかった。
「そんな君が突然サッカー界から消えた。それは裏じゃ結構話題だったんだよ」
まだ子供の俺には報道規制がかけられた。
だから表向きでは静かにサッカーを止めたことになっている。
「それを思い出してね…どうだい?本当に取材だけなんだ。やらないかい?」
この人はどうしても取材をしたいらしい。その気持ちは良く分かる。
しかし…
「ふっ。笑わさないでくださいよ」
俺は鼻でこの男を笑ってやった。
男の眉毛がピクリと動く。
「家族と左足を失った悲劇のスーパースターにでもするつもりなんだろう?そんなことくらい読めるさ」
「何だと…?!」
男が意外そうに俺を見る。俺の洞察力を甘く見るな。
これでもこういう輩への注意としてこの言葉を用意してたんだ。
さっきまで忘れていたがな。
「この国はそういう国だろ。同情を誘うようなことをして名前をアンタらの金に変える…まったく、進歩しないんだなアンタらは」
「君、そういうことを言っていいのかい?これでも編集部の記者なんだよ。今言ったことを出版させられたらどうする?」
「…」
そんなことは考えていなかった。どうせ信じる人なんてほとんどいないと思うが、妹に迷惑がかかるのだけは勘弁だ。
これは間違いなく俺の計算ミスだろう。
俺は浅はかな自分を呪った。
「今ならまだ許す。取材に応じるか?」
こんな利益を求めて他人の心を踏みにじる奴らに頭を垂れろと?冗談じゃない。
だがそんなことをしてまた波風立たせるのか?
いつものように適当にやって適当に生きてやればダルくならないだろう。
なのに何故、俺は迷っている?!今の自分を信用できないのか?!
「お困りのようだね」
「?!」
そんな緊迫した雰囲気にそぐわぬ、気の抜けた声が聞こえた。
俺と俺と向かい合っている男は同時にそちらを向く。
「やあ。鎌倉涼平くん」
「生徒会長?!」
そこにいた人物は意外や意外、生徒会長であった。
「何しにここへ来たんです?」
「君が困っているように見えたからさ。さて…」
生徒会長は男のほうへ顔を向ける。
「何だ君は。今は取材中だ。用事なら後にしてくれないか」
「彼は取材を嫌がっているみたいなんですけど」
生徒会長が臆せずに素早く切返す。
「…君には関係の無い話だろう?」
「そんなことはありませんよ。僕の大事なオモ…友人が困っていたんですから」
…この人は本当に期待を裏切ってくれる人だ。
少し見直しそうになってしまったじゃないか。
「それでも取材を続ける、と言うのであれば容赦はしません」
「ほう?どう容赦をしないんだ?」
「具体的に言いますと、まずあなたの会社の不祥事を公に公開し、あなた自身の女性問題も公にしましょう。まあこんな失態を貴方がしたら、貴方は会社にいられなくなるでしょうね。ま、それまでにその会社があれば、の話だけどね」
「…!!」
男の顔が引き攣る。まあハッタリもここまで来れば大したものだ。
所詮生徒会長が言ったのはよくある不祥事なのだから。
「さあ、どうしますか?」
「…ふん。まだネタがあるからいいさ」
そう言って男は踵を返して去っていった。
「よくあんなハッタリがペラペラと…」
「ハッタリじゃないよ」
「え…?!」
この人を敵に回すと厄介になることが俺は理解したのだった。
「一つ訊いていいかい?」
「何ですか?」
生徒会長が久々に真面目な顔で俺に話しかけた。
「どうしてサッカー部のないうちの学校に入学したんだい?」
「…」
なんて答えれば良いか分からない質問だ。
いや、答えたくないのか?
「もうサッカーなんてやりたくないから?」
「…そういうことにしておいて下さい」
「ふーん…そういうことにするよ」
生徒会長は含みのある目線で俺を見た。
「俺は帰ります。あ、それと今日は有難うございます」
俺は一応この人に感謝をした。
この人にどんな考えがあるのか知らないが、助けてもらったのは事実だ。
「気をつけて帰りなよ」
「…」
俺は無言でその場を後にしたのだった。
「兄さん、今日はどうしたんですか?」
「え?」
帰った後、朱里にこんなことを訊かれた。
「何か浮かない顔してるんですが…」
「え?そうか?」
俺は自分の顔を触る。いや、分かるわけないだろ。
俺はすぐに顔から手を離した。
「何かあったんですか?」
「何も無いよ。強いて言えば…生徒会長に弄られた」
「またですか?」
俺は言い訳に生徒会長を使うのは心苦しくもなんともなかった。
いや、むしろすがすがしい気分かもしれない。
「あの人には本当に困ってるよ。はぁ…」
何で俺ってこんな受難続きなのであろうか。
「ふふふ。兄さんはやっぱり面白いですね」
「俺がか?やめろよ、お前までもそんなことを言うの」
俺はやれやれといった感じで首を振った。
「あ、そうだ。一応兄さんに伝えておきたいことがあるんです」
「俺に?」
朱里は真剣な顔で俺を見ていた。
「はい。実は今日…」
「今日…?」
俺は息を呑んだ。そんな深刻な事態なのであろうか。
時計の針の音が妙に部屋に響く。
それがこの空間全体を緊迫させていた。
「男子に告白されました」
ガタンッ
「兄さん?!」
俺は椅子から落ちた。拍子抜けだからではない。
「な、なななななななな何だとぅ?!」
俺は驚きのあまり、椅子から落ちてしまったのだ。というか焦ってる。
だって妹が告白されたんだって?!こーくーはーく!!うわぁああああ!!
「そ、そそそそそれでどうしたんだお前は?!!!!」
俺今メッチャ動揺してんじゃん。これはやばいって。絶対やばいって。
「もちろん断りました」
「え…そ、そうか…」
俺はほっと胸を撫で下ろした。これもシスコン所以か。
娘を嫁に出す父親の気持ちを味わった気がしたよ。この年でそんなものは味わいたく無いな。
「兄さん以上にかっこよくないとダメって断りました」
「は?」
俺はその後の朱里の発言に疑問符を浮かべた。
「ハードルが低く過ぎやしないか?せめてタカって言えよ」
「いえ、この上なく高いつもりなんですが…」
「え?」
「何でもないです!」
朱里が突然大声で会話を終了させた。
一体なんで怒る?
俺は突然の朱里の行動が謎に思った。
「そういえば明日から6月ですよ」
「もう…そんな季節になるのか…」
あの事件からちょうど2年半後になるということか…
忘れられたくても忘れられない。
俺は少し痛む左足を無視して部屋に戻ることにする。
「俺はもう寝るよ」
「分かりました。おやすみなさい」
俺は一人自室に帰った。残されたのは妹一人。
「…兄さん…」
妹の瞳から涙がこぼれる。
「ごめん…言えない…言えないよ…兄さん…涼平さん…!!」
妹はリビングで一人顔をうつ伏せ、涙を流した。
「助けて…美鈴ちゃん…」
次回はまさかの委員長のターン?!
というかまあ…