淹れたてコーヒー
煮込んだシー〇ンを食べ終えて、しっかりと汁まで飲み干した白狐が満足そうに口の周りをペロペロと舐めとっていた。
残骸がなくて良かった…と思いながら「お鍋片付けるね」と声を掛けて鍋を下げる。
行水した時に使った洗剤を使い、川の水で鍋を軽く洗いながした。
空を見上げれば雲1つない綺麗な星空。
なんだか今日は色々あったなぁ、と溜め息をつきながら洗った鍋をグルグルと回しながらタープへと戻る。
「少し…聞きたいことがあるんだけど…」
テーブルに置いたLEDランタンを物珍しそうに覗き込んでいた白狐に声をかけた。
『なんだ?吾に答えられる事ならば答えよう。』
バーナーとパーコレーターを取り出し、チェアに座れば、LEDランタンから今度はそちらを覗き込んでいる白狐に見やすいように目の前へと移動させてあげる。
「ここってどこかわかる?」
『…正確には吾にも解らん。』
「あの襲ってきたスライムみたいなのは何?」
『彼奴は”怪異”。人の思いや呪い、怨みがもたらす人ならざるものだ。』
「なんで、あなたは襲われてたの?」
質問をしながらコーヒーを淹れる準備をしていれば、私の動きを目で追いながら答えてくれる。
偉そうだけど意外と可愛いヤツなのかもしれない。
『普段なら彼奴等になどにはやられる事はない……が、今日の彼奴等は違いおったわ。』
「違うって?」
『彼奴等から神の意思を感じられた。』
「神の意思…。それってあの神社の神様?」
『否。別の、もっと大きな存在であった。』
バーナーにガストーチを使い火を着ければボッと音がたち少し大きな火が出た。
それと同時に、興味津々に見ていた白狐は飛び退き驚いたように私とバーナーを交互に見ている。
水を入れたパーコレーターをバーナーの上に乗せてバーナーのガスを絞り調整した。
もう手馴れた手順。
「これから私はどうしたらいいの?」
『…吾にも解らん。この世界が吾等がいた世界と違う事は確実であろうが、帰還方法が見当もつかん。』
「…そう…。最後。あなたはこれからどうするの?」
私の最後の質問に白狐はおし黙った。
沸騰した水がコポコポと音をたてる音だけが辺りに響く。
長い沈黙。
『…吾はあの神社を守護している。神の思し召しであれば、此方での生き方を探さねばならぬが、何かの間違いであれば帰還方法を探しだし元の世界へ帰りたい。』
じっくりとコーヒーが煮出される時間を待って白狐が自分の思いを口にしてくれた。
彼なりに考えたのだろう。
まぁ、お家があればそりゃあ帰りたいよね。
自分用のカップとステンレス製の深皿に淹れたてのコーヒーを注ぎ、白狐の前に深皿を置いてあげた。
「じゃあさ、1匹より1匹と1人の方が早く帰る方法見つかりそうじゃない?」
私は別に前の世界に家もなければ、職もない生きてる価値があるのか無いのか分からないような人間だったし未練も無い。
某海賊マンガと某ロボットアニメの最後が見れないのが心残りだけど、何年経ったっても某海賊マンガは長々と戦ってて終わらないし、某ロボットアニメも監督が続きを作らないのだから、まぁしょうがない。
郷に入っては郷に従えに習い、白狐と別れてこの世界で暮らすよりも『帰りたい』とはっきり言ったこの白狐に協力する方が徳が積めそうだし。
そう思い、協力の提案をすればフンフンと目の前のコーヒーの匂いを嗅いでいた白狐が驚いたように私を見た。
「…あれ?ダメだった?」
『良いのか…?何年かかるか…一生かかっても帰れぬかも知れぬぞ?』
「だって、ここでじゃあサヨナラって別れても結果同じでしょ?だったら一緒に探そうよ。」
相棒だっていつガス欠になって動かなくなるかわからない。
だとしたら、相棒で行ける所まで行って、その後また1人と1匹で考えればいい。
軽自動車で狭いけど、大型犬1匹乗せられるくらいのスペースは作ろうと思えば作れるし。
「私は、帰る家も無いし帰りたい理由も無いから急がないし」
うん、今淹れたコーヒーも最高だ。
車中泊生活をしながらキャンプ用品を集めだし、ハマったパーコレーターで淹れるコーヒー。
豆を挽いて外で飲むコーヒーは、安い豆でもスタ〇で飲む高いコーヒーよりも美味しく感じる。
「だったら三人寄れば文殊の知恵って言うじゃん?1人足りないし、1人と1匹だけどさ。」
思案するように黙っていた白狐がフンッと鼻を鳴らせば、深皿を器用に手で押して私の方に寄せた。
『吾と共に行くのであれば、このような泥水でなく次からは牛の乳を用意せよ。』
「うっわ、偉そー!可愛くねー!」
強がってるのがわかる白狐の頭をわしゃわしゃと撫でれば、大きな尻尾がパタパタと嬉しそうに揺れていた。