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神様、仏様の言うとおり!  作者: 浅井壱花
はじまりのはじまり
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はじめての

御朱印…昨今、信仰心をあまり持たない日本人が神社や寺院を巡り、参拝や旅の思い出として寺社オリジナルの御朱印をいただく。

そんな新しいスタンプラリーの様な文化が老若男女問わず人気になっている。

もちろん、全員が全員”スタンプラリー”だとは思っていないだろうし、マナーや礼儀作法を守ろう!といった趣旨の雑誌等もあり、人それぞれの楽しみ方が出来るものだ。



私も御朱印の魅力に取り憑かれた1人。




5年前の夏-

この世のありとあらゆる厄を1年のうちに経験したのではないか?と思いたくなる様な激動の春を過ごした私。

会社から自宅までのそう近くはない道程をふらふらと歩いていた時に見付けた神社がどうしても気になり、気休めでも良いから拝んどくか…と半ばヤケになりながら鳥居をくぐった。


鳥居をくぐれば鬱蒼とした木々のせいか国道沿いの神社なのに車の音1つ聞こえない。

手水舎からちょろちょろと静かな水音だけが聞こえていた。

「なにここ…」

不思議なその空間に完全に呑まれてしまい、石でも括りつけられたんじゃないかと思うほど重たい足を必死に動かして参道を歩いた。

本殿に近付けば近付く程に冷えていく空気。

ゴクリと喉を鳴らし唾を飲み込んで、持っていたビジネスバックを強く抱きかかえる。




『おや、御参りかい?』



丁度、賽銭箱の前に立った時にその声が聞こえた。

ハッと声の方を見れば、本殿の中にいた白い狐。

フサフサのお尾を振りコチラに向かってくる狐に声も出せずにコクコクと必死に頷いてみせる。

動物が喋ったことと不思議な空気に緊張している私をよそにカカッ、と軽快に笑ったその狐はふわりと尾で私の頬を撫で肩の上に乗った。



『可愛い人の子。お主、良くないモノを連れているね』


スンスンと耳元の匂いを嗅がれビクッと肩を震わせれば、まるで犬がお手をする様にポンと頭に手を乗せられた。


『大丈夫。もうこれで良く眠れるよ。』


頭に手を乗せられて言われたその言葉が何故か、緊張していた私をとても安心させる。

ああ、なんて優しい声なんだろう。

ふわりとその狐が肩から降りて本殿へと戻っていくと同時に私の意識が途絶え、その場に倒れた。




それからはある意味大変だった。



境内で私が倒れているのを見付けた神主さんが大慌てで救急車を呼んでくれていて、意識が戻ったから大丈夫!帰る!という私と、お願いだから病院に行ってくれ!という神主さんとの押し問答の末、到着した救急車に半ば無理矢理乗せられ、渋々行った病院では過労の診断が出て、私がきっかけとなり漆黒だった私の会社は労働基準法に基づきテコ入れがされた。


大変な企業改革が行われた事に社内は蜂の巣をつついた様な状態となり、誰がきっかけなのかと誰かが余計な事を詮索し始めて、私がブラック企業勤務に心身ともに疲れ果て神社で自殺未遂をして発見されたせいで監査が入ったのだと誰かが言い出した。



まぁ、何度か本当に死にたくなったことはあったが、自殺なんかしてねぇーわ!と思っていたが会社の上司はじめ同僚達が腫れ物を触るかのように接してくるのが辛かった。

そのうち社長と直属の上司の上司に別室に呼ばれ、ビックリするくらいの退職金額が書かれた書類を渡され自主退社を促された。


退職までの期間も有休という事で話もついて、22歳にして会社という枠組みから外れ無職となったのに晴れやかな気持ちだったのを今でもよく覚えている。





会社に行かなくなって数日経ち、救急車を呼んでくれた神主さんにお礼を言おうとあの神社へと向かった。

あの日の光景とはうって変わり、鬱蒼とした感じはなく境内は夏の軽やかな空気が抜け蝉の声が響いている。

社務所にいた神主さんに声を掛ければ、あの時の子か!と笑顔で出迎えてくれた。



おいでおいで、と促されるまま社務所の中の待合室に迎え入れられ冷たい麦茶を出してくれた神主さんにお礼を言えば「顔色があの時よりずっと良くなってるね」と言ってもらえ会社を辞めたことや、軽い自分の身の上話をしていれば「すみませーん」と境内の方から女性の声がかかった。


「はーい!ちょっと待っててね」


声に返事を返し、私に待つように言えば待合室の横にある窓をカラカラと開けている、声をかけてきた女性に何言か話し本のようなものを受け取って神主さんは社務所の中に引っ込んでいった。

数分後、女性から渡されていた本を持ち戻ってきて女性へと返し、お金を受け取っている。

そのやり取りが物珍しく感じて一連のやり取りを眺めていれば戻ってきた神主さんに「どうしたの?」と不思議そうに首を傾げられた。



「さっきの本みたいなのって…」

「ああ、御朱印帳だね。はじめて見たかい?」

「ごしゅいんちょう?」

「えーっとね、コレにその神社やお寺を参拝しましたよ。ってサインみたいなものかな」


はじめて聞いた言葉に目を丸くしている私の前に神主さんが1冊の本を取り出し置く。

紺色に白銀の狐の表紙の本。

あの時の狐だ…と思い見つめていれば、神主さんがパラパラと屏風のように連なっているのだと説明しながら見せてくれた。


「これがうちの神社オリジナルの御朱印帳で、これが御朱印」


中身は全て白紙かと思ったそれの1番前と思われるページにある筆で綺麗に神社名が書かれていた。

神社の名前の横には天から舞い降りる狐の判子。

「…綺麗…。」

口から思わず溢れた呟きに神主さんがニコニコと笑っていた。

「本来の目的は修行の一環なんだけどね。最近は”御朱印集め”って言って若い女性にも人気なんだよ。次のお仕事が決まるまでやってみるのも良いかもしれないよ」



聞きなれない言葉に、綺麗な本。

綺麗な字に、綺麗な判子。



神主さんの言葉が後押しになって、私の手が”御朱印帳”に伸びる。

「私も…御朱印、こ、これと一緒にもらえますか?」

既に私は、やたらとキラキラして見えるその本に魅せられていた。

後に知った初穂料と呼ばれる、御朱印と御朱印帳の代金を支払い御朱印と同じページに日付けを記入してもらう。


サラサラと流れる様な筆捌きで御朱印の横に日付けを記入している神主さんが思い出したかのように「あ。」と声を上げた。


「これは人それぞれなんだけど、表紙に『御朱印帳』最後のページには持ち主の名前を書いてるけどどうしようか?私が書こうか?」

「お願いします!」

「はい。じゃあ名前…教えてもらっても良いかい?」



河西 幸菜(かさいゆきな)です。幸せに菜っ葉の菜で幸菜です!」



人から愛されることが多い様に。

幸せが多い様に。

両親に名付けてもらった名がサラサラと御朱印帳の後ろに書かれていく。


自分ではない名前の文字に、小学生時代に母親が書いてくれたノートの名前を思い出す。


勝手に幼少期の事を思い出して照れ臭くなりながら、完成した御朱印帳を受け取れば改めてお礼を言い社務所を出た。




『またおいで、優しい名前の人の子。』



涼しかった社務所から1歩外に出ればムワッと暑い夏の風にあてられ目をつぶれば、カラン、という鈴の音の後に聞こえた、あの時の狐の声。



ここから私の生活がガラリと変わった。

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