第31話「決闘」
「よく来てはりましたなぁ」
指定された場所は、とあるスタジアムだった。
王立闘技場という名前の、とても私人同士の戦いでは使われないようなバトルステージだった。
俺の名前は知られているわけではない。
なのにもかかわらず、ユージェの死闘を見学しようとたくさんの人が詰めかけていた。
「こんな場所だとは思ってもなかったけどな。よくこんな場所押さえられたよな」
「ウチの友達が貸してくれたんや。気前のいいやっちゃで、ほんま」
ユージェの人脈はどこに繋がっているのかすら想像ができない。
その不思議さこそが彼女の持つ独特の雰囲気に繋がっているのかもしれない。
俺たちは今、ステージの中央にいる。
こんな些細な会話ですら、来てくれた人に声が届いてしまうらしい。
王立闘技場に来た途端、俺は係の人に案内され――控室を素通りしてユージェが待つスタジアム中央に呼び出された。
どれだけ強い魔法と剣技をしようが、このスタジアムの観客席まで危害が及ぶことは無いから安心してくれ、と言わた。
その人の顔は少しだけ青褪めていて、そんなことができるのならこの国を取り囲む塀は要らないのではと思わなくもなかった。
「さて、真剣に戦ってくれるっちゅう約束、覚えとる?」
「覚えてるしそれは守るつもりだよ。でも――それ以外の約束の方は、守れなかった」
「それ以外――何か約束、してはりましたっけ?」
「俺はもう、昨日からケルン=ルーナを名乗ることにしたんだ」
会場の空気は、さほど変わらなかった。
それがどうした、と言う人が大半なようで、観客の興味関心はこちらに流れてこない。
舞台上と観客席との間に何か大きな隔たりがあるというのもある。
ただ――VIP席に座っていた男や、その周辺――より高所に座っている人物はその意味をちゃんと理解できる情報を握っているらしく、あわただしく動き始めた。
「ちゃんと本名でやることにしたんや。良かったやん」
「半分くらいはユージェのおかげだ、ありがとう」
「――で、そないなことでケルンはんは何かが変わるんか?」
「変わるさ――ルーナの名前を口にするってことは、負けられないってことだから」
ほぉん、とユージェは俺を見て緩く口角が持ち上がる。
彼女が俺を見る目付きが変わる。
少しだけ優しさを含んでいた目は、限りなく猛獣のそれに近くなり。
「そんなにあの島に執着があるんどすね」
「島には無いよ。あるのはこの名前と――それから、大切な人との想い出だけ」
瞳孔が開き切ったユージェは、彼女自身に纏わる空気を変えた。
獣人は魔力やオーラに対して敏感だ、という話がある。
その感覚が、今初めて俺にも分かった。
俺は獣人ではないが――彼女が放つ雰囲気が、オーラが今までと全く異なるものだということが、感覚で分かる。
その感覚に圧倒され――ほんの一瞬、息を呑んだ。
呼吸を止めてすべてをリセットしなければ圧殺される、と本能で感じたからかもしれない。
「ほな、始めよか――」
ユージェの言葉を以って、俺らの前説は終わったようだ。
会場が一気に沸き立つ。
なぜこんな一学生に対してそこまでの熱意を以って観戦できるのか、分からない。
俺が本名を名乗っても興味を示さなかった彼らが、その一方で戦闘が始まると同時に熱狂する理由――。
それは。
ユージェが戦うに相応しいと選んだ相手の強さを、誰一人として疑っていないということで。
「ああ、始めよう――」
互いに剣を抜く。
魔法使いであるかどうかに意味はない。
ここにあるのは、勝者か敗者か――ただそれだけだ。
初撃に、俺は魔法を使う。
「攻撃魔法・光の矢」
今までに込めたことのないくらいの、大きな矢を。
負けられない戦いだからこそ、最初から全力で。
その大きさに観客が驚く。
騒めく声がスタジアムを支配した。
だけど、その声は俺にとってははるか遠くだ。
目の前にいるのはユージェただ一人。
俺が魔法を発している間にも、彼女はゆらりと歩いて俺に近づいている。
詠唱を終えると、肥大化した光の矢が彼女めがけて飛んで行き――そして、その刀で一薙ぎされた。
「ウチはこれでも、魔法学院に入学できたんやで? 使えなくても、魔法くらいは心得てる――当然だと思わん?」
「攻撃魔法・ファイアダンス!」
「だから――」
ファイアダンス。
その名前の通り、踊るような炎だ。
術使用者でも予測できない軌道を描き、ユージェに向かって炎の螺旋が続く。
まるで渦の中に閉じ込められたかのように見えたユージェだが、しかし。
「無駄やて。ケルンはんも、Aクラスの皆と同じなんかえ?」
そう言って、彼女は気が付けば俺の目の前に居て。
その片手には、彼女が愛用している銀の剣が握られていた。
「これで終わりとか、つまらんことしないでな~?」
適当に振り下ろしてきた。
落下地点こそ適当だったかもしれないが――その速度はギリギリ目で追えるレベル。
何度素振りをしてきたのか、想像すらつかない世界での鍛錬の賜物だろう。
それを紙一重で躱した俺は、再び魔法を使おうと、ユージェに向かって手を向け。
「攻撃魔法・リヴァイアサンスノウ!」
リヴァイアサンスノウ。
氷吹雪を相手の周りに散らせ、敵を冷やす技だ。
俺がダンジョンで使った技の上位互換であり――炎と違って水は体積を持つ。
だからこそ、この技はユージェにとっての足止めになるはずだ。
「甘い――魔法が効かない、という意味をまだ勘違いしてるみたいや」
ユージェは、雪の包囲網を正面から抜けてきてしまった。
「ウチは魔力の流れが見えるし、そして魔法も使えるんや」
つまらんなぁ、と言ってから、ユージェはくいっと人差し指を自分に向けて挑発するポーズを取った。
その態度に乗せられたわけではないが、俺は知る限り最大級の魔法を撃ちこむ。
島を墜として以来使えるようになった魔力を、最大限継ぎ込んだ特大魔法。
「攻撃魔法・クライシスフォギー!」
魔力を魔力のまま相手にぶつけるという、いわば力技。
霧状に、人にも見える濃度の魔力を散布し――敵対勢力に当たると爆発する、遠距離掃討が必須の浮島ならではの特化技だ。
この魔法ならユージェも知らないだろう。
ユージェの周りで「ドン」という派手な爆発音が連続する。
霧がある限り、この爆発は無限に続くという――少しやり過ぎなくらいの魔法だ。
まだまだ魔力は尽きない。
人に向かって使うような魔法ではないが――ユージェが強いからこそ、信頼して打てる技だった。
彼女ならきっとどこかで躱して、上手い切り返しを見せてくれるだろう、という期待が俺に最強のカードを切らせたのだが。
「これなら魔力の流れが見えるお前でも関係ないだろ――」
「そう、関係ないんや」
爆発音に紛れて、だけどどうしてか明瞭に聞こえる彼女の声には、苦しみの一つも含まれていなかった。
「魔法特化の防御魔法、ちゃんとヒントは与えてたはずなんよ? なのにどうして魔法ばかり打って――それが当たると思ってるのか、ウチは不思議で仕方がないんや」
霧に覆われたスタジアムの中で――派手な爆発音を轟かせながらゆらりと歩く人影が、ネタばらしをしながら近づいてくる。
「それだけじゃないけどな――ま、これで皆に強大な魔法使いっていうイメージ付けられたやろから、もう攻撃してもええよな?」
ぬっ、と霧の中から現れたユージェは、今度こそ本当に獣の顔をしていて。
「本気で戦うぞ」というメッセージを彼女のオーラが伝えてきた。
そしてやっと、パフォーマンスは終わり、勝負の火蓋は斬って落とされた。