第30話「ペア技」
「ペア技って、一人しかいないじゃない」
「そうだな、もう一人になっちまった」
俺が島を墜としたせいで。
そうでなくても彼女の命があるかどうかは怪しい。
むしろ、彼女が生き残っていると思えたら島なんて墜とさなかっただろう。
「一人でペア技なんて使えるの?」
知らねーよ、そんなこと。
そんなことを言って反論するより、実際にやってみた方が早かった。
俺自身、そのスキルを使ったのはあの時が最初で、それ以来使ったのは一度だけだ。
シーシャのことを想って剣にできるのは理解していた。
だけど、彼女のことを犠牲にしてまで強くなりたいとは思わない。
負ければペアが傷つく。
相手が傷つく可能性を天秤にかけてまで勝利を希うか、相手に傷をつけられないからこそ素のままで戦うか。
ペアのことを想えば思う程、この力を使いたくなくなる。
自分の素の力を高めようと洗練が進む。
そしてそれは同時に、相手のことを想っていることの証左でもあり――スキルの力は上昇していく。
「……これは――」
「触らない方がいいよ。戦いたくないから」
ハルナは伸ばした手を引っ込める。
この剣で戦うとなると――俺はハルナを倒さなければいけない。
「でも、ケルン君は魔法も十分強いし、わざわざ剣で戦うこともないんじゃない? むしろ剣で戦うことによって弱くなるんじゃないかな……」
「もしかしたらそうかもしれない。だけど、使えるモノは全部使えた方がいいからさ」
そう言いながら――内心で、俺はこの剣でもって彼女と戦うことを決めていた。
ユージェの相手は、ケルン=ムーンではないから。
ケルン=ルーナとして相手になるのだから。
ファン=クローが生きていると分かった今、俺が島を墜としたとアイツが喧伝している今――アイツの好き放題にはさせない。
この間までの俺は死んでいた。
ルーナという名前はどこにも存在していなかった。
だけど、それは違う。
俺がルーナと名を冠する唯一の生き残りだ。
ギルド長と話していて気が付いて――目覚めさせられたというべきか。
「ケルン君?」
ハルナに声を掛けられて、現実に意識が引き戻される。
「さっきからぼーっとしちゃってどうしたの? あと……その剣、すっごい眩しいんだけど……」
自分の魔力は自分では見えない。
俺からしてみれば手にある剣は普通の、だけど見慣れないシーシャの剣ではあるのだが――ハルナに見えているのは、きっと違う光景なのだろう。
魔力の量を調節して、俺はその剣を仕舞おうとした。
だけど、一向に剣が落ち着く様子はない。
この剣は想いの丈に乗じて強くなるらしい。
今――シーシャはどうしているのだろうか。
この力を使うことを、彼女は許容してくれるのだろうか。
それから――剣を仕舞うまでにしばらくの時間を要した。
※
「私でよければ、相手になるよ。ユージェほどの強さはないけどさ」
「いいのか?」
「むしろこっちからお願いしますだよ。ペア技ばかりを鍛えてきたから、あんまり他が強くないんだよね――だから、正直に言って結構ケルン君とは強さに差があると思うの」
「……そうかも」
否定することは出来なかった。
そして、ハルナもそれを受け入れている。
強さの差、という分かりやすい尺度によって測られるそれは、俺とハルナの間に大きな壁となって存在している。
Aクラス、と言えども所詮は学生レベル。
ユージェの使う力のそれには、遠く及ばない。
それでも。
「だけど、私は戦うよ。全身全霊、全力を以ってケルンを倒して――ユージェに打ち勝つ!」
「うん、俺も負けられないから」
もう一度、剣に願いを込めて。
シーシャは今頃どうしているのだろう。
――そんな考えは、現実にそぐわないことは知っている。
だから、これはないものねだりだ。
失ったものを、取り戻せないなりに――その代わりを、空島の名残を。
俺の手で、全てを打ち消そうとするための力。
憎しみか、怒りか――そんな感情に、そっとシーシャの想いを上乗せして。
「ハルナ、準備はいいか?」
「うん――行くよ!」
そして俺らは、グラウンドに大穴を作った。
※
「……負けちゃったね」
「強くなってるとは思うよ」
「嘘つき。そんな隙も無かったくせに」
強さという尺度は、簡単にはひっくり返らない。
ユージェと対等に渡り合える――少なくともユージェにそう思われている俺にとって、ハルナの実力は遥かに格下だった。
「隙が無かったんじゃなくて、作り出せなかったんだよ」
「私が……弱いから?」
残酷な事実ではある。
だが、そう告げるほかなかった。
「いや、分が悪かったから。俺が2人分を背負ってるのに、そっちが一人で来て勝てるわけないだろ」
本当は――シーシャの遺した剣だけで戦おうとした。
だけど、シーシャが、俺がそれを許さなかった。
彼女を傷つかせるような戦い方をして、それは本望だろうか。
彼女の想いに応えられているだろうか。
そう考えた俺は、全力を出して戦わざるを得なかった。
それこそ、地形が変わるほどに。
「俺はこの剣にシーシャの想いを乗せたんだ。だったら、そっちも二人で来てやっとスタートラインだろ。ハルナはカルシェとセットでこのクラスに来て、ペア技を使いこなせる優秀な魔法使いなんだから」
「一人だとまだ半人前ってこと?」
「そんなネガティブな事じゃなくて。二人で一人ってこと」
「どう違うのよ……。それってつまり、一人じゃ取るにも足らないってことでしょ」
戦いにも負けて、そして強さへの糸口が掴めないハルナは目に見えて沈んでしまった。
言いたいことが伝わらないもどかしさに悶えながらも、俺は口を開く。
「そう――かもしれない。だけど、二人なら取るにも足らなくないってこと。二人であることの強みは、魔法の火力だけじゃない。どちらかが弱った時、ピンチになった時も助け合えるってことだと俺は思う」
「……どういうこと?」
「そのまんまだよ。今は一人だから俺に対して隙をつけなかった。でも二人なら多分結果は違ってた」
「それでも、ユージェには敵わなかったよ」
「うん、確かにそう――だけど、惜しいところまでは行ってたと思う」
それは、二対一という卑怯な構図が根底にあったのかもしれない。
だけど、ユージェはそれを受け入れて戦った。
彼らに対するハンデ、という訳ではないと、俺は思っている。
「ユージェとの戦いで、唯一傷つかなかったのがハルナだから」
「それは、カルシェが私の分まで傷を――」
「そう、一人が弱まった時、互いに助け合える、相互に影響を強く打ち出していける。それがタッグの強み。別にペア技が全てじゃないし、それが効かなかったから負けるわけじゃない」
あの時、確かにカルシェは傷を負っていた。
同時に、ハルナは心に傷を負ってしまったが――それこそが彼女の弱さなのかもしれない。
心は傷ついても、まだ戦えたのだから。
「そういう意味では、今回こっちが二人だったからな」
「ああ……ペア技、らしいね。相方はまだ見えないけど……」
俺のバックボーンに対しては、興味がないわけではないのだろうが、ハルナは自ら興味を示すそぶりをしない。
もしかしたらもう、何かに感づいているのかもしれない。
「ケルン君はさ、ユージェと戦うんでしょ?」
「そうだけど」
「つまり、『最強』を目指すってことだよね?」
「えっ?」
素の反応を返してしまった。
言われてみればそう――ユージェは『最強』の名前を欲しい儘にするために強い人と戦い続けている。
そして勝ち続けている以上、俺が彼女に勝てば『最強』に近づくことに他ならない。
「そう、なるのかなぁ……」
「そうなるんだよ」
ユージェと違って、舐められたくないという願望はない。
だけど――その栄冠を手に入れることができたなら。
「強いってことに、意味ってあるのかな……」
「少なくとも、ユージェが思っているくらいにはあるんじゃない? 実際ユージェと戦うまで、正直獣人は弱いと思ってたもん」
「……そういうものなんだ」
思っている以上に、獣人に対する視線は冷たく。
そして、彼女が変えてきたものは大きかったようだ。
実感として俺が味わえていないということは、即ち結果としてもう出ていたからに他ならない。
ファンは今、ここではないどこかの大陸で、『英雄』として名を刻んでいた。
あの海を越えて――ずいぶん遠くまで来たはずだった。
なのに、その新聞の一面に載るくらいの大快挙を制したアイツに、負けるわけにはいかない。
それは、強さであると同時に――実績もだ。
アイツがもしかの土地でクラーケンを倒した『英雄』を名乗るのなら。
ふぅ、と俺は一つ溜息を吐く。
「じゃあ、俺も目指すよ、最強」
ユージェが背負うものは知っているし、その大きさも、俺は知っているつもりだ。
その覚悟のほどは知らないが――俺が背負うモノはもう決めた。
今決めた、ことにはなるが――もしかしたら、最初から決まっていたのかもしれない。
ケルン=ルーナ。
ルーナ家の当主であり、その島を追放された身だ。
だけど、シーシャの想いに懸けて、負けることは許されない。
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