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第28話「訓練」


「ユージェに勝つ……って、なんで」

「前に言ったじゃないっすか。ユージェの方法は間違ってる、って」


 シャミーとユージェの間にどんな関係性があるのか、俺は知らない。

 シャミーはユージェのことをかなり詳細に知っているし、ユージェもシャミーのことを意識しているようだった。


「その間違いを、ちゃんとユージェに教えてあげて欲しいんすよ」

「間違いって……その話を聞く限り、ユージェはちゃんと獣人の地位向上に対して奮闘してると思うけど?」


 今まで獣人がどれほど虐げられていたのかは知らない。

 そもそもそんなことは俺にはもう関係ない。

 関係ない――が、だからと言って知らなかったふりは出来ない。


「ケルンは、どうしてユージェと戦うことになったんすか?」

「……いやまぁ、その――なんだ」


 どう説明すればいいのか分からなかった。

 弱みを握られていた、というのが正確ではあるが、同時にもうそれは効果を無くしてしまった。

 後はただ、残った約束の履行だけだ。


 シャミーはまだ、俺がケルン=ルーナだということを知らない。

 そのファミリーネーム一つで、俺とあの墜ちた浮島を連想付けるのは至極簡単だ。


「別に言わなくてもいいっすよ――ただ、ケルンから戦いを挑んだわけじゃないことを確認したかっただけっす。もし不本意なら断ってもいいんすよ?」

「――そうしようと思ってたんだけどさ」


 そう、しようと思っていた。

 ユージェはこの戦いで自分の強さを証明しようとしている。

 彼女にとって負けられない戦いになるだろう。

 そのために、俺が全力を尽くさねばならないステージを用意した。


 彼女にとっては不本意かもしれないけれど、用意されたステージは何の思惑かギルド長によって――そして俺の決意によって粉砕された。

 だから、俺が戦う理由はない。


 ギルド長はどこまで知っていて俺にあの質問を投げかけたのか。

 この戦いを根本から潰すためにあの質問を投げかけて――そして俺に頷かせたんじゃないかとも考えてしまう。


 だけど、俺は――彼女の、ユージェの気持ちを踏み躙れない。

 ユージェは強さに対してひたすらにストイックだ。

 ただただ『最強』を目指していると彼女は言った。

 そして、その先に俺がいるというのなら、受けて立つべきだ。


 ユージェに勝てないようでは、ファンには敵わない。

 ファンは昔からずっと強かった。

 ずっと、俺と同じくらい強かった。

 今では、島を浮かせることが無くなった分魔力に余裕がある。

 でもそれは、魔力に余裕があるというだけで――根本的に強いということではないのだということを、ダンジョン探索を通して俺は知った。

 

 その力の強さに中てられて、ただただ感覚が麻痺していただけで、俺一人だったらヒドラにすら勝てていないだろう。

 それを強く実感したのは――ユージェがあの戦いを終えた後、ヒーローインタビューに応答している時。

 あれだけの激戦を超えてなお、意気揚々と話せる彼女は紛れもなく強かった。

 ――『心』が。


 俺は一度親友に裏切られて――島から追放されて、それだけで世界が終わりだと思っていた。

 それだけ自己中心な世界に生きていたということを、心の狭さを改めて思い知らされた。

 もしこのままいつの日か、ファンと再会して――拳を交える結果になったら、俺はきっと我を忘れて挑むだろう。

 力は、魔法はもしかしたら勝っているかもしれない。


 だけど、総合的に一度俺は負けている。

 ただ力が強いだけ――そんな事象に意味はない。


「戦うよ、ユージェと」

「……同情して、負けるなんてなしっすよ?」

「勝つさ、絶対」


 だけどその時、俺は心の中でユージェに対して白旗を上げていて――メンタルの面で、確実に負けていた。


 ※


 結局、シャミーはユージェの何が間違っているかは明言しなかった。

 何度も俺に「勝つんす!」と言うだけで、それ以外の言葉はなるべく使わなかった。

 それはまるで洗脳のようで、少しだけ気味が悪いものがあったが――それを考えるとクラスメイトも同じかもしれない。

 獣人というくくりでユージェを見て、そして負けて悔しがる――獣人のくせに、と。

 

 今まで感じたことのない『人』の本質のようなものに触れて、ため息が出る。

 だけどそれは、ファンに見せられた島の最後の思い出と、全く同じことだと気付いた。


 結局それから何をするでもなく、ユージェに勝つために――自分を鍛えるために一人で特訓をすることにした。

 学校のグラウンドを使わせてもらえないかと打診した結果、OKが出たので、そこに行くとどうやら先客がいたようだ。


「休日に一人で練習なんて、凄いやる気だね」

「……皮肉?」


 そう返してきたのは、ハルナだった。


「そんなんじゃないよ。カルシェはどこにいるの?」

「私一人だよ。いっつもカルシェと一緒ってわけじゃないから」


 正直、意外だった。

 ペア技を使いこなす彼らは常に一緒にいると思っていた。


「それに――そろそろペア技も限界かなって。正直、一発芸みたいなものだしね」


 自分の使える技に対する卑下が凄かった。

 昨日まで冒険していた時の自信はどうしたのか――と思い返してみると、ハルナは昨日から元気がなかった。

 昨日というより――ユージェに負けた、その日から。


 あの日は全員コテンパンにやられていたせいで、誰か一人にスポットライトが当たることはなかった。

 次の日からはみんな元気に、むしろやられたことによって一体感が増していた。

 だから――彼女のように、心を折られてしまった人間に注目することはなかった。

 カルシェが隣にいる分、無理して明るく振る舞っていた、ということもあるのだろう。


「――で、ケルン君は何しに来たの?」

「この先負けられない戦いがあるからさ。ちょっと練習をね」

「負けられない戦いって――もしかして、仇討ち?」

「そうじゃないけど、そういうことになるのかな……」


 確かに、ハルナから見れば仇討ちになるだろう。

 クラスメイトよりユージェの方が同情に値するとは思うのだが。


「だから、練習しに来たんだよ」


 学校のグラウンド――風が大きく吹き荒れる、大自然の草むらだ。

 街の中で唯一外界に解き放たれている、自然区域。


「ここなら魔法も十分に使えるからね」

「そうなんだけど――」


 今日、俺がここに来たのはそれが目的ではない。

 休日の昼間っからこんな場所に人がいるとは思わなかったからだ。

 静かな場所で一人になれるかな、と思ってきただけで。


 頭に疑問符を浮かべるハルナを余所に、俺は腰元に提げた、剣を抜く。

 購入して以来、一度も使わなかった新品の剣だ。


「剣?」

「そう――剣」


 そして、俺はこの剣に想いと願いを込めて。


「昔習得した、『ペア技』を思い出しに来たんだ」


 ハルナに、ここに来た目的を告げた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の思考がファンとかいうクズが生きてる事前提になりすぎじゃないですか? どういう思考してたらあそこから生きてるって思えるのでしょうか? そりゃ我々は何故かアレが生き残ってしまったというの…
[一言] 何というか、主人公の立場や思考などが練られていない。「殺されそうになったけど、こっちは数発殴る程度」は釣り合っていないし、何が言いたいのかわからない。相手の憎しみは初めの方で説明済みだし、殺…
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