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第27話「決闘届」


 ギルド宛てに、ユージェから封筒が届いた。

 封は開けられておらず、その手紙を受け取ったシャミーと共に中身を覗く。

 中には二通の手紙が入っており、そのうちの一通は決闘届と書かれた事務手続きの書面だった。


「ケルンはこのシステム、知ってるっすか?」


 そう問われて、俺は首を横に振る。

 決闘届なるシステムに聞き覚えはない。


「全く知らないけど……」

「この大陸に昔から伝わる悪しき風習っす」


 シャミーは最初にそう告げて、俺に『決闘届』の意味を解説してくれた。

 要点を搔い摘むと、互いにどうしても譲れないことが決まらない時に決闘を以って雌雄を決する法的拘束力のある戦いのことらしい。

 武力を伴う裁判のようなものだ。


「傍聴人という名目でその戦いは観戦することが可能なんす。ユージェの狙いはそこっすよ。賠償金1セインを掛けて戦うことでその戦いは『名誉裁判』の扱いになるんすよ」


 互いに尊厳を掛けて戦い、そこには本来自分に対しての謝罪などが含まれるが――ユージェの場合は違う。

 人族という大きなくくりに対しての尊厳回復を求めている。


「それで昔、ユージェは吹っ掛けられた戦いに対して勝利してきたんっすよ」

「ユージェから挑んだんじゃなくて?」

「獣人が人族に対して反旗を翻すことはあってはならなかったんす。だから、あまりあるユージェの反抗は貴族の目についたんす。暗黙のルールを破った、という感じだったっすから大々的な処刑は出来ない――だからこそ、その貴族はユージェを名誉裁判にかけたんすよ」


 それは、本来処刑に代替するような代物であったらしい。

 最強と名高い勇者を貴族は雇用し、そして決闘届の元戦わせる。

 そんな残酷なショーであるにもかかわらず――人はユージェがやられる様を求め、見に駆けつけたという。


 傍から見ればユージェが負けることは当然で、彼女に勝てる要素は何もない。

 その時点で、彼女はまだ中学生だった。

 どう見ようと結果が決定づけられた格好のピエロであったユージェは、かつての勇者に勝利した。


「それから――獣人に対する、少なくともユージェに対する目の色は変わったんす。どうあれ、結果が待遇を示してくれるということをユージェは知ってしまったんすよ。それから、『獣人だから弱い』、という風潮は弱まったっす」


 今のこの獣人に対するヘイトの収まりの一端はユージェが担っている、とシャミーは言う。


「これ、受けるんすか? ケルンには受ける理由なんて全くない気もするんすけど――」

「俺も受けるつもりはなかったんだけどさ――」


 ユージェから提示された問題に関しては、俺の中で片がついている。

 正直、戦う理由は既にない。


 自分がケルン=ルーナだと名乗る準備も整った。

 そして、今自分が島を墜としたことを知っているのは恐らくユージェをはじめとしたごく少数だろうと考えている。

 ユージェがどういう伝手でそのニュースを知ったのかは知らないが、大々的に報道されたわけでもない。


 というか、大々的に報道されたってかまわない。

 あの島は俺が墜とした――それは偽りのない事実だ。


 事実は事実として存在して――その中に、さっき俺はあるニュースを発見した。

 ファン=クローの生存確認。

 新聞が事実と異なる記事を載せている可能性もある。


 だけど、『ファン=クロー』という人間の存在は、少なくとも今までこの大陸はおろか島でしか知られていなかった名前だ。

 アイツが生きているとなれば――話は変わってくる。

 戦うことに意味はない、ずっとそう思っていた。


 戦って何が生まれるのか、その先に何があるのか――ユージェが見ていたそのビジョンの先を、俺は見通すことができていなかった。

 だけど、その先に道はある。


 ファン=クロー。

 その名前を反芻するだけで、なんとも言い難い感情が頭の中で湧きあがる。


 かつては友達――親友だったはずなのに。

 唐突な裏切りに実は今でもどう思えばいいのか分からない。

 憎いし悔しい。

 ――何の相談も、一つの言葉もなくあんな行動に走ったことが、悔しくてたまらない。


 俺は親友だと思っていた。

 それなのに、唐突に裏切られた挙句、その刃の切っ先を向けられて。

 言葉を交わす隙もなかった。

 取り付く島もなかった。


 だから、憎いという感情よりも疑問が先手で浮かんでくる。

 そんなアイツに対して、少なくともその真意を聞いて――それから、数発殴らせろ、と思ってしまう。


 ファンは俺のことを殺したいほど憎んでいたみたいだが、俺はそんなことはなかった。

 仲のいい友達だと思っていた。

 ふとした拍子で島ごと消し去ってしまおうとしたが――もしもアイツが生きているのなら。


 その続きを、俺の手で――そんな島の物語を俺の手で終わらせる必要がある、そう思ってしまった。

 大仰な話なのかもしれない。


 だけど――だからか。

 それまで、俺は誰にも負けられない。

 ファンはAランクモンスターを撃退し、紙面の上では『英雄』とまで書かれていた。

 そんなアイツに、俺は負けられない。


「受けるのにもし悩んでいるようなら、私からお願いがあるっす」


 思考の合間に、シャミーが割り込んでくる。

 断ることも視野に入れていたんだが、シャミーの願いはそうではないらしい。


「この試合を受けて――ユージェに勝ってほしいんす!」




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