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第25話「ケルン=ムーンの終わり」


 たっぷりと休息をとった翌朝。

 どうやってここに帰ってきたのかは覚えていない。

 洞窟を出て――たくさんの心配をかけた皆に謝って、それから色んな記者と冒険者に囲まれて。


 それをシャミーを始めとしたギルドの職員が俺を守ってくれて。

 一方そんな俺と相対するかのように、慣れた手捌きで記者を寄せていたのはユージェだ。

 ヒドラの名残が付いた銀色の刃を白日の下に照らしだし、いかにもな英雄感を演出する。

 最初の内だけは俺もユージェと共に写真撮影会を行っていたが、途中からは疲れがどっと出てきてユージェの囲み取材のようなものが始まってしまったことを機にその輪から抜け出してきた。


 そして――翌日、ランクアップを理由にギルドに呼び出された。


「やぁ、ケルン=ムーン君。学校は上手くやっているかい?」


 休日のギルドは賑わいが絶えない。

 ただ、このエリアだけは常に静謐な空間が保たれていた。

 ギルド長は自分の椅子にゆったりと座り、シャミーがそれぞれにお茶を入れてくれる。


「慣れない事ばっかりで辛いけど……まぁ、何とか」

「そうか、それなら私も詰め込んだ甲斐はあったというものだよ」


 ふふ、と笑うギルド長はシャミーが淹れたお茶に口をつける。

 その所作に合わせるように、俺もお茶を飲んだ。人肌くらいの温度までぬるくなっていた。


「シャミー、すまないが少しだけ席を外してくれるかな?」

「わ、わかったっす」


 そんなことを言われると思っていなかったのだろう。

 鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で、シャミーは部屋から出ていった。

 否応なしに、緊張感が部屋の空気を支配する。


 ギルド長はパラパラと書類を捲りながら俺を見遣る。

 何を言われるのか分からない中、少しの間だけ静寂が訪れた。


「さて、ケルン=ムーン君、君をCランクにするにあたって、様々な書類を作らなきゃいけないわけだが――記名は本当にこれでいいのかな?」

「記名、っていうのは」

「ケルン=ムーンという名前で間違いないか、っていう話だよ。Eランクはギルド見習いみたいなところはあるんだが、Cランクともなるとソウもいかない――一人前の冒険者としての扱いを受けることになるだろう」

「ありがとうございます」

「それに際して――その名前のままでいいのか、という覚悟を問いているんだ」


 その名前のまま――そうギルド長は言う。

 ユージェは俺の本当の名前と――それから、その出自を見破っていた。

 どうして彼女がその情報を握っているのか、その情報の出所はどこなのかは分からない。


 だけど、その情報がどこかで流れている以上、目の前にいるギルド長が掴んでいないという証拠はない。

 それどころか、ギルド長はきっと掴んでいるのだろう。

 だからこそ。


「少し、時間をください」

「十分に考えるんだぞ、若人よ、5分くらいは待とうじゃないか」


 冗談交じりな口調だったが、それをどう受け取るか俺には分からなかった。


 ケルン=ルーナ。

 そして、ケルン=ムーン。

 本名と偽名、それ以上の違いは存在しない。

 最初にこの島に来た時――自分を紹介しないといけなくなって、急ごしらえで作った偽名だ。


 ファミリーネームが呼ばれることは無いから、今だに違和感があったことはない。

 だけど――これを今後背負っていく覚悟があるのかどうか、と言われたら話は別だ。


 ケルン=ムーンとしての俺は、あの時の――島でのことを忘れたかったから、こうして偽名を名乗った。

 そして、あの島で起きたことは今の俺とは一切関係ない。

 すくなくとも、ケルン=ムーンとは関係がない。


 ユージェは言っていた。

 『ウチに勝ったら、バラさんといてやる』――と。

 そう、俺にとってはバラされたくない情報だ。

 ケルン=ルーナの世間の印象は、正直最悪だろう。


 島を墜としてしまったことは事実だし、きっと島民は死んでしまった。

 そのことから逃げ続けて――考える間もなく忙しい日々を送ってきた結果のツケが、今ここに回ってきているんだ。


「今――君がここで、ケルン=ムーンだというのなら、それは私が保証しよう。誰が何を言おうと、この先何が明かされようと、それはケルン=ムーンの仕業ではないということになる」

「ギルド長は――何か、知ってるんですか」


 訊くのか、と意外そうにギルド長は俺に目を向ける。

 はい、とだけ短く答えた。


「私の力を覚えているか? 『鑑定眼』というんだがね。だから――そうだな、君が昨日何をしたのか、それからどんな気持ちで今そこにいるのかも筒抜けだよ」

「それ、本当に……?」

「さぁ? 私も魔法使いだし、君も魔法使いだろう? 同志同士の腹の探り合いは踏もうじゃないか?」


 どこまでギルド長が言っていることが事実なのかは分からない。

 はぐらかされてしまったが、何らかの事象を見通せるということ自体は間違いないだろう。

 同時に今思っていることも読まれている可能性だって0じゃない。


「ただ、私から言えることとすれば――過去と決別するのも選択肢の一つであり、過去と向き合うというのも選択肢の一つだ。だけど同時に、過去と決別するということは自分が今までやってきたことの否定に他ならないんだ」


 この新しい大地に降り立って、俺は新しい人生を歩んでいこうと決めた。

 そう、最初はそう思っていたはず。

 新しい人たちと出会い、新しい環境に取り入って――それから。

 それから――俺は、何をしようとしていたんだろう。


 ここに来てまだ一週間。

 選択をするにはあまりにも早すぎるのかもしれない。

 だけど――そうも言っていられない事情がある。


 ユージェに負けて――そしてバラされるのでも遅くはないだろう。

 成り行きで進んでいって、それから正体を明かされて――そんな選択肢もありなのだろう。

 わざわざ自分から正体を明かす――そんなことをする必要は、どこにもない。


「私は、君に問いているんだ。本当はあの日――君がここに来た時に問うべきだった話だ。どんな選択であろうと、私は君の意見を尊重しよう。それが君の意見であるならば、だ」


 俺は、ギルド長との対話で何も話せない。

 自分の意見を発する機会が、あまりにも今までなかったから。

 流されるままに日常を送り続けて、そしてここに居る。


「君は意見を持たなかった――覚えているかい? 君がここに来てから、シャミーと冒険に行かせたこと。それからすぐに学院の試験を受けさせ――そして学校が始まっただろう?」

「色々大変でしたよ」

「だろう? もし試験に落ちていたら私が君のことをギルドで扱き使っていただろう――そうでもしないと、君は考えてしまうだろうからね」


 そう、一週間。

 いまだ一週間しか経っていない、この日常の中で、俺はどれだけ他人に従ってきただろうか。


「人が考える時は、決まって暇な時だ。やることがない、することがない――そう、自由を与えられて初めて人は考える。一週間という時間は、君にとって傷を癒すのに十分だったかは分からない――だけど、今ならもう、正常な判断ができるだろう?」


 さすがに、この速度で実力を見せつけられるとは思ってなかったがな――と付け加えて、ギルド長は俺の言葉を待っていた。


 俺は、間違いなく島を墜とした。

 そして、そこできっと、副次的に沢山の人を殺めた。

 それは間違いなく俺の感情が原因で、責任は俺にある。

 受けなければならない誹りも、想いもあるはずだ。


 考えてこなかった、のではなく、考えさせなかったのだとギルド長は言っているのだろう。

 それは俺の怠慢ではなく、意図的なモノである、と。

 だけど――愈々以て決めなければいけない。


 ユージェと戦う約束をした。

 それは、俺がルーナであることがバラされるという脅しの下に。


 ずっと偽っていた。

 本当の自分を知られると、また嫌われてしまうんじゃないかと思っていたから。

 俺はそうして、ルーナ島を追放された。

 俺のことが嫌いな、ファンによって。


 だから、なるべく自分を出さないようにしてきた。

 ケルン=ムーンという別の自分を作り出して、演じてきたわけではないけれど、嘘の自分を作り出してきた。


 だけど、それは。

 今まで生きてきた、ケルン=ルーナに対して。

 それから、育ててくれた両親に対して。

 最後まで優しくしてくれた、シーシャに対して。


 今までの十数年を共にしてきた人が知っている俺に対しての裏切りではないだろうか。

 裏切り、というのもおかしな話だ。

 だけど、彼らが肯定してくれた俺を、自分で隠してしまっていた。


 もう、十分否定されただろう。

 ファンによって突きつけられただろう。

 思い出すだけで悲しくなるし、泣きたくなる。


 そんな思いをこの島に来て――初めて抱いたかもしれない。

 ルーナ島のことを、確かに考えることは少なかった。

 ケルン=ムーンはルーナ島とは無関係な人間だから。


 そう装っていれば、少なくとも平和に生きられるから。


 だけど――じゃあ、死んでしまった皆はどうなんだろう。

 ルーナ島と紐づいた思い出は、辛い記憶とセットだ。

 そこに楽しかった思い出は本当に無いのか?

 辛いことだけに上書きされて、それ以外は本当に無かったのか?


 違うだろう。

 楽しいことだって、嬉しいことだってたくさんあったはずだ。

 そして、そんな記憶を封印して――無かったことにしようとしていたのは、他の誰でもない、俺なんだ。


「さて、今一度訊こう――君の名前は?」


「俺の、名前は――」




「書類はもう出来ている。情報自体は制限されているから、君がその名前を使ってすぐに何かがあるというわけじゃないから安心してほしい」

「……いろんなところに便宜を図ってもらって、本当にありがとうございます」

「いいんだ、私の役目は若者の成長を阻害しない、ただそれだけなんだから」


 机の上にあった新聞を、ギルド長は取り、そのままケルンに渡す。

 そこの一面には、昨日討伐されたヒドラのニュースと共に、大きくユージェの写真が載っていた。


『Bランクダンジョン、陥落! ヒドラ討伐成功!』


 ダンジョン一つ陥落させるだけで一面に躍り出る――そのレベルの偉業をこなしていた、ということに驚いてしまった。

 だけど――その少し下に書かれていた記事の方が、俺にとっては衝撃的だった。


『ルーナ島の生き残り、ファン=クローがクラーケンを撃退!』


 ――ファンが生きている。

 そんなニュースを目の前に、俺は立ち尽くすことしか出来なかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 無駄に暗い話以外の部分は説得力があって非常におもしろい 主人公の力の所以とか、裏切り前の友情演出なんかも良かった [気になる点] あのままおとなしく殺されたって島落ちてただろう? 不…
[一言] ファン生きとったんかワレ
[一言] 自己肯定までが、長過ぎてくどい。もう少しコンパクトな方が良いと思う。
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