第24話「嵐の前の静けさ」
今ここで、とユージェは言わなかった。
その後、何事も無かったかのように、ユージェと俺は道なりに沿って帰還した。
入口から出口に辿り着くためには様々なルートがあるが、最奥部から入口に辿り着くまでは分かりやすい一本道だった。
上へ上へと昇っていく道を選択すればいいだけ。
青空迷宮を使って上昇するという選択肢もあったが、それを使えと言わなかったのはユージェなりの配慮だろう。
人を浮かせるスキル=島を浮かせることができる、とはすぐに結びつかないだろうけれど何があるか分からない。
「分かった、戦うよ」
「その意気や。さて、いつにしはる? ウチは誰かが見てればそれだけでええんやけど」
「……でも、Aクラスの皆は殆ど倒したんだから、俺と戦う意味なんてほとんどないだろ? なのになんでそんな頑なに俺と戦いたがるんだよ」
「自分が島を墜とせるくらいの力を持ってるってだけで満足しないんか? 欲しがりやなぁ」
暗い洞窟を、軽めの魔法で照らしながら俺とユージェは歩き続ける。
軽めの魔法――と言っても、ここに居る魔法使いは俺だけなので、『光の矢』を常に出しっぱなしにするという魔力を大量に消費するやり方で周囲を照らしている。
「そうじゃなくて――ユージェの目的だよ。ユージェが最強を目指してるって話、聞いたよ」
「……みーんな、知ってる話やろ?」
「俺は知らなかったけどね」
ユージェは、自分が獣人であるために戦っている。
獣人であることに誇りを持ち、種として人族と対等に渡っていくために自分の力を誇示している。
そんな真っすぐ強さを証明しようとしている少女に、俺は少しだけ同情していた。
生まれだけは、変えることのできない要素だというのは骨身に沁みわたるくらいに知っているから。
「ま、そないなことは知られへん方がいいんやけどな。獣人は強い――少なくともそのポテンシャルがあるってことだけを知ってもらえれば十分なんや」
「だからこそ――俺と戦う必要なんてないんじゃないか?」
「せやったら、大人しく負けてバラされるんか?」
「そうじゃなくて――」
どことなく会話が噛み合わない。
その理由は単純だ。
俺の言葉が芯を食ってないから――はぐらかされる余地を残しているから、その隙間に逃げられてしまっている。
だけど、そこまでいじわるではないのか、ユージェが溜息を吐いて少しだけ歩み寄ってきた。
「考えてみぃ――ケルンはんは島を墜とそうがどうだろうが少なくとも強いんや。だから、それが誰かに発掘される前にウチが倒したら、ウチは少なくとも強かったってことになるやろ? そしてそれはケルンはんが将来強くなればなるほど論拠が増すんや」
「たとえそうなったとしても、今の俺に勝っただけでそれから後も強いとは限らないんじゃないか?」
「自分が強いってこと、否定せんのやな」
「さすがに、さっきの戦いをしたらね」
ユージェとの戦いの中で、俺はかつての限界を超える魔力を放出した。
それなのにもかかわらず、魔力量は未だに底が見えない。
『青空迷宮』を常時使用することがどれくらいの魔力を消費していたのか、最早想像すらつかない。
少なくとも、ここらの平均レベルを遥かに上回るというのは間違いないだろう。
これ以上の謙遜は嫌味にあたる――そんなことに気付かされた。
それも、ユージェという同じくらいの強さを持つ評価軸が居たからこそではあるのだが。
「ケルンはんは今の状態でも十分強いんや。埒外の強さを持っている以上、それよりも強くなったとして、普通の人には分からんのやで」
ユージェが語るその内容は、まさに彼女の体験談と言わんばかりの言葉だった。
「んでもぅて、んないなことどこで聞いたんや? 皆ウチのこと憎んでばかりいるもんやと思ってたで? ――もっと言うのなら、憎んでいるけど強すぎて認めざるを得ないとばかり思ってたわ」
「……ま、確かに周りは大体そんな感じだけどさ」
Aクラスの皆がまさにユージェにそういう感想を抱いていた。
獣人のくせに、という枕詞は欠かさなかったが――それでも実力だけは認めていた。
そんなユージェの強さの理由を教えてくれたのは。
「シャミーっていう、ギルドにいい人がいるんだ。ユージェのこともよく知ってたし、心配してる素振りもしてたけど――もしかして、知り合い?」
「…………そか」
俺の質問に答えるまで、ユージェは少しだけ空気を噛み締めていた。
何と答えればいいのかの悩みではなく、息を押し殺してどう反応をすればいいのか考えている、そんな表情だった。
「ま、ウチは強いからな。そんな友達もおったわ」
「あー……なるほど」
ユージェが『友達』という言葉を使った。
その意味するところが分からないわけではない。
ユージェからしてみたらもう僕とリーナ以外のAクラスの皆は友達なのだから。
「ケルンはん相手なら、猶更手加減出来ないで? それでもええよな?」
「ああ、別にいいけど――」
「むしろ、そっちがウチに手加減するのも無しやで? 偽名を使ってるってことは一応バレたくないってことやから大丈夫やと思うんやけど」
「そっちこそ、俺が勝ったら黙っててくれるんだろうな?」
確認のための念押しに、ユージェは当然とばかりに腰に提げた剣を軽く叩く。
「もちろんやで、武士に二言は無しや」




