第20話「Cランクの実力」
週末、俺たちはギルド前に集合することになった。
ダンジョン、と言ってもそのほとんどは街から少し離れたところにある。
ダンジョンとは即ち魔物の巣窟だ。
世界中の至る所に遍在しており、ダンジョンの根源に辿り着き封鎖することは人類の悲願とも言われている。
洞窟だったり、海の底だったり、或いは草原のど真ん中だったり、雲の中だったりとダンジョンは出没する場所を選ばない。
ダンジョンから魔物を放出させないために、定期的に人の手で魔物を間引く必要がある。
それが、今回俺たちが行くことになるダンジョン探索の目的だ。
訓練目的で向かうこともある、比較的事故の起こりにくいダンジョンが街周りにはいくつか存在する。
「俺たちはAクラスだから、一応国の管轄下にあるところではB級までのダンジョンに潜ることができるんだよ」
そう言葉を唱えるのは、カルシェ。
ダンジョンは国がギルドと共同で管轄している。
時には王国軍の兵隊がダンジョンに潜り込み、そして時にはギルドから派遣された冒険者が潜りに行く。
「だからってさ……」
呆れるような溜息が、自然と漏れ出た。
カルシェが提案したのは、Bランク級ダンジョン。
Bランクと言えば、一度引き分けとなった『火山イノシシ』がそのクラスに値する。
その事実を誰よりも明確に知っているのは――俺ではない、シャミーだ。
「危ないっすよ……学生だけなんて」
俺たちの後ろをついてくるのはシャミーだ。
俺とカルシェとハルナ、それからリーナという4人パーティに、監督役としてシャミーが付いてくるという形になった。
「シャミーさんは強いんですよね!」
「言うほど強くはないっすよ……」
「ランクはいくつですか!?」
「Cっすけど……」
「C!?」
カルシェがその勢いのまま驚く。
シャミーとカルシェは初対面のはずだが、既にもう打ち解けている。
打ち解けるというよりかは――カルシェのギルドによる興味が上回った形だろう。
ハルナはずっとムスッとしていた。
「すげぇぇ! Cランクだってよ!」
「Cランクって凄いんだな……」
「ケルンは騙されちゃ駄目っすよ。ギルド長が全然ランクアップを認めてくれないだけっす。だから全然ランクは上がんないから価値が高騰しているだけっすよ。Aクラスと同じダンジョンに入れるくらいの強さしかないっす」
シャミーは自分のランクを卑下するが、カルシェはその言葉に全く揺らぐことはない。
リーナもまた同様に、シャミーに対して畏敬の念を抱いていた。
「学生とギルドのランクは違うのです。なにより、ダンジョン内は魔法が使いにくいですから……剣技を主とする騎士団と違って魔法使いも兼ねるギルドでのCランクというのは想像以上に凄いのですよ」
「ダンジョン内は魔法が使いにくいって……どういうこと?」
「ああ……ケルンにはその話してなかったっすね」
「いやいや、転校してきたとはいえ、流石にダンジョンくらいあっただろ?」
カルシェの感情は驚き、というよりはドン引きという感情に近い。
この街の近隣にはダンジョンが大量にある以上当然といえば当然ではあるのだが。
ルーナ島にはダンジョンは存在しなかった。
「ダンジョンは至る所にあるっすけど、基本的にダンジョン内って狭いんすよ。広いところもそりゃあるっすけど……なので、剣技が試される場所なんすね」
「戦えないことはないけどな。その分魔力を一点集中させたり、魔法でどうにもならない時に剣で打開を図る必要もあるんだ」
「もしかして、カルシェがダンジョンに行きたいって言ったのは」
「そう、アイツに出来たなら俺にできないわけがない! 剣も使える魔法使いになればいいんだよ!」
「……ごめん、カルシェをこんなんにしてマジでごめん……」
申し訳なさそうにハルナが謝る。
顔向けが出来ないとばかりに俺たちから目を逸らす。
「今どきダンジョンに訓練に行くのは王国兵士くらいっすからね……魔法使いもいかないことはないっすけど、少数派っすよ」
「ダンジョンに入って魔物を倒すのが仕事じゃないの?」
「ダンジョンから出てきた魔物を倒すのが仕事っす。魔法使いはなまじ大きな魔法を使える分、大きなエリアで強い魔法を撃つことが原則っす。そうすれば魔力枯渇にも陥ることはないっすからね」
先輩風を吹かしながら話すシャミーの言葉に俺以外の三人は食いつくように聞き入っていた。
彼らにとって、シャミーはそれほどまでに強く見えているということだろうか。
シャミーを中心に広がっていく和気藹々とした空気は、目的地に着くまで流れていた。
※
「ついたぞ!」
カルシェの言葉の前から、俺たちはそこがダンジョンだということに気付いていた。
それは、地上に隆起した一つの大穴。
俺たちを飲み込もうと、大きく口を開けるかのような入口の洞窟だった。
入ってみると、意外にも整備されているという印象を受けた。
Bランク帯という話だったが、その割には内部はしっかり電燈が吊るされていて人通りが多い印象を受ける。
実際に、何人かの冒険者と思われる人たちを俺たちは確認している。
街からそう遠くないということも相俟って、この辺りでは道場のような扱いになっているとかなんとか。
「だからって、モンスターが決して弱いわけじゃないんすけどね」
シャミーが安全圏から物言いをする。
隊列を組んだその最前線では。
「喰らえ化物ッ!!!」
「やらせないよ!」
カルシェとハルナが、タッグを組んで魔物と戦っていた。
洞窟に入ってからしばらくだだっ広い通路が続き、その奥に大広間があった。
シャミー曰く、この洞窟は「比較的大きい通路が多い」そう。
いくつかに分岐している通路があるが、どれだけ狭い道でも教室一つ分の横幅はあった。
縦幅に至ってはそれ以上で、広い道に至ってはちょっとしたビルが建つくらいのサイズがある。
「洞窟っていうより地下道路だよな」
「Bランク、っすからね」
その言葉の意味を、俺はしばらく理解していなかったが――戦闘が始まってからすぐに理解した。
目の前に現れたのは、『ラグーン・ラビット』。
見た目はそのままウサギだが、跳躍力は人をも凌ぐ。
とても高く飛ぶ、という性質が洞窟内でも活かされる構造になっていた。
ラグーン・ラビットの恐るべき特性はそれ自身が持つ毒性。
長い耳から分泌される毒は全てを溶かし尽くすといわれている。
「攻撃魔法・ファイアクラウド!」
「防御魔法・紙鎧」
攻撃と防御に分かれて行動する――魔法使いが二人以上いるパーティでの鉄則だ。
カルシェとハルナとて、ペア技を使うだけではない。
むしろ、ペア技は与えるダメージこそ大きいが、互いに対しての擦り合わせが発生するため魔力を余分に摩耗する。
「こんなところで負けるわけにはいかないんだよッ!」
カルシェが突撃し、火の粉を霧状に吹きかける。
自身の身体が副次的に焼かれることが無いように、ハルナはカルシェの身に防御魔法を展開した。
毒と火の粉が混じりあい――一瞬だけ、小規模な爆発が起こる。
フランべーをした程度の発火だ。
それでも、その威力は間近で見ると猛々しく、ラグーン・ラビットの毒を分泌すると呼ばれる耳の部位に引火していた。
「止めだ――攻撃魔法・スピニングソード!」
魔力で剣を作り出し――そのままラグーン・ラビットに向けて振り下ろす。
普通の剣よりも遥かに切れ味がいい魔法の剣は、代わりに魔力を大量に削る。
きゅう、という断末魔を残してラグーン・ラビットは絶命し、死骸と勝利が残された。
「どうだ、やったぞ!」
「勝ったよ、私たち!」
真っ二つに斬られたウサギの亡骸を見て喜ぶ二人の後ろで、シャミーはうんうんとその様子を見ながらにこやかな笑顔を浮かべていた。
腰に提げていた短剣を鮮やかに振り回して。
数体の襲い掛かるラグーン・ラビットを手際よく処理しながら。
もはや見るまでもないと言わんばかりに、シャミーは合計4本ある手足をフルに使って、今しがた8匹目の化物を倒してから口を開いた。
「うん、30点くらいっすね」
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