第18話「戦う理由」
「ケルン、ダンジョンいくっすか!?」
「うん、友達とね」
「友達が出来たっすか……いいっすねぇ……青春時代を思い出すっす」
帰り際、家の近くにあるギルドに顔を出した。
カルシェとハルナは同じ区域に住んでいるようで互いに家が近いらしい。
そして俺の住まいがあるギルド方向と正反対のエリアだそうだ。
リーナは「図書館によっていくのです」と言って初日から学園探索に精を出していた。
ついでに寄ったギルドでは、嘱託職員であるシャミーが窓口で暇そうにだらけていたところだったので、暇つぶしがてらに呼び止められたといった具合だ。
「この辺のダンジョンだと……D級ダンジョンがいくつかあるっすよ。ランク帯からするとケルンにはちょうどいいっす!」
「ダンジョンにも何級とかあるんだ……」
「そりゃあるっすよ! ランクを見誤ると死に直結するっすからね。もし良ければシャミーもついていくっすよ? 子供たちだけでダンジョンはちょっと心配っす……」
「皆Aクラスだよ」
「とはいえ、実戦経験はないっすよ」
シャミーの年齢は俺と2つも違わない気がしたが、学生における2歳差は非常に大きい。
彼女からしたら俺は随分と子供に見えているのだろうか。
「手出しはしないっすから、見守るだけっす。シャミーはギルド職員っすよ? C級のホルダーも持ってるっす!」
「それなら――まぁ、皆納得するかな」
「にしても、なんでいきなりダンジョンなんすか? もっといっぱい街には面白いものあるっすよ? 学生ならその辺の喫茶店で親交を深めるとかあるんじゃないすか?」
「ほら……Aクラスだから」
シャミーの中で点と点がつながったようで、彼女の表情が一気に曇った。
今日あったほとんどのことをシャミーは予測し、それは概ね正解だった。
「ユージェ、っすよね」
「凄い強さだったよ。一言でいうならヤバかった」
「ケルンはユージェと戦ったっすか?」
「いや? 戦う理由もないしね」
「それは……よかったっす」
安堵するシャミーを見て、一瞬俺の身を案じてくれているのかと思った。
だけど、それはどうやら違うようだ。
「ユージェがどうして戦ってるのか、ケルンは知らないっすよね?」
「いや……クラスメイトを見てれば大体分かるけど」
「それはクラスメイトがユージェに対して敵対心を抱く理由が分かってるだけっすよ」
言われてみれば、確かにその通りだ。
クラスメイトが戦う理由は分かる。
自分のいるAクラスを罵倒された気持ちになったから。
あるいは、獣人と同じように扱われたくない、だろうか。
獣人が人間より劣るモノ、という意識が無いからどうにも俺にはわからない。
「彼女は間違っているっす。挑発して最強にまで成りあがって――周りの大人が止められなくなっちゃったんす」
「シャミーは……ユージェのことを知ってるんだっけ」
「そうっすね。私じゃなくても同世代の人は殆ど知ってるっすよ。期待のルーキーにして異形の星っすから」
そう語るシャミーの瞳は、黒々とした闇に包まれていた。
踏み込んでいいものかどうか、一瞬躊躇して。
「何か知ってるのなら、俺も知りたい。言える範囲でいいから……」
「珍しいっすね、ケルンが自分から興味を抱くなんて」
確かに、そうかもしれない。
自分から興味を抱いたことは、この大陸に来てから初めてだ。
どうして触れようと思ったのか、俺はまだ説明することができない。
「いいっすよ。有名な話っす。それから、とっても簡単な話でもあるっす」
俺が初めて興味を持ったのがよほど珍しかったのか、シャミーは身を乗り出して食い入るように話しだす。
それは、随分昔から続くこの街に生きる――この大陸に生きる人間たちと獣人の差異に根源があるという。
獣人は尻尾や耳がある分、人より弱点が多かった。
とはいえ、それしきのことで何かが変わるわけではない。
だが、分かりやすい見た目の違いというのはカテゴリとして区別されるには十分な効力を持つ。
「獣人は魔法が強いわけでもなかったんす。その点においては人族が優れていたっす。だけど、獣人は人族より野生の勘が強いんすよ」
野生の勘。
シャミーはそう言った。
ただ、それは勘というよりかは、もっと具体性のある第六感のようなもので。
「魔力の流れや、殺意の波動に敏感という特徴があるんす。野生の魔物が殺気に対して敏感なように、人族よりも獣人の方が機敏に察知できるんす」
それは、人と獣の大きな違い。
そして、魔物と獣人の相違点と言ってもいい、とシャミーは言う。
思い返してみれば、俺が回復魔法を使った時、ユージェが保健室に駆けつけてきた。
眩く赤い目を光らせて。
まるで、魔物のように。
「明らかに人族と違って、そしてそれは人族からしてみればこう思うんすよ――『あいつらは魔物と同じだ』、ってことっす」
「でもそれはあんなに戦いを挑む理由にはならなくないか?」
「話はまだ終わってないっすよ。でも、これでクラスの皆が獣人と同じで嫌がってる理由くらいは分かったんじゃないっすか?」
「……それは、まぁ」
そういう理由があるかないかに関わらず、ユージェは皆と戦いたがっていたような気はしたが。
アウトローをあえて気取っていたというか、寄せ付けなかったというか。
「ユージェを見ていたら、まぁその表情も納得っす。簡単っすよ。嫌われたくないなら、自分から拒絶すればいいだけの話っす。嫌われる前に相手を近づけない。これだけで人は納得できるし諦められる。それだけの話っす」
彼女は獣人――だけど、人っす。
そう、シャミーは言った。
彼女の気持ちを代弁するかのように、同情するかのように。
「ユージェがなぜ戦っているのか――それは簡単っす。『最強』を目指してるんすよ」
「それっぽいことは言ってたような気はする」
「多分、そういう風に喧伝してるんすよ。だから、ユージェは間違ってるんす」
首を振って、シャミーはユージェを否定する。
拒否反応とは異なる、はっきりとした否定だった。
「『最強』になったら獣人が認められる、『最強』である限り獣人の地位が脅かされることはない。そう考えてるんすよ。事実、ユージェのお陰でここ数年獣人でも強くなれるっていう風に言われてきたっす。このギルドでも、ほら――獣人さんはたくさんいるっすよ」
もっとも、この時間にギルドにいるのは真昼間から酒をかっ喰らうような暇人しかいない。
それでも、人族と獣人の割合はざっと7:3くらいだろうか。
少数派であることには間違いないが、決して少なくはない。
「これはウチのギルド長の考え方もあるっすけどね。獣人は殺意や魔力の動向に敏感なんす。誰だって殺意を嗅ぎ取るのは怖いっすから、軍隊として見ると『逃げ腰の奴』とか『常に怯えてる奴』なんて思われがちかも知れないっすけど、冒険者からしてみれば『生存確率の高い奴』や『危機管理能力の高い奴』という評価に昇華するんす」
適材適所だということもあるのだろう。
ただ、この国は王国であり、直属の軍隊が最も力を持つのはパワーバランス的に何らおかしくはない。
それ以外が最も大きな力を持つような光景に似たものを、俺はルーナ島で見てきた。
クロー家は第一党だから本質的にはクーデターではないのだが。
「剣士として最強を極めたなら、次は魔法学院で最強になればいい――だから手始めにAクラスを狙ったんすよ、きっと。ユージェ自身は嫌われ者になるっすけど、同時にそのヘイトは彼女自身にしか向かないようになっているはずっす」
ユージェが今日行った挑発。
それはどれも、ユージェ自身に纏わることばかりだった。
自分が憎いなら倒してみろ、と。
その矛先が獣人に向かうようなことは何一つ言っていない。
ようやく初めて、そこで俺はこの話の――ユージェの。
その本質に気がついた。
それは、本人から聞いていないから違うかもしれない。
伝聞だけで本人のイメージを創りあげてしまっているのかもしれない。
だけど、今聞いたユージェと、俺が見てきたユージェの姿は。
自分のためではなく、誰かの為に戦う剣士だった。
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閑話を挟んだ後、次回はいよいよダンジョンに向かいます!