第15話「挑発と迎撃」
「俺たちは!」
「ふたりでひと~つ……」
「力を合わせて!」
「頑張るよ……」
「「攻撃魔法・ファイアーウッド、キャノン」ッッッ!!!!!!」
それは、巨大な爆竹のようだった。
とてつもない質量が目の前に現れ、クラスメイトが騒然とする中、二人だけはその様子を興味津々に眺めていた。
そのうちの一人が、俺の隣で飛び跳ねているリーナ。
そしてもう一人は――その爆竹の向こう側、彼ら二人と対面してゆるりと刀を抜いた少女、ユージェだった。
キャノン、と技の最後につくように、爆竹は凄まじい勢いでユージェの元へ移動する。
回避行動を取るも――あまりの大きさに躱しきれない。
そのままユージェはただただ剣先だけをじっと見つめ。
――シュッ、と。
音もなく魔法を切り裂いた。
「そなたら、二人掛りでこんなもんどすえ?」
「まだまだぁッ! 俺たちの力見せてやるぜ!」
「ねぇ……まだやるの……?」
「当然だろ? こんな奴に負けっぱなしとか、許せないだろッ!」
ユージェの前で戦っているのは、カルシェとハルナ。
どうしてこんなことになったのか、想像には難くない。
※
「ユージェ……信じらんないだろ! よりにもよってあんな奴が首席とか……魔法も使えないんだぞ!?」
教室に戻るなり、カルシェが堰を切ったかのように話し始めた。
そして、その内容に賛同するかのように皆も頷いている。
「でも、その分剣技が強かったってことだろ」
「何言ってるんだ……剣技なんて入学試験には無かったんだよ!」
ついつい同じ尺度でモノを考えてしまった。
そういえば、俺が受けたのは『編入試験』であって本来の入学試験ではない。
シャミーも水晶玉を使わない試験に驚いていたので、本来の試験と要旨が違うようだ。
「でも、少なくとも素質がある人っていうのは間違いないですね。これでも一応、僕筆記試験は満点だった自信あるんです。首席に抜擢されるかなって期待もしてたんですよ」
「たぶん、このクラスにいる皆が思ってるはずよ。ここは曲がりなりにもAクラスだしね……」
リーナの言葉に、ハルナが呼応する。
そこで、一つ疑問だったことをぶつけてみることにした。
「その、Aクラスだっていうけど、なんかあるの?」
「……そう、まぁ転入生だから仕方ないのかもしれないけどさ」
半ば呆れられたように、ハルナは俺に向き返って話してくれる。
どうやら、Aクラスというのは単なる分類ではないようで。
俺が考えていた『問題児大集結』というクラスでもないようだ。
「ある程度優秀な成績を収めた人だけが選ばれるクラス、なのよ。そう言われているわけじゃないけれど、何十年も前から代々そういうクラスなの」
「だからこそ獣人がここに来るっていうのも異例なんだけどな」
「獣人が?」
カルシェの言葉をついつい反芻してしまう。
確かにクラスを見渡してみると、特徴的な耳や尻尾、それからふさふさの体毛を備えている人はいない。
至って普通の人間ばかりだ。
「まぁ……あんまりこういうことを言うのは良くないかもしれないんだけどな。ぶっちゃけ、獣人って弱いから……」
「仕方ないのです。一般的な人族とスペックは同じで弱点が多いだけなのですから」
「でも尻尾とか耳がある程度だろ? んな弱いって言っても……」
「ケルン君、ここはあんまり深掘りはしない方がいいと思うよ」
抵抗しようとした俺を、ハルナが止める。
その表情は少しだけ哀しみが滲んでいた。
「俺達より何倍も殺気を感じることができるんだよ。獣特有の嗅覚でな。その辺は魔物と一緒、だからあんまりいい顔もされないし、戦闘では及び腰になる獣人が多いってだけだ。ケルンの周りには今まで獣人とかいなかったのか?」
「周りには……いなかったかな」
「マジでお前どこの貴族の息子なんだよ……」
周りに獣人がいない=貴族、と変換されて会話が進んでいってしまった。
俺が貴族であることは紛れもない事実だが、理解のされ方が全く違う。
確かにルーナ島には人族しかいなかった。
だが、獣人の存在自体は皆知っていたし、多少なりとも自分とは違う人間という意味で憧れすらあった。
だけど――この国ではそれは常識じゃないようだ。
貴族のような位の高い人の近くに獣人がいない。
その意味が分からない程鈍いわけでもない。
「貴族っていうか……特殊な生まれだからね」
そう言ってお茶を濁そうとしたら、さらに追い詰められることになり――。
俺は地下の閉鎖空間で育てられてきた身寄りのない身、という設定になぜかなっていた。
地下と空とが違うだけで、あながち間違いではなかった。
「初授業始めるぞ、席につけ――」
やはりというべきか、現れたのはザーシュ先生だった。
その後ろに、ニィッとした笑みを浮かべてユージェがやってきた。
髪の毛の中に耳が生えており、にゅるんと尻尾がスカートの中から伸びている。
彼女は間違いなく獣人だった。
「やっほ~、みんな、友達になってぇや!」
その言葉が皆の闘志に火をつけて――そして今に至る。
※
「授業どころじゃねぇな……」
ザーシュ先生の言葉は広々とした草原の風に吹かれて飛んでいく。
殺意剥き出しのユージェと、相対するはカルシェとハルナ。
「俺たちが相手だ!」と真っ先に宣誓したカルシェにつられて、ハルナもそこそこ乗り気のようだった。
一方で呪文詠唱の前に謎の接頭語が挟まっているのは、彼らのオリジナルだろう。
自分たちの士気を高めることは魔力の質に直結する、らしい。
隣のザーシュ先生が観戦している俺に教えてくれた。
見る限りハルナはそれのせいで戦闘どころではなくなっているような気がしないでもない。
顔を赤らめてクラスメイトの視線を意識してしまっている。
「二人纏めてかかってきぃや、腕試しや」というユージェの挑発にまんまと乗せられ、そして二人で魔法を撃った。
魔法使いは基本的にチームプレイでありながらも個人攻撃を主とする。
チームの中で最後尾に位置して前衛を守る役目を魔法使い全員が共有しているが、一方で敵を攻撃しようという段階においては各自で敵を倒してゆく。
協力するにしても、互いの行動不能時間を補って交互に攻撃していくくらいだ。
だからこそ、俺たちにとって彼ら――カルシェとハルナが二人で撃つ攻撃は見たことが無いものだった。
「あれは――簡単に言うとペア技だな」
「ペア技、です?」
「ああ。お互いの中にある魔力を融合させるのは難しいし、現実的ではない。だから魔法使いはそれぞれが一人ずつ魔法を撃つが――難しいし現実的ではないだけで、不可能ではない」
魔法が一度斬られたくらいで、カルシェもハルナも挫けてはいない様だった。
むしろ、それくらいしてくれなきゃ困ると言わんばかりの迫力だ。
俺は殺気を上手く感じ取れないが――彼らから伝わる熱はこちらまで流れ込んでくる。
「次は」
「分かってる」
二人は互いに目を見ることもない。
完全に息の合った呼吸で、言葉を奔らせる。
「迸れ蒸気よッ!」
「永劫の彼方へ」
「「攻撃魔法・スチームブラスター」ァッッッッ!!!!!」
「一人じゃ実現できないような巨大な魔法を撃ちこむことができる。互いが互いの領分を弁えた上で撃つ必要があるからとてもじゃないと実戦には投入できないと言われていた」
「言われていた、んです?」
「ああ、変えたのさ。アイツらが」
巨大な炎の次は莫大な量の蒸気だった。
白く曇った水分が一か所へと固まっていく。
リーナの眼鏡もついでに曇ってしまっていた。
「斬れないものはどうしようも無いだろうよッ!!!」
勝ち誇ったように、カルシェが雄叫びを上げる。
試合に対してずっと目を離さなかったクラスメイトも、今ばかりは疎らな拍手を送った。
「斬れないものはどうしようもない、なんて考えで剣士が務まると思うてか? どうしようもないものを斬るからウチは剣士なんや」
もうもうと立ち上る煙の中から、声がする。
熱さにもだえ苦しむ声が上がると思っていたクラスメイトから、音が消えた。
「ウチは魔法学院の首席やで? なのに魔法を使わない剣士が首席っちゅー意味をおのれら考えてないな?」
その声音の鋭さに、場外にいた俺たちですら口を閉じる。
唖然と、呆然と見ていたはずだ。
だけど、その突き刺さるような迫力に、閉口せずにはいられなかった。
「それは、ウチが魔法を使ってないだけや。魔法を使うことだけが全てやない。それをまた封じることも技の一つなんやで」
その言葉は、きっと届いていない。
カルシェとハルナの間に、剣閃が一太刀嘶いた。
「勝負あり――そこまでだ」
先生の言葉一つ、言われる前にクラスメイトは全員分かっていた。
その勝敗が、どうなっていたか。
ユージェの圧倒的な殺気によって、分からされてしまった。
これが『最強』を名乗る剣士の、十分な実力にも満たない力である、と。
ポイント、ブックマークなどの評価ありがとうございます!
こうしてなんとか毎日更新に間に合わせられているのも皆様の応援のお陰です……!!!
この話の補足(作中で開示していない設定)を少し。
魔法学院なのにもかかわらず、先生が「魔法なんててんで分からないんだが……」みたいなことを言っていると思いますが、それはこの学校が魔法を主としたモンスターとの戦い方を教えてくれる学校だからです。なので、優秀な卒業生はそのまま国へ仕官することもあれば、ギルドに登録し冒険者になることもあります。
――という設定でした。




