第14話「ユージェ首席」
千年間の間世界から隔離されていた、伝説の浮島ルーナ島が墜落した。
そのニュースは新聞の一面を飾っていたらしいが――俺にその情報は届いていない。
それに――島が墜ちたのは3日前だ。
可能性は2つ。
一つ目はもっともらしい理由だ。
墜ちた場所から離れすぎて情報が滞っている。
ここに来るまで随分と長い海を渡った。
自分がどのくらいの速度で飛んできたのかは分からないが――それなりの距離はあったとは思う。
だけど、考慮すべきはもう一つの可能性。
意図的に情報が遅らされている可能性だ。
なんにせよ、戻ったら誰かに聞いてみるしかない。
今ここで考えても詮無き事には違いないのだから。
「ルーナ島が墜ちた!? なんでだよ! いつかあの島に行くつもりだったのに」
「きっと島にも寿命があるのです。どうして浮かんでいるのかも分からないんですから、突然墜ちたって不思議じゃないですよ」
初めて知ったらしいカルシェが大袈裟に驚く。
あながち大袈裟、という訳でもないのだろう。
「というか、それ本当なの? 島が墜ちたって」
「色んな所が報道してるんで、まぁ本当だとは思うんです。信じられない気持ちは分かるんですよ。色々陰謀説もあるみたいです。変わったことと言えばこれくらいだったので、僕としてはユージェさんに俄然興味が湧いてきたのです!」
納得がいったとばかりにリーナは教室のドアに視線を向ける。
その瞬間、がらりとドアが開いた。
「お、皆揃ってるな――入学式だから体育館に集合だ」
そこにいたのは、ザーシュ先生だった。
剣を提げたままの姿は、昨日と同じスタイルだった。
これが正装なのかもしれない。
「せんせー、一人足りてなくないですか?」
ほぼ初対面なはずなのに、カルシェは旧知の友のような間柄で先生に尋ねる。
無礼とは気にしていないかのようで、ザーシュ先生は少し笑って答える。
「もう来てるよ、先に体育館にいるぞ」
※
ずらりと並んだパイプ椅子が体育館を占拠していた。
魔法を使う場所として特化しているためか、体育館はその名前に似遣わずギルド二つが丸々入りそうな大きさのドームだった。
柱を間に作らないためか、天井がやたらと高く作られている。
体育館に到着した時、既にほとんどの生徒が椅子に座っていた。
Aクラスの場所だけは用意された椅子が少なく、どこに座ればいいのかすぐに分かった。
俺たちがそこに座ろうとすると、他の生徒がその瞳に俺たちの顔を焼き付けるような勢いで睨んでくることが少しだけ不気味だった。
そして――ユージェのことを聞いた時、少しだけ先生が笑っていた意味が分かった。
彼女は、俺達から少し離れた場所に座っていた。
式が始まり、校長先生らしき人の式辞、来賓の言葉が読まれ。
『私は、この街でギルドを運営しているのだが――』
途中、ギルド長からのメッセージが流されるという思いもよらないこともあったが、ほとんどの生徒の関心はそこに無いようで、虚ろな視線で宙を見上げていた。
「新入生首席、ユージェ=リック」
来賓の紹介が終わった後、司会の先生がそう呼び掛けた。
綺麗な返事が、響き渡った。
その瞬間、ほとんどの生徒の意識が壇上に持っていかれる。
後ろを振り向いたわけではない。
俺も意識を持っていかれた人間のうちの一人だ。
だけど、皆が彼女を見ているということは理解できた。
彼女に注がれる熱が――殺気が。
この体育館中に充満していた。
「初めまして。ウチが新入生代表のユージェ=リックや。ここではあえて敬語を使わずに言うときます。こないな式典で無礼な真似をと思うかもしれんが、そこは一人の学生のちょっとしたイタズラみたいなもんやと思って目を瞑ってくれや」
独特の言葉を使いこなして、ユージェは挨拶を続ける。
最初から何を話すかは決めていたのだろう。
こんなふざけた――式典にあるまじき言葉が許されているのは、ここが魔法学校だからか、話しているのがユージェだからなのかは分からない。
ユージェを始めて見かけた時の第一印象は『変な人』だった。
それが今でも変わることはない。
だけど、色々な人から聞いた印象を統合して改めて彼女を見ると――確かに『実力者』だった。
「ウチは一切魔法が使えないんや。だけど、魔法学校に入学することにした。それは、剣士が魔法を使えれば最強になれるから、や。知ってる人もいるかもしれへんが、ウチは一応『最強の剣士』の二つ名を持ってはる。だけど、それは剣士として強いだけであって、決してこの世界で一番強いわけじゃないんや。だから、ウチは一番になる。それを言うためにここにおるんや――だから、我こそは最強と思う人がいたら、ぜひウチと『友達』になってほしいんや」
内容はとてもじゃないが新入生代表の祝辞ではない。
そもそも、祝辞なんて一度として言われていなかった。
「ウチは一応、首席っちゅーことになっとるんや。つまり、この学年で一応一番強いっちゅーことや。獣人だと思て舐めてかかると大変なことになる、とだけは釘を刺しとくで。ウチは獣人やが、最強や。その二つは切っても切り離せないんどす。以上や」
しっかり壇上で来賓などに頭を下げてから階段を下る。
発言内容に対して、礼儀作法を見る限り受ける印象は随分と違う。
彼女が剣士として生きてきたことに由縁するのだろうか。
ともかく、とんだ宣戦布告でユージェの言葉は終わった。
そして何より驚くべきことと言えば――彼女が『首席』だということだろう。
魔法を使えないと公言した彼女が、魔法学校に首席入学するということに違和感を持たない人間はいないだろう。
そして、その意識がなおのこと希薄なのは、どうやら俺だけのようだ。
ざわざわと周囲では彼女に対する評価が囁かれる中で、A組の座っているエリアだけはやたらと静かだった。
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