第12話「宛がわれた者」
「なぁ……これが普通の魔法なのか?」
「多分、違うんでしょうね」
ケルンが去った後の学校で、二人の教師がモンスターの残骸の間を歩きながら語る。
街からはみ出た平原は、いつもとふた味程違った景色が広がっていた。
「私の水晶も割れてしまったわ」
「剣技は普通だったんだけどな……」
「魔導士は剣技を兼ねないのよ? それをわかった上でザーシュは参加したんでしょう? 想像以上じゃないと文句を垂れるのは違うわ」
「ギルド長のお墨付きっていうから期待したんだがな……」
少しだけ不満げに、ザーシュは首を傾げる。
剣を握るその手は少しだけ物足りなそうに開閉を繰り返す。
「ザーシュは人間の可能性に期待しすぎなのよ。あれだけの魔法を使えるんだから十分でしょう?」
「俺は魔法に関してはてんで分からないんだが、少なくともあんな魔力を見たことは無かったな……とはいえ、お前が平然としていられるってことは大したことないんだろ?」
お前、と呼ばれた女性教諭は足で抉り取られた地面を均しながら、周囲を見渡す。
水平線すらも見える草原にもかかわらず、周囲に魔物は一匹たりともいなかった。
風に身体を預けて、女性教諭は空を見上げた。
「私たちは魔法っていう技術を用いて戦っているけど、でも魔法なんて誰も分かってないのよ。だから本来は魔法そのものがイレギュラーなの」
「そういうもんなのか?」
「どこからともなく炎を出したり、水を出したりなんてわけわからないでしょ?」
「……それはそうだが」
そういうもんじゃないのか、とザーシュは女性教諭に尋ねた。
女性教諭は首を振ってから答える。
「だから、彼がわけのわからない威力の魔法を撃ったとしても、『そういうもの』なのよ。そういう風に考えてないと――この学院で魔法の教師なんてやってらんないわ」
※
結果は合格だったらしい。
ギルドに帰るなり、あっさりとギルド長から祝われた。
「おめでとう、今しがた学院から連絡が来たよ」
「アタシたちが戻るより早いって、なんなんすか……」
「そういう魔術に特化した奴らもこの街にはいるのさ」
不敵に笑うギルド長が、便箋を渡す。
とてもではないが1時間ちょっとで作れるような書類ではなかった。
「おめでとう、君は明日から無事レミス国立魔法学院の生徒だ」
「ありがとうございます……って、明日?」
「そうとも。だからこそこんなにハードスケジュールで予定が組まれているんだ。今から制服を仕立てて超特急で完成させて、それから教材も買いに行かないとな」
忙しくなるぞ、と脅しにかかるギルド長の隣で、シャミーは苦笑いを浮かべる。
「それで、水晶玉は何色だったんだい?」
「水晶玉……って何のこと?」
俺の答えが意外だったのか、ギルド長とシャミーは互いに顔を見合わせた。
「水晶玉っていったら、あれっすよ。その人が持つ魔力を調べる奴っす。手を当てると魔力がぐんぐん吸われて行って、魔力切れで倒れる生徒で保健室が一杯になる年一の風物詩っすよ!」
「そんな凄惨な風物詩があるんだ……」
水晶玉で魔力を測る、というのがどうやらここでは普通らしいが――俺が転入生だからか、その手の試験は行われなかった。
携えた長剣で戦ったということを素直に報告すると、ギルド長はなぜか頭を抱えていた。
「いや……あそこは魔術学院だぞ……そんなことあるか……?」
「そうっすよね……合格が出ている以上問題は無かったと思うんすけど」
椅子に座り込んで頭を抱えたギルド長に対して、シャミーは「身なりが剣士だからじゃないっすか?」と軽口を叩く。
確かにシャミーの言う通りで、腰に提げた長身の剣が目立つ格好は、確かに魔法使いのそれではないだろう。
「あ、ああっ!」
「どうしたっすか? ギルド長エルフなんすから更年期にはまだまだっすけど!」
「今年の魔法学院には居たんだよ――ヤバい奴が!」
「ヤバい奴?」
なんすかそれ、とシャミーが鼻で笑うが、それに対してギルド長のニュアンスは真に迫っていた。
「魔法学院なのに剣技だけで入学したバケモンが居るんだよ……『もう剣技で学べることはない』って言って魔法学院に進学したやべー奴が」
「そりゃまぁ……なんかすごい人だな」
その話を聞きながら、俺の脳裏にふわっと思い出される人影があった。
そして同時に、シャミーの表情から笑みが消えてゆく。
「……それ、ホントの話っすか?」
「シャミーには言ってなかったけどな……済まない」
二人の間に何があったか、俺には分からない。
だけど、少なくともその人が何らかの有名人だということだけは分かった。
「私が……その話を知っている私が『推薦』したからな……そりゃ向こうさんも期待するってもんか……奇跡は二度も起きないのにな」
意味深げにギルド長が呟く言葉の真意は、シャミーにも掴み切れていないのだろう。
次の言葉が紡がれるまで、しばらくの沈黙が部屋を包んだ。
「結局魔法も剣術も努力で獲得するしかないんだ――そこに情熱があればあの学校は断らない、それが教育機関としてのあの学校の一面でもある。だが、今回ばかりはそのスタンスが裏目に出たみたいだな……」
「だからってケルンに剣を使わせる理由にはならないんじゃないっすか?」
「この状況だからだよ。シャミー、君が学校を運営しているとしよう。そこに彼女が入ってきて――そして彼女は同じことを繰り返すだろう。そしてそうなることが確定してしまった今、懇意にしていたギルドからの推薦が来たら――助け船が来た、と思うのは普通の話じゃないかな?」
少しだけ考えて、シャミーは頷いた。
「その……彼女ってなんです?」
「ああ、置き去りにして済まないね――彼女っていうのは、ユージェ=リック」
それは、想像通りの名前だった。
あの武器屋の前で出会った、不思議な女性。
「彼女は『最強の剣士』を名乗るが、それは違う」
溜息交じりな言葉で、ギルド長は語る。
「ユージェは『魔術師殺しの剣士』だ」