第10話「入学試験」
「入学試験があるなんて聞いてないけど!?」
「いや、ケルン君ならよゆーっすよ!」
差し向けられるがままに俺は学園に通うことになった、と思っていたのだが。
「魔法学院は高等教育機関だ。私の推薦状だけで通すほどやわな機関でもないし、きちんとケルン君の実力を見定めてくれるはずだよ。なに、落ちたら本格的にここで働くだけさ――選択肢が一つ増えただけだと思えばいい」
「そんな!?」
――という訳で、俺はどうやら入学試験を受けなければいけないらしい。
ギルド長とシャミーのお墨付きはもらっているのだが、それでも不安は尽きない。
短剣のことは、結局言い出せないままここまで来てしまった。
胸元に短剣、腰元に長剣、そして謎の杖を携えて俺は今、魔法学院の前に佇んでいる。
ギルドから随分離れた場所に、魔法学院はあった。
レスミ王国の城下町というだけあって、街がどこまで広がっているのか俺には見当もつかない。
上空から見た時は、随分遠くまで街が広がっていた気はするが、いざ現地にきてみると想像もつかない大きさだと改めて実感する。
ただ、そんなレミス王国の魔法学院は隅にあり――随分と日当たりが良い場所にあった。
魔法学院がある場所だけ、街を囲う巨大な外壁が取り払われて朝の傾いた陽の光が直に差し込む。
「推薦状ですね、お待ちしておりました」
守衛さんに持っていた推薦状を渡すと、校内に通される。
横幅がやたらと広い入口がその規模の大きさを示していた。
これほどの規模だったのかと、かつてでは考えられなかった大きさに驚き。
脳内にちらりと昨日会った少女の顔がちらつく。
最強の剣士だと、彼女――ユージェは名乗った。
剣は人を斬るためのものではないというのは、父親の教えだ。
だけど同時に、いつも士官学校で斬り合っていたのはフィンだった。
剣は携えるだけで魔物を斬ったことはない。
お飾りの剣だったし、それが血に塗れたことはない。
あの時を除いて。
「――では、剣を抜いてください」
案内されるがままに、グラウンドへと呼び出される。
転入生扱いなので少し厳しめに審査をすると釘を刺された後、俺はそのままの格好で一身に風を受けた。
グラウンドとは名ばかりの――どこまでも続くかのような平野がそこにはあった。
「ここは……街の外?」
「そうだな、もし君がこの学園に入学出来たらここで魔物と戯れてもらおう。最終目標は治安を脅かす魔物の根絶だ!」
ずいぶんと壮大な目標を語るのは、この学校の先生だと思しき筋肉質な男性だ。
俺よりも一回り大きい体格をしており、俺よりも一回り大きい剣を携えていた。
「剣を使うには街中じゃ危ないからな――」
よっと、という声に合わせて先生は剣を振るう。
それだけなのに。
まるで空間に断層が出来たかのような、ゆがみが見えた。
「転入生、戦えるのを楽しみにしてたぜ……あの厄介者(ギルド長)のお墨付きとありゃ、こっちも手加減出来ねぇよなぁ――ッ!」
「ちょっ、そんな――いきなり!?」
「俺に勝てれば剣技は認めてやるよ!」
剣を振るうと気でも大きくなるのだろうか。
実際そうなのだろう――自分が何でもできるという万能感は気を大きくさせる。
俺はそれを魔法で実感した。
目の前にいる先生はそれを剣で実感したというだけの話だ。
慌てて剣を鞘から抜き、攻撃を防ぐ。
いかにも魔法を使えそうな白衣を着た女性がこちらを微笑ましそうに見ているのは――そういうことなのだろうか。
怪我をするものだと思われているのだろうか。
キィン、という甲高い音が凹凸のない草原の遥か向こうまで轟いた。
「勝ったら認めてくださいね――」
「おうよ、一応手加減はしてやるから安心してくれ」
鍔迫り合いの状態のまま、俺は相手を引き離すように強く押し出す。
その攻撃は、火山イノシシよりかは遥かに弱いッ!
「ふんっ!」
先生が俺に引き離される前に踏ん張りの声を上げ――俺は身体全体のバランスが崩れるのを感じた。
足を掛けられた――それに気づくころにはとっくに草むらに倒れていて。
「手加減してやるよ――死なない程度にな!」
まるで悪役が吐くような台詞で、俺の身体に斬りかかる。
卑怯だ――なんて思う訳もない。
いつだって戦いは真剣勝負。
それは俺達が剥き出しの刃を使った剣のまま戦いを始めた時点で分かっていたことだ。
ならば、俺も。
「こっちこそ――」
思い出すだけで憎たらしい。
幾度も戦ったファンとの練習試合。
練習試合という名のもとに、ファンは俺の命を狙っていたのかもしれないが。
だけど、そんなファンを何度も御すことができた技。
「防御魔法――鋼鐵ッ!」
防御魔法・鋼鐵。
攻撃が躱しきれないのなら、自分を守ればいい。
所詮子供の悪あがきだ。
「君らしい技だ」と昔はファンに褒められていたが――今考えると受け取り方が間違っていたのかもしれない。
この魔法は持続時間がわずか一瞬しか持たない。
えげつないほどの魔力消費と引き換えに自分の身体を守る、ジャストガードのような魔法だ。
俺の身体に剣が当たる。
先生の優しさもそこにはあったのかもしれない。
『斬る』当て方ではなかった。
その状態から体勢を起こした俺は、先生に果敢に斬りかかる。
だが、所詮俺の攻撃は素人だった。
反射神経で劣り、培ってきた力だけで押し通す。
「まるで魔物みてぇな戦い方だな――美しさがないぜ?」
そういう先生が俺の猛攻を躱して攻撃に打って出るが――どれも決め手はない。
相手に決められないように攻撃するには、猛打するしかなかった。
剣技における千日手のようなものだ。
どちらかがミスをするまで繰り返す、地獄の打ち合いだった。
「はい、そこまで――」
数分は攻防を繰り返していただろうか。
「なんだよ、ちょうどいいところだったのに……」
「楽しんでるからよ。もう結果は決まったんでしょ?」
白衣を着た女性教諭が急かすように男性教師に詰め寄る。
「技術は半分、力は十分、型は0点だ。まぁまぁってところかな、坊主」
「あ、ありがとうございます」
及第点、と言ったような言い方だった。
だが、その後も先生は言葉を続けた。
「――だが、型にはまらなさは満点だ。剣技に関しては問題ないだろう」
うむ、と頷いて話の先導は女性教諭に委ねられた。
見た目は若いが、白衣に長い杖を携えたその姿はこの場所では限りなく異質だった。
杖の先端につけられた透明感あふれる水晶が魔法使いであることを誇示しているかのように輝いている。
「じゃあ次は、今の“殺気”に当てられたあの魔物たちを倒しましょうか」
「――え?」
あの魔物。
そう言って魔法使いの先生は雄大な草原を指差した。
ずっと目の前の剣捌きに集中していて気が付かなかったが。
草原から、或いは森から。
魔物たちがわらわらとこちらに向かって走って来ていた。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも面白いと思った方は評価なりしていただけると嬉しいです!
メインパートまでもう少し時間が掛かりそうですが気長にお付き合いください!