第9話「剣を買う」
「金貨二枚――それだけあれば大抵の剣は買えるんやで? それこそ稀代の名匠や豪華絢爛なブランドものは無理やけど――実戦で使う分にはこないなもんでええんやない?」
ユージェがそう言って、店内の武器を眺めて取ったのは――木箱に雑に収納されてあったうちの一本の長剣だった。
値札にはセインという金貨の値が使われていなかった。
それ以下で買える格安の剣、ということだろうか。
「ほら、見てみぃ、これ」
慣れた所作でユージェは剣を鞘から抜き取る。
「お客さん、取り扱いは慎重に!」という店長の声に一切耳を傾けず、ユージェは刃にそっと手を添えた。
銀色に眩く光る刃をツツツとなぞる。
だが、彼女の指は傷つかない。
「いい剣やで――これは」
「切れて……ないけど」
この感想が正しいのかどうかすら分からない。
刃に手を当てたら切れるのが普通、のはずだ。
包丁だってカッターだって原理は同じ。
鋭利な刃物に当てれば皮膚くらい簡単に切り裂いてしまう。
それが剣が武器として使われている由縁だ。
「ああ、私が切れないっちゅーことは良い剣なんやで」
「マジで何言ってるの……?」
「ほら、試してみぃ」
言われて俺は、店長から試し切り用の紙を貰う。
都市部にある武器屋だからか、試し切り用の木材はない。
非常によく切れる刃であるのは間違いない。
そりゃ武器屋に置いてある剣だから当然と言えば当然なのだが。
「やろ~?」
目の前でニコニコしながら俺の試し切り(?)を見ていた眺めていたユージェは、満足げに頷く。
「業もんじゃないやろけど、良い研ぎ具合やで」
「……詳しいんだな」
「そりゃ詳しく無かったら初対面の人に押し売りみたいな真似せんやろ」
詳しくても普通はしないが。
とはいえ、正直ユージェのリードはありがたかった。
もともと剣を買うつもりはなかったが、この長剣の重みがやはり一番だ。
かつてルーナ島で剣を習っていた頃も、ずっとこのタイプの剣だった。
「すいません、これください」
「あいよ」
麻袋の中から、恐らく価値が低いであろう銀貨を一枚出した。
金貨二枚あれば何でも買えると言っていたが、あの場所から取り出した以上掘り出し品のような扱いのはずだ。
素直に聞けばいいものを、どうしてこんなところで戦々恐々としなければいけないのか。
「あい、これはおつりな」
そう言って手渡されたのは、5枚の銅貨だった。
値札に書かれていたのは、5E。
銅貨=Eという単位で10E=1銀貨ということで間違いなさそうだ。
「いや~いい買い物やったな」
「まぁ、そうかも」
「短剣の下取りは良かったん? そんだけくたびれてても一応買い取ってはくれるはずやけど」
そういうシステムもどうやらあったらしい。
初心者には厳しいシステムだ。
「これは貸与品だから、そういう訳にもいかないんだよ」
「貸与品がそんなぼこぼこに……って、どこの貸与品なんやそれ……」
普通に引かれてしまった。
俺もこれがそのまま貸し出されたらそりゃ引くだろうけど。
「これは俺がこんなんにしちゃったんだよね……」
武器屋の中だからいいだろうと、懐から短剣を取り出す。
柄の部分には、『Guild』としっかり刻印されていた。
「ほぉ~~? なるほど、ギルドの冒険者さんやったんか」
「今は一応そういうことになってるかな」
「結構若かったから、もしかしたらウチと同じかと思ってたわ」
「同じ?」
細い瞳が俺を見透かすようにこちらを向く。
目立つ尻尾は蛇のようににゅるんとうねりをあげた。
「ウチはレスミ魔術学院の生徒やから」
レスミ魔術学院。
正式には、レスミ王国付属魔術学院。
ギルド長から提示された、俺が通うことになる予定の学校だ。
「ウチより強い剣士はおらへんで。剣の腕なら誰にも負けへん、もしあんさんがウチと戦いたいっちゅーんなら容赦はせんで?」
「戦いたくて戦う訳じゃないからな……」
「はぁ~。ギルドの連中はいっつもそうや……金のために戦うんやーつって相手にすらなってくれへん……」
がっくりと落胆するユージェを傍から見ると俺がまるで何かしたかのように見える。
ここまで無理やり武器屋に連れてこられて流れで剣を買っただけなのだが。
「ま、戦いたくなったらいつでも声かけてほしいどす」
「なんでそんなに戦いに飢えてるんだよ……ギルドに来ればクエストなんていつでも張ってあるぞ?」
初対面の人間に聞くことではないのは分かっていた。
これ以上絡んでも何も無いだろうということは分かっていたはずなのに。
「クエストでモンスターを叩き斬ってもそれは強いだけ――最強じゃあらへんのよ」
「どういうことだ?」
「最強を証明するには、やっぱりたくさんの群衆に見られながら打ち合う試合っていうのが大事なんや」
群衆という言葉に若干記憶がフラッシュバックしかけたが、俺は目の前の状況に意識を集中させる。
いちいちトラウマを掘り返していたらキリがない。
「誰かに認められるためには、目の前で何かをするしかない。ウチはそう思うんや」
なぜだか、真に差し迫ったような表情で、ユージェは呟いた。