第8話「街」
「で、ケルン君を学校に行かせたのはなんでなんすか?」
「もちろん、若者の選択肢を我々老害が潰さないためさ」
「御託はいーんすよ。もうケルンも帰ったっす」
ギルドの2階、ギルド長の執務室に呼び出されたシャミーは怒られるのかとびくびくしながらも、いつも怒られる談話室が集合場所でないことに安堵していた。
「ケルン……彼が火山イノシシを倒したんだろう?」
「そうっすよ、多分そこそこ強いっす!」
「だから、私も安心して送り出せるんだ」
「どういうことっすか?」
「簡単だよ――このギルドのイメージアップさ」
首を傾げるシャミーに、ギルド長は頬を緩める。
「彼が卒業してこのギルドに入ってくれれば、他の才能ある生徒もこちらに呼び込めるだろう?」
「そういうもんっすか?」
「そういうもんだろうよ。世間は才能ある人物に追従していくものだ。彼にカリスマ性があるかどうかばかりは私にも分からないが――才能があるから疎外される、ということにはならないんじゃないかな?」
尻尾の先がぐっと下がった猫のような反応で、シャミーはギルド長を見る。
「なんか、今日のギルド長いじわるっす」
「いいじゃないか、むしろ私は君が彼を学園に誘ったことが意外だったよ」
「そりゃ、そうでもしないとギルド長はケルンのことを認めないじゃないっすか」
昼間のことを根に持っているのか、シャミーは圧を掛けつつギルド長に詰め寄る。
それを全く気にせず、飲みかけのコップにギルド長は口をつけた。
「そうすればいつかは君が彼を学園に誘うかなと思っただけさ。あそこにはきちんと実力を精査してくれる先生がいるからね」
「んぬぬぬ~~っ!」
「はっはっは、ちょっとした戯れだよ。それだけじゃない、私は彼の強さを君から伝聞でしか聞いていないからね――それに、彼はまだ2日目の新人だ。そんなことをしたら周りからの反発が強まるだろう?」
※
「景気づけに自分のご褒美でも買ってくると良いっすよ」
シャミーはそう言って、俺を街に放り投げた。
一応地図だけ貰ったものの、あまりにも広い街並みに圧倒されてその地図は意味を成していなかった。
生活様式がルーナ島と丸ごと違うことにまずは驚いた。
ルーナ島では魔法を使うのはごく一部の――それこそ、士官学校を卒業したような将来を嘱託されたような人ばかりだったが、ここでは魔法が生活の一部に組み込まれている。
街中には街灯があるのが普通で、二輪を魔法の力で動かす技術が確立されている。
牧畜が基本だったルーナ島とは随分な差を感じた。
その中でも一際気になったのが――
「これだけはどこに行っても変わらないんだな」
ショーケースの向こう側に並んでいたのは、白銀色に輝く剣だった。
メッキ塗装がされているのか、陽の光に当てられて激しく反射している。
俺の口を衝いて出た一言に誘われてか、それとも偶然か。
ちょうど店に入ろうとドアに手をかけていた女性が、隣にやってきて言葉を紡ぐ。
「せやな――この形が至高とされているからやで」
ベッタベタな訛りの声を聞いて、振り返る。
そこにはとても剣を使うようには見えない、細身で巨乳な女性がいた。
身長は同じくらいだが、佇まいは周囲と比べて随分と異質だった。
それになりより――頭の上に生えている大きな耳が人間ではないことを示している。
横を見ると、長い尻尾もついていた。
「見るだけや面白くないどす、剣は触ってなんぼやで――旅人さん」
「こっちや」と彼女に言われて連れられるがままにドアを開け店内へと進む。
ヤバい人に絡まれたかもしれない。
「別に俺、剣を買いに来たわけじゃ……」
「隠したってあかんで……ウインドウショッピングも楽しいけどな?」
「何も隠してないって」
「そなたの懐にいる短剣、随分曲がっとるみたいやけどな」
――懐にいる短剣。
ギルドで借りた短剣だ。
返しそびれて俺の胸元で眠っている。
だけど、見せているわけではない。
鞘の中に収めているし、帯刀しているわけでもない。
「なんでそれを……?」
「それはウチが剣士やからどすえ」
はぐらかし力の高い答えに圧されて、俺は何も訊き返せなかった。
「剣をそないな方法で使う人は剣士じゃあらへん……だけどあんさんの剣を見る目は純粋やったからな、ちょっと引き込んでしもうたわ。唐突なことでかんにんな」
「忙しく無かったら良いですけど……いったいなんで?」
「剣、えらんどるんやろ? だったら目利きしてやろかな~おもて」
「??????」
疑問符が言葉になって出てしまった。
シャミーと言い、この街の人は勢いがある善意の人が多いのかもしれない。
「あれ、もしかして剣選んでない?」
「相場は見てましたけど……」
この短剣を弁償するのはいくらくらいになるのか、不安になってはいた。
弁償しろとは言われなかったが、このままじゃとてもじゃないけど使えない。
「やっぱりウチの目利きは正しかったみたいやな!」
「すいません、俺はこの辺で」
「どうしてや!? せっかくウチが剣えらんどるゆーてんのに!?」
「その目利き、多分間違ってるんで……」
ええやんか~、と店から出ようとした俺を引き留めに掛かる女性に、俺はうんざりとした顔を向ける。
店主も何事かとこちらを見ている。
女性を指差して店主に確認を取ってみたが、「わからない」のジェスチャーをされるだけだった。
どうやらグルではないらしい。
「わかりましたよ……ちょうど欲しいと思ってましたし」
「せやろ! せやろ!?」
そういうことにしておいた。
この街に来て以来流されっぱなしだ。
ギルド長の「意志が弱い」という言葉をひしひしと感じる。
「ウチは剣士のユージェや、よろしゅうな」
「はぁ……よろしく。俺はケルン」
気さくな挨拶をされたので、俺も名乗り返す。
「結構持ってるみたいやん? 旅人はんは儲かっとりますなぁ」
「なんで初っ端から足元見られてるの俺?」
財布(麻袋)を出した記憶もない。
だが、この剣士の少女――ユージェは僕の胸のあたりを凝視している。
コインの擦れる音だけでいくら持っているか把握したとか?
そんなことはないはずだ。
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