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彼女は哀しきバーテンダー

こんなにも、手際が悪いバーテンダーがいるんだぁ・・・。


彼女を初めて見たカウンター席の客は必ずそう思う。ドリンクを注文してから、出てくるまでの時間がとんでもなく長い。最速で出せるであろうコーラでさえ、10分かかる。カクテルなんて頼んだら、軽く30分はかかってしまう。これを聞くと、何かの罰ゲームで手を使わずに作っているのか? と疑う人もいるが、そんなことはない。そもそもなんだその罰ゲームは。彼女は一つ一つの注文に対して、誠心誠意向き合っている。そう、向き合いすぎて、手順を確認しながら丁寧に作っている。……いや、ぶっちゃけ、手順を確認しないと失敗するのだ。


それでも、彼女はクビにはならず、逆に彼女のおかげで、バーの客足が伸びた。なぜか。彼女が若くて美人でスタイルもよく愛想もよかったから(実際にそうなのだが)、そのせいではない。彼女がちょっとした占いが得意だったからだ。

彼女が最初に客を占ったのは、お詫びの気持ちからだった。いつものように手際が悪く、長い時間待たしてしまった客に対してのせめてものお詫び。一人で飲んでいた女性客に、彼女はこう言った。


「明日、いいことありますよ」


その翌日、彼女が店にやって来て「プロポーズされた」と高揚した顔で言った。


別の男性客には、「週末の合コンで、ショートカットの女性に気を付けて」と言った。男性客は、合コンのことなど一言も話さなかったのに、まずそこを当てられて驚いた。そして、半信半疑のまま合コンに行くと、ショートカットの超美人がいた。男性の友人が猛アタックして、ショートカット美人とホテルに行くことに成功。が、朝起きたら、女の姿はなく、財布から現金が抜き取られていたという。合コンに出席していた女性側に確認すると、急にメンバーが足りなくなり、来てもらった助っ人で、聞いていた連絡先はもうつながらなくなっていたと、後日来店した男性は報告した。「気をつけろ、って言われてなかったら、俺が被害者だったよ。あの子めっちゃくちゃ可愛かったからさぁ」と、彼女に礼を言った。


こういうことが何度かあったため、『彼女の占いが当たる』と口コミで広がり、カウンター席はいつも満席になった。

そういうわけで、彼女は飲み物を作るスキルが猿レベルでも、クビにならずに済んでいた。


でも実のところ、彼女は占っているわけではなかった。彼女は他人の未来見える、未来予知能力者だったのだ。

おいおい。待ってくれよ。普通の短編小説かと思っていたのに、いきなり能力者登場させてふざけんなよ、と思った読者の方もいらっしゃるかと思いますが、まあもう少し我慢して、おつきあいください。

彼女は、未来予知能力者だが、生まれた時からそうだったわけではなかった。人間が突然変異したミュータントだった・・・。その生い立ちを少し語りましょう。


彼女は、生後間もなくから「赤ちゃんモデルにならないか」と何度も言われるくらい美しく、何もしなくても目立つ存在だった。幼稚園、小学生になっても美しさは変わりなく成長した。でも、彼女の家は、治安がいいとは言えない地域にあったので、目立つことは命取り。彼女は注目されないように、標的にされないように、細心の注意をはらってひっそりと生活していた。その心がけが功を奏して、トラブルなく平穏無事に暮らせていた。が、15才の誕生日にそれは起こった。


おじいちゃんが3日後に死ぬ、という啓示が頭に降りてきたのだ。


何の前触れもなかった。誕生日を祝いに来てくれていたおじいちゃんの顔を見た時に、病院のベッドで白い布をかけられるシーンがふと浮かんだ。彼女はその、不謹慎でバカげた場面を相手にせず記憶から追い出した。しかし3日後、おじいちゃんは心臓発作で突然亡くなってしまった。彼女は驚いたが、ただの偶然だと思うことにした。もちろん誰にも言わなかった。が、その後も、いろいろなシーンが浮かんだ。お母さんがひったくりに遭う。友達が他校の生徒から因縁をつけられる。お父さんがおやじ狩りに遭う・・・などなど。次々に浮かんだ場面は、その通りの未来になった。能力の始まりだった。


彼女は戸惑った。未来が見えること自体信じられなかったが、見える内容がほぼ悪い出来事だったからだ。一度、お母さんにひったくりに遭うことを遠回しに告げようとしたが、「変なこと言わないでっ」と怒られてしまった。それ以来、本人に伝えることができなくなってしまい、悪いことが起きるのを、ただただ待つだけになり、胃痛持ちになってしまった。

彼女は焦った。人のことばかり心配して、成績が落ちたのだ。このままでは高校受験に失敗するのではないか、と不安になった。15才にとって、受験は人生で最大の難関なのだった。


彼女は、能力をポジティブに受け入れることにした。そして、試験問題を予知すればいいんだ! とひらめいた。さすがに全問見てしまったら、ルール違反なので(いや、1問だけでもルール違反だ)、7割くらい見てもいいと、結論付けた。

彼女は入試問題の7割分の未来予知を試みた。試験の翌日、新聞に回答が載るので、新聞を手に持ち集中し、試験解答の記事が浮かんでくるのを待った。いつもは対象相手を見つめれば頭に映像が浮かんできたが、この時は全く何も降りてこなかった。新聞がだめなのかと、白紙のコピー用紙を机に置き、試験用紙だと想定して見つめてみた。それもダメだった。試験問題が見えないのなら、自分が受かるかどうかだけでも知りたいと思い、彼女は志望高校へ行き、合格発表の掲示板が立てられる場所を校門の外から凝視した。が、これも何も出てこなかった。彼女は気がついた。


自分の未来は見えないのだと。


ショックだった。受験のことだけでも予知できないかと、もがいてみたが、ムダだった。だけど、よくよく考えて、わからなくていいんだと気がついた。自分の未来がわかるということは、いつ死ぬかもわかるということだ。それは恐ろしくて絶対に知りたくない。だから、これでいいんだと納得できた。


そうなると、この能力は彼女にとって邪魔な存在になった。もし、能力が学校の生徒たちにバレたら、どうなるか。


「お前、俺がどの高校に合格できるか教えろ」とか

「私にいつ彼氏ができるか言え」


と、学年のカースト上位たちに絡まれる。そんな未来は、能力がなくても簡単に予知できた。目立たないことをモットーに生きている身としては、絶対にそんな状況は阻止しなければならない。そのために、このことは家族にも誰にも話さず、墓場まで持って行こう、と決めた。それしか平和は得られないのだ、と彼女は思った。

彼女は能力のせいで、余計に小さく生きることを身につけてしまった。


能力がつきたての頃は、パワーの扱いに慣れておらず、他人の未来が、壊れた流しそうめん器みたいに、次から次へと脳裏に入ってきた。


すれ違ったサラリーマンが『大けがする』とか、

フードコートでラーメン食べていた人が『健康診断に引っかかって入院する』とか、


処理できない量の負の情報に埋もれて、彼女の方が死にそうになった。どうも、ネガティブな未来の方がエネルギーが強いらしく、彼女の元へどんどんと届くのだった。これじゃいかん、ということで、彼女は入ってくる未来を全部阻止するように努力した。いろいろ試した結果、とってもいい方法を見つけた。それは、


肛門を閉じる。


『ふん』と気合を入れて、きゅっと閉じる。そうすると、未来が入ってこないことに気が付いた。この方法をいつどんな時に気がついたのかは、ご想像におまかせするが、これが分かった時、思わずガッツポーズするほど喜んだ。肛門を閉じる。なんて簡単で、いつでもどこでも誰にも気づかれずにできる方法なんだと、感動さえした。


そのおかげもあり、彼女は無事、希望した高校に入学できた。そして3年間、能力がバレることもなく、平穏に過ごせた。そして高卒で就職することになり、頑張って就活し、ファミレスチェーン店の正社員として働くことになった。が、すぐに辞めることとなった。事実上クビだった。なぜかというと、彼女は、一般の人が普通にできること(お客さんから注文を取ることや、レジを打つこと)が全くできなかったからだ。もしかしたら、彼女が持っていた全スキルが、未来予知能力に吸い取られてしまったのかもしれない。それくらい、仕事ができなかった。

その後、さまざまなアルバイトを経験したが、どれもすぐクビになった。絶望の淵にいた時、たまたまバーテンダーのアルバイトにありついた。店が暇だったので、なんとか失敗も許してもらっていたが、割ったグラスの数が10個を超えた時、「今月末でやめてくれる?」と店主に言われた。それで彼女は開き直った。もうクビになるならと、待たせてしまったお客さんにお詫びの気持ちでこっそり未来を告げたのだ。結果、それが彼女のクビをつないだ。


この件があって彼女は、自分が生き残る道は能力をうまく使うことしかない、と認めざるをえなくなった。でも、絶対にばれないようにしなければならない。彼女は作戦を練った。これは未来予知ではなく、占いということにしよう。顔を見て予知するので、『顔相』を見ている、ということにしよう。そして告げることは、いいことだけ、にしよう。と、決めた。

パワーのあるネガティブな未来の方が予知しやすいのだけれど、そっちは無視して、いいことだけを言うことにした。その方が客も幸せ、彼女も幸せ。ウィンウィンの関係だ。

彼女は、平穏な時間を過ごした。仕事もあり、能力がバレることなく、いいことに使えている。彼女の望んでいた暮らしができていた。少なくともこの時は・・・。


彼女には、気になる男性がいた。常連客の大学生だった。

最初、彼は友達に連れられてやってきた。カウンターの隅にちょこんと座り、コーラをチビチビ飲んでいた。彼は下戸だった。彼の友達は私に占ってほしいとせがんだのに、彼は不機嫌そうに「別にいい」と占いを拒んだ。珍しいタイプだな、と彼女は思いながら、友達の相手ばかりしていた。

でも次の晩、彼は一人でバーにやってきた。下戸なのに。「ああ、そうか。昨日はみんながいたから、占ってほしいと言いにくかったのかな」と合点した彼女は、いつ「占って」と言われてもいいように、彼の近くにいた。「占って」と言われるまでは予知はしないでおこうと、きゅっと肛門を絞めて立っていた。この頃の彼女は、『ふん』と気合を入れなくても、表情も変えず自然に肛門を閉じられる、卓越した技術を手に入れていた。でも結局、彼はコーラだけ飲んで、「ごちそうさま」と帰って行った。

また次の晩もまた次の晩も彼はバーに来た。相変わらず「占って」とは言ってこなかった。彼女は彼と普通の会話をするようになった。彼は大学4年生で、まだ就職の内定をもらえていない状況で、


「このまま卒業したら就職浪人だよ」


などと打ち解けたことも話すようになっていった。彼女も仕事探しには苦労したので、急に親近感がわいた。しかも「占って」と言わないところにも好感を持った。占い目当てではないことが、嬉しかった。気づいたら、彼女は彼が来るのを心待ちにするようになっていた。そしてこれが、21年間生きてきて、初めての恋だと気が付いた。


それまで、「占って」と言わない彼を一度も予知したことがなかったけれど、彼が自分のことをどう思っているか、知りたくなった。好きなのか、ただの気の合うバーテンダーなのか。彼女は怖かったけど、彼を予知しようとした。未来の彼の隣にいるのは誰なのか見たかった。だけどなかなかできなかった。下戸なのに、通い続けているのだから、自分のこと嫌いではないと思うけど、この店が好きなだけかもしれないし・・・などともんもんと考え、なかなか踏み出せなかった。彼女はとことん自分に自信がなかった。でもついに実行を決めた。勇気を振り絞って、彼女は彼の前で肛門を緩め、未来を見た。そこには、彼がデートしている姿があり、その隣には自分がいた。


「あれ? どうしたの?」


目の前にいた彼が、心配そうに自分のことを見ていることに彼女は気がついた。彼が、ポケットからハンカチを取り出して、彼女に差し出した。


「なんか、悲しいことあったの?」


それを見て、彼女は自分が涙を流していると気づいた。嬉しくて泣いてしまったのだ。彼女は、ハンカチを受け取り、涙を拭くと、


「私と、デートしましょう」


と彼に言った。唐突に言われた彼はびっくりして、息が止まった。彼女も言ってしまってから、ことの重大さに心臓が止まった。息を吹き返した彼が答えた。


「はい。デートしましょう」


それを聞いて、彼女の心臓も再び鼓動を始めた。二人は照れながら微笑みあった。


その後、彼女と彼は恋人になった。彼女は彼に、未来が見えることはもちろん言わなかった。普通の人間として普通に交際したかった。そしてゆくゆくは結婚して、普通の家庭を作ることを夢見ていた。

彼女は彼と会うときは肛門を絞めて、予知しないように心がけていた。見てしまったら、無意識に彼の未来を操作することになるかもしれないからだ。例えば彼個人のことだったら、不採用になるとわかっている会社の面接を行かせないようにして、別の会社を薦めてしまったり。これは神様の采配だから、絶対にしてはいけないと彼女は思っていたので、予知しないよう、肛門を絞め続けた。そんな風に下腹部に長時間力を入れているため、彼女のウエストは細くなった。だけど、さすがに常に絞め続けるのはムリだった。ふと気を緩めた途端、頑張って見ないようにしてきた彼の未来が、バババと彼女の脳裏に入ってきた。交際1年目に見た彼の未来には、無事に就職していた。そして、隣には自分がいた。その通りの1年を送った。2年目の予知は、彼が転職をしたけれど、隣にはちゃんと自分がいた。予知通り彼は転職をし、二人の交際も順調だった。そして3年目。彼女が見たものは、彼の結婚式だった。でも、新婦は自分ではなかった・・・。

これまでの実績を考えると、この未来はたぶん、この一年間で実現してしまうだろう。だから彼とは、一年以内に別れてしまうということだ。いや、彼は一年以内に別の女性と結婚するのだから、もっと早く別れるということだ。


彼女は考えた。どういう別れがベストなのか。このまま自然にまかせるか、自ら別れを告げるのか・・・。


彼女は、自らの別れを告げる、の方を選んだ。目立たないことを第一に、平穏無事に暮らすことを願い続けた彼女らしい選択だった。

別れを告げたときの、彼の驚いた顔は、一生彼女の脳裏に焼き付いて離れないくらいの、青天の霹靂レベルだった。彼に理由を聞かれたが、「他に好きな人ができた」と嘘をついた。

彼女は、自分の能力を恨んだ。普通に生きたいだけなのにと大声で叫びたかった。もし、彼にありのままの自分を告白していたら、どうなっていただろうと、彼女は時々考える。受け入れてくれただろうか? でももう遅かった。何もかも遅かった・・・。


彼女は、今日もバーにいる。ハッとするような美人で、スタイルも抜群。聞き上手で優しくて、未来も見える。そんな彼女は、普通に生きることを求めて、カウンターに立つ。


おわり


最後まで読んでくれて、ありがとうございました。


これからも、さまざまな短編小説を投稿していきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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