第8話 ギルドマスター
ドンドンドン!
ギルドの3階のとある部屋の扉がけたたましくノックされた。
「開いてるぞ!」
室内の男が騒々しいノックに少しイラつきながら来訪者に入室を促す。
「……失礼します……ハァ……ハァ……」
部屋に入って来たノックの主は息を切らしたセレネだった。普段冷静な彼女のただならぬ様子に男は少し驚いた。
「どうしたセレネ?そんなに息を切らして?」
「申し訳ございません……ハァ……ギルドリーダー……問題が発生しまして……」
「問題だと?」
ギルドリーダーと呼ばれた丸坊主の強面の男は怪訝な顔で聞き返した。ようやく呼吸を整えたセレネは最後に大きく息を吐くと凛と背筋を伸ばし報告し始めた。
「はい。実は現在担当している冒険者志望の少年が測定晶を割ってしまいまして……」
「割った?落としでもしたか?まぁ、だが最悪新たに作り直せば……」
「いえ!違うんです!」
大した問題ではなさそうに話すギルドリーダーの言葉をセレネ強めに遮った。
「割れた原因は……魔力の込め過ぎなんです!」
そう語るセレネにギルドリーダーは少し間を置き、
「いやいや、そんなわけないだろう」
と嘲笑った。
「お前も今の測定晶がどういう仕様か知っているだろう?」
ギィィと座っている椅子に寄りかかりギルドリーダーは語り出す。
「今から150年くらい前にふらりとやってきた変わり者のエルフが登録する際に魔力の込め過ぎで当時の測定晶を割って、『人間の魔力は少ないんですねー』って馬鹿にしやがった!……それを機に当時の技術者が血眼になって作り上げたのが従来の10倍以上まで測れるようになった今の測定晶だぞ。もし、本当にそいつが自前の魔力だけで割ったというなら一般的な冒険者の100倍近い魔力を持つ事になるが……そりゃあまぁあり得んだろ」
「それは存じてますが……」
「最後に作り変えたのが20年ぐらい前か?おそらく老朽化してたんだろ?早急に新しいのを手配しないとな」
完全に老朽化が原因と信じて疑われないギルドリーダー。セレネは実際に自分が目にし感じた事を伝えきれないもどかしさを抱きながら、
「待って下さい!まだ……」
更に進言しようとしたところで、
ガチャ!
部屋の扉が開いた。
ギルドリーダーとセレネは開いた扉の方を見ると、そこには威厳あるローブに身を包んだ長髪の男が立っていた。男はにこやかに笑みを浮かべると、
「やぁ、セレネどうしたんだい?そんなに声を荒げて?」
「「ギルドマスター!」」
ギルドリーダーとセレネは驚いて声を上げた。
「おかえりになられたのですか?」
ギルドリーダーが椅子から立ち上がりそう聞くと、
「ああ、バザン。留守を任せて悪かったね」
バザンと呼ばれたギルドリーダーは、いえいえと頭を掻きながら笑い返した。
「王都での例の件の報告が終わってね、今丁度帰ってきたんだ。そしたらセレネが珍しく慌てたようにに部屋に入って行くのが見えてね」
穏やかにそう語ると、ギルドマスターはセレネに視線を向ける。
「ちょっと聞こえていたんだけど、セレネの担当している子が測定晶を割ったんだって?」
「はい!そうなんです!」
食い気味に返答するセレネ。その圧に押されたギルドマスターは少し仰け反りながら両手を前に出し、どうどうと落ち着かせるようなジェエスチャーをする。それを受けたセレネは赤面しながら、すいませんと身を引いた。
「本当だったら凄いな。あれは私がやっても割るほどには至らない代物だからね。セレネ、その子の申込み用紙はあるかな?」
「はい、こちらに。……それと解体屋のダグラスさんからの推薦状も持参してまして……」
その報告にバザンが驚き声を上げた。
「なにっ!?あのダグラス殿から!?」
「ほー、それは益々興味深いね……」
受け取った申込み用紙に目を通すギルドマスター。その表情は用紙を読み進めるごとに喜びに満ち溢れていった。その様子を見ていたセレネは不思議にそうに尋ねた。
「ギルドマスター?何か気になることでありましたか……?」
「うん?ああ、少しね……」
ギルドマスターは笑みを浮かべたまま、
「セレネ。申し訳ないんだが彼の登録審査を代わってもらえないかな?」
そんな申し出に2人は驚いた。
「わ、私は構いませんが……」
「お待ち下さい!ギルドマスターが自らなんの実績もない駆け出しの登録をするなど前代未聞ですぞ!」
バザンが慌てふためきながら静止するも、ギルドマスターは悪戯っ子のように無邪気に笑った。
「バザン。何事も最初は前代未聞だよ。いいじゃないか1人登録するくらい。他の者には気付かれないようにするから」
(……ああ……これもう何を言ってもダメなやつだ……)
バザンは経験上、もう聞く耳を持ってくれない事を1人悟ると諦めてうなだれた。
「セレネ。彼は測定室にいるのかな?」
「は、はい!そうです!」
ありがとうと笑いかけると、
「じゃあ行ってくるよ。いやーどんな子か楽しみだなー」
ギルドマスターは鼻唄混じりに部屋を後にした。




