第22話 圧倒的な力
ウェルが外に出ると道の真ん中で鼻息を荒くしたベクドが仁王立ちしている。そしてその周りには距離を開けて、すでにそこそこの野次馬が集まっていた。
「なんだなんだ?」「なんでもベクドと新入りがやりあうんだとよ」「まじかよ……ただの処刑じゃねぇか」「俺はベクドに負けて欲しいけどな」「流石に新入りには負けねえだろ?」
「おいクソガキ!今すぐ地面に頭擦り付けて謝るなら許してやるぞ?」
そんな野次を蹴散らすような大声でまくし立てるベクド。ウェルは向き合う位置につくため道の真ん中に向かって歩きながら、
「なんだ?擦り付けるとそんな頭になるのか?じゃあ嫌だね」
と言い返した。お互い道の真ん中で10m程離れた位置で向き合う。
「……ぶっ殺す!」
血管がキレそうになりながら、その言葉を皮切りにベクドは両拳を握りしめて魔力を溜め始める。
「大地の力よ!我が身を守れ!〝大地の鎧〝!」
詠唱を行うと右手に付けているブレスレットが茶色に光り、ベクドの周りの土が隆起しベクドの体にまとわりついていく。やがてまとわりついた土は少しずつ剥がれながら鎧の形に姿を変えた。
「ウェル!あれは大地の鎧だ!初歩的な魔法だけど熟練者が使うとその強度は城壁に匹敵する!」
慌てて追ってきたピュイがそう説明すると、ベクドが上機嫌に解説を加えてきた。
「ハーフ野郎の言う通り!この俺の大地の鎧の強度はその辺の凡人どもの比じゃないぜ!?更に!」
武装したベクドは右手を高々と挙げるとそのまま振り下ろしながらしゃがみ込み、手のひらを大地につけた。
「土よ!我が想像へと形どれ!〝大地の創造〝!」
ベクドの魔力に呼応するように手のついた周辺の土がグニャリと形を変えていく。その形は徐々に姿を整えていき、やがて一振りの大斧となった。その大斧をベクドは軽々と持ち上げると右肩を支えに担いだ。
「どうだクソガキ!?これがこの俺ベクド様の最強戦闘スタイルだ!」
得意げに吠えるベクドに対して、ピュイは驚きつつも冷静に分析していた。
(すごい練度の土魔法だ……だけどあれだけの質量の鎧に武器……おそらく動きの鈍化は免れないはず!)
その分析結果を伝えようとウェルの様子を伺うと、すでに理解している顔つきでウェルはピュイを見ていた。目があった瞬間通じ合うようにお互いが頷く。
(大丈夫だ!ウェルはもうすでに……)
(わかってるよ。あいつの弱点はおそらく……あの重そうな鎧のせいで遅くなるスピード……)
「……とでも、思ってんだろうな!?」
2人の考えを打ち切る様にベクドは声を荒げた。2人は驚いてベクドに注目する。
「どうせてめーらは、俺の動きが遅くなるのを期待してんだろ?残念だったな!俺の動きは《《加速》》するんだよ!」
ベクドは空いた左手を前突き出し詠唱を開始した。
「風よ!我が体を運べ!〝風の加速〝!」
今度はブレスレットが緑色に光り、一瞬強風が吹き荒れるとベクドの体に風がまとわりつく。土の兜の奥でベクドはニヤリと笑うとそのまま大地を蹴りウェルに突進していく。そのスピードは格好から想像出来ないほどの速さでウェルに迫っていく。
(なっ!〝二種の適正〝!?)
ピュイが驚いている間にウェルの目前まで迫ったベクドは急に方向を変え、ウェルの周りを円を描くように周り始める。
「馬鹿な奴らは俺の大地の鎧を見て動きが遅いだろうと油断しやがる!それが俺の作戦とも知らずによう!」
ベクドの動きを見た観衆から驚嘆の声が上がる。
「すげーあいつ!二種の適正だったのか!?」「二種の適正?」「同時に2属性の魔法が使える才能のことだよ!」「ベクドのやつやっぱりすげーな!」「でも、俺はベクドに負けてもらいたいな」「お、おい見ろよ!ベクドの体が……!」
加速し続けるベクドの体が徐々にブレ始め、そのブレは段々と激しくなりやがて完全なベクドの残像を作り上げた。分身の数は徐々に増していき遂には10人分の残像を作り上げた。
「ウェル!」
「……」
ウェルは10人のベクドに囲まれながら静かにその動きを観察する。
「おいおいどうした?お友達が心配してるのにだんまりか?」
ベクドの挑発にも反応せずウェルは静かに目を閉じた。
「!ウェル……」
「はっはっはっ!遂に観念しやがったか!」
ウェルの諦めともとれる行動にベクドの機嫌は最高潮へと達す。一方、ピュイは人知れず腰に携えた杖に手を掛けていた。
(いざとなったら僕がなんとかするしかない……ウェルを巻き込んでしまった僕が……)
決意を固め杖を持つ手に力が入る。しかし、ピュイはその一瞬を見逃さなかった。
「!」
ベクドの残像の隙間から目を閉じているはずのウェルと一瞬、よりも短い刹那、目があった。それは間違いなく瞬きなどではなくウェルからメッセージ。
『信じろ』
ウェルの視線に込められた言葉をピュイは感じとり、そっと杖を手放す。
「ウェル!頑張れ!」
ピュイが大きくそう叫ぶとウェルは小さく口角を上げた。
「外野もうるせえしそろそろ終わらせてやるぜ!」
ベクドはそう叫ぶと大斧を握り直し大きく振り上げた。回り続ける残像達も同じ動作をする。
「さぁ!どれから攻撃されるか分からねぇ恐怖の中でくたばれぇ!」
ベクドの咆哮と共に残像全てがウェルに飛びかかり大斧を振り下ろした。
ズドォォォォオオン!
振り下ろされた大斧の威力を表す様に辺りは土埃に覆われる。
観衆の誰もがウェルの真っ二つにされた姿を想像し目を覆う……但しピュイを除いて。
「……」
ピュイはひとときも目を逸らさず成り行きを見ていた。自分が信じたことが正解だと言う事を信じて。
そして……土煙は晴れた。
「な、なんだとぉぉ!?」
響き渡ったのはベクドの絶叫。土煙から現れたのはベクドの大斧の刃を片手で掴む様に受け止めているウェルと、その光景が信じらないと言わんばかり驚愕で顔を歪ませているベクドの姿だった。
「バ、バカな!あのスピードを見極めたのか!?」
「確かにあんたの動きはとても速かったよ。だから俺は追うのやめて、あんたの攻撃を待ったんだ。攻撃の瞬間は魔力が大きくなるだろうからな」
「目ではなく、俺の攻撃する瞬間の魔力の増幅を感知しただと!?」
その言葉にピュイもまた驚愕する。
(あの緊迫した状況で魔力のわずかな接近だけを感知して攻撃を受け止めたのか!ウェル……なんていう反射速度だ……!)
ベクドは必死に掴まれた大斧を取り戻そうと力を入れて引っ張るが、ウェルの手と大斧はくっついてしまったかの様に全く離れない。
「くそっ!くそっ!!」
「なぁ、ベクドさん。俺は地面に頭を擦り付けろとは言わないからピュイに謝ってくれないか?それでもう……」
「黙れ!このガキ!」
ウェルの提案を一蹴する様にベクドが吠えるとウェルはこれまでの人生で最も長く大きいであろうため息を吐いた。
「はぁぁぁぁぁあー……分かったよ……じゃあ」
ウェルは大斧を掴む手に力を込めると魔力で練り上げられた超硬度のはずの大斧は露店で売っているガラス細工の様に砕けた。
「なっ!」
もはや何度目かわからない驚愕を迎えているベクドの腕を、破片が地面に落ちるよりも早くウェルの左手が掴む。捕まれた部分の土の手甲にウェルの指がめり込みそのままベクドを自分の方に引っ張り込んだ。
「これで……終わりだ!」
ウェルの魔力を込め握り込んだ右拳がベクドの胴体目掛けて放たれ……直撃した。




