第21話 いざこざ
「えっ!また2人共いないの!?」
時刻は10時頃。ギルドに到着したウェルは早速受付カウンターに向かったが、そこにいたのはウェルを見るや否や、しまったーと言わんばかりに顔をしかめるマミヤだった。嫌な予感を感じつつもウェルは一縷の望みをかけてマミヤに話しかけたが返ってきたのは予想通りの答えだった。
「本当に申し訳ございません!つい今しがたギルドリーダーが出て行ってしまって…ギルドマスターは今日は帰らないそうなんです」
「入れ違いかー!」
ショックのあまり顔を手で覆うウェル。
「ギルドリーダーはお昼頃に戻られるとのことなのでお待ちいただけないでしょうか?」
瞳を潤ませながら上目遣いでしてくるお願いを断れる訳もなく、ウェルは小さくはいと答え頷いた。
「しょうがないね。お昼まで待とう」
後ろから聞き覚えのある声がしてウェルは振り向いた。
「おはよう。ウェルくん」
「ピュイ!おはよう」
そこにいたのは相変わらず紺色のコートのフードを深く被った出で立ちのピュイだった。
「途中から少し聞いてたよ。タイミング悪かったね」
「そうなんだよ。まぁでも特に予定がないからいいけどさ」
申し訳なさそうな表情のままのマミヤに対し、気にしないように笑顔で手を軽く振ると2人はテーブルのある食堂の方に向かった。
空いている適当な椅子に2人は腰掛ける。
「とりあえず暇になっちゃったなー」
ウェルは気の抜けた声でそうぼやくと、そうだねーとピュイが小さく返事した。どうしようかとウェルが悩んでいるとピュイが立ち上がった。
「ウェルくん。飲み物を持ってくるけど何かいる?」
「あっ、悪い。んーじゃあ水を一杯お願い」
「わかった」
ピュイは笑顔で頷くと厨房の方へ向かって行く。そんなピュイの前に急に大きな人影が現れた。そしてウェルはその人影が足をピュイの足に引っ掛ける一部始終をしっかり目撃した。
「わっ!」
足を引っ掛けられたピュイはそのまま前のめりに転倒する。
「ピュイ!」
ウェルは椅子から飛び出すと横たわるピュイに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫。ちょっとびっくりしただけ…」
ウェルはキッと足を掛けた男を睨みつけた。睨みつけられた大柄のスキンヘッドの男はヘラヘラと不気味な笑みを浮かべている。
「おいおい、半端野郎。前にも言ったよな?ギルド内をうろちょろすんなってよ?」
「べ、ベクド…」
ベクドと呼ばれた大男はピュイを見下すように睨みつけた。
「てめーがいるとよー、空気が悪くなってたまんねぇんだよ。とっとと森の中にでも引っ込めよ」
「…」
一方的な暴言を浴びせられて辛そうに黙るピュイ。その明らかな敵意と粗暴な振る舞いが癇に障ったウェルは立ち上がりベクドに詰め寄った。
「おい、おっさん。色々言いたい事があるけど、まずはピュイを転ばせたことを謝れよ」
「ウ、ウェル」
「あーん?なんだてめーは?」
ベクドは再び馬鹿にしたような笑いをしながらウェルを見た。
「俺はウェル。一昨日この街に来て冒険者になった」
「そうかい、そうかい。んじゃ俺はベクド。A級冒険者だ。そんで?冒険者に成り立てのひよこちゃんが俺に何のようだっけ?」
ウェルを小馬鹿にする態度に周りの取り巻きから笑いが起こる。が、ウェルは気にする様子もなく今しがた言った言葉を繰り返した。
「ベクドさん。あんた今ピュイの足を引っ掛けて転ばせたろ?それを本人に謝れって言ってるんだよ」
真剣な眼差しで睨んでくるウェルにベクドは面倒くさそうに大きなため息を吐いた。
「坊主よー…そんな奴を庇うってことはさてはしらねぇな?」
相変わらずニヤニヤしながら喋るベクド。ウェルは内心、
(気持ち悪!)
と思いながら聞き返す。
「何をだよ?」
「そいつの正体だよ」
「…!」
その言葉にしゃがみ込んで俯いているピュイがビクッと強張った。
「正体…?」
「ああそうさ…そいつはなただの人じゃねぇ…人とあのくそったれなエルフの間に生まれたハーフエルフだ!」
ウェルだけではなくギルド内に聞こえるようにわざわざ大声で言い放ったベクド。その発言により周囲からヒソヒソと会話が聞こえ始める。
「ハーフエルフ?まじかよ…」「知らなかった…」「俺は知ってたぜ」「フードの人だよな…怪しいと思ってたんだよ」「噂は本当だったのか…」
奇異なものを見るような視線がピュイに集まり、ピュイはより一層体を強張らせた。自分の予想通りの展開に満足したのかベクドは上機嫌に話を続ける。
「なぁ坊主?この反応見ればそいつがどれだけ嫌われてるか分かるだろ?悪いことは言わねぇ。そんな奴庇っても得なんてねぇぞ」
「…」
ウェルは静かに黙ると周りをゆっくりと見回す。こちらを伺っている殆どの野次馬の目が嫌悪感のあるものに変わっていた。そして、その視線の先にいるピュイは一人絶望していた。
(期待していたわけじゃない…でも僕は…)
正体を隠しながらもそれを認めて付き合ってくれるウェルに、ピュイは今までにない希望を持った。もしかしたらこの人なら僕を受け入れてくれるのではないかという淡い希望を。しかし、その希望も…
(もう…これで…)
ピュイは這いつくばるような体制のまま人知れず大粒の涙を流し、目を瞑った。
「…うるせぇよ」
ウェルの口からドスの効いた低い声が漏れた。
「あん?」
「うるせぇって言ったんだよ」
その言葉の宛先は散々小馬鹿にしたベクドに向けてか、はたまた奇異な視線を向け続ける野次馬に対してなのかは分からない。しかし、ウェルは真剣な眼差しでベクドを見据える。
「俺は、あんたが知らないような田舎の村から出てきたばかりだから世間の常識が分からない。俺の村にはハーフエルフなんていなかったからな…だけど」
ウェルはちらっとピュイを見る。
「ここにいるピュイって男は短い付き合いだけど信頼できる俺の仲間だ。仲間を侮辱されて庇わずにいられるかよ!」
その言葉を聞いてピュイはウェルを見上げた。ウェルの瞳には一切の迷いがなく、その発言が本心であることが分かると再びピュイの目には涙が溢れた。
「はぁー…アホくさ」
そんな2人のやりとりを退屈そうに見ていたベクドはこれまた退屈そうに呟いた。
「これだから田舎者の新米は駄目なんだよ。人の親切を踏みにじりやがってよ」
手を広げ呆れたようなジェスチャーをするベクド。取り巻きも賛同するように下卑た笑いが起こる。
「親切?じゃあ礼を言うよ、ありがとう。なんだっけ?態度と図体がA級のベクドさん?」
ウェルはそう煽るように言い返すと、その言葉でベクドの動きが止まる。取り巻き達はその光景に冷や汗をかきながらもベクドの様子を伺うと、こめかみに一本血管が浮いたのを目撃した。
「おい…ガキ…今なんて言った?」
怒りを抑えるようにベクドは聞き返す。
「あれ?聞こえなかったか?態度と図体とハゲ具合がA級のベクドさんって言ったんだよ」
「てっんめぇー!!!ハゲは言ってなかったろうがー!!!あぁん!!!?」
(しっかり聞いてたんじゃねぇか…)
ウェルの発言が逆鱗に触れたのか、ベクドは大声で怒鳴り散らすと同時に周りに魔力が放たれる。取り巻き達は巻き込まれるのを恐れたのか慌ててベクドから離れて行った。
「このガキ絶対に許さねぇ!表に出やがれ!てめーの体に直接常識ってもんを叩き込んでやるぜ!」
ベクドはそういうとズカズカと出口に向かっていき、ドアを乱暴に開け放ち出て行った。
ウェルはそのあとに続いて行こうとしたが、ふと洋服の裾を引っ張られ立ち止まった。振り向くとそこには涙で顔をくしゃくしゃに歪ませたピュイが裾を掴んでいる。
「ウェル…僕は…僕は…!」
そんな言葉に詰まるピュイにウェルは思いっきりニッと笑い返した。
「大丈夫だよ!ピュイ!俺を信じろ!」
そう言いながらピュイの手を優しく振りほどくとウェルはベクドを追いかけ、ギルドの外に出て行った。




