第9話 冒険者認定
——測定晶を割り、セレネが部屋から飛び出していったことで1人取り残されたウェルは絶望の底にいた。
(……やっちまった……)
ウェルは目の前に散らばる破片を茫然とつまむと無駄と分かりつつ元に戻そうと積み上げる。しかし、無情にも積み上げた破片は再びバラバラ崩れていく。
(……これ弁償だよな?……)
腰のポーチから財布を取り出すと中身を確認する。
(今持ってるのが5000リラ……この水晶いくらするんだろ……もし足りなかったらツケてもらって払うしかないけど……いや!待てよ……そもそも割ったことで冒険者登録出来ないってことになったら稼げないし……)
ネガティブな思考が脳内を駆け回る。
(それよりセレネさんが全く帰ってこない……まさかもう衛兵とかに報告してるとか!?そしたら捕まって牢獄生活?はたまた奴隷にされる?)
ブレーキの壊れたよう高速ネガティブ思考が進む中部屋の扉が開いた。
「セレ……!」
そのドアから入ってきた者はウェルの予想を裏切りギルドマスターだった。
「やぁ、はじめましてウェル君」
にこやかな笑みを浮かべながら挨拶を繰り出すギルドマスターを見てウェルは放心状態に陥った。口だけがパクパクと動いている明らかに異常な様にギルドマスターも不安を覚えた。
「ウ、ウェル君……?」
恐る恐る声をかけると、ウェルはようやくか細い声を絞り出し呟いた。
「……ど……」
「ど?」
「……奴隷だけは勘弁して下さい……」
「……えっ?」
2人の時間が止まった。
「あっはっはっはっ!」
ウェルの意味不明な発言の真意を知ったギルドマスターは笑いを堪えきれず爆笑していた。一方ウェルは勘違いした恥ずかしさを感じながらも、安堵の溜息を吐く。
「いやいや、申し訳ない。まさか君が測定晶の事でそこまで思い詰めてるとは思わなかったよ」
ギルドマスターは笑い過ぎてでた涙を人差し指ですくいながら話しを続けた。
「測定晶に関しては気にしなくていいよ。そろそろ寿命が来ていたし新しく作らせるから」
「よかった。それを聞いて安心しました」
ウェルの表情にようやく笑みが戻ると、その様子を伺ったギルドマスターは、さてっと小さく前置きを入れ話し始めた。
「改めて初めまして。私はこの冒険者ギルドのギルドマスターをしているアルフレッド・バーキンと申します。以後お見知り置きを」
アルフレッドは、にこやかにそう名乗ると右手で握手を求めた。それに答えるように、
「俺はウェル・アーバンス。よろしくお願いします」
名乗り手を握り返した。アルフレッドは頷くとセレネから預かった用紙を机の上に開いた。
「それじゃあ色々話そうか……とその前にウェル君」
「はい?」
「おめでとう!今日から君は我らが冒険者ギルドの一員だ!これから共に協力していこう!」
屈託のない笑顔でそう言い放つアルフレッド。
「え?……えーー!?」
いきなりの冒険者認定に驚きの声を上げるウェル。その様をまた楽しそうに見つめるアルフレッド。
「合格!?俺が!?」
「そう、合格。本当はまだ審査する事はあるんだけど……」
アルフレッドは手元のダグラスからの紹介状と申し込み用紙を指でトントンと叩く。
「ダグラスの紹介もあるし、ジークの孫なら問題ないね」
「ダグラス?」
「ん?ああ、またあいつは名乗らなかったのかき解体屋の主人のことだよ」
「ああ、なるほど。アルフレッドさんもじいさんと知り合いなんですか?」
アルフレッドは頷いた。
「昔3人で行動を共にしていた時期があってね。君の頑固じじいと、あの無愛想じじいとは腐れ縁ってやつだよ」
ダグラスと同じく自分達の関係を腐れ縁と呼ぶアルフレッドにウェルはクスッと笑った。
「?とりあえず今君のギルド登録証を作らせているからそれまで少し話したい……というよりも聞きたいことがあってね……」
今までの和やかな空気が一転し緊張感を醸し出すアルフレッド。その空気に呑まれウェルの表情からも笑みが消えた。
「ウェル君。正直に答えて欲しい。先日プラナ村の外れにあるダンジョンを攻略したのは君だね?」
アルフレッドのその問いかけに対しウェルは驚きつつなんて答えれば良いのか迷った。今まで自ら攻略したと話しても誰も信じてくれなかった話を逆に問われるとは思ってもいなかったからだ。
「……えっと」
言葉に詰まるウェル。その様を見たアルフレッドは、
「……ふっ。もう大丈夫、その反応で充分だよ」
緊張を和らげるように笑いかけた。
「え、でも……」
「普通の冒険者なら私の問いかけに対し『意味が分からない』という顔をするだろう。何故ならそんなこと有り得ないからね。でも、君は言葉に詰まり『信じてもらえるだろうか?』という不安な目をした。おそらく街について何度か疑われたのでは?」
「す、すげえ……当たりです!」
自分の心情をズバリ言い当てたアルフレッドにウェルは感動した。
「こんな仕事をしているとね、無駄に相手の様子を観察してしまうんだよ。さて、話が逸れてしまったがやはり君だったか」
「……はい、俺が村を出る前に攻略しました」
アルフレッドは楽になるように少し背もたれに寄りかかった。
「……実は私は先程このシルバリオンに帰ってきたばかりなんだ。ギルドマスターとして王都に呼び出されていてね」
「王都?」
「そう。王都ゴルディオンだ。ウェル君は当然まだ知らないと思うが実はこの国に存在するダンジョンは全て王都にて監視されているんだよ」
「えっ!そうなんですか!?」
驚きのあまり声を大きくするウェル。
「そうだよ。とはいえ精密に管理されているわけではなく、迷宮自体が放つ魔力の量を大きな測定晶に似たもので観測しているんだ。魔力が大きくなればその周りにも害を与えるからね。……しかし1週間ぐらい前にとある村のダンジョンの魔力が感知出来なくなった。それでその地域を担当している私に状況を報告させるべくお声がかかったというわけだ」
「その村がプラナ村……」
「そういう事。いやー実際まいったよ。なにせこちらからは誰も送り込んだ形跡はないし、調査して報告しろなんて言われてしまったしね。そして、帰ってきて誰を調査に派遣しようかなと悩んでいた時に……」
アルフレッドは、ぴっとウェルを指差す。
「ウェル君。君が来てくれたというわけさ。おかげで無駄な調査に人を出さなくていいし、原因もわかったからね」
嬉しそうにそう語るアルフレッド。
「まぁ、力になれたなら嬉しいです。……けど」
「ん?」
「王都にはなんて報告するんですか?俺も行かなくちゃいけないのかな……って」
「ああ、君は何も心配しなくていいよ。王都への報告は適当にしておくから」
「えっ!?それで大丈夫何ですか?」
ふふふとアルフレッドは笑う。
「むしろちゃんと報告しても信じてもらえないと思うよ。『17歳の村の少年が1人で攻略しました』なんてね。私の方で彼らが好みそうな答えを考えておくから君は新たな冒険者生活を満喫してくれたまえ」
ドヤっと胸を張る。ウェルは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!頑張ります!」
「よろしく頼むよ。……さてと、私はそろそろお暇しようかな。まだ雑務が残っていてね。今セレネを連れてきてギルドについて色々説明させるとしよう。だがその前に……」
アルフレッドがそう区切り目を閉じると再び部屋に静寂が訪れる。次の瞬間、目を見開いたアルフレッドからウェルに向けてとてつもない殺気が向けられた。
「!」
その殺気を刹那で感じとったウェルは椅子に座りながらテーブルを蹴り上げる。テーブルは衝撃で回転しアルフレッドの鼻先を掠めながら飛び越え後方に落下した。蹴り上げた勢いのままウェルはバク宙するように後ろに身を翻すと、体制を建て直し右拳を腰に構えた。
「むっ」
アルフレッドは構えたウェルの拳に膨大な量の魔力が集中していくのを感じウェルがいざ動き出すというところで、
「ストォーップ!」
動作を制止した。
「!あっ……」
臨戦体制からふと我に帰るウェル。
「いやー!申し訳ない!最後に少々君の実力を試したくなってね!おふざけが過ぎてしまった!本当に申し訳ない!」
謝り倒すアルフレッド。ふぅーと大きく息を吐いたウェルは、
「びっくりしましたよ!危うく本気で殴りそうになったし!……てゆうか……」
自分の散らかした部屋の状況を確認するウェル。
椅子が散乱し、蹴り上げたテーブルはもはや原型をとどめていなかった。
「……えっと……」
「あー、気にしなくていいよ。これは私がふざけた結果だからね。私のポケットマネーで弁償しとくよ。それにしても、危機に対して適切な反応……よくジークに仕込まれているようだね」
「ええ、じいさんに『常に迅速に動けるように意識しろ』って習ってたんで……」
「そうか……流石だな」
アルフレッドは頷くと踵を返しドアへ向かう。
「すぐに片付ける者をよこすから少し待っていてくれ。……ウェル君、今日君が冒険者ギルドに入ってくれたことに心から感謝するよ。ありがとう」
「あっ!こちらこそありがとうございます!よろしくお願いします!」
去り際に笑顔を残すとアルフレッドは部屋を後にした。
アルフレッドが廊下を歩いていると向こうからバザンが慌てた様子でやってきた。
「ギルドマスター!ご無事でしたか!」
「どうしたんだいそんなに慌てて?」
「先程、大きな物音と強いの魔力を感じたものですから。急いで駆けつけた次第です」
「あー、もう大丈夫だよ。私がふざけ過ぎたのが原因だからね」
気まずそうに頬をぽりぽりと掻くアルフレッド。
そんな彼を彼を見てバザンは小さく溜息を吐いた。
「まぁ、ご無事でしたらなら何よりです……それで例の少年はいかがでしたか?」
「うん。予想通りだね」
「なんと!そうですか……王都にはご報告されるのですか?」
そう聞かれたアルフレッドは邪悪な笑みをこぼした。
「まさか。そのまま報告なんてしたらあいつらにあの子がどんな風に使われるか容易に想像出来るよ。それは絶対避けないとね。あの子は私の友人の大切な孫でもあるんだし。……あとで報告内容を適当にまとめるから部屋に来てもらえるかい?あと測定室の掃除に誰かやってくれ」
「かしこまりました!」
バザンは深く一礼すると元来た道を戻っていった。
バザンの背中が見えなくなりアルフレッドは張り詰めていた気を緩めた。
「!……」
全身からブワッと冷や汗が流れだし、目眩に襲われ体制を崩しかけたアルフレッドはバンッと壁に手をつき体を支えた。
(……あと1秒遅かったら死んでいたかもしれないな)
先程のウェルとのやりとりを思い出す。現役を離れて久しいとはいえ、自分の力の衰えに驚きを隠せなかった。
(いや強がりだな……私の全盛期でもおそらく手も足も出ないだろう……)
目眩が収まったの感じたアルフレッドは自室に向かって歩き出す。
(全く……ジークめ……とんでもないもの送り込んでくれたな……)
心の中で悪態をつくアルフレッドだがその表情は裏腹にとても晴々していた。




