第8夜 大本営政府連絡会議
「今晩は、東条閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」
「頗る良い。」
「それは、結構です。さて、今、イギリスのビートルズというロック・グループのHOLD ME TIGHTという曲が流行っていますが、閣下が総理大臣だった頃は、英語の歌は厳禁だったようですね。」
「そのようなことはない。普通に英語の授業もあったぞ。」
「そうですか。おかしいな、米英鬼畜だったはずですが。」
「では、黄泉がえりの話を聞いてくれ。」
「お願いします。」
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10月19日、私は、最初の仕事として、大本営政府連絡会議を行った。
私は、形式上、議長として発声した。
「畏れ多くも御上のご聖慮は、和平にあります。先の御前会議の帝国国策遂行要領は、白紙還元し、再度、国策遂行要領を策定せよとの命を拝受しました。期限は、11月2日までとし、御前会議において決定することでよろしいでしょうか。」
「帝国国策遂行要領を再検討すると言っても何をどう再検討するのか。結論は出ているのだが。」
杉山参謀総長が、早速、噛みついてきた。
「そうです。我々は、手順を踏んで英米戦を辞せずとの結論を得たのだ。」
永野軍令部長も不満を隠さない。
「御上のご命令です。対英米の戦争を決意すると言っても、戦争をする以上、勝たねばならない。勝利の見込みがあるのか。講和の見込みがあるのか。勝利と言える条件と英米が講和に応じる条件を再検討しましょう。」
広田外相が助太刀した。
「総理、講和といっても国民が納得できるものでなければ、日露戦争の二の舞になります。現下の世論、極右の動向を鑑みれば、日比谷焼き討ち事件以上の事件も起きるやも知れん。」
ここで、組織の利害を優先させるような曖昧な結論を出させるわけにはいかない。陸軍も対ソ派、対米派に分裂しているし、海軍も親独派、英米協調派に分裂している。
「うーむ。講和条件か?」
永野軍令部長は黙らざるを得なかった。杉山総参謀長がそれでも抵抗する。
「なに。敵国が講和するであろう条件を検討しろというのか。それは、英米の世論と政府の思惑次第で分らんだろう。」
「分からなければ、杉山総参謀長、永野軍令局長が、米国国防長官、海軍司令長官になったつもりで、どうなれば講和せざるを得ないと考えるか検討してください。」
「それは、道理だが、難しい。米国との戦いは、海軍の戦争だ。我々、陸軍は海では戦えんからな。本官は、日本が講和する前提とし、最低限、ハワイ占領、欲を言えば米国西海岸上陸が妥当な線と考えるが。それには、まず海軍が、どの程度、米国と戦えるか永野軍令部長に見通しを述べてもらいたい。」
「米英国海軍との戦力比は、ワシントン軍縮会議で主力艦米英10対日本6となったが、今なら、米国は大西洋にも戦力を配置せねばならないので、勝算はある。しかし、開戦が先に延びれば勝算は低くなる。」
私は、永野軍令部長の『勝算はある』との言葉尻を捉えた。
「『勝算はある』とのことですが、どう勝算があるのでしょうか。現時点で、米国艦隊の主力艦ぐらいは、太平洋から殲滅し、陸軍の輸送部隊をハワイ、その後、西海岸に揚陸できるというのですか。」
「殲滅できるかどうかは分らんが、一時的には戦力外とすることはできると考えてもらいたい。少なくとも数年は、太平洋は帝国海軍の制海権内にあることは間違いない。そのうちに、独軍がソ連・英国軍を降せば、米国も戦争継続をあきらめ、講和へと向かうであろう。」
「では、再度、永野軍令部長にお尋ねする。仮に2年間、制海権を維持できたとして、その間に、南方資源の確保し、米軍に対する盤石の防備体制を完整できるのか。独軍の勝利を当てにするのは博打です。艦船は、戦艦だけではありません。潜水艦もある。今、独軍は、Uボートで英国の輸送船を沈めているでしょう。輸送船が沈められては、軍需、民需ともに供給不足になるのは必定。蘭領インドから日本までの海上交通をどのように守るのかは、一番の優先課題となります。」
「東條総理、この話はすでに話済みであろう。蒸し返しても同じであろう。」
「鈴木貞一企画院総裁、企画院が提出した船舶需給予測も再検討しましょう。独軍からUボートの成果を教えてもらえるよう私から手配しても良い。船舶の損耗率はわが国の命運を左右します。日本が参戦するための参考にしたいといえば良い。場合によっては、参戦を引き換えにUボート1隻を譲り受ける交渉をしてもよい。」
結局、今日の会議は、陸海軍に持ち帰り、再検討するということで散会となった。
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もうじき見回りの時間ですから今日はここまでとしましょう。
続きはまた、明日、お話しましょう