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黄泉がえりの東條英機  作者: 広田昭和
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第7夜 親任式

「今晩は、東条閣下、ご機嫌はいかがでしょうか。」


「頗る良い。」


「それは、結構です。閣下のお話は余りにも不思議な話です。黄泉がえりさんが棲み着いた感じは、とても煩いでしょうね。」


「わしは、黄泉がえりの自分を『先生』と呼んでいた。何しろ未来の自分だからな。」


「閣下、ではお話をお願いします。」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 昭和16年10月17日は、早くも終わろうとしていた。私は自宅に電話を入れた。


「おい、かつ子か。総理大臣を拝命したぞ。風呂を用意してくれ。夕飯も。それから、親任式に臨むので、新しい方の礼装を準備しておいてくれ。」


「はい、官邸からの連絡で存じております。お帰りは、何時になりますか。」


「11時ごろになる。」


「はい、分かりました。」


 私は、妻のかつ子には、今までどおり接することにした。急に、自分は処刑されるかもしれないといっても、ややこしくなるだけだ。

 用賀の自宅に車が着くとかつ子と娘たちが玄関まで出て待っていた。


「あなた。この度は、おめでとう存じます。」


「うん。」


「お父さま、おめでとうございます。」


「うむ。」


長女の光枝が代表して祝ってくれた。


『先生』:(戦犯の汚名を着せられ、日本国民から悪党の家族と言われた苦労はかけないぞ。それに敗戦の日、2女の婿古賀君が自決した。その悲しみを娘に味あわせない。)


 妻かつ子の顔を見て、先生はそう誓った。


「私の顔に何かついていますか?」


「いや、なんでもない。お前にまた苦労を掛けると思ったのだ。」


「あなたが私をそう思ってくださるので、これまで頑張れました。改めてよろしくお願いします。


「そうだな。これからも二人で頑張ろう。」


「はい、あなた。お風呂になさいますか。お食事になさいますか。」


「忙しくて夕飯を取れなかったよ。でも、風呂にしよう。」


私は、外では、謹厳実直だったが、家族にはマメで優しいのだ。


「それからお銚子を1本頼む。」


私は、風呂に入ると『先生』に話しかけた。

『私』:(今日は大変な一日でした。これからもよろしく頼みます。)

『先生』:(死刑は嫌なもんだ。そうならないよう頑張ろう。)

『私』:(その感じは私も味わいましたから、敗ける戦争をする訳にはいきません。)


風呂から上がるとさっぱりして落ち着いた。


「あなた、改めて総理大臣就任おめでとうございます。」


「うむ。思わぬことだが。陛下の思し召しだ。命懸けでやらねばならぬ。」


 私は、お銚子を取るとかつ子に盃を持たせた。


「お前もいっぱいどうだ。お祝いだ。」


「あなた、どうなさいました?陸軍大臣にお成りになったときにはそんなことなさいませんでしたのに。」


「気まぐれさ。三々九度以来だろ。」


「まあ、あなたたら。冗談をおっしゃるなんて。」


「私も冗談ぐらい言うさ。この味の干物はお頭付きのお祝いということか。」


「はい、奮発しました。」


 東條家は、質素だ。ご飯も玄米だ。金は生きた使い方をしなければならないというのが、私とかつ子の持論だ。部下が金を借りに来た時に、裏口からかつ子が質屋に金を借りに行ったことが何度かあった。


「嬉しいね。それとね、陸軍大臣と内務大臣も拝命した。忙しくなるので、首相官邸に引っ越すから用意をしてくれ。」


「承知いたしました。」


「お前も忙しくなる。すまんな。」


「私は、丈夫にできています。あなたこそお身体を大切になさって下さい。」


 私は、一人で三役をこなさねばならないので、用賀に帰る時間がなくなる。

首相官邸の公邸は、2・26事件のあと使い物にならないので、官邸の南側に二階建ての日本家屋が作られたが、歴代首相は、物騒な官邸には住まず、私邸から通っていた。

私は、そんなことは気にせず、効率を考えた。

夕飯は軽く済ませ、気持ちよくなった私はすぐに眠りに落ちた。


 翌10月18日は靖国神社大祭の日であった。私は、この内閣が成功し、ご奉公ができるよう神に祈願をした。9時前に官邸に着くと嶋田大将も日米和平交渉継続であれば海相就任を受諾すると連絡をよこした。


「これで、組閣は終わったな。さて、黄泉がえりの一同に連絡を取らねば。」


 私は、木村兵太郎次官に頼んで、19日の夜に黄泉がえりの会を開くことにした。

午後1時過ぎに閣僚名簿を奉呈し、午後4時過ぎ、親任式に臨んだ。さすがに天皇陛下から親任状を戴いたときには、私は職責の重みに緊張した。

親任式終了後、直ちに、閣議を開催した。


「私は、天皇陛下から大命を拝すると同時にもう一つの命令を受けました。9月6日の御前会議の決定に

捉われることなく白紙に戻し、あらゆる観点から国策遂行要領、対米交渉を再検討することであります。私の内閣は、対米和平内閣であります。それと同時に前内閣が出来なかった支那事変の解決も行いたい。大臣の皆さんの全力の協力を賜りたい。早速、明日より、大本営政府連絡会議を開催するので、関係大臣は出席するようお願いする。」


 大臣の幾人からは驚きの表情が見えた。そうであろう。昨日まで、対米交渉の足を引っ張っていた陸軍大臣から対米和平の言葉が出たのだ。


「なお、内務大臣も兼任しましたが、これは、もし、米国との決着が和となった場合、警察を使って国内の不満分子を抑える場面を想定したためであります。皆さんの警護については、警視総監に改めて指示したところであります。」


 その他の人事は、首相秘書官に広橋真光と大蔵省から稲田幸作を選任し、さらに陸軍から赤松貞夫が企画院調査官兼首相秘書官に、海軍から鹿岡円平を興亜院事務官兼首相秘書官に選任した。また、杉山元参謀総長のところに出向いて、陸相秘書官に軍事課長の西浦進大佐を、内務大臣秘書官に寺本幸作を選任した。それに朝鮮総督に朝鮮軍司令官の板垣征四郎大将を兼任させ、興亜院総裁は、総理大臣が兼任することになっているが、松井岩根大将にお願いした。

 

 その日のうちに、私は、立川飛行場から明野飛行場に飛び、伊勢神宮に参拝し、帰京した。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 もうじき見回りの時間ですから今日はここまでとしましょう。

 続きはまた、明日、お話しましょう


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