第08話 2つの告解
「ゴメン。ゴメ、ゴメンナサイ。ユルシテ……」
青い水はコップで混ざり透明に変わると、セシュカにとって忘れる事の出来ない友を作り出した。
シャボン玉のように薄い水の膜で作られたそれは、触れれば、脆く簡単に崩れそうなほど危うく見えた。
セシュカは床に両膝をつき、その罪を懺悔するよう胸の前で両手を合わせ、涙溢れるその目で友を見つめ、何度も、何度も、嗚咽で途切れがちになる言葉を必死に紡ぎ、亡き友へ、謝り続けていた。
ゆらり……
水で作られた友は動き出すと、その手で、セシュカの手をそっと包み、優しく微笑みかけた。
その顔は間違いなく、大好きだった、殺してしまった、名前を知る事も出来なかった、優しいあの少女のものだった。
少女は小さく頷いて見せると、今度はその手で頭を撫で、また微笑み、小さく頷いた。
セシュカの、手が体が心が、小刻みに震えていた。
二度と会えないと思っていた。
許されないと思っていた。
こんな風にまた微笑んでもらえる時が来るなんて。
また会える時が来るなんて。
謝る事が出来るようになるなんて。
その涙を、声を、友に捧げるように泣き続けた。
そして、それを隣で見ている瞬夜もまた、涙を流しながらも二人を笑顔で見守っていた。
やがて、少女の足元の一部が少し盛り上がると、丸い雫が飛び出した。それは、天井の近くまで浮かび上がると姿を小さな青い小鳥へと変え、羽ばたき、部屋の中を飛び始めた。
細く小さな鳴き声をひとつ上げると瞬夜の頭の上に乗り、誇らしげに、もう一つ小さく鳴いてみせた。
「ありがとう。シーニィ」
瞬夜は頭の上にいるであろう友を見上げ、誇らしげに、微笑みながら、そう礼を伝えた。
透明な少女は、そんな瞬夜に礼を言うように、一方の手ではセシュカを撫でたまま、もう一方の手は瞬夜に差し伸べ、その頬を優しく撫で微笑んだ。
その光景を眺め、いや、その光景の中に包まれ一つとなれていたセシュカにとって、暖かで穏やかで幸せな、そんな夢のひと時になった。
けれど、どうしてだろうか。
それが儚く短いものであるだろうとも感じていた。
そして、ゆっくりと。
少しずつ。
目の前の少女はその形を崩していった。
肘が、爪先が、肩が、腕が、足が、少しずつ、透明な膜を崩し消えて行く。
それはまるで地に描かれた水の絵が、蒸発し消えて行くかのようにも見えていた。
「イヤ…… イヤダ。イクナ。イカナイデ。一人にしないで!」
セシュカは嗚咽とも叫びとも取れる声を上げ、咄嗟に頭に乗せられた手を掴もうとした。しかし、そこにあったであろう、友の手は既に無くなってしまっていた。
寂しそうに瞬夜がつぶやく。
「ごめんなさい。まだ、じょうずにできなくて」
その頬に添えられた手も、指先を残し既に消えかけていた。
二人は少女を見つめた。
微笑みながら、何度も、何度も、頷いていた。
その姿に瞬夜は思い出した。
大好きで、最後まで自分を気にかけて微笑んでくれた、優しい母の命が消えてしまったあの瞬間を。
「ママ…… ママぁ……」
頬に残った指先も消え、泣き崩れそうな瞬夜の肩をセシュカが抱き支えた。
そんな二人に、少女は更に強く明るく優しい微笑みを送った。
そして、僅かに残った体も消えていく。
優しい表情さえ消えてしまいそうなその時。
少女はその瞳から大きな涙を一粒こぼした。
大きな涙の粒は、部屋の僅かな明かりを受け微かに虹色の光を帯びて見えた。
まだ残る頬を少しずつ。
涙はゆっくりと。
ゆっくりと。
やがて頬を離れ。
またゆっくりと、ゆっくりと落ちて行った。
床へと吸い込まれるようにゆっくりと。
落ちた。
そして、キラキラと輝き、消えた。
涙の行方を追いかけていた二人は慌てて顔を上げた。
けれど、もう、そこに少女の姿は残されていなかった。
ジメジメとした薄暗い小部屋。
蛍光灯はついていたが何故か薄暗く、壁紙は剥がれコンクリートが剥き出しになり、所々に点々と黒いカビが生えていた。
そんな部屋の中、二人の子供達は未だ幼い自分達の心ごと支え合うかのように、肩を寄せ合いしばらく泣き続けていた。
――――
「強そう」
ほんと、正直な感想だった。
時刻はいつの間にか22時を過ぎようとしていた。
大柄の男二人は、三人もの仲間がやられた驚きと走らされた疲労で真っ青な顔をしながらも、徐々に冷静さを取り戻しつつあった。これから起きるであろう戦闘に注力すべく、肩で、というよりも全身を使って何とか呼吸を整えようとしていたんだ。暴力のプロだと言う事なのかな。少しでも油断してくれてたら良いのに、残念ながらそんな気配は無さそう。
コチラと言えば、あんな体つきの人間から一発貰っただけでも意識が飛びそうだし、万が一腕でも捕まれようものなら、問答無用で詰んでしまいそう。それに、大家の息子を挟んで立ち、見るからにボディーガードって登場の仕方をしていた。格闘の腕前も恐らく我々より上だろう。
男達の後ろを見ると、遠くに小さく、街灯の下をのんびり歩いてる大家の息子が見えた。携帯でメールでも打っているようで、明るく光った手元ばかり見ているし、こちらに興味も無さそうだ。俺らがボディーガードにボコボコにされた頃、のんびり到着すれば良いとでも思っているのかも知れない。
「私が左をやろうか」
ソフィアが俺に追いつき横に並ぶと、いつもより神妙な面持ちでそう告げて来た。
一応考慮してみたが、俺は首を横に振った。
「いや、ここは俺に任せ、ついてきてくれ」
俺は両こぶしを顔の横まで上げファイティングポーズを取る。大男を睨みつけ、3メートル程の距離を保ちながら、ゆっくりと左回りで大男達の背後側へと回り込んだ。ソフィアも構えつつ横について来てくれている。大男達も荒い呼吸ながら両こぶしを顔の横まで上げると、背後を取られまいと、こちらを睨みながら体の正面で俺達を捉える為自転している。後はこちらが仕掛けてくるタイミングを計って迎撃しようとしているのだろう。
「ソフィア」
「行くか」
「あぁ、逃げよう」
そう言い終えると同時に、俺は背中側へと振り向き走り出した。
「お、おい」
意表を突かれたのか、ソフィアも慌てて俺に続く。
目の前で仲間三人がやられた事で抱えた緊張感と疲労感が、二人の足を引っ張ってしまったのだろう。大男二人は走り去る俺らを見たまま呆然と立ち尽くしている。そして前方には、のんびりと歩いていた大家の息子。まだ携帯を操作していてコチラに気がついていない。
そして2分~3分程走っただろうか。
「ソフィア頼む!」
その声の意図に気がついてくれたのだろう。
ソフィアは走る速度を上げると大家の息子へと一直線。矢の様に駆け出して行った。
残り2メートル。
息子は、やっと異変に気がつき顔を上げるが、もう遅い。
ソフィアは更にスピードを上げた全力疾走の勢いそのままに、イカツイブーツでみぞおち辺りに向かって強烈な飛び蹴りをお見舞いしていた。大家の息子は携帯をその場に落とし、体を完全にくの字に曲げると赤いワインを地面へとばら撒いていた。
正直、本当にワインだろうか。と、実際に近寄って確認するまでドキドキした。
「ソフィア! パトカー!」
何とか追いついた俺は地面にキスしている息子を肩で抱えると、精一杯、本当に俺なりに精一杯走った。息子はと言うと意識までは失っていないようだったが、俺の肩が走る度に胃を刺激するらしく酒臭い何かを俺の背中に吐きかけてくれた。
……温かかった。
前方ではソフィアが再び走り出していた。
速い。凄い。ロシア警察頑張れ!
後ろを振り向くと、少し離れてはいたけど、大男二人がこちらへ走って来ている。先程の疲労も回復しつつあるのだろうか。よろよろと走る俺よりは明らかに速い。ガード対象をさらわれたせいか、元々怖かった顔が更に凄い事になっていた。たぶん、捕まったら殺される。比喩とかじゃなくて文字通りの意味で殺される。恐らくワインで赤く染まっているであろう俺の背中が、本当に血で染められてしまう。
いつの間にか、前にいたはずのソフィアを見失っていた俺は、何故か学校で走らされていた頃の事を走馬燈のように思い出していた。炎天下の中いつまでも走らされた懐かしいグラウンド。水を飲む事さえ我慢しろと厳しく指導されていたっけ。
そう言えば、二年の時の球技大会。最後のバスケット惜しかったな。
俺にもう少しでもスタミナがあったなら、最後の失点も無く、うちのクラスが優勝していたはずだ。あの時のクラスメイト達が漏らした溜息、女子達の悲鳴。
あぁ~憂鬱だ。トラウマだ。
思い出したくなかった。勿論、そのワンプレイだけは俺の責任だっただろうけど、それまでの活躍だってあったはずなのに。何でそれなりのプレイしかしてなかった奴らに彼女が出来て俺には
「タケル!!! おい!!! タケル!!!!!」
危なかった。違う世界へ転生しかけてた。
顔を上げるとパトカーのヘッドライトが道路を照らしているのが見える。車を回し終えたソフィアは、朦朧としている俺に声をかけながら、肩にある荷物を変わりに持ってくれようとしていた。そのままソフィアに預けると俺は最後の力を振り絞り、なんとかパトカーの後部座席へと転がり込んだ。
反対側のドアが開くと、手錠をかけられた大家の息子が俺と同じような姿勢で、頭を先に俺を向くように放り込まれてきた。から、後部座席の真ん中で見つめ合ってしまった。顔と顔が近い。
「おい! せめて同じ方を向いて寝かせてくれよ」
酒臭い刺激的なキスを避ける為、俺はもう一度最後の力を振り絞り普通に座り直した。
「お前ら警察か。こんな事して…… ただで済むと思ってるのか……」
男は英語で、苦しそうな呻き混じりの恨み言を吐いてきた。
マフィアが偉そうに、こんな事、か。
溜息しか出ない。
「シュンヤ・ユイザキ、知ってるよな?」
俺の質問に男は無言で返した。まぁそれが答えであり証明だろう。
ほんと、ため息しか出ない。
この男は、いや、仲間も皆そうなんだろうか。
今、こうして捕まっていて、その原因についても知る事が出来たってのに、こいつは些細なイタズラが見つかった子供のような、ちょっと居心地悪いかも。って程度に悪びれた顔を見せている。
瞬夜くんの誘拐に直接関与があるのかどうかは未だ分からない。
けれど、瞬夜くんの母親の殺害現場にこいつがいた事は間違いないはずなんだ。
あの惨劇。幼い少年の境遇。
俺は込み上げてくる怒りの衝動を抑える事に苦労していた。これまでを台無しにしてしまわないよう、ゆっくりと深呼吸し、今しなければならない事、聞きださなければならない事があるんだという事を、強く自分に言い聞かせ、男への尋問を開始した。
「お前さ、たっぷり飲んでたみたいだけど、冷静になってちゃんと考えられているのか? 色んな悪い事してきたんだろ? そんな男が、パトカーに乗った、どうも警察官っぽくない二人組に、突然、こんな方法で、仲間が5人もいたのに拉致られてるんだぜ?」
俺は男にかけられた手錠の鎖を掴むと、力いっぱい何度も何度も引っ張った。その度、固い手錠が手首に食い込み男は悲鳴をあげる。最初こそ俺を下から見上げ睨んでいたが、手首を血が滲み染めて行くと、こちらと目を合わせる事もなくなっていった。
「た、頼む…… なんでも話すから許してくれ」
車内で開催された、何度目かの一方的な綱引き合戦の後、男はついに悲鳴と共に根をあげ、そう懇願してきた。
「なんでも話して貰うよ。移動中、ゆっくり思い出してくれ。自分が他人に今まで何をしてきたのか。そして、その全てをしっかりと思い出しながら想像してくれ。今から自分が、それと同じか、それ以上に酷い目に合うって事を。何か言ってたけどさ。お前こそ、この後ただで済むと思ってるの?」
俺のそうした脅しが聞いたのか、飲んでた酒が悪く回ったのか、大家の息子は横になったまま股間を濡らすと、車内の香りをワインと胃液と尿の鮮やかなコントラストで彩った。
恐る恐るバックミラーを見ると、ソフィアが俺を睨みながら窓ガラスを開け「やりすぎだ」と呟いた。何も言い返せないから正直に「うん。ごめんなさい」と謝った。
怒りを飲み込む事に若干の失敗があった事は否めない。
ソフィアの提案で車を廃線跡地に止めた。かつてこの町が鉱山で賑わっていた頃、石炭や鉱物の輸送に使われていた線路との事で、ナイトクラブから適度に近く適度に遠く。周囲に人影も無さそうだった。辺りには確かに以前は使われていたらしい線路の痕跡がそこかしこに残されていた。
大家の息子はあまり、と言うより、ほとんどロシア語が使えないとの事。基本的には俺がやり取りをしながら、その報告をソフィアに通訳する。ロシア語が話せないのに、この町でこんだけ幅を利かせてるんだ。その権力たるや、だ。
パトカーのエンジンはかけたまま。後部座席から男を引きずり出し、車の前に連れて来ると荒い砂利の上に正座させた。ヘッドライトはその姿を強く照らし出している。腕は後ろに回し手錠で固定している。外に出ても胃液とワインの香りが鼻孔を困らせていたが、こいつからなのか、俺の背中からなのかは分からなかった。
「お、お前らどこの人間だよ」
日本から来たバックパッカーだよ。とは言えない。それに、相手は警察権力にも繋がった組織。こちらからソフィアが本物の警察官だとかバラすよりも、パトカーで誘拐しに来た危険人物。とかって方が都合が良さそうに思えた。少しでもプレッシャーを与え追い込む為に、ソフィアも男から見えない位置に立っている。
俺は男の質問には答えず、その背後に回ると手錠に足を掛け、何度かに分け、その足に体重を乗せていく。その度、男からは短い悲鳴と俺への批難の声が上がった。
「お前は何故ミス・ユイザキを殺したんだ?」
「は、話すから。手、手を緩めてくれ。それに俺じゃねぇ」
「誰が殺したんだ?」
男が自分の膝を見つめたまま答えずにいるから、俺は足にもう一度体重を乗のせた。
「だ、だ、誰かは知らねえんだって! 本当だって。 俺は親父に紹介された男に付いて行き、息子を誘拐するように命令されただけだ。」
「その男は誰だ?」
男は答えない。俺は男が仰向けに倒れてしまわないよう肩を両手で抑えて固定すると、足を強く何度もリズミカルに踏み込んだ。気の毒に、大きな悲鳴をあげ体を捻り逃げようともがくが、その度に手錠はより手首に食い込み男の、皮を、肉を、削ぐように食い込む。長袖を赤く染め上げたのを確認し足をどけてやる。男は横に倒れると、涙と鼻水を流しながら肩で息をしていた。
「話す気になったか?」
「お、男は、シーカー(探究者)って呼ばれてた。どこの誰かは知らない。ほ、本当だ。本当に知らないんだ」
「あだ名か?」
男に尋ねながら、俺はソフィアに訳し知っているか聞くが首を横に振られた。
「あだ名だと思う。親父がセーラー(販売者)って呼ばれてるのは知ってるだろ?」
全然知らなかった。
「おい、俺を馬鹿にしてんのか? 知ってるに決まってるだろ。お前の親父といい、二人してあだ名で呼ばれてるのには何か理由や繋がりがあるのかって聞いてるんだ」
「ば、バカになんか…… 本当にどこの誰だか知らないんだよ。親父は相当あちこちに顔が利くけど、俺にも肝心な事は何も教えてくれないんだ。だ、だいたいあの時、女を殺してたって事さえ知らなかったんだ。息子がいなかったから俺は何もする事が無かったし、女が死んでたなんて後から知ったんだ。なぁ、頼むよ信じてくれ」
「男の特徴は?」
「物腰の柔らかい金持ってそうな男だ。偉そうで感じが悪かった。肌のしわは少なかった気がしたが、白髪にスーツの上下で映画に出て来る老紳士って感じだ。ただ……」
「ん? ただ?」
「な、なんていうか。こう不気味な奴だったんだ。変な迫力っていうか、親父の紹介じゃなくても逆らえないような……」
特徴は瞬夜くんの証言と一致している。
しかし、脅しや暴力に長けてそうなマフィアが感じる迫力……
情報は少ないがまともな人間じゃ無さそうだ。
ソフィアに訳して相談もしたが、殺人について聞ける事はここまでかも知れない。
俺は質問を誘拐についてに変えた。
「お前は何故、息子のシュンヤを誘拐しようとしたんだ? 今どこにいる?」
「親父の屋敷だろ。地下に監禁できる施設があるんだよ」
ソフィアに伝えると心あたりがあるのか頷いてきた。
「誘拐の理由は?」
「親父の好みだったからだよ」
「あぁ?」
「親父の好みの顔をしてたからだよ。親父は気に入った外見のガキを攫っては調教して飼ったり、他の奴に売っちまうんだ」
「人身売買のブローカーって事か?」
「それもあるけど、親父は自分が選んだ人間が他人に評価されるのを何より喜ぶんだよ。見た目とか能力とか家柄とか。珍しい目の色とか何でも良いんだよ。コレクターって言ってもいい」
調教に珍しい目の色。
「病院に居た褐色の少女もそうか」
「セルフィ(自撮り)の事ならそうだ。あいつはここ最近のお気に入りで親父でさえ手を出していない。処女のまま育て上げ、ターゲットのベッドの上で、怯えた表情を演じられる殺し屋に育てるんだって言ってた」
リアルな、男に免疫の無い迫真の演技、が出来るって事か。
俺は病室でソフィアが襲われた時の事を思い出した。
あの時、少女は咄嗟に助けを求めるフリをしながらナイフを突き出していた。
動きも演技もマフィアの都合で鍛え上げられたものか……
「セルフィって名前もあだ名か?」
「親父達が呼ばれているようなのとは違う。俺も血なんて繋がっていないのに、息子と呼ばれてる。それと同じだ。俺らに名前なんてのは無い。親父が適当につけておしまいだ」
それを聞いて俺が少し考え込んでいると、こいつなりに不満があるのか次々と勝手に話し始めた。
「セルフィはそいつの母親の仕事から取った名前だ。自撮りのアダルトビデオだってよ。あいつは金髪の白人夫婦の間に産まれたが、何て言ったか、先祖返りか? 大昔のイギリス人の血が混ざってたとかで褐色の肌と黒髪に青い目で生まれて来た。両親が不倫を疑って離婚し、売られてきたんだってよ。俺も似たようなもんだ。偶然、親父に顔つきが似ていて、肌の色や髪の色も一緒だった。だから血縁関係があるように見せられるって事で息子なんて呼ばれてる」
「何の為に?」
「何かの為、じゃなくて、保険だよ保険。対立組織が息子を弱味だと思って拉致しても、俺なら別に見殺しに出来るって事だろ。なぁ、もう勘弁してくれよ殺されちまうよ」
「あとひとつだけ聞かせてくれたら解放してやる」
俺はソフィアに、ここに来る前電話で話していた相手の名前を聞き出すと、愚痴を吐き出してすっかり饒舌になっていた男にそれを伝えた。
「男の借金の為に働いてたが、お前らに追い込まれて消えた女だ。覚えてるだろ」
「覚えてるよ。お前の横にいる女と同じくらい良い女だったからな。稼ぎも良かった」
「それなのに何で追い込んだんだ。稼ぐなら働かせていた方が良かっただろ」
「あの女、俺が目をかけてやった上に借金まで帳消しにしてやるって言ったのに、今の男の方が良いとかぬかしやがったんだよ! だから借金の利息と家賃を上げて囲い込んだ上にボコボコにしてやったんだ。それなのに歯が無くなったくらいでオタオタして消えやがって……」
これで全部かな。俺が手首の手錠を外してやると男は嬉しそうな顔で礼を言って来た。が、何も解放してやる義理は無い。線路脇にあった、かつての標識の残骸のような鉄くずに再び手錠を固定した。
「お、おい。話が違うだろ。解放してくれる約束じゃねーのか」
俺はソフィアに全てを訳し終えた。
ソフィアは男の前まで歩いて行くと、俺の通訳を頼りに自分の名を名乗り、身分証明書を見せ警察官である事を証明した。そして、男の目の前に指でつまんだ録音機器を見せつけると微笑み語った。
「貴方には黙秘する権利がある。また、外国人だから必要なら通訳や法律の専門家を呼ぶ事も出来る。友人や家族に連絡する事も可能だし、納得のいかない書類にサインをする必要も無い。」
そこまで言われると男は「騙したな!」と叫び出した。
ソフィアは笑顔のまま言葉を続けた。
「それと、さっきみたいに貴方達には暴力を振るわれる可能性がある。しかし、今は人手に余裕が無い。少し寒いがしばらくここで待っていてくれ」
そう伝え、俺達はパトカーへと歩き出した。
車の灯りが無くなると辺りは完璧な暗闇に包まれるだろう。
それを思うと背中にかかる男の罵声さえも心地良い。
あぁ、そうだった。言い忘れていた事があった。
俺は拘束されたままの男を振り返ると大きな声で礼を告げた。
そしてソフィアも後に続く。
「沢山の証言をありがとう」
「捜査の協力に感謝する」
あとがき
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