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第02話 嫌な予感

挿絵(By みてみん)


「今日は大切なお客さんが来るから外で遊んできてね」


 そう言われるのが辛かった。

 また、この日が来てしまったと思った。

 確かに、昨日の夜から何か嫌な予感がしていたし、それは良く当たっていた。


 恐ろしい外の世界と隔絶され母とシーニィと過ごす素晴らしいこの世界。

 どうして追い出されなければならないのだろう。


 大切なお客さんが来た後は少し贅沢な食事になっていたし、いつもの仕事よりも母が嬉しそうなのは明らかだった。けれど、外にいる自分が感じる孤独や恐怖と引き換えにしなけばならない程の事なのだろうか。食事なんていつも通りで良い。三人でとる食事はとても美味しいのだから。


 けれどぼくはなんのやくにもたっていない。


 働いてご飯を増やすどころか学校にも通えていない。

 このロシアの言葉さえ、きちんと聞き取る事も出来ていない。


 大切なお客さんがもたらす、ご飯や笑顔は、少年が強く欲している大人としての力そのものであり羨ましく妬ましかった。そして、そうする事の、その入り口にさえ立てていない無力さから来る申し訳無さは、家を追い出される嫉妬心を大きく上回る強固な壁として存在していた。


 だからこそ大人しく家を出ていた。

 どこにも行く場所なんて無かったけれど。

 家の近くに居てはいけなかった。

 こんな事を思っている事さえ贅沢な我がままだと思っていた。



 外は寒かった。

 少しの風にのんびりと流される黒くどんよりとした雲。

 午前中なのに薄暗い空は憂鬱な気分を促進する。

 凍える程の寒さでは無かったけれど、同じ場所にじっとしていられる程に甘くも無かった。


 いつものように小学校近くの公園へ行き、トンネルのある遊具の影で寒さから身を守ろうと思い向かったが、途中の交差点に()()がいた。


 大人しい時は()さえ合わせなければ絡んでくる事は無かったのだけれど、その日は目が合ってしまっていた。目線から逃げようと道路を逆側に渡って見たけれど、じっとこちらを追いかけて来る。


 どうして僕だけを見てくるのだろう。

 それどころか彼女の近くを通ると抱き付かれる事さえある。

 それに、服は汚れないけれど、指の無い血まみれの腕で抱き付かれるのも目の無い顔を寄せ頬ずりして来るのも、本当に本当に怖かった。


 黒く空いた穴から、こちらを見たままゆらっと歩き出してきた。

 今日は口元に笑みさえ浮かべて見え怖い。

 少年は目線を振り切ろうと来た道を少し早歩きで引き返し廃工場に向かった。

 途中、一度だけ振り向いてついてきていない事を確認した。

 そこは母に止められてはいたけれど、滅多に人が来ない場所。

 少年にとってそれだけでとても魅力的な場所に思えたし、彼女のような人々も滅多にいなかった。



 廃工場に着くと棒状の木切れを拾って振り回した。

 そこらにある缶や機械を叩いて音の違いを確かめて回った。

 その事に意味なんて無かったけれど、家の外では目立たないように大人しくしていなければならなかったから、大きな音を出して居られる事が気持ち良かったのかも知れない。


 前に、工場内のロシア語を覚えてみようとした事もあったのだが、そのとっかかりになる文字さえ良く分からなかった。勿論、簡単な言葉を覚えていても、ここには専門用語ばかりが並んでいる。理解する事は難しかっただろう。

 出来る事と言えば、木切れで叩いた時の音色に自分なりの順位をつけるくらいであった。


 と、その時。

 自分が出したのとは違う、少し離れた場所から金属の音が聞こえた。


 風?

 とも思えたが、近所の子供達なのかも知れない。

 学校のある日ではあるものの、サボる子の多い地域だった。

 殴られた事や石を投げられた事を思い出した。


 咄嗟に大きな機械の影に潜り込む。

 身を縮めて隠れ音のした方向を覗き込む。

 音を出さぬよう。

 白い息を見られぬよう。

 そして、手にしていた木切れの存在を確認するよう握りしめた。

 自分の心臓の音が聞こえる気がした。


 風の音。

 しばらく待ってみたが、それ以外は聞こえてこない。

 しゃがんだまま顔だけ出して見るが人の気配はしない。

 安心してほっと息をつく。大丈夫だったようだ。

 でも、何となく怖くなってしまった。

 心なしか寒さが増してきたようにも感じた。


 別の場所に移動しよう。

 そう思い立ち上がろうとした瞬間。


 突然後ろから大きな手が伸び少年の口元を塞ぐ。もう一方で腕の上から体を押さえつけられ体の自由が奪われた。

 誰だろう。何が起きたんだろう。何も分からない。怖い。


「静かにしてたらすぐ終わっから。暴れるなよ?」


 日本語だった。

 背後の男は()()()()()だった。


 男の荒い息遣いにカチャカチャとベルトを外す金属音が混ざる。

 何をされるのかすぐに分かった。

 いつか僕も働くんだと覚悟はしていたから。

 でも……まだ嫌だ。嫌だ。


 込み上げる吐き気を飲み込んだ。

 腕の中から出る事は出来そうになかった。

 ベルトを外そうとした瞬間に口元の手を外して叫んだ。


「助けて!! ママ!! Помогите!(助けて)(パマギーチェ)」シーニィの次に教わった言葉。しかし誰にも届かない。工場の中をただ反響する。「ママぁぁ!!! ママ!! 嫌だよっ! 誰かぁぁぁぁぁ!! Помогите!(助けて)(パマギーチェ)」


 男が耳元で叫ぶ。

「うるせぇな黙れクソガキ! ぶん殴ってテメェのクソでその口を塞ぐぞ!」


 怖い。信じられない。この男はきっとやる。

 何度も何度も殴られるかも知れない。

 あの人々のように血まみれにされ誰にも母にも見てもらえなくなるかも。


 なまじ色々な物を見てきた少年の想像力は恐怖をリアルに掻き立てた。

 そして、ズボンをパンツごと下ろされ尻に何か塗られた瞬間、その恐怖はピークを迎えた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

そう叫ぶと恐怖にまみれた無意識のまま、少年は手にしていた棒状の木切れを強く握りしめ何度も振り回した。すると、握りしめていた根本の先、剥き出しになっていた尖った木の先が、背後にいる男の太ももを数回貫いた。最後の一撃。深く刺さった木片は折れ太ももに残る。


「あ"あ"ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 男は少年を突き飛ばし倒れた。

 叫びながら大量の出血をさせている太ももを抑え転げまわる。


 少年は降ろされていたズボンを上げながら逃げた。

 後ろを振り返る事も無く全力で逃げた。

 叫び声を上げカラカラになった喉に冷たく乾燥した風がはりつき苦しい。

 それでも足を止めず振り向かず逃げた。


 いつの間にか少年は家の近くまで戻ってきていた。

 ふと朝の母の言葉を思い出していた。


「今日は大切なお客さんが来るから外で遊んできてね」


 耐えられなかった。

 限界だった。


「もう嫌だ。もう嫌だよ。」

 そう口にしてしまった。

 涙が溢れた。

 止まらなかった。


 普段泣かないように気を付けていた。母が酔っては泣いていたし、きっと少年が見ていない所ではもっと泣いていただろうから。

 自分は強くならなきゃいけない。泣いてはいけない。そう思っていた。


 もう涙は止まらなかった。


 木切れを強く握りすぎて傷ついた手も、お尻についたままの気持ち悪い感触も、カラカラになった喉も、寒い風も、そこら中にいる自分にしか見えない人々の姿も、自分より優先されてしまう大切なお客さんの存在も、もう耐えられなかった。


 寒さと様々な感情が入り混じり手が震える。

 家に帰りたい。

 どうして帰れないんだろう。

 急に怒りが沸いて来た。

 恐怖と悲しみと入り混じった強い感情は嫉妬心から怒りを呼んだ。


 見てやる。

 何も出来ない。分かってる。

 僕は働けない。分かってる。

 けれど、あの家に来る奴の顔を見てやる。


 少年は、未だ気づかぬ小さな復讐心を胸に抱え家路についた。


 朝家を出てから2時間程が経っているが、空はより薄暗く雨か雪になりそうだ。

 外から窓を見る限り部屋に明かりは灯っていない。

 玄関まで来る。ドアごしに耳を澄ませてみる。

 母は買い物にでも出ているのだろうか。


 部屋に入ると少年は急ぎ隠れる場所を探す。

 キッチンのシンク下やタンスの中。ベッドの隙間にカーテンの裏。

 隠れる事に向いていて、隠れても相手の顔を確認出来るところ。


 一体、大切なお客さんの顔を見てどうするつもりだったのだろう。

 自分が抱いた怒りの矛先を具体的な顔にしたいだけだったのか。

 あるいは鬱積した陰鬱な気持ちを晴らす行動が欲しかっただけなのかも知れない。


 しかし、中々都合のいい場所が見つからない。

 勝手知ったる我が家が、まるで役立たずにも思えてイラついた。

 深いため息をつきながら上を仰ぎ見る。

 シーニィが時折飛び乗っては埃を落とす電灯が目に入った。


 天井……


 少年はキッチン近くのテーブルを足場に天井を調べた。

 届かない。

 どこかに天井が低い場所は無いだろうか。

 部屋中を歩き回るが見つからない。

 そうだ。シャワールームはどうだろう。

 滅多に使わないが浴槽もある。

 大切なお客さんは湯につかり顔を上に向けないだろうか。


 シャワールームに入ると、他よりは低い天井が見えた。

 中央を横に見る形で浸かるよう浴槽が置かれている。

 浴槽の縁に足をかけ、窓に手をつき体勢を整えると天井には楽に手が届く。

 ゆっくりと力を入れて天井を押してみる。

 木枠に板が乗せられただけでそれは簡単に外す事が出来た。


 これなら行けるかも知れない。

 埃だらけになる事は想像出来たが構っていられなかった。

 一度部屋に戻り自分が帰宅した痕跡を消して回る。

 ずれたテーブルを戻して玄関の鍵もかけ直す。

 そして、シャワールームの天井裏へと上がり僅かにずらした天井板から眼下を覗き込む。ハッキリと浴槽が見える。


 きっと大丈夫。

 さっきまでの陰鬱な気持ちは吹き飛んでいた。

 大きな冒険の旅へ出発したようなドキドキに高揚していた。

 母さえ知らぬであろう秘密の場所を手に入れたのだ。

 もちろん母の見たくない行為を目撃する事になるかも知れなかったけれど。

 そんな覚悟ならとっくに出来ていた。


 暗がりの中、どれ程の時間が経ったのだろうか。

 短かったような長かったような。

 玄関のドアが開く音がした。


 緊張で体に力が入るのを感じた。

 天井板の位置と視界を確認する。

 大丈夫。見える。見られない。


 重たい買い物袋をテーブルに置いている音。

 ハッキリとは聞こえないがヤカンのお湯が沸いた音がする。

 母がシャワールームに来た。蛇口をひねり浴槽にお湯を流した。

 今は何時なのだろう。お客さんはいつ来るのだろうか。


 その時、玄関のチャイムが二度鳴った。

 母はドアを開けたまま小走りでシャワールームを出る。

 緊張する。さっきより顔が熱くなった気がした。

 かすかに母の声がする。

 ロシア語だろうか。日本語にも思える。


 浴槽に注がれる水の音で良く聞こえないが、いつもより少し高い母の声。

 言葉の意味も分からないが上機嫌に聞こえる。

 屋根裏に潜み息を殺す少年の嫉妬心がうずく。

 床に重たい何かが落ちる音がした。買い物袋だろうか。

 再び玄関のチャイムが鳴った。

 さっきのがお客さんでは無かったのだろうか。


 男の話し声がする。

 それに応える声も男の声。

 これは何語? ロシア語でも日本語でも無いようだ。

 どういう事だろう。

 お客さんは一人じゃ無かったのだろうか。


 再び重たい何かが落ちるような音。

 そしてそれなのか、重たい何かを引きずる音が聞こえて来る。

 こちらへ。

 近づいて来る。


 開いたままのドアの隙間から男物の革靴が見えた。

 そしてそのままシャワールームに入って来る。

 スーツ姿の男。

 黒い革手袋の手。それは何かを持ちひきずっている。


 (ママだ……)

 少年は思わず声を出しそうになるのをこらえた。

 男は母の腕をつかみシャワールームへと引きずってきている。


「今日もお湯を溜めてくれてたんだね。ありがとう。丁度良かった」

 スーツに革靴とシャワールームに似つかわしくない服装でそう語った。

 それに優しくて柔かい言葉づかいだった事が怖かったし気持ち悪かった。


 顔は良く見えなかったが白髪が多く混ざり母よりずっと大人に見えた。

 母は口元に布を当てがわれ、両手首同士、両足首同士をベルトのようなもので縛られている。

 男から力任せに脇を抱えられると、浴槽の外壁を背に床に座らせられた。

 表情は見えないが、見える範囲に大きな怪我は無いようだった。


 これは一体何なのだろう。

 暗闇に目を戻し今見た景色について考えるがまとまらない。

 浴槽によりかかり俯く母の身に、危険が迫っている事だけは分かっていた。


 男はシャワールームのドアから顔を出すと、リビングに向かい何語か分からない言葉を叫んでいた。返事があったのかは分からなかった。

 そして腕を組むと顎に手を当て考え込み、「多いかな」と呟き湯を止めた。


 しばらくすると別の男がやってきて、ジュースのペットボトルを手渡し戻っていく。

 後から来た男はダウンジャケットにデニムのパンツ。足元は黒く汚れた白いスニーカー。

 顔は少ししか見えなかったがどこかで見た気がしていた。思い出せない。


「そんな風に泣かないでくれ」

 男はため息交じりに呟くと、手袋をしたまま母の髪を撫で、

「長い付き合いだし君となら上手くいくと思っていた。私だって悲しい」

 と続けた。


 そして母の額に口づけをすると、先程受け取っていたペットボトルをロープで結ぶ。

「これ、前に来た時に思いついたんだ。驚くよ」


 男は少し離れた床にある丸い排水溝の蓋を外し、開いた穴にペットボトルを落とし入れた。

 そして、母の隣に座ると、手に持ったロープの端を引っ張り、それが簡単には抜けない事を確認しているようだった。


「このくらいかな? 長い? 手足は大丈夫? 痛くない?」

 男は独り言のように告げると、母の足を固定しているベルトのような物にロープの端を結び付けた。

 そして母の顎を掴み自分に向けると

「さぁ、準備出来たよ!」と、嬉しそうに声を弾ませ両手を叩いた。


 その時、母の顔が見えた。

 涙に濡れているのが見えた。

 少年がまだ知らない。怯えた、苦しそうな顔をしていた。


 あぁ……見ていられなかった。

 ママ! そう叫び出したくなった。

 視界を外し暗闇を見つめ考えた。

 飛び降りて母を助けようと思った。

 でも、相手は一人じゃない。

 さっきの男がまだリビングにいるはずだし、目の前にいるスーツ姿の男一人にさえ勝てる気がしない。


 スーツの男に向かって飛び降りて、外に出て助けを呼べるだろうか。

 でも、一体誰が自分たちを助けてくれるのか……


 恐怖からか、混乱しているからか、母を助けたいその一心からか。

 まだ幼い少年に涙は無かった。

 けれど、声が出そうな口を、震える小さな手で押さえているのが精一杯だったし、足の力も入らず感覚が無くなっていた。



「やっぱり多いかな。ごめん。少し抜くね」

 再び聞こえる男の声に驚き腕がビクっと跳ねた。

 少年は恐る恐る天井の隙間へと視界を戻す。


 男は風呂の栓を外し水を抜いているようだった。

「このくらい。うん。このくらいで良いでしょう」


 男は母の脇を両手で支えると持ち上げ、そのまま浴槽へと沈めた。

 浴槽の向きとは垂直に、縁にふくらはぎを乗せ、上半身が浴槽の底に沈んでいる。

 一瞬驚いたが、湯は天井を見上げる格好となった母の耳の高さまでで止まっている。

 口や鼻には達していない。

 天井から見ている少年には、母が浴槽の壁に腰をかけているようにも見えた。

 もっとも、浴槽の底は狭く少し背を丸めた窮屈そうな姿。

 そして、足に繋がれたロープに遊びは無く、母がもがいても自力で動く事は無理なようだった。


 白髪の男は先程と同じく腕を組み顎に手を置き話す。

「もう一度聞くけど、息子さんがどこにいるか分かる? 別に分からないなら分からないで良いんだけれど折角だし。私も会ってみたいんだよ。もう帰らないといけないし。ほら、まだ一度も会わせてくれていないから」


 自分の事だ。

 驚きに心臓が胸を中から打ち付ける。

 この男は自分の事も探している。襲おうとしている。

 眼下の母は何度も大きく首を横に振っていた。


「長い付き合いだ。教えてくれるなら楽に死なせてあげても良いんだよ。」

 男は、「あぁそうだ」と続けリビングに戻って行った。


 今の言葉……

 ママが殺される……


 どう見ても異常な光景。気が狂いそうな程の恐怖も感じていた。

 それでも心のどこかで否定していた。否定したかった。

 でも、それしか無い事は少年にだって分かっていた。

 でも、その言葉をハッキリと聞くまで実感なんてしてなかった。

 本能が目をそらしていた事を、聴覚が無理やり認識させた。


(この男はママを殺そうとしてる!!)


 どうしよう。どうしたらいい。早く何かしなきゃ。ママが、ママが死んじゃう。男が戻ってきたら背中に飛び降りよう。上手く行けば怪我くらいさせられるかも知れないし、自分が逃げる隙くらいは作れるかも知れない。それにリビングに誰も居なかったらママを連れて逃げられる。誰かいたら……とにかく外に逃げて叫んで助けを呼ぼう。誰も来なかったらアパートのドアを全部叩いて回ろう。窓ガラスを割って回っても良い。キッチンのナイフは持っていけるかな。武器になるもの何かあるかな。何でもいい。何とかしなきゃ。僕がなんとかしなきゃママが殺される!!!


 少年が母の為、必死の覚悟を決めた頃に白髪の男は戻ってきた。


 背中……首元を狙って勢いよく飛び降りよう。

 天井板の隙間をゆっくり少しずつ広げる。

 荒くなっている呼吸に気づかれないよう口元を手で押さえ直す。

 音を立てないよう、すぐに飛び出せるように足を少し前へと押し出す。

 タイミング良く。勢い良く。


 いつでも行けるように……

 そう、注意深く観察していると男は口を開いた。


「ほら、見てご覧。」


(あぁ…… あぁ……)



 男の声に、その手元に。

 少年は母より先に気がついた。


 気がつき、堪えていた涙を、忘れていた涙を。


 その瞳に再び溢れさせた。




(シーニィ……)



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