第15話 生きて行く理由
次回16話が最終回となります。
大きな扉の僅かに開いた隙間から数発の銃声が漏れ聞こえて来た。明らかな異常事態。筋肉の鎧にその身を包んだ男でさえ、続けざまに叫び声を上げ今にも飛び出そうとするソフィアと少女をなんとか抱えて抑え込むのに苦労していた。
「タケル!」
「シュンヤ!」
「二人ともきっと大丈夫だ慌てるな!」
「私はシュンヤの役に立たなきゃいけなんだ! 離せマッチョ!」
タケルの呼び方でそう覚えてしまったのだろうか。それにしても小さな猫のような少女に、真顔でそう呼ばれると何だか微笑ましい気持ちになるものだ。銃声飛び交う現場で固まっていた緊張も抜けていきそうだと男は思った。
「今はタケルを信じて隙を伺いながら時間を稼ぐんだ。必ず応援が来るはずだ」
そう言いながら、男が背負っていたリュックから何本かの筒を取り出し扉の中へと投げ入れると、中から水蒸気が沸き上がるような音が聞こえて来た。
「発煙筒だ。中の広さは分からないが敵の注意を少しでもこっちに向けられたら良い。強烈な音と光を出すスタングレネードの用意もあったが子供がいるんじゃ使えないし、この人数じゃ強引に突っ込む事も出来ないしな。とにかく増援かタケルの報告でも来ない事には……」
男がそう喋っていた時、発煙筒に警戒したのか中から扉に向けて何度か発砲音が聞こえて来た。ソフィアは咄嗟に「頭を下げろ!」と叫び少女の頭を押さえつけると開きかけていた扉を一度閉めた。それに対して少女は押さえつけられた手を力強く払うと非難の声をあげた。
「おい! 閉めるな!」
「発煙筒の煙に向かって威嚇のつもりで撃ってるだけだとは思うけど、そんな弾でも当たったら嫌でしょ? 少しは落ち着いて待ってて」
そう話すソフィアの顔にも、怒りや悲しみと取れるような苦悶の表情が浮かんでいる事に気がつくと、少女は吐き出しかけた言葉を少し飲み込んだ。
「おい、ソフィア。増援が来たぞ。敵の」
男の声に二人が振り向くと6人の青年がホールへと繋がる廊下をこちらへ走って来るのが見えた。その顔はどれも同じように無表情で薄気味の悪さを感じさせる。先行して両サイドを走っていた二人は、こちらの目線に気がつくと銃を構え始めた。
男とソフィアは素早く銃を構えると狙いをつける。
「躊躇するな! 撃て!」
そう言いながら、男は銃を手にしていた右端の青年に狙いをつけ素早く4発撃ち込むと、青年は発砲音に合わせて体を4度跳ねさせてから崩れ落ちた。
ソフィアも遅れまいと左端の銃を構えている青年に数発撃ち込むが、相手も数発撃ち応戦して見せる。しかし、相手の青年は一撃をこちらに与える事も無いまま、ソフィアの弾を不幸にも首で受けてしまう。血が噴き出し始めた首元を手で抑えながら廊下の壁に頭からぶつかり倒れると、そのまま動く事は無くなった。
ほんの僅かな時間ではあったが、激しい銃撃戦が起きているにも拘わらず、また倒れてゆく仲間達を少しも顧みる事無く、残る4人はナイフを手に躊躇無くこちらへと走り寄って来た。
「死にたいのか! 馬鹿野郎!!」
男が警告とも愚痴とも取れる言葉を叫びながら一番手前の青年に3発撃つが、青年はそれを察していたかのように横に飛んで交わした。それを見て驚き少し慌てたソフィアだったが、拳銃を伸ばした両手で固定し、しっかりと照準を定めてその青年に向けて数発撃ち込むと足元に二発程命中し赤い花が咲くのが見えた。しかし、その僅かに目をそらした隙を生かしたのか廊下の逆側から青年がナイフを手にソフィアへと迫りつつあった。男がそれに気がつき銃を向けようとするが間に合いそうも無い。
青年は眼前へと走り寄ると大きな刃渡りのナイフを、ソフィアの銃を持つ伸ばした腕へと勢い良く振り落とした。が、それよりも僅かに早いタイミングで少女がソフィアの肘の内側を手で掴むとぶら下がるように全体重を下へとかけた。ソフィアは肘関節を下に引かれた事で肘を折り畳み、ギリギリのタイミングでナイフによる攻撃を避ける事に成功する。
「格闘では勝てない! 銃を取られるな!」
少女はそうアドバイスをしながら、体重をかけたナイフの攻撃を避けられバランスを崩してしまった青年の踵の辺りを後ろから鋭い蹴りで払うと仰向けに転倒させる事に成功した。
「ちょっと! 怪我してるんだから無理しないで!」
そう言いながらソフィアは、ナイフを握っていた手の指を、そして続けざまに素早く青年の顔面を、タケルがいたら眉をひそめそうなイカツイブーツで的確かつ強烈に踏み抜くと、指の原型と意識を青年から奪い取った。
残り二人。
窮地を乗り切ったものの先ほどの相手に気を取られてしまったソフィアと少女は急ぎ前方へと意識と視線を移す。と、二人同様に驚きと安堵とを同時に込め溜息混じりに呟いた。
「格闘では勝てないんじゃなかったの?」
「マッチョ凄い……」
見ていない間に何がどう運んだのか分からないが、二人がちょうど目にしたのは、頼りになるマッチョな男が二人の青年の後頭部を掴み持ち上げると顔と顔を正面から激しくぶつけ合い意識を刈り取った凄惨な場面であった。男は二人の視線に気がつくと微笑み声をかけた。
「そっちも終わったのか。怪我は無いか?」
ソフィアが返事をしようとして男の背後に気がついた。
「増援が来たようです。今度は私達の味方です」
男は手を振り見慣れた仲間達に挨拶すると上着のポケットから煙草とライターを取り出した。
「禁煙してたんじゃないんですか?」
「大仕事の前くらい見逃してくれよ」
そう言いながらタバコに火を付けようと手元を見ると、いつの間にか足場に水の流れが出来ていた事に気がついた。水はホールから緩やかに下っている廊下を流れると、僅かに開いている未だ煙が漏れて来ている扉の中へと流れ込んでいる。
「扉、閉めただろ? なんで開いてるんだ? と、小さいのどこいった?」
その声に慌て、ソフィアが扉の隙間に目をやる。
「あの子まさか……」
男はリュックから発煙筒を取り出すと扉の中へと投げ入れた。
「怪我もしてるし仲間も来たんだ。無理はするなよ……」
室内では外から投げ込まれた発煙筒のおかげで扉付近の状況を見る事が出来なかった。セーラーの部下達は仕方なく、数歩下がった少し離れた位置から扉のある方向へと銃を構え警戒を続けていた。セーラーは玉座から倒れたタケルと瞬夜を見てほくそ笑んでいた。
「どうだ。母の命さえも奪った君の汚らわしいその力。私の元で研究して伸ばしてみないか? 私と組めば、いずれ仇であるシーカーを倒す事だって出来るかも知れない」
瞬夜は仰向けになり倒れたまま、虚ろな目で天井を見上げていた。
「ママの…… かたき……」
「そうだ。君のママを殺した仕返しさ。私にとっては恩人でもある男だったけれどね。相当な権力を持っているのは間違い無いだろうし、汚らわしい謎の力もあるし私にとって目の上のたんこぶって奴で目障りだったんだよ」
「ママを殺した…… 仕返し……」
セーラーは傍に控えている眼帯の給仕を指で呼びつけた。
「奥の寝室で良い。外が落ち着くまで少年を入れて置け」
「かしこまりました」
給仕はうやうやしく一礼すると玉座前の階段を降り瞬夜の元へと歩み寄る。
と、その時だった。
扉を覆い隠していた発煙筒の煙がほんの少し、包囲している部下達さえ気がつかなかった程度に揺らめくと、床にほど近い位置を猫の目のような二つの光が瞬いて消えた。
「立て」
給仕が瞬夜へと歩み寄りながら見下ろし、起き上がらせようと腕を掴む為に手を伸ばした先に立ちふさがるかのように、突如、膝と両手を赤いカーペットに付き、ひれ伏す様に頭を下げる少女の姿が現れた。
「先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。この程度のご用でしたらどうか私にお任せ下さい」
その声と気配に、瞬夜の指先が僅かに動いた。
突然現れた少女に給仕は驚き数歩後ずさりする。見れば、多少の治療が施されているようだったが、全身に幾つものミミズが張ったような傷があり、所々裂けている皮膚からは未だ止まらぬ生々しい出血が見えていた。給仕は対応に困りセーラーへと振り向き指示を仰いだ。
「いかが致しましょう」
セーラーは真剣な表情で少女の姿を観察し答えた。
「君が理解し反省してくれたのなら嬉しいのだが…… もちろん不意打ちする訳でも無く、頭を下げて役に立とうとしてくれている姿は実に健気で私の胸を打つよコーシュカ。しかしね…… 君の才能を見出し演技を習得出来るように命じたのは私だ。まだまだ未熟なのも良く分かっている。ほら、君が忠誠を示してくれている君のいるその場所こそが、誰の為であるのか表してしまっているとは思わないか?」
意識してか無意識か。少年を守るように現れた少女は手を付いたまま呟いた。
「がう……」
給仕もセーラーも聞き取れず怪訝そうな表情を浮かべる。
「違う……」
セーラーが意図の分からぬ呟きに苛立って怒鳴った。
「何なんだ。何が違うと言うんだコーシュカ! 君は少年を守る為に傷だらけの体でやってきたんだろう!」
「違う!」
少女はそう顔を上げて叫ぶと、手を付いたまま足を伸ばし短距離選手のように勢いをつけセーラーへ向かって飛び出した。その手にはいつの間にか大きな刃渡りのナイフが握られている。驚いた給仕はそれを止めようと懸命に手を伸ばすがとても間に合いそうにない。
「しまった!」
「違う!!」
少女は勢いそのままに階段を登ると飛び上がり、叫びながら両手で握りしめたナイフをセーラーの胸へと一気に突き立てる。少女に似つかわしくない大きなナイフが輝き、全体重を乗せたナイフは目標としたセーラーの胸元へと一直線に突き刺さる。はずだった。しかし、残り数十センチ程の距離を残した所で、無残にもナイフは全く別の方向へと跳ね飛ばされ少女もバランスを崩し玉座の前で膝をつく。
「惜しい!」
そう笑みを浮かべるセーラーの手にはナイフを跳ね飛ばしたのであろう鞭が握られていた。
「シュンヤは、シュンヤは私に謝るチャンスをくれた。友達に謝る、やり直すチャンスをくれたんだ」
そう言いながら立ち上がろうとする少女の背をセーラーの鞭が軽く弄ぶように打った。
「興味ない!」
しかし、階段の下からやり取りを見守っていた眼帯の給仕は何かを思い出したような表情を浮かべ、少し離れた場所で聞いているであろう瞬夜の指は少女の声に反応するように動いていた。
「親に捨てられ、友を見殺しにし、自分をさらおうとした私に、もう一度、やり直すチャンスをくれたんだ。一緒に泣いて、私を友達だと言ってくれたんだ!」
玉座に腰をかけていたセーラーは膝を何度も激しく揺すってから立ち上がると、不機嫌そうな顔で少女を見下ろし睨み付けた。
「興味無いと言っているだろうコーシュカ!!」
そう言い手にした鞭を大きく振り上げたセーラーを少女は下から睨み付け叫んだ。
「違う!」
その時、発砲音がひとつ聞こえセーラーが鞭を持っていた手の甲が赤く染まった。瞬夜の横でうつ伏せに倒れていたはずのタケルがダメージを負った体を少しだけ、無理やりに起こして撃ち抜いたものだった。セーラーは手にしていた鞭を落とすと苦悶の表情で撃たれた手をもう一方の手で抑えた。
「子供の、い、言い分くらい。だ、黙って聞いてろよ、おっさん」
そして、その声に答えたかのように、少女はゆっくりと立ち上がるとセーラーの元へと歩き、目の前まで来ると傷だらけの全身を震わせるように全力で声を張り上げ叫んだ。
「私をコーシュカと呼ぶな!」
少女は遥か遠くの目標を狙うように大きく振りかぶった。
「私は、セシュカだ!!」
少女は手の痛みに苦しんでいたセーラーの頬に、全力の叫びと共に、全力を込めた拳を、文字通り全身全霊叩きつけた。その予想外の衝撃に、セーラーは後ろの玉座へと倒れると先ほどまで自らが座っていた場所に背中を激しく打ちつけた。
一方、殴りつけた当の本人も力を使い果たしてしまったのか数歩よろけると、後ろ向きにゆっくりと階段を2段下りた後、そのまま転げ落ちカーペットの上へと倒れ込んでしまった。タケルは少女の横へとゆっくり腹ばいのまま移動し怪我の具合を確認すると安堵の表情を浮かべる。何とか体を起こしあぐらをかいて座ると少女の頭を優しく撫でた。
「顔面、気持ち良かっただろう」
セシュカはタケルの手を払い背中を向けると肩を震わせ泣き出した。
「初めて」
「うん」
「産まれて来て良かったって、初めて思った」
タケルは声に出さず笑うと、もう一度、優しく頭を撫でたが不評だったようだ。
「それはいい」
タケルは出した手を引っ込め、今度は声を出して笑った。
手の甲には穴が空き、頬は殴られ、背中を玉座で打ちつけた地下の帝王は、眼帯の給仕の肩を掴み、玉座のひじ掛けにも手をかけ、何とか立ち上がると顔を真っ赤にさせ怒りを露わにしタケルへの恨みを口にした。
「死んでいたんじゃなかったのかっ!」
タケルはあぐらを組んだまま手のひらを上げひらひらと振って見せた。
「ごめん、痛かった? 腕のどっかに当たれ! ってくらいだったんだけど、意外とちゃんと当たるもんだね」
セーラーは激昂し更に声を荒げる。
「死んでいたんじゃな」
しかし、タケルは笑いながらセーラーの台詞を遮り話し出す。
「分かってるって。あんたの優秀な部下のおかげだよ。殺すつもりの相手にもかかわらずさ。心の奥底では一般人に何かあっちゃいけないと思ってたんだろうね」
タケルは上着を脱ぐと重ね着した服をセーラーに見せた。
「防弾。二枚も貸してくれちゃった。だから息苦しかったけど両方着ておいたんだ。本当に優秀な警察官だったみたいだね、ロージャさん」
怒りが込み上げ過ぎたのか、セーラーは大きく数回呼吸すると落ち着きを取り戻し部下へと指示を出した。部下達はその声に反応すると、扉からの侵入者の警戒に数名残しながら2名がタケル達に銃を向ける。しかし、その2名は銃を構えたまま、慌てた様子でセーラーに何かを告げた。
「セーラー、扉から水が入ってきています」
「水? 警察の仕業か?」
「分かりません。扉の下から多量の水が染み出して来ています」
セーラーが扉の方を見渡すと、確かに包囲に参加している部下達の足元に巨大な水たまりが出来上がっていた。
「電気攻撃か? 念の為、注意して距離を取れ!」
「はい!」
何事かと考えを巡らせるセーラーであったが、その答えを知っている犯人が実は目の前にいた。
「上手くいったみたいだけど、あれ意味あるの?」
そう言ったのはタケルだった。
「分からない」
とセシュカが横になったまま答えた。
「一体何の話だ!」
苛立つセーラーの声にタケルが答える。
「いや、俺も良く分からないんだけどさ。さっきの大きな部屋のとこに滝があったでしょ。水が流れてるやつ。この子が頼むもんだから、俺とマッチョさんとソフィアで、あ、警官と三人でって事ね。大きな丸いテーブルを移動して水が廊下に流れるようにして来たんだよ。廊下は緩やかに下ってたから扉に染みて来たんだろう」
「円卓になんて事を…… コーシュカ! 何がしたいんだ!」
セーラーの言葉に大きな溜息をつくと、セシュカはタケルの横で同様にあぐらをかいて座るとセーラーを睨み付けながら答える。
「私にも分からない。もしかしてシュンヤなら、と思ったけど、殴れて満足したからダメならダメで良い」
扉を包囲している者以外の全ての人間が瞬夜を見ていた。
「まだオカルトに頼ろうって言うのかバカバカしい。自分のせいで母親が死んだくらいで腑抜けになるような子供に何が出来る」
その言葉に腹を立てたのかタケルが食ってかかった。
「誰のせいで母親が死んだって? 親子と小鳥と貧しいながらも家族仲睦まじく幸せに暮らしていたんだろう。それを、犯罪者共が一方的で変態的な価値観を押し付けて邪魔しやがって」
致命傷は避けたものの撃たれた背中が痛むのか、タケルはよろけながら立ち上がると、自分に銃を向けているセーラーの部下や眼帯の給仕に向かって指先を順に向けながら話した。
「君も、君も、君も、それにこの子も」
タケルはすぐ傍で座り込むセシュカにも目をやり話しを続ける。
「教えてくれよ。何でこんな頭のおかしい殺人鬼に従わなきゃならないんだ? 金や権力を目当てにするにはデメリットが多すぎないか? 怖かっただろう。寂しかっただろう。苦しくて不安だったよな。でも、今はどうだ。銃を持っているのは俺達だけで、いやらしい鞭を持っていた手だって銃で撃てば穴が空くじゃねーか」
タケルに銃を向けている二人の部下は、思わず一瞬お互いの顔を見合ってしまうが、慌てて再び銃の狙いをタケルに向け直した。
「それにさ、親類縁者皆殺しにして権力を手に入れたって、親の脛かじり過ぎて骨も残らなかったって事じゃないの? 金持ちの家に産まれて甘やかされたのかも知れないけどさ。我が侭なクソガキがあれも欲しいこれも欲しいって他人殺してまで奪い取ったってだけの話じゃねーか」
「黙れ! 貴様に何が分かる!」
「さんざん他人の気持ちを無視してきたお前の事なんか分かってたまるかバカ野郎!」
セーラーを怒鳴りつけると、タケルはふらふらと瞬夜の元へと歩み寄り手を差し伸べた。
「瞬夜くん、一緒に帰ろう。一緒に図鑑を見て、美味しいケーキを食べよう」
セシュカも体を引きずりながら瞬夜の元へと近寄って来た。
「私も、私も一緒に行きたい。シュンヤ、行こう」
「もういい。撃て」
しかし、セーラーの声に部下は反応しない。
「何をしてる! 撃て!」
「セーラー、ただ、ここから出て行くだけの俺達を何で撃つんだ?」
「うるさい! 黙れ!」
セーラーは床に落ちていた鞭を掴み上げるとタケルとセシュカへと歩き出す。
「私が自ら殺してやろう!」
そう言い、セーラーは手にした鞭を振り上げたが空中に何かを見つけると動きを止めた。
セーラーの視線の先には、ゆっくりと軽やかに宙を舞うように飛ぶ、青く光り輝く小鳥の姿があった。それはその軌跡さえもがキラキラと輝いて見え美しかった。
「ぼくは」
声の主を見て微笑むタケルとセシュカ。
「「うん」」
「ぼくは、幸せになってもいいのかな」
「「うん」」
「ぼくは」
仰向けに寝たままの瞬夜の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「ひとりぼっちはいやだよ」
いつの間にか瞬夜達の辺りを通り過ぎ階段の縁まで水が広がっていた。
そして、瞬夜の瞳からこぼれた涙は、その背中を濡らしている水の中へと落ちて消え、宙を舞っていた青く光る小鳥もまた、その涙を追いかけるように水の中へと飛び込んでいった。
その場にいた誰もがその様子をただ見守っていた。
一瞬の静寂。
周囲を浸した大きな水たまりの中で仰向けのままいる瞬夜。
その背中から一筋の丸い波紋が起き、部屋の隅へと広がって消える。
ひとつ。
そしてまたひとつ。
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次回最終話 完成次第の公開となります。
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